HRが始まる直前蒼い顔で教室に戻ってきた宍戸から伝言を聞いたとき、正直しまったと思った。
急な合宿で数日学校を休むことは伝えていたが、戻ってきたことの連絡を入れるのを忘れたままだった。
生徒人数の多い上に学校行事がかなり重なるこの時期だ。
おそらく執務室の机の上は惨憺たる有様だろう。
手回しのいいはさすがに何もしていないはずはないだろうが、今回はまったく失念していた俺のミスだ。
死刑宣告を受けたような宍戸の表情からして、少しでも遅れたらどんな結果になるか想像に難くない。
何しろあいつだけだ。
公衆の面前で俺の横っ面を張り倒した挙句、怒鳴りつけたのは。
まあ、もっともあの時は全面的に俺が悪かったのだが。
執務室の扉を開くと、予想通り机の上は目を覆うばかりの惨状だった。
「随分早かったんですね、会長」
振り向いた麻生が爽やかに微笑むが、その笑顔に滝と同じものだ。
すなわち、黒。それも限りなく暗黒に近いほど。
「…悪かったな」
こういうときに下手な言い訳は逆効果だ。
実際落ち度は俺にあるんだから。
「……まあ、いいです。急ぎの仕事は、今会長の机に乗っているものだけです。本日中に決裁をいただきたいのは向かって右の束2つ。左の束は明後日までで結構ですから」
「これだけか?」
B5サイズのファイル2つと、同サイズの書類。
宍戸を脅迫してまで俺を呼び出したにしては、随分と少ない。
「それから、先輩は?」
「あいつは監督に捕まっている。30分ほど遅れるってさ」
「そうですか、それは丁度よかったです」
丁度いい?
「実は緊急の用事は、こちらの件なんです」
そう言って麻生は自分の机から数冊の雑誌を取り出すと、俺の前に差し出した。
一目見てわかるティーンズ向けの雑誌。
派手に塗りたくった年齢不詳の女が表紙のそれは、目の前の女が買うにはひどく不釣合いだ。
「この雑誌をご存知ですか?」
「知らねえな」
「だと思いました。知っていたら会長が大人しくしているはずありませんし」
含みのある言葉につい視線がきつくなったが、麻生はそんなことには構う様子もなく、無表情で雑誌のページをめくっている。
「これらの本には投稿コーナーがあるのですが、採用されると賞金が出るんです」
「それがどうした?」
「クラスメイトが偶然気付いたんですけど、それらにテニス部の方々――特に会長と先輩の写真が数点投稿されています」
「何…?」
開かれたページに映っているのは、確かに見慣れたユニフォーム。
おそらくは大会会場で撮られたのだろう、試合後のミーティングの様子や練習風景などが数点掲載されている。
中には明らかに学校内だとわかる写真や、私服姿のものもある。
何よりも問題なのは、そこにの姿があるということだ。
個人の希望と防犯上の問題から、の写真が表に出回ることは皆無に近い。
学校内でも無断撮影は禁止されているし、公式の写真でも本人の許可なくの映っている写真を使用することは許されていない。
学校行事の写真ですら、の映っているものは購入者の名前を控えて流用させないと確約させているのだから。
それは以前のプロフィールが雑誌に掲載された際に、それが原因で誘拐事件が起こったせいだ。
たった1枚の小さな写真。
だが幼いが世界でも有数の財閥の一員だと知らせるには十分で、他人を疑うことなどなかった幼いはテニスコートで誘拐され、そして背中に消えない疵を負った。
そのようなことが二度とないようにと、の家そしてサイアスの実家が特に気をつけているのがの肖像が流出することだった。
以前無断でを撮影しその写真を掲載した雑誌は、家と跡部家の圧力で廃刊になった。その際すべての出版社に圧力をかけておいたはずだ。
それなのに何故…。
無防備に笑うの横顔。その横に書かれている無神経なコメントがひどく癇に障る。
何が紅一点だ。
「この写真、誰が撮ったものかわかるか」
「そう言われると思いましたので調べてみました。半数は出所不明ですが、学内の写真はどうやら写真部の部員が撮ったもののようです。先日抜き打ちで部室を改めたところ同じようなものが押収されましたから。どうやら単独の行動だったようで部長は知りませんでした」
「そうか…。即刻そいつを退部させろ、さもないと写真部の総意とみなす。それから写真部の部費を50%削除する。そう部長に伝えておけ」
「了解しました。出版社の方は?」
「こちらで手を回しておく。…よくやった麻生」
「いえ、これを見て不愉快になったのは私も一緒ですから」
こんな低俗な雑誌に、よくもの写真を載せてくれたものだ。
編集者の知能すら疑うようなコメントの数々に、見ているだけで不愉快になってくる。
「あの程度の忠告じゃ甘かったってことか…」
3冊ある雑誌の出版社はすべて同じ。
聞いたことのない名前ということは、最近出来たのだろうか。
別にどうでもいいことだ。
ぐしゃり、と握りつぶしたそれをダストボックスに放り込む。
「ま、どうなろうと知ったことじゃないな」
この雑誌が書店に並ぶことは二度とないのだから。
- 06.03.13