対青学戦。
想像を絶する試合の中、勝ったのは青学だった。
この3年間で一番いい試合だったと思う。
試合終了までは。
だが――。
「………」
その光景に息を呑んだのは俺達氷帝だけでなく青学の連中も同じだった。
子供の悪戯のように笑みを浮かべる青学ルーキーの姿に、隣に立つの手がきつく握られた。
「」
聞き取れるか聞き取れないかという程度の小さな呟きに思わず振り返れば、穏やかな笑みを崩さないがその光景を見据えていた。
「…」
空気が変わった。
無表情で越前を見据えるその姿は、あまりにも整った造作のせいで人間らしさをまったく感じさせない。
冷ややかなその姿に、気付いた忍足や長太郎の表情も強張っていくのがわかった。
テニスに対して真摯な姿勢を崩さない。
コート内での不正や悪戯を何よりも嫌う潔癖なには許せない光景だと思う。
だが制止の声をかけないのは、誰でもない跡部自身が言葉にしたことだから。
ここでが制すればおそらくその手は止まっただろう。
だが、はそれをしない。
跡部が望まないことだとわかっているから。
だが、どうあっても理解したくないのだろう。
赤い雫が指の間から零れて落ちるほど固く握り締められた手のひらがそれを物語っている。
跡部の髪がコートに落ちていく姿を、一体どんな思いで見据えているのか。
「……馬鹿だよね」
呟いた声は自嘲めいていて、だが青灰色の眼差しに浮かぶのはあくまでもきつい色に、以前見たよりも遥かに深いの怒りを感じた。
「ねえ、リョーマ。満足かい?」
バリカンを手に笑っていた越前が、その声で動きを止めた。
振り返った眼差しが一瞬で強張っていく。
誰からも好かれる。特に青学のこの1年生は初めて会ったときからになついていたから、こんなを前にどういう反応をしていいかわからないのだろう。
どんな悪ガキもの前では借りてきた猫のように大人しくなる。
そう、それが生意気な青学ルーキーでも。
「あ……」
「君の気が済んだなら、そろそろ景吾をこちらに返してほしいんだけど」
軽い一瞥をくれるだけで跡部へと歩み寄ったは、不安定に揺らめく跡部の身体をそっと支えた。
「樺地。景吾をお願い」
「ウス」
体格に差があるためにが跡部を支えきれないために、抱きとめた跡部の身体を樺地に任せ、は青学の連中に向き合った。
スポーツマンシップにあるまじき行為を止めなかった青学の連中も、を前にして所在なさげだ。
あの手塚ですらばつが悪そうに立っている。
「あのさ、…」
やりすぎたと感じたのか、それともの怒りを察したのか、越前がを見上げるが、無感動なの眼差しを受けて言葉を失った。
「俺…」
「ねえ、リョーマ。君、僕と対戦したいって言ってたよね」
「あ…うん」
「いいよ。対戦しよう」
「本当?!」
「ああ。そうだな、全国大会が終わったら場所を用意しよう。それでいい?」
いつも通りのに戻ったせいか、越前の態度も元に戻る。
「別に今からでもいいよ」
「駄目だよ。君は景吾との戦いで疲れてるだろう。それに全国大会はまだあるんだ。それが終わってからでも十分間に合うよ。こちらの準備もあることだしね」
「約束だよ。そのときになってやっぱりなしってのは駄目だからね」
「ふふ、やだなあ。そんなことしないよ」
ふわり、と笑ったに越前が満足そうに笑う。
安心したように表情を緩める青学の連中とは対照的に氷帝の顔色は悪い。
無理もない。
柔らかく笑うその顔の眼差しだけが笑っていない。
怖い。
不機嫌な跡部は今まで嫌というほど見てきたが、が怒った姿を見たのはほんの数回。片手で足りるほどだ。
それほどは温厚で、どんなことでも怒るということをしない。
だからこそ、そんなが怒るととんでもなく怖い。
最大級の怒りが目の前にある。
「じゃあ全国制覇してその日を待ってるよ」
「そうだね。僕も楽しみだよ」
差し出された手を握り返し、は笑う。
「全力で相手をしてあげるよ、リョーマ」
「…?」
「『神』の実力、君に見せてあげる」
うっすらと目を細めて笑う。
その姿は壮絶なほど綺麗だった。
- 07.05.13