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If〜もしも…


気象庁では関東地方の梅雨入りが宣言され、ぐずついた天気が1日の大半を示すようになってきたここ数日。
いつもは屋上で食べていた昼食も、雨が降ってしまってはそれもできるはずがなく、結局カフェテリアやら食堂で食べることにしているのだが、男女問わず注がれる視線にうんざりしてしまう。
何かと注目を浴びてしまうメンバーで固まっているせいか、周囲からの視線はさすがに(嫌でも)慣れているいたものの、それでも昼食くらい気心の知れた面子でゆっくりと過ごしたいと思っても無理はないだろう。
普段も天候不順の日はカフェテリアを利用していたけど、こんなにひどくはなかった気がする。
岳人や宍戸あたりは特に気にするほど神経細くないけど、周囲の視線に堪忍袋の緒が切れたのは、誰よりも狭い心を持つ跡部だった。
自分に視線が集まることには幼少の頃から慣れきっている跡部だったが、その視線が自分以外の人物に注がれていると知って、それはもうものすごく周囲を威嚇していた。
彼らの視線の先にいるのは、自他共に認める跡部の親友
あの跡部のことだから、に嫉妬したわけでは、当然ない。
むしろその逆で、無遠慮に向けられる視線からを守ろうとしてのことだ。
周囲から隠すようにの身体を引き寄せたり、無遠慮な視線から隠すようにの背後に樺地を配置させたり、更には偶然を装って近づこうとする輩から身を挺してを庇ったり、それはもう必死だった。
教師陣を煙に巻くほどの明晰な頭脳は無駄な方向へと回転し加速していく一方だ。
大企業の重役を言いくるめるほどの豊富なボキャブラリーはなりを顰め、ただひたすら駄々っ子のようにに向けられる視線を嫌悪する姿は、(ある意味)涙なくしては見ることができなかった。

ま、僕にとったら馬鹿馬鹿しいの一言に尽きるけどね。

跡部のそんな努力は当然報われることなく、むしろ過剰なスキンシップに周囲の女生徒は大喜びだった。
跡部とが周囲にどのように認識されているか、考えていたんだろうか。
もし考えていたのだったら、それはそれで性質が悪い。
当然のようにギャラリーは日を追うごとに増えていき、とうとうカフェテリアの人口密度は飽和してしまったほどだ。
そんなことがあってから、雨の日の昼食は部室で取るようにした。
本館から遠いから不便と言ったら不便なんだけど、不躾な視線に晒されて食べる食事の味気なさを知っているから、誰も反対はしなかった。
むしろ最初から部室にしておけばよかったんだよ。
まだ引退しなくていいんだから、誰に気兼ねすることもないし。
まあ、跡部のありえない姿を見れたからいいとするか。



平和な食事時間が確保できるようになってから数日後のこと。
誰も口にしなかったけど、やはりカフェテリアでの騒動には皆辟易していたのだろ。
他愛のない会話を楽しむ皆の表情は明るい。

「そういえばさ」

意外にも綺麗な箸使いで忍足のお弁当箱から肉団子を盗みながら、岳人が話を切り出した。

「これ見た?新しい校内新聞」

ポケットから取り出したのは、四つに折りたたまれた校内新聞。
将来ジャーナリスト志望者が多い新聞部の作る校内新聞は、真面目なものからふざけたものまでその掲載内容は多方面に及んでいて結構面白い。

「あぁ、まだ見てへんわ。何、おもろい記事でもあったん?」
「んー、アンケートが面白かったぜ」
「アンケートって、確か『次に生まれ変わるなら男と女どっちがいい?』とかじゃなかったっけ?」
「そうそう。結果は半々くらいだったんだけど、理由がとんでもないものが多くて笑えた」

とんでもない理由って何だろう?
差し出されたそれを広げてみると、そこには岳人の言った通りのアンケート結果が並んでいた。
普段新聞部にはストーカーよろしく張り付かれているせいで(を除く)、彼らに対してそれなりの警戒心はあるけど、やはり好奇心旺盛な男子中学生。
学校内でも評価の高い記事がどんな内容か少なからず興味あった。

