全国大会終了後。
約束通り越前との試合が行われた。
場所は青学のテニスコート。
氷帝ではどうあっても人目を引いてしまうために、が提案した。
勿論青学側にとって不都合があるはずもない。
うちより設備的に劣るコートではあるものの、使い慣れた場所にいるという安心感があるのだろう、青学メンバーの表情は明るかった。
「随分余裕だね」
約束の時間より五分前に現れたに対して、越前が皮肉げに笑ったけれど、その表情は全国大会で見せたような生意気さは見つからない。
誰に対しても生意気な態度を崩さない越前だけど、どうやら本当にだけは特別みたいだ。
あの去り際に見せたの笑顔に萎縮しているわけではないが、を本気で怒らせたという自覚があるだけに、いつもの態度もどこか元気がない。
「試合をするだけだからね。何も変わらないよ。いつもと」
一度交わした約束は破らないは、相変わらずの笑顔を浮かべたまま。
相変わらず綺麗なそれは、あの時見せたような艶やかさはなくなっていたけれど、それ以上に深く見ている者を圧倒させた。
の顔は見慣れている。
知り合ってから2年と少しだが、クラスも部活も一緒でそれこそ毎日行動を共にしていたから、イヤと言うほどの顔は知っている。
怒った顔はそれこそ数えるほどしか見ていないが、笑顔は常に見ていた。
だが、どうしてだろう。
そんな見慣れたはずのの笑顔が、いつもと違う気がするのは。
「…」
そんなことを考えていたら、後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「何、景吾?」
「…いや、いい」
「そう」
の荷物を肩から下げた跡部が何かを言おうとしたけど、向けられたの張り付いた笑顔に結局何も言えなくて黙り込んだ。
「先輩、やっぱりまだ怒ってますね」
「あぁ。ありゃ根が深いぞ」
「放っておいていいんですか」
「ならお前がに言えよ」
「嫌ですよ」
宍戸と鳳の会話が聞こえるけど、悪いけど僕も宍戸の意見に賛成だ。
藪をつついて蛇を出すようなことはしたくない。
跡部の謝罪を聞き入れたではあったが、やはり怒りは治まっていなかったようで、ここ数日跡部はの僕状態だ。
『許す、とは一言も言ってないよ』
見事なまでに張り付いた笑顔のを前に跡部は茫然自失。
自業自得と言ってはあれだが、許されたと思っていた跡部のショックは大きかった。
結果として跡部はの言うことに一切逆らわない。
氷帝の帝王をパシリにできるなんて、日本広しと言えど以外いないだろう。
「で、どうするの? 試合始める?」
「もう少し待ってもらっていいかな。荷物がまだ届かなくて…あぁ来たみたいだ」
正門へと視線を向けながらが明るく答えるのにつられて視線を動かすと、正門前に停められた黒塗りの高級車の扉から降りてくる長身が見えた。
「うわぁ…」
岳人がどこか遠い目をしている。
が本気を出すと言っていたからもしかしたらと思ってたけど、やっぱり来たんだ。
予想はしていたけど、予想以上の派手な登場に開いた口が塞がらない。
でもそれは青学も同じだったようで、むしろと2人の姻戚関係を知らなかったせいか、驚愕度は向こうが遥かに大きい。
『神』と呼ばれたクライヴ、『天才』と呼ばれたウィリアム。
テニスをする者でウィンチェスター兄弟の名を知らない人はいない。
誰もが尊敬するテニスプレイヤーが、今目の前にいる。
純白のラケットをその手に携えて。
「、遅くなったね。頼まれたものを持ってきたよ」
「ありがとう、クライヴ」
呆然とする青学メンバーの前で、クライヴさんはへラケットを手渡した。
僕の記憶違いでなければ、それはクライヴさんがウィンブルドンを制覇した時に使っていたもの。
『神』と呼ばれるきっかけとなった試合で愛用していたそれをに渡すと、は嬉しそうに微笑んだ。
「、それ…」
「うん、僕の『翼』」
愛しそうにフレームに触れて、はそう言った。
「僕が本気でテニスをする日がくるようになるまでクライヴに預かってもらってたんだ」
その感触を確かめるように何度かグリップを握り、はふわりと笑う。
「クライヴから譲り受けた、僕の大切な宝物だよ」
純白の翼を手に、は対戦相手を見据える。
「お待たせ。さあ、試合を始めようか」
それは、『神の後継者』が目覚めた瞬間だった。
- 07.06.14