電車を乗り継いでやって来たのは、都内でも有名な総合病院。
両手に紙袋を提げた姿でロビーに足を踏み入れると、すぐに看護士が気付いて荷物を持つと言ってきた。
僕の見舞い相手が特別室の患者だということは、何度も見舞いに訪れているからわかっているのだろう。
でも、まるで旅館の仲居みたいな対応に苦笑しつつ、その申し出は丁重にお断りした。
肩にスポーツバッグ両手に紙袋と、誰から見ても大荷物だとは思う。
でも、人に手伝ってもらうほど体力に自信がないわけではないんだ。
むしろ毎日部活で鬼部長にしごかれているのだから、その辺の人よりもよっぽど体力も腕力もあるだろう。
紙袋の中身はほとんど食べ物やプリント・手紙の類だし、それほど重量はない。
嵩張るだけなんだよね。
最も彼女達がただの親切で言っているのではないということも十分にわかっている。
何しろ特別室には毎日のように跡部と忍足が押しかけている。
当然今日も授業が終了すると同時に教室を飛び出していった2人がここに来ていることは想像に難くない。
まったく、ここに来るのなら少しは荷物を持っていってくれればいいのに。
特に跡部は車なんだからさ。
がさがさと歩くたびに音のする紙袋を見て、小さくため息をついた。
エレベーターが目的の階で止まる。
目的の部屋の前まで来たけど両手がふさがっているため扉を開けることができない。
行儀が悪いのはわかっているけど方法がないので足で扉をノックした。
しばらくして扉が開かれた。
開いてくれたのは樺地だった。
やっぱりね。
「ありがと樺地」
「ウス」
寝室と応接室に分かれている部屋はさすがに特別室とでも言えばいいんだろうか。
応接室には数人が寛げそうなソファーにテレビ、そして簡単な簡易キッチンまである。
置いてある調度も値が張りそうなものばかりで、一体この部屋だけでいくらかかってるんだろうか。
床に置く場所はすでになくなっているため、ソファーの上に持ってきた荷物を置く。
応接室には所狭しと見舞いの品が置かれている。
オーソドックスに花束とか果物とか、果てはゲームやら熊のぬいぐるみやら。
花や果物はわかるけど、ゲームははしないしぬいぐるみは女の子じゃあるまいし興味ないと思うよ。
メッセージカードがついているから何気なく見たら、監督からだった。
何考えてるんだろ?
よく見るとこっちの大きな篭盛りの果物は氷帝の理事長からだ。
すごいな、この果物千疋屋だ。
学校で起きた不祥事だから理事長の耳に入るのは当然だと思うけど、普通1人の生徒に理事長が見舞いの品を送ってきたりするもの?
しかも千疋屋。
ちょっと呆れてみたりして。
「萩、来てくれたんだ」
一泊いくらするかわからない特別室の、これまたシンプルだけど上質なベッドにいるのは、先日運び込まれただ。
相変わらずの綺麗な笑顔で出迎えてくれる。
その枕元には跡部と忍足の姿。
指定席のようにの両脇に陣取っている2人は、僕を見ても挨拶すらしない。
まったく、2人とも独占欲強すぎだよね。
のことを心配しているのは君達だけじゃないんだよ。
「具合はどう?」
「退屈してる」
少し不満そうにそう言うに思わず笑みが浮かぶ。
顔色もいいし、体調もよさそうだ。
この様子だと怪我の経過もいいのだろう。
「何か飲む?」
「いいよ、自分でやるから。は動いちゃ駄目」
「大丈夫だよ」
そう言って思わずベッドから下りようとしたを、跡部と忍足が慌てて止める。
素早いなぁ。
「肋骨折ってるんやから絶対安静に決まってるやろ」
「ちょっと目を離すと動き回るくせしやがって、何言ってるんだ」
「骨折じゃないよ。ちょっとひびが入っただけ」
「骨折よりもひびのほうがタチが悪いんだよ。ベッドに縛りつけられてえのか、ア〜ン?」
「とにかく駄目や。大人しくしとき」
「まったく…」
が苦笑して、跡部と忍足はそんなを見てため息をついた。
3日前、学校で1年生を庇って階段から転落したは、肋骨に2ヶ所ひびが入る重傷を負った。
その知らせを聞いた時には、本当に心臓が止まるかと思うほど驚いた。
ストレッチャーで運ばれていくの顔は蒼白で、額からは血が流れていた。
今思い出してもぞっとする。
幸い生命に別状はないと聞いて安心したものの、その連絡が入るまでの心配と怒りはすさまじいもので、思わず元凶の1年生を吊るし上げようと思ったくらいだ。
が悲しむのがわかってるから思いとどまったけどね。