「何々…、『男に生まれ変わって跡部様の荷物持ちをしたい』。こら、間違いなく跡部のファンクラブの誰かやな」
「『この次こそイケメンに生まれてきたい』。…結構切実だね」
「『女に生まれて男を手玉に取りたい』っつーのもあるぜ。…激ダサだな」

言うだけならタダとでも言わんばかりに、結構好き勝手なことを書いてある。
そんな思うとおりの人生が歩めるなら、今の性別だって十分だろうに。

「なあなあ、滝はどっちがいい?」

僕?

「どっちって…」
「だーかーら、男か女かってこと。俺はやっぱ男のままでEーな。女の子だと好きな場所で昼寝できないじゃん?」

…そういう問題なんだ。
だったら話は簡単。

「僕はどっちでも構わないよ」
「何で?」
「だって、男だろうと女だろうと、自分で理想通りの人生にすればいいだけだし」
「せやな。別に容姿や生まれる家を選べるわけじゃないんやさかい、結局努力せなどっちでも変わらへんやろ。この跡部かて何の努力もせんと今の地位におるわけやあらへんで」
「フン、怠惰な人生なんて生きてる意味ねえよ」

まあ、男だろうと女だろうと、自分の人生をいかに充実に生きるかが重要なんだってことだ。

「それで、はどっちに生まれてみたい?」
「僕?」

食事中は会話をしないと決めているのか、それまで一切口をはさまなかったがようやく食事を終了させたのを見た岳人が、期待に満ちた視線をに向ける。
優雅な仕草で口元を拭ったは、何かを考えるようにそのまま視線を上空に彷徨わせた。
わずかに首を傾げ、しばらくの間逡巡していたが、やがて困ったような笑顔を岳人に向けた。

「僕もどっちでもいいな。男でも女でも、またみんなと友達になれるんだったら、それでいい」

おそらく本心からなのだろう。
の言葉に自然に口元がほころんでしまう。
綺麗で純粋な
あの跡部の親友とは到底思えないほど清らな魂の持ち主。
確かにと一緒にいられるなら、性別なんて関係ない。

「僕も、と一緒にいられるならどっちでもいいよ」

信頼し尊敬できる友人を得られる。
男でも女でも、それはとても稀有なことだと思うから。



「あ、でも」

何かを思い出したのか、がわずかに眉を顰めた。

「何?
「うん…、僕がもし女の子だったら、16歳で将来が決まってたんだよね。そう考えると今のままでよかったかも…」
「決まってたって…何に?」
「景吾のお嫁さん」

跡部のお嫁さん?
思わず全員の視線が集中する。
当の本人でさえ初耳だったようで、切れ長の目が普段ありえないほどに大きく見開かれていた。

「前に綾子さんが言ってたんだ。僕が女の子だったら、16の誕生日に入籍させるのにって…。冗談かなとも思うんだけどさ…」

いや、冗談じゃないだろ。
彼女がのことを気に入っているのは周知の事実だし、親友同士の子供を結婚させようと息巻いている彼女は、生まれたばかりのの妹と跡部を婚約させてしまったほどなのだから。

「グッジョブ、お袋」

いや、グッジョブじゃないから。

が男でよかった。危うく跡部の魔の手に…」
「幸せにするぜ、?」
「幸せにしなくていいから。跡部、どさくさに紛れての肩を抱かないように」
「親公認の仲だし、別に構わないだろ」
「だから、もしもの話やっちゅーねん!離れんかい!」
「えっとぉ…」

跡部の前でもしもの話をしたのが悪かったのか。
それとも跡部がおかしかったのか。

昼休みの残り時間は、跡部と忍足の限りなく低レベルな争奪戦で幕を閉じた。

…こいつら、本当に疲れる。


  • 06.06.11