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アカイイロ


傾いた陽射しが、
白い肌を照らしている。





授業終了のチャイムと共に、携帯に1通のメールが届いた。
開いてみると、そこにはごく簡潔な一言。

『話がある』

ちらりと視線を向けると、教室を出ようとしていた人物が俺の視線に気付いて口元に笑みを浮かべた。
何かを含んだその表情。
ポケットに入れられていた右手がさりげなく天井を指差す。
珍しいこともあるもんだ。
あいつから呼び出しを受けるなんて初めてだ。
誰かに聞かれたら困る内容なのだろうか。


「何?」
「悪いけど、部活少し遅れる」
「わかった。1人?」
「いや、忍足と一緒だ」
「了解。練習は始めてるからね」
「あぁ、頼む」

ある意味俺よりも面倒見のよいに頼んでおけば問題はないだろう。
滝と宍戸に声をかけて教室を出て行くを見送って、俺は教室を後にした。





放課後の屋上は施錠がされているのだが、その鍵を開けるのは簡単だ。
何しろ新館の屋上は俺達のたまり場のようなもので、正レギュラーは全員ここの合鍵を持っている。
当然学校には無許可だが、生徒会長の権限でどうとでもなるのだ。

「急に呼び出して堪忍な」

屋上の扉を開けると、フェンスに凭れかかって忍足が待っていた。

「用って何だよ」
「せっかちやな。少しはゆっくり世間話でもしようとか思わんのかい」
「生憎、俺様は多忙なんでな。くだらねえ用事ならただじゃおかねえぞ」
「はいはい。実は今度の大会のことなんやけど、地区予選はいつもの通り準レギュラーが出場するんやろ?」
「シングルスは正レギュラーだけどな」

だが、実際シングルス2まで試合が及んだ例は少ない。
準レギュラーと言えども、他校では十分レギュラーとして通用するだけの実力の持ち主だから、たかが地区予選で敗北するような奴はいない。
シングルスを正レギュラーで固めるのは保険のようなものだ。
東京都は選手層が厚い。
青学や山吹、六角中など全国でも通用するレベルの選手も多いのだ。
シード校だからといって油断はできない。

「シングルスは誰にするか決まってんのか?」
「おそらく宍戸・滝・俺になるだろう」

最も本人の希望があれば変更は可能だ。
どうせ出場できる機会は少ないんだ。

はどないするねん」
「あいつはうちの最終兵器だからな、関東大会までは出さねえよ。切り札を最初から見せるような馬鹿はいないだろ」
「せやな」
「何だ。お前、シングルスで出たいのか?」
「いや、逆やねん。その日できたら休ませてもらおう思てな。ええか?」
「お前は元々関東大会まで出す気はないから問題はないが…、一応理由を聞かせてもらおうか。くだらない理由なら許可しない。1年と一緒に応援でもしてろ」
「きっついな、自分。ホンマ以外には厳しい奴やな」
「今更だろ」

第一に甘いのは俺だけじゃねえ。
どちらかと言えばお前の方が甘やかしてるはずだぞ。
その自覚があるのか、忍足は軽く肩をすくめた。

「家庭の事情ってやつや。実はばあさまに呼び出されてん」

その一言で事情が察することができた。

忍足の父親は東京の大学病院に勤務する医者だが、実家は京都でもかなりの名家らしい。
詳しいことは語ろうとしないが、時々学校を休んで京都の実家に訪れていることを考えると色々としがらみがあるのだろう。

「京都に戻るのか」

そう訊くと忍足は苦笑した。

「いつかは戻るかもしれへんけど、当分その気はあらへんな。この学園の退屈せえへんし、何より京都に戻ったらと一緒におられへんやん。と試合できなくなるのは嫌やねん」
「向こうに行ってもと試合はできるぜ。お前が全国大会に出場すればな。むしろ本気のと対戦できる好機だと思うが」
「それも魅力的やけど、やっぱり今のままがええな」

全国でも5指に入るの実力。
誰もが目を奪われるそのテニス。
そして、誰からも愛されるという人間。
テニスという媒介を抜きにしても、一緒にいたいと思わせる綺麗な存在。

「離れてしまうのは、勿体無いやろ」
「そうだな」
「だからばあさまを説得してきたいねん。許可くれへん?」
「いいだろう。ただし、に気付かれることなく、しっかり説得してこいよ。に余計な心配させるんじゃねえぞ」
「了ー解」


忍足がそう答えた時。
足元で悲鳴が聞こえた。
女子生徒のものだったそれに他の声が重なり、騒然となった。

「何だ?」
「騒々しいな」

何か起こったのだろうか。
声がかすかに聞こえてくる。


…が、庇って……

…保健室……


「トラブルだな」
「そうみたいやな」

足元の状況を伺おうとフェンスに近づくと、携帯が鳴った。
発信者は宍戸だった。

「何だ?」
『今どこにいる!?』
「屋上だ。何があった?」

言いながら扉を開け、急いで屋上を後にする。
どうやら同じ校舎での出来事だったらしく、騒ぎは大きくなるが屋上から状況を伺うことはできなかった。
そうなれば少しでも早く現場に行って事態を把握しなければならない。
事態を重く見た忍足も無言で俺の後ろをついてくる。

「場所はどこだ?」
『新館の階段だ。すぐに来い』
「2分で着く」
『もうすぐ救急車も到着する。…病院に連れていってくれ』

わずかに落ちた声のトーンが気になる。
不安というよりは予感。

「…何があった…」
『………』
「宍戸!」

お前はと一緒に部活に行ったんじゃなかったか?

が…階段から落ちた……』
「な、に………?」

後頭部を鈍器で殴られたような錯覚。

ガ、階段カラ落チタ?

「何を言って……」

もどかしい思いで階段を下りると、そこには人だかりができていた。
すすり泣く者、青ざめて座り込む者、呆然と立ち尽くす者。

そして、その中心にいるのは―――。


…?」


手からすべり落ちた携帯が、足元で硬質な音を立てる。

投げ出された細い腕。
床に広がっていく赤い色。
伏せられたままの瞳。



これは、一体何だ……?


  • 05.07.24