それにしても、上から降ってくる人を支えようとしたのだと知ったときは、驚きよりも呆れてしまった。
気持ちはわからなくもないけど、無茶だ。
ジローや岳人よりは背が高いとはいっても、それでもの身長は166センチ程度。
僕達より縦も横も全然小さいが、2人の生徒を助けられるわけがない。
ましてや相手は1年生とは言っても170センチを超えるバスケ部員。
当然のように3人とも階段を転落し、怪我を負ったのは下敷きになった1人。
助けられた1年生は自分達が押しつぶしたのがあのだと知って顔面蒼白だった。
意識のないと、かすり傷一つない1年生2名。
その場の空気は、それはもうひどく冷たいものだった。
特に跡部の怒りはものすごく、まるで般若か悪魔のようだった。
必死で感情を抑えようとしている跡部は、逆に怖かった。
あと1分救急車の到着が遅かったらどんな修羅場になっていたか想像したくもない。
おそらくそのままだったら彼らは退学になっていただろう。
それほどに跡部の怒りは深かった。
彼らが退学にならなかったのは、ひとえにのお陰。
意識を取り戻したが、彼らに怪我1つないことを喜んだから。
身動きできない怪我を負っていながらそれでも大したことはないと、泣きじゃくる1年生2人に笑顔で告げたを前にして、跡部も彼らを退学にすることはできなかったのだろう。
3日間の停学と反省文で済んだのは奇蹟に近い。
後で知った話だけど、連帯責任でバスケ部は10日間の部活停止と来年度の予算が10%削減されたけど、それでも優しい処分だと思う。
彼らは廊下でバスケをして遊んでいたのだから。
足を踏み外した際に放り投げられたボールは校舎の窓ガラスを2枚割り、その破片で数人の生徒が怪我をしていたことを考えると、もう少し厳しい処置でもよかったんじゃないかと思う。
は全治1ヶ月。少なくとも2週間は入院が必要で、学校に戻れるのは早くても20日後。
そしてテニス部の地区予選は2週間後。
おそらくは関東大会にも出場できないだろう。
全国大会は何とかなるかもしれないが、それでも万全の体調で挑むことは不可能だ。
「部のほうはどう?皆頑張ってる?」
「頑張ってるよ、皆」
この2人を除いてね。
テニス部の目標は、常勝立海大を破って全国制覇すること。
が出場できなくては、その夢を叶えるのは正直かなり難しい。
現在その穴を埋めるべく、テニス部では猛練習が続いている。
岳人や宍戸、そして普段は寝てばかりいるジローまでもが必死に練習しているのだ。
まったく部活に顔を出さないのはこの2人だけ。
そのくせ僕達には、の不在を補うためにも練習してろと言い放つ。
「ごめんね、こんな時期に…」
「のせいじゃないのはわかってるから気にしないで」
「そうや、は怪我を治すことだけ考えとったらええ。地区予選のことは跡部や滝に任しときや」
「忍足は出ないの?」
「俺はダブルス専門やし。地区予選のダブルスは準レギュラーが出るのは毎年のことやろ」
だからって練習にすら出ないのはどうかと思うけどね。
思わずそう口にしそうになったけど、少し考えて止めた。
言って2人が言うこと聞くとも思えなかったし、が気にするから。
もうしばらくは大目に見るけど、いい加減にしなよね。
その後病室に置かれた見舞いの品を選別してみた。
食べ物は盛り篭に入った果物が3山(しかも全部千疋屋)、各有名洋菓子店の焼き菓子セットが10セット。女子生徒の手作りと思しきパウンドケーキが小袋で20(これは今日僕が持たされたもの。タイミング良く調理実習だった)、そして冷蔵庫には数時間前に見舞いに来たという跡部の小母さんからデメルのアンナトルテ。
食べ物以外はひと抱えもある花束が5束、女の子だったら大喜びだろう監督が送ってきた某有名メーカーのテディベアが1つ、PSXとゲームソフトが数本(これは家と取引のあるメーカーから送られてきたらしい)。
それと跡部と忍足が選んだであろうDVDが十作品ほど。
わずか3日の間に集まったにしては驚くべき量だ。
「愛されてるね、」
僕がそう言うと、は困ったように笑った。
確かに愛されてると思うよ。
でも…。
こんなにいらないよね?
どうしようこれ…。
結局食べ物はが食べそうなもの数個以外、ほとんどを部員に差し入れとして持って帰った。
岳人とジローが大喜びしていたからよしとしよう。
- 05.07.28