合宿所の前にでっかいバスが横付けされたと思ったら、出てきたのは氷帝テニス部のメンバー。
おかっぱだの眼鏡だの、つい数週間前まで結構てこずらせてくれた奴らが、俺たちの泊まっている別荘を見て大げさに驚いてる。
まあ、確かに驚いても仕方ないだろう。
実際俺もびっくりしたし。
食事は自給自足だし、熊も出るし(中身は人間だったけど)あちこちに蛙はいるし。
そして別荘は台風が来たら崩れること間違いなしって感じのボロさだし。
一体誰だよ、こんな場所選んだのは。
まあ、その代わりコートは広いし、多少騒いだところで苦情が出るような場所でもないってとこはよかったけど。
弱点克服の合宿と称してここに来てから、すでに数日。
相変わらず代わり映えしないメンバーとの練習ばかりで、自分達にどれだけの実力がついたか疑問に思っていたところに、監督から告げられた一言。
『今日は、強力な助っ人を呼んである』
助っ人って誰だよまさか親父じゃないだろうなとか、正直言って半信半疑だったんだけど、こいつらだったんだ。
確かに相手にとって不足はないし、むしろ前回よりも楽しめるかもしれないって思えた。
特にうちの部長を倒したあっちの部長とか、折角対戦してくれるって言ってたのにメンバーにも入ってなかったあの人とか…。
「あれ?」
バスから降りてきた人影、その数が足りない。
対戦校の選手の顔なんてほとんど覚えてないし、実際1人1人の名前なんて知らないし興味もない。
でもいつか対戦したいと思っていた、あの人の姿は忘れるはずもない。
。
初めて会ったとき思わず女の人だと思ったほど、綺麗で優しい人。
がテニスをすると知ったとき、どんなテニスをするのかすごく興味があったけど、残念ながら対戦は未だに実現しない。
どのくらい強いんだろう。
あんまり強そうに見えないんだけど、どうやら俺が知らないだけでの実力は全国区らしい。
桃先輩はよく知らないって言ってたけど、3年生にとって氷帝学園のと言えば知らない人はいない、氷帝の切り札と呼ばれてる存在。
手塚部長でさえ、本気で戦ったら勝敗は分からないって言ってた。
俺でさえ部長には手も足も出なかったのに、そんな部長に劣らないだけの実力だって聞いてますます戦ってみたかったのに…。
「何でいないんだよ…」
つまんない。
一気にやる気がなくなって水でも飲みにいこうかと一歩足を引いたとき。
「ほら、早く下りろ」
まだ残っていたのだろう、バスから降りてくる人影が見えた。
「跡部?それと…」
大石先輩の声が聞こえて顔を上げると、そこに探していた姿があった。
だ!
顔を見ただけで気分が浮上した自分が、ひどく単純だと思う。
だって、嬉しいんだから仕方ない。
「!!」
思わず走り出そうとした俺の襟首を、誰かが引っ張った。
反動で喉が絞まって息が詰まる。
振り返ったら、笑顔の不二先輩が俺の襟首をしっかりと掴んでいた。
「抜け駆けはいけないな、越前」
…出た魔王。
関東大会でにキスしたのが、よっぽど気に入らなかったらしい。
あんなのアメリカじゃ挨拶なのに。
それに俺だけ押さえてたって、もう1人注意する人がいるんじゃないのかな。
「あ」
そう思ってたら、俺の横を駆け抜けていった影が1つ。
不二先輩が止める間もなかった。
「〜」
さすが英二先輩、素早い。
でも、その英二先輩も、に飛びつこうとする寸前、バリケードみたいなでっかい男に阻止された。
「よくやった樺地」
「ウス」
樺地と呼ばれた人に襟首を引っ掴まれて、宙に浮いている姿は猫みたい。
がその姿に気付いて、くすりと笑った。
「みんな、久しぶり」
一瞬で場の雰囲気が和む、その笑顔。
ふわりと微笑むその瞳は、光を受けて銀色に輝くブルーグレー。
何か癒される。
青学にはいないタイプだ。
というかむしろみたいなタイプはどこを探してもいない。
無条件で傍にいたくなる人なんて、俺は今まで会ったこともない。
「今日は練習試合だよ。氷帝正レギュラー勢が我々のために人肌脱いでくれるんだ。くれぐれもみっともないマネだけはするんじゃないよ」
「えぇ!?」
「マジ!?」
監督の言葉に、あちこちから歓声が上がる。
練習試合ってことは、もしかしてと対戦できるってこと?
何か初めてこの合宿に来てよかったって思えるかも。
って思ってたのに!
「残念だが、は今回参加しないぜ」
跡部さんの言葉で、一気に浮かれた気分が消し飛んだ。
「ごめんね、まだ試合許可が下りなかったんだ。その代わり、助言なら惜しまないから」
は俺達をぐるりと見回し、最後に俺に視線を止めて申し訳なさそうに微笑んだ。
思わずため息が出た。
…まったく。
俺がと対戦できるのは、一体いつの日やら。
- 06.02.16