目覚ましの音で目を覚ますと、隣で寝ているは音に気付いた様子もなく、安らかな寝息を立てている。
広すぎるベッドは、成長期の子供2人が眠るのに何の問題もない。
は家に泊まりにくると、当然のように俺のベッドにもぐりこんでくる。
いや、もぐりこんでくるというには御幣があるな。
俺より先に寝ているんだから。
一応母が用意したの私室があるのだが、生憎がその部屋を使用したことは数えるほどしかない。
「ったく、ほら。起きろ」
「ん〜…」
細い肩を揺り起こしても、返ってくるのは返事とも呼べない声。
しっかりしているように見えて、実はの寝起きは素晴らしく悪い。
惰眠を貪るタイプではないが、最低でも寝起き5分は思考回路が脳と直結していないのだろう、どうにか起き上がってもベッドの上に座り込んで、またすぐ倒れこんでしまう。
あまりにも無防備なその姿に、男だとわかっていても色々と心配になってくる。
のこんな姿を知っているのは今のところ親族以外には俺だけだと思うが、これが他のやつらに知られたら何をされるかわからない。
とりあえず学校の連中には入学時から骨の髄まで染み込んだ『崇拝』の精神があるから何かできるとは思わないが、問題なのはそれ以外の連中だ。
特に写真部。
将来ジャーナリストを目指す奴らやカメラマン志望の連中が多く所属する写真部は、これまでも頻繁に被写体になりそうな人物を物色し、気に入った被写体を見つけると四六時中シャッターチャンスを狙って付け回すという、一歩間違えば犯罪者になりそうな奴らばかりだ。
いや、実際犯罪に手を染めている奴らもいるのだろう。
先日麻生が摘発した写真部の裏販売ルート。
首謀者は2年の男だということだったが、押収したそれらを見ると明らかに犯罪としか言えない更衣室内部の写真――盗撮写真が多数あったのだから。
多くは男子生徒の需要に応えた人気のある女子生徒の写真だったが、その中に男子テニス部を被写体にした盗撮写真も少なくなかった。
さすがに更衣室の写真はなかったが、それでも試合中は勿論練習中や休日の光景などがぞろぞろと見つかっては、その執念と撮影技術にはある意味感服する。
最も多かったのはいつも眠っているせいか被写体になりやすかったジローと、隙がありすぎる岳人。
反対に少なかったのが、俺とだ。
簡単に撮られるようなへまはしないから、それは当然のことだ。
だが、撮られた枚数が問題なのではない。
本人の許可なく撮影された、という事実が問題なのだ。
特にの場合は、本人の許可なく写真を撮影もしくは流用した場合には、学校側からも厳しい処分が下る。
以前の写真を勝手に雑誌に投稿した馬鹿は、様々な問題が重なって転校することになり、そしてその写真を掲載した雑誌社はの家の圧力によって倒産した。
あの時に起こった騒動を考えれば、それも当然だが。
学校に忍び込む他校生の姿は珍しくなく、テニス部の私物は悉く盗まれ、3メートルの外壁をよじ上っての家に忍び込もうとして警察に連行された多数の男女。
更には送迎の車の前に飛び込んでくるという、とんでもない暴挙に走った女達。
どれだけ飾り立てても可愛い外見をしていても、血走った目で追いかけてくる姿は恐怖以外の何者でもない。
某芸能プロダクションに所属している男性アイドルの苦労がわかった気がした。
さすがにあのときのの焦燥ぶりはひどく、事態が落ち着いてもの表情は晴れなかった。
思えばそれ以来からだろう。
俺達が過保護と言えるほどにを守ろうとするのは。
「らしくねえよな…」
今まで、自分の周りのものすべてに執着なんてなかった。
唯一執着したのはテニスと、そして隣に並び立つ存在。
片翼とも言える、無二の親友。
言葉などなくてもわかりあえる、そんなの隣はひどく居心地がよかった。
亜麻色の髪を撫でれば、柔らかい感触がひどく気持ちいい。
長い睫が小さく震えて、その下から青灰色の瞳が恨めしそうに睨んできた。
「起きるか?」
「寝る……」
休日というせいもあるのか、それとも最近多忙だった疲れが出ているのか。
背を向けて布団を被ったを起こそうという気は、すでになかった。
気が済むまで寝かせてやろうと、そう思っていた。
起き上がった俺の背中をが引きずり倒すまでは。
「!」
「お休み…」
「おいこら!俺は抱き枕じゃねえぞ!」
「………」
「!」
この野郎、細いくせに何て力だ。
本当に眠いのか、それとも単なる嫌がらせか。
背中に張り付いているの真意はわからない。
だが…。
やがて聞こえてきた安らかな寝息に、抵抗する気はすっかりうせた。
「何甘えてるんだか」
まあ、仕方ない。
目が覚めたらしっかり礼をしてもらうとするか。
背中に温もりを感じながら、しばらくして訪れてきた微睡に身を任せた。
- 06.03.17