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前を向いて


対青学戦。
2勝3敗1引き分け。
氷帝の夏は終わった。
うちが弱かったわけじゃない。油断していたわけでもない。
青学が強かった。
ただ、それだけのことだ。
試合後泣き崩れた日吉を支える亮。
健闘を褒めるみんな。
選手じゃない僕はコートに入ることは許されていない。
今すぐ駆け寄りたいのに。
飛び出していきそうな僕が分かったのか、萩が僕の右手を掴む。
無言で首を振る萩に苦笑を返して、皆が戻ってくるのを待つことにした。
関東大会初戦敗退という結果に終わったけど、試合内容はどの試合よりも素晴らしかったと思う。
みんな一生懸命戦った。
この勇姿を見れただけで十分。
みんなと一緒にテニスをできたことが、すごく誇らしかった。



喉が渇いたのでちょっと抜け出して自販機を探した。
そういえば自販機でジュースを買うのってこれが初めてかも。
どうやって買うのかよくわからないっていうのは、もしかして問題あり?



自販機を前に悩んでいると声をかけられた。
聞きなれない声に振り返ると、そこには先程戦った青学の選手が揃っていた。
声をかけたのは部長の手塚。
景吾との試合で肩を負傷したせいか、手塚の荷物は大石が持っていた。
しっかりと立ってはいるが、おそらくその肩はひどく痛むのだろう。
時折眉が辛そうに歪む。

「おめでとう、いい試合だったね」
「ありがとう」
「肩、大丈夫?」
「たいしたことない」

痛くないはずないのに、それでもそう答えてくれる手塚の誠実さが嬉しかった。
彼はわかっているのだ。
景吾が手塚の弱点を狙ってまで勝ちにいった理由を。
決して負けるわけにはいかなかったことを。

とは一度でいいから対戦してみたかったな」
「そうだね、僕も手塚と対戦してみたかったよ」

氷帝と青学。
色々な試合で対戦することはあったけど、結局僕と手塚は一度も試合をしたことがない。
公式の試合では対戦相手は直前までわからないし、練習試合はしたことがなかった。
そういえばジュニア選抜は僕も手塚も辞退していたっけ。
手塚の様子からするとしばらくはラケットを持てそうにないし、当分試合のチャンスはないだろう。
縁がないのかもしれない。

「跡部に伝えておいてくれ。いい試合だったと」
「直接本人に言えばいいのに」

どうせもうすぐ来るだろうしと告げると、手塚が苦笑した。

「残念だが、これから検査を受けにいかないといけないんだ」

あぁ、そうか。
本当なら試合後すぐに病院に行かないといけない状態なんだ。

「それと、うちの部員たちが何か言いそうだからな。会わないほうがいいだろう」

青学の結束力は氷帝のそれと変わらない。
景吾の名前を聞いて一瞬空気が緊張したのがわかった。
いくら試合だからとはいえ、景吾のしたことを面白く思っているはずがないのだ。
特にこれからの試合、青学は手塚抜きで戦わなければならない。
僕には穏やかな笑顔を見せてくれる皆だけど、景吾に対しても同じに接してくれるとは思えない。

「そうだね。わかった。ちゃんと伝えておくよ」
「頼む」
「全国大会、頑張って」
「…わかった」

握手を求めて右手を差し出すと、手塚は小さく笑みを浮かべて右手で握り返してくれた。



くい、っとジャージの裾を引っ張られて振り返ると、いつもの仏頂面のリョーマがいた。

「リョーマ」
「何で試合に出なかったの。俺、と対戦できるの楽しみにしてたのに」

じっと上目遣いで僕を見る姿は、生意気な弟という感じで可愛い。
リョーマと知り合ったのは4月の初め。
お互いテニスをしているのは何度か話していてわかったけど、タイミングが悪くて試合できないでいた。
関東大会で試合できるかもと話していたのに、僕の名前が登録されていないことに少なからず失望したのだろう。
どことなく責める光が視線にあった。

、約束したじゃん。関東大会には出るから試合しようねって」
「越前…」
「こら、おチビ。に失礼だにゃ!」

大石や英二が止めようとするけど、リョーマは止まらない。

「俺、と試合するの楽しみにしてたんだよ。それなのにいないしさ…」
「ごめんね、リョーマ」
「悪いと思ってるなら、今から試合してよ」

僕の腕を掴んで、リョーマはにっこりと笑う。

「え…と…」
「ね、いいよね?お願い」

リョーマが上目遣いのままそう言うと、青学のみんながもの凄い顔をした。

「あの越前が『お願い』って…」
「初めて聞いたにゃ」
「俺らへの態度とえらい違いだぜ…」
「明日は雨かな?」
「いや、雪だろ」

……。
何だかひどいこと言われてるよ、リョーマ。

「ごめんね、今は試合できないんだ。リョーマも疲れてるでしょ。怪我が治ったら相手するから」
「怪我?、怪我してるの?」
「あれ、知らなかったんだ。ちょっと失敗しちゃってね、肋骨に2ヶ所ひび入ってるんだ。実は先週まで入院してた」
「えぇっ!?」
「嘘!?」
「マジッすか!?」

うわぁ、息ぴったり。
同じ反応を見せる青学のみんなに感心しながら頷く。
そうか、対戦表で僕の名前がないからエントリーされていないことはわかっても、その理由までは知らされていなかったんだ。
僕の入院ってもしかして秘密だったの?

「肋骨って…、それで歩き回ってていいの?」
「本当はよくないんだけどね。じっとしていられなかったから抜け出してきちゃった」
…」
「大丈夫、皆にも『帰れ』って言われなかったから」

どうしても応援したかったんだよねと言えば、皆も納得してくれたようだ。
手塚には眉間に皺を寄せたままため息をつかれたけど。
景吾と同じ反応。
なんだかこの2人って似てるかも。

「ということなんだ、リョーマごめんね」
「……仕方ないよね。治ったら絶対に相手してよ」
「うん、約束する」
「じゃあいいよ。またね、

そう言って僕の頬にキスをする。
リョーマと別れるときの、いつもの挨拶。
お返しにリョーマの頬にキスをすると、リョーマがにやりと笑った。
挑発的な笑み。
その視線は僕の背後に向けられていた。

「景吾」

いつの間に来たのだろう、景吾が後ろに立っていた。

「…遅えよ」
「あはは、ごめん。ちょっと話し込んじゃった」
「帰るぞ、お前も来い」
「うん、じゃあみんなこれからの試合も頑張ってね」
「バイバイ」
「またね」
「お大事にね」

景吾に手を引かれながら戻ったら、案の定みんなに怒られた。
別に迷子になってたわけじゃないんだけどな。
自販機の使い方がわからなかったのは黙っておいた。
だって、呆れられるってわかってたし。


そして一週間後。
『月刊プロテニス』にリョーマが僕の頬にキスをしているシーンと景吾に手を引かれて歩いている僕の姿が掲載されてしまい、みんなに詰め寄られることになった。

またもや騒動が起こりそうな予感。


  • 05.09.10