伏せられた瞳。
それを縁取る長い睫が、端整な顔に影を落とす。
広い図書室にはいた。
昼休みに調べ物があるからと言って図書室へ向かったきり、チャイムが鳴っても戻ってこなかったを探しに来たら、当の本人は窓枠に凭れかかって熟睡中だった。
ただでさえ人気のない図書室。
窓辺からは春の陽射しが差し込んでいて心地良かったのだろう。
その膝には1冊の本が置かれている。
どうやら読んでいるうちに睡魔に負けたのだろう。
使われることのなかったブックマークの代わりに自分の指が挟まれている。
もうすぐ15歳になるとは思えない無邪気な寝顔だ。
授業が始まっても未だに生徒の姿があることに司書が気付かなかったのは、この場所を考えれば無理のないこと。
何しろ蔵書の多さでは都内随一を誇る氷帝学園の図書室にあって、この場所は司書室からは見事に死角になっている為、多忙かつマイペースな司書が音も立てずに眠っている一生徒の存在に気付くはずもない。
昼休みならそれでも他に利用する生徒もいただろうが、学園内でも有名なの午睡を邪魔しようとする生徒はいなかったらしい。
結果は熟睡したまま午後の授業に戻らなかった。
「ったく、仕方ねえな…」
幸い午後の授業が自習だったからいいようなものの、図書館で寝過ごして遅刻したなんて言い訳は情けないものがある。
とりあえず起こすのが先だ。
肩を揺すって起こそうと手を伸ばしたその先で、の瞼がかすかに震えた。
「ん……」
人の気配には敏感なだ。
起こそうとした俺に気付いたのだろうと思ったのだが、一度開きかけた瞼はしかし開かれることはなくまたもや閉ざされてしまう。
一度寝たら余程のことがない限り起きないジローとまではいかないが、の目覚めはそれなりに悪い。。
それでもベッド以外で熟睡できるほど太い神経じゃないはずだが。
午前中の様子を思い出しても寝不足には見えなかった。
ということは、よほどこの場所の寝心地がいいのだろうか。
柔らかい髪の感触を楽しんでいても、まったく起きる気配はない。
口元にうっすらと笑みを浮かべたの寝顔はとても幸せそうで、起こすのが忍びなく思えてきた。
時計を見ると授業終了まではまだ時間がある。
あと20分くらいなら、見逃してやってもいいだろう。
の手元から滑り落ちそうになっている冊子を静かに取り上げ、近くの椅子を引き寄せてそこに腰掛けた。
この様子では大きな音を立てない限り起きないとは思うが、それでも寝ているを起こさないように気を遣う。
調べたいことがあると言っていたから何かと思えば、の読んでいた本は三国志だった。
演義ではなく正史だが、何を調べたかったのだろうか。
適当にページをめくって目を通してみると、意外と面白そうだ。
そういえば中国の歴史小説はほとんど読んだことがなかった。
が目覚めるまでの時間、退屈しなくてすみそうだ。
「あれ?」
昼休みに図書室に来たはずだった。
亮と歴史の話をしていたとき、三国志には『演義』と『正史』があると聞いて急に読んでみたくなったんだ。
家の書庫にもあるかもしれないけど、探すのが大変そうだったので学校の図書室を利用することにしたんだけど、登場人物が多い上にスケールの大きな話はちょっと読んでみるというのには不向きだった。
同姓も多く似たような名前が多い中国の話は、もっとじっくりと腰を据えて読むべきものだったのだろう。
窓際の温かな陽射しのせいもあってか、いつの間にか寝てしまったらしい。
意識があったときから30分も軽く経過していて、沢山いた利用者の姿は影も形もなく、そしておそらく僕を探しにきてくれたらしい景吾の姿がすぐ近くにあれば、いくら鈍くても気付くというものだ。
一体どれくらい眠っていたのだろう。
時計を見て5限がとっくに始まっている時間だとわかって慌てて窓枠から下りた。
椅子に凭れて眠っている景吾をゆり起こす。
「景吾。授業が始まってる」
肩を揺すると、景吾がわずかに目を開いた。
青い瞳がぼんやりと瞬いている。
無防備な表情。
学校でこんな顔を見るのは初めてかもしれない。
「教室戻らなきゃ」
「気にするな」
景吾が手招きをするので顔を近づけたら、肩を捕まれて景吾の隣に座らされた。
「景吾?」
「少し、肩貸せ」
「授業は?」
「自習だ」
そう答えると景吾はまたもや微睡の中へと戻っていく。
規則正しく聞こえてくる寝息。
最近部活と生徒会行事と家の行事が重なっていて疲労が蓄積しているのだろう。
適当に力を抜けばいいとよく言われるけど、それを自らに許すような景吾じゃない。だからこそ全校生徒の信頼を得ているんだと思う。
疲れるのも無理はない。
仕方ない、最初に眠ってしまったのは僕の方だし、しばらくの間景吾の枕になろう。
「お休み、景吾」
柔らかい髪を撫でると、口元がわずかに動いたような気がした。
「何やってんやろ、この2人…」
「さあね」
いつまで経っても戻ってくる気配のない跡部とを心配して探しにきた僕達の目の前には、どこのカップルですかと言いたくなるように寄り添って眠っている2人の姿。
2人とも整った顔をしてるから、仲良く眠っている図はものすごく絵になること。
こんなだから2人の仲が妖しいとか噂されるんだよ。
最もは全然気付いてないようだけど。
「この2人ってナチュラルにイチャついとらへんか?何や腹立つんやけど」
「それは跡部に?それともに?」
「当然跡部に決まってるやろ。俺の大切なに…」
「君のじゃないから、誤解しないように」
とりあえず授業も終わるしもうすぐここにも生徒がやってくるだろうから、その前に起こさないと。
部活もあるし、生徒会の仕事もあるんだからねお2人さん。
あ、その前に。
カシャリ
「…滝、何しとるん?」
「寝顔の激写。よく撮れてるでしょう」
「おぉ、ホンマや。…そうやのうて、の写真撮影は禁止されてるやろ」
「いいんだよ、別に売りさばくつもりもないし不特定多数に見せるつもりもないんだから」
「ばれたら大変やで」
「じゃ忍足はいらないんだ。メールで送ってあげようと思ったんだけどな」
「俺は何も見てへんで。だから送ってや」
授業サボって寝てるのが悪いんだからね。
とりあえず正レギュラーには送っておこう。
- 05.07.21