教室に入ると、難しい顔をしていると跡部の姿があった。
原因はどうやら机の上にある1枚のカード。
おそらくはカードキーだろうそれを、ただ眺めているだけの二人の姿ははっきり言って異様だった。
「どうしようかね」
「どうするって、返すわけにもいかないだろ」
「そうだけど…」
意味不明な会話を交わす2人は不機嫌そうには見えず、むしろ珍しく跡部が困惑している様子なのが気にかかった。
「じゃあ、お前はどうしたいんだ」
「相応のお礼はしたほうがいいのかなと思う」
「礼って、どうやって」
「連絡を取って」
「仙人並みに所在不明の人間と、どうやって連絡を取るって言うんだ。FBIでも動かさないと無理だぞ」
「そ、うかも…」
会話の内容は一切わからない。
いや、わからないままでいたほうがいいのかもしれない。
冷静に考えれば、そんな2人に話しかけるのは利口な方法ではない。
むしろ、こういうパターンでトラブルに巻き込まれなかった経験がないのだから、ほんのわずか疼いた好奇心など抑え込んで速やかに撤退するべきだったのだろう。
だが、その時の俺はに緊急の用事があったし、またそのカードキー1枚がまさかこんな展開に発展することになるとは思っていなかった。
だから、つい訊ねてしまったのだ。
「何やってるんだよ」
と。
そして今。
俺は高層マンションの1室にいる。
◇◆◇◇◆◇
東京の一等地にある港区白金。
この区域に住む既婚女性はシロガネーゼと呼ばれ、有名な高級住宅地だ。
最近有名になった『ヒルズ族』とはまた一味違うこの街並みは洗練され、同じ港区にありながら六本木よりは白金の方が俺は気に入っている。
まあ、最もこんな高級住宅地にそう頻繁に来る用事などあまりないのだが。
そして、今俺がいるのはその白金にある最高級のマンションに最上階。
最上階へ直結の専用エレベーターを上がれば、そこはすでに玄関だった(とんでもない)。
大理石の玄関を上がればマンションとは到底思えないほど広い廊下があり、その先の扉を開けば視界に飛び込んでくる絶景は、夜になれば夜景がさぞ綺麗だろうと思う。
30畳は軽くあるリビングに置かれている家具はすべてイタリア製で、さりげなく飾られているランプはシュナイダー。
サイドボードには素人目で見ても高価だと分かる食器がずらりと並んでいる。
「バカラ、マイセン、ロブマイヤーにフリッツ・ヘッカーね。なかなかの趣味してんじゃねえの」
バカラやマイセンはまだわかる。
が、ロブマイヤーだのフリッツ何とかだのはまったくわからない。
おそらくは目の前に陳列しているクリスタルグラスのことなのだろうが、初めて聞く名前と跡部の感心したような声から察するに、俺が知らなくても大した問題はないのだろうと思われる。
「あのさ…」
「何だ」
「ここって誰の家なんだ。勝手に上がりこんでいいのか?」
とりあえず先程から抱いていた疑問をぶつけてみた。
何しろ有無を言わさず連れてこられたものの、何故俺がここにいるのかよくわからない。
理由があって連れてこられたのだろうけど、その理由すら聞かされていないのだから質問の一つくらい許してもらってもいいだろう。
「あれ、言わなかった?」
聞いてねーよ。
「ここはの別宅だ」
はあ!?
「違うよ景吾。まだ決まってないんだから」
慌ててが首を振るが、まだってどういうことだよ、まだって。
「名義はすでにお前の名前になっている。マスターキーもお前の手にあるだろう。法的に譲渡が成立している以上、この家の所有者はお前なんだよ」
こいつらとの付き合いは決して短くないが、今もって理解できないことは多々ある。
つーか、理解したくない。
◇◆◇◇◆◇
つまり、こういうことだ。
「先月家主宰のパーティーがあったんだ。ロンドンにいる父さんと母さんが出席できないから一応僕が代わりに出たんだけど、その時の招待客の1人にどういうわけかひどく気に入られたみたいで、少し遅くなったけど誕生日プレゼントを贈るって言われたんだ。勿論本気にしてなかったよ。だって社交辞令だと思ったし。実際あの人は家と仕事上の付き合いはほとんどないんだから。それに相手も結構お酒入ってたからどうせ冗談だろうと思ってね、一応やんわりと断ってはおいたんだよ。当然だよね。だって知らない人から物を貰っちゃいけないって、日頃から景吾に言われてるし。だから本気にしてなかったし今まで何の連絡もなかったからやっぱり社交辞令だって思ってたんだ。そしたら昨日鍵と権利書が贈られてきて驚いたよ。断ろうとしたんだけどどうもその人先日ニューヨークに引っ越しちゃったみたいで全然連絡取れなくて返そうにも返せないんだよね。御祖父様も御祖母様も受け取ってあげなさいって言うんだけど、パーティーで1回会っただけの人からあっさり貰っていいものじゃないと思うんだ。まあ結果的に受け取っちゃったから仕方ないんだろうけど」
長々と説明されたけど、ぶっちゃけ半分以上耳に入ってなかった。
つまり、パーティーで知り合った人から誕生日プレゼントでこの高級マンションの1室(最上階家具一式つき)を貰ったと。
軽く億を超えるだろう金額のマンションをぽんとプレゼントするとはどんな酔狂だと思いきや、告げられた名前は馴染みのない名前。
日本ではそれほど有名じゃないが、海外ではそれなりの評価を受けている写真家らしい。
女性と月を撮らせれば右に出る者はいないと言われている彼の作品が一体いくらするのか、そっちの方面に疎い俺は知らない。
だが、部屋のあちこちに飾られているのが彼の作品なのだとしたら、この家の価値は相当のものになるんじゃないかと思う。
一体いくらするんだ…。
ここに来る前までは散々しぶっていたではあったが、どうやらこの部屋の眺めが気に入ったらしい。
名義も変更されているのだから受け取らないわけにもいかないのだろうが。
「断るのも申し訳ないし、受け取るしかないね」
ソファーの座り心地を確認しながら、あっさりとが言う。
ちなみにそのソファーはがイギリスの実家で愛用していたものと同タイプのものらしい。
「それに1人暮らし気分も味わえるし、皆で合宿したりするのもいいかもしれない」
「セカンドハウスくらいに考えてればいいだろ」
「うん、そうする」
こいつらの感性には時々ついていけない。
むしろついていけるようになったら終わりじゃないだろうか。
「そうだ。亮、住む?」
住まねーよ!!
- 07.03.25