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お熱いのお好き?


「別れてくれないか」

突然そう切り出してきたのは、見たこともない男だった。

授業が終了し生徒会の雑務を2,3片付けてからいつものようにテニスコートへ向かう途中に出会った他校生。
全国大会に向けて偵察やら応援やらが多いこの時期だから他校生の姿は珍しくないが、明らかにそいつはそういう類の連中とは違っていた。
運動とは無縁だろうと一目でわかる貧弱な体型。
身に纏っている制服は、寄付金さえ払えばどんな奴だろうと入学できると言われている私立校のものだ。
勿論テニス部なんて名前だけの存在で、全国大会はおろか都大会でも今までに一勝もしたことがないという伝説の学校でもある。
テニス部部長としての俺に用ではないのだろう。
ということが学校絡みか家絡みか。
身につけているものはそれなりの値段のするものだから、おそらくは後者だろう。
裕福な家庭で我儘に育てられたお坊ちゃんという典型のような外見をしている。
この俺に対して居丈高な態度を取る度胸は認めてやってもいいが、くだらない用事だったらただじゃおかねえぞ。
全国大会も間近で、こっちは寝る暇もないほど忙しいんだからな。

「ア〜ン?何のことだよ?」
「だから彼女と別れろと言っているんだ。君と彼女じゃ身分が釣り合わないだろうが」
「はあ?」

こいつ頭がおかしいんじゃないか?
人の顔を見るなりいきなり別れてくれと言われても意味がわからない。
大体彼女って誰だよ。
そんな特定の女作ったこともなければ傍にはべらかしていたこともないぞ。
それともあれか?
こいつもまた自分の好きな女が俺のファンだとかいうやつなのか。
だとしたら話すのも時間の無駄だ。

「もう少し会話を学んでから出直すんだな、お坊ちゃんよ」
「ま…っ、待ちたまえ!!」

待ちたまえ?
今時そんなレトロな台詞をほざく奴が立海大の柳生以外にもいるとは思わなかった。
もっともあいつは頭の先から足元まで完璧に紳士だからまだ許せるが、この能無しが言うとものすごく胡散臭え。
どこの馬鹿坊だこいつは?

「この僕に対してその口のきき方、まったく非常識も甚だしい」
「貴様と話している時間などない」

まったくいきなりやってきてわけのわからねえことを次から次へと。
氷帝のセキュリティはどうなってるんだ。
俺はこんな奴の校内立ち入りを許可した覚えはねえぞ。
時計を見ればすでに練習時間は始まっている。
こんな奴を相手にこれ以上無駄な時間を割くつもりはない。

「まったくちゃんも何でこんな男なんか……」

踵を返した俺の足を止めたのは、その呟きが聞こえたからだ。


が何だっていうんだ?」

気安くを名前で呼ぶんじゃない。
馴れ馴れしい。

「彼女にふさわしいのはこの僕だ!君は彼女の前から消えろ!」
「…………」

が、『彼女』ねぇ…………。
まああの外見じゃ無理もねえが。
去年まではの性別を間違えて入れ込んでいた男どもがそれこそ掃いて捨てるほどいたが、さすがに今年はそんな間違いはなくなってきたと思ったんだが……。
まだここにもいたか。
それにしても自称『名家の子息』というくらいなのだから、家の御曹司くらい知っていそうなはずなんだが…。
やはり単なるバカボンだったか。

「あの美しさ!あの気高さ!そしてあの天使のような微笑!まさに神が創りたもうた芸術。人類最高の宝にして、この世で最も尊い女性。それがだ!」

………………………………………………………………………………。
前言撤回。
唯のバカボンじゃねえ。
とんでもない変態だ。
しかも目がイッてやがる。

「あぁ!あの美しさ。触れたら消えてしまいそうなほど儚い僕の天使。彼女こそ、僕の理想。僕が今まで捜し求めていた女性。僕の隣にこそ相応しい」

こいつマジでやべえ。
とっとと警備員呼んで追い出すか。

「そんな天使を、僕のミューズを、貴様のような下賎の者の傍に置いておくことなど許せることじゃない!!」
「!?」

今こいつ何て言いやがった?
下賎?
この俺が?
氷帝学園の跡部景吾に対して『下賎』とかほざきやがったか!?

「貴様…生命はいらねえらしいな」
「本当のことじゃないか。僕を誰だと思っているんだ」
「唯の馬鹿坊だろうが」
「しっ、失礼な!!僕の家は桓武天皇系源氏の直系なんだぞ!」

いつの時代だそれは。
冗談なら笑って済ませられるが、こいつの様子から見て本気なのは間違いないだろう。
ということはあれか?
あるかないかわからない血統にしがみついている正真正銘の愚か者というやつか。

「それが?」

問題は本人の資質だ。
どれほど器がよかろうが、入っているものがガラクタじゃ器の価値も半減どころか屑も同然だ。
ましてやこんなイカれた野郎が堂々と名乗る家名なんぞ、道端の塵ほどの価値もねえ。

「放り出されねえうちに、さっさと出て………」



「景吾?」



聞こえてきた声に俺は内心天を仰ぎ、目の前の男の目は輝いた。
まったく、何てタイミングの悪い……。
今この状況で一番来てほしくなかった相手が、何でよりにもよってやってくるんだ。
しかも、ジャージ姿で。
制服姿ならまだの性別に気付くこともできるだろうが、ジャージ姿では難しい。
面倒だという理由で切らなかった為に輪郭を縁取るほどに伸びた髪のせいで、ここ最近のは性別不能を通り越して女性にしか見えないというのに。
背後に樺地や忍足を従えて歩いてくる姿は、大柄な男に囲まれて華奢な様子が一層目立ち。
目の前の男の顔が瞬時に輝いたことが、事態の悪化を容易く予想させた。

「何やってるの…友達?」
「いや…」

悪気はないのはわかってる。
わかってるが、小首をかしげて見上げる姿がどれだけ犯罪的か、いい加減こいつに教えないといけないかもしれない。
とりあえず今は状況回避が先決だ。
が樺地を連れてきたことは、今回は幸いだった。

「樺地、捨てて来い」
「ウス」

俺の意図を的確に悟った樺地によって、男が連行されていく。
最初こその登場に呆けていた男ではあったが、襟足を掴まれて校外へと連行されていく自分を把握した途端もがき出した。

「えぇいっ、放したまえ!」
「この害虫、警備員に引き渡せ」
「ウス」
「誰が害虫だ!」

いくら抵抗しようと樺地の力に敵うわけがない。

「俺は………俺は諦めないぞ〜〜〜!!!」

遠くで何か遠吠えが聞こえたような気がするが、気のせいということにしておこう。

「誰……?」
「あーん?唯の馬鹿だ。相手にする必要ねえよ」

「アイルビーバァーック!!」」

二度と来るな。


  • 06.11.03