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HOT LIMIT


青学対氷帝戦再び。
と言っても親善試合じゃないし、勿論公式試合でもない。
関東大会決勝に備えて、手塚の抜けた穴を補うべく強化合宿を行っている青学に手を貸すための、特別講師みたいなものだ。
勝敗を気にしない試合は傍から見てると楽しそうだ。
合宿の成果を披露している選手に、はベンチに座ったままてきぱきとアドバイスを飛ばしている。
の観察眼は跡部よりもずば抜けていて、それこそ1ゲーム見ているだけで相手の得意技や苦手コースなどを見抜いてしまう。
乾のデータテニスとも違う。
跡部のインサイトとも違うそれは、幼い頃から指導を受けていたの従兄の持つ『神眼』と呼ばれるものに近いだろう。
まったく、惚れ惚れするね。

最初こそ寝不足で白い顔していただったけど、移動のバスでゆっくりと睡眠を取れたからか、今は普段と変わらない顔色に戻っている。
は寝不足だと動けなくなるから。
まあ、跡部はそれを狙ったんだろうけど。
でもちょっとやりすぎ。
どうせ跡部の知らないところで手塚と連絡を取り合ってたのが気に入らなかったんだろうけど、あまり独占欲が強いと嫌われても知らないよ。
跡部の策略にはまって試合のメンバーから外されたは、最初こそ不満を顔に出してたけど、さすがに青学の連中の前ではいつも通りの笑顔を浮かべている。
それでも、やはり不満は残っているのだろう。
ただでさえこっちの合宿中では練習内容も制限され、誰ともゲームできなかったのだから、さすがのも我慢の限界がきてもおかしくないだろう。
試合を見ている態度にどことなく集中力がなくなっているのも、仕方ないだろう。
ボールの音に反応して、強く握られた右手。
思わず走り出しそうな足元。
全身でテニスがしたいって言ってる。
でも口に出さないのは、最初に交わした約束のせいなのか。
少しくらい我が儘言ってもいいのに。
みんなに甘いんだからさ。
あの跡部だって、結局はの言うことは聞き入れちゃうんだから。

「萩」
「何?」

コートに視線を向けたまま、が僕を呼ぶ。
答えた僕の声に反応してちらりと視線だけ僕へ向けるその顔には、どことなくいたずらめいた光が浮かんでいる。
ベンチに座っているのは、僕とだけ。
いつもはうざいくらいにまとわり着いてくる忍足や岳人は試合中だし、跡部は1人パラソルの下で優雅に見学中。
も最初は跡部と一緒にいたけど、あの場所だと試合がよく見えないということで僕の隣に移動してきた。
青学のメンバーは近寄ってきたそうだったけど、そんなこと僕がさせるはずないしね。
だから、会話を聞き耳立てる人はいない。

「あのさ」
「うん?」

わかっているけど、あえて小さな声で話しかけてくる
内緒話みたいに顔を近づけてくる仕草が、なんか可愛い。
は少し上目遣いで僕を見て、

「ちょっと付き合ってくれない?」

と、脇に置いてあるラケットを指差して言った。


「試合?」
「ううん、軽いラリー。青学との試合は禁止されたけど、氷帝のメンバーとラリーしちゃ駄目だって言われてないから」

その言葉に思わず笑みがこぼれた。
あぁ、やっぱり限界だったんだ。

「いいよ。空いてるコートあったっけ?」
「あっち空いたから、そこ借りよう」

断る理由なんか、勿論ない。
期待に満ちた瞳を裏切ることなんてできないしね。



「あ」

がバッグからラケットを取り出したとき、小さな袋の紐がグリップに引っかかったらしく、小さな音とともにそれがバッグから落ちた。
その拍子に袋から飛び出したモノに目が止まる。

「……なにこれ?」

およその私物とは思えないそれら。

「うん、まあ…ちょっとね」

はそれを素早く拾い集めて、バッグの中に戻しながら答える。
別に見られて恥ずかしいものじゃないのに、あからさまに不自然だよその態度。
って嘘つけないタイプだとは思ってたけど、ここまで下手だとは思わなかった。

ってさ、こういうの苦手だったよね」
「……うん」
「で、なんでこんなに持ってるの?」

ちらりと見えただけでも5つはある。
テニスコートに持ってくるには不自然なDVD。
それもホラー。
この間ハリウッドでリメイクした有名な映画を始めとして、和洋取り混ぜて5本ほどある。

の私物ってわけじゃないよね」
「景吾のだよ」
「もしかしての寝不足って………コレ?」

まさかねぇと思いつつ聞いて見ると、は悔しそうに頷いた。

「嫌だって言ったのに、無理やり見せられて眠れなくなったんだ」
「………なるほどね」

はこの手の話が大の苦手だ。
以前岳人がホラー映画のDVDを貸したのを見て恐怖のあまり眠れなくなったのは、テニス部のメンバーなら誰でも知っている話だ。
怪談話をすれば、近くにいる人にひっついて離れないし、肝試しなんてしようものなら目に涙を溜めて嫌がる。
映像が脳裏に焼きついて離れなくて、明るくなるまで眠れないのだと、以前涙目で訴えていたくらい、本当に苦手なんだ。

「…寝不足にもなるわけだ」

跡部とは個室だけど、扉一枚で行き来できる部屋に寝泊りしている。
昨日のあの不機嫌さが今朝は一転してたことを考えると、コレを使ったのか。
そりゃ機嫌も直るよ。
は思い出したのか、DVDの入った袋を悔しそうに睨んでる。

「また見せられたら嫌だから、部屋から持ち出してきた。どこかに捨てようと思ってさ。萩、いる?」
「僕が貰ったら、跡部が取り返しにくるかもしれないよ。それよりは跡部が取り返せない人たちにあげたほうがいいんじゃない?それかディスク割るとか」
「貰って嬉しい?」
「人によると思うけど。青学の菊丸なんて、結構好きだと思うよ」

何せ岳人と似たタイプだから。あと、桃城とか。

「ま、それより早く行こうよ」
「あ、うん」

ラケットを持ってベンチから立ち上がり様、のバッグからDVDの入った袋を取り上げた。

「?」
「証拠隠滅」

首を傾げるに小さく笑いかけて、丁度試合が終わったばかりの菊丸へ袋を放り投げた。

「にゃに?これ?」
「あげるよ。からプレゼント。気に入らなかったら捨てて。っていうか、粉砕して?」

二度と見れないくらいに。

「おぉ〜!DVD!しっかも『呪○』に『ポ○ターガ○スト』に、その他諸々!わ〜いサンキュ!」
「ほら、喜んでる」
「本当だ…」

「テメッ!勝手に持ち出してんじゃねえ!!」

菊丸が受け取ったDVDがどこから入手したものか分かったのだろう、跡部が慌てて立ち上がる。
もう遅いよ。

「さ〜て、問題も解決したことだし、ラリーしようか、
「うん」

ほっと安心したような笑顔を浮かべてが頷いた。
可愛いなぁ。
をコートにひっぱっていくと、跡部が何やら騒いでいる。

「いっそ、1ゲーム制にしようか?ただのラリーだと退屈だしね。あぁ、ダブルスでもいいね。菊丸と不二、ちょっと相手してくれるかな?」
「滝!は試合禁止だって言ったろ!」

知らないよ。
だって、僕はの味方だからね。


  • 06.02.17