が俺達の前に姿を現したのは、出発の10分前。
ぎりぎりまで寝ていたらしく、その表情はどこかぼーっとしている。
あまり寝起きがよくないらしく、跡部に肩を支えられてやってきたその顔色は普段に比べてほんの少しだけ白い。
それにしても、ふらつく身体を跡部に預けて歩いている2人の姿は、言っちゃあ何だけど男同士には見えないよな。
どっからどう見てもカップル。
がそのへんの美少女アイドルも裸足で逃げ出しそうなほどの美形だってことも当然あるんだけど、最大の原因は跡部にあると思う。
もう、が可愛くて仕方ないって態度がまるわかり。
並んで歩く跡部がそんなオーラ全開だから、跡部よりも10センチ低いが女性に見えても無理はない。
今回だって自分の荷物は樺地に運ばせたくせに、のテニスバッグは跡部が運んでるし。
そんなんなら自分のも持てよ。
跡部がを溺愛してるのはここにいるメンバーだけじゃなくて氷帝中の皆が知ってることだけどさ。
こんなんだから、ファンクラブの奴らに『跡部様と君の仲は妖しい』って言われんだぞ。
まあ跡部は全然気にしてないし、は気付いてすらいないんだけど。
それにしても、いくらの寝起きが悪いったって、ここまでふらふらしてることってなかった気がするんだけど…。
顔色は悪いし足元はふらついてるし、第一笑顔がない。
俺達に挨拶するその顔も、どこかつらそうだ。
もしかして体調崩したとか?
風邪…には見えないけど、疲れが出たのかな?
「?大丈夫?具合悪いんじゃない?」
俺と同じ意見らしい滝がの顔を覗きこんで訊ねると、は小さく笑った。
その笑顔も弱々しい。
「大丈夫だよ。具合は悪くないんだ」
「本当?」
「うん、ただちょっと寝不足なだけ」
そう言ってシートに腰を下ろしたは、何故か隣に座った跡部を上目遣いで睨んだ。
何だろ?
こんなをどこかで見たような…。
恥ずかしそうというか、悔しそうというか。
微妙な感情が複雑に絡み合った表情。
なんか随分昔に見たことがあるような気がするぞ?
……。
………!
あぁ、そっか。
1年のお正月のときだ。
跡部の罠にはまって振袖を着せられた時だ。
明治神宮でばったり会ったあの日。
跡部家のメイドさんの手によって見事な美少女に変装させられた時の、あの悔しいような恥ずかしいような困ったような表情。
今のは、跡部の策略にはまったって言ってた時とおんなじ顔してるんだ。
ってことは今回の寝不足の原因は跡部ってことか。
だから朝食の時跡部ってばあんなに楽しそうだったんだ。
でも、今回は何されたんだろ?
はじーっと上目遣いで跡部を恨めしそうに見つめている。
「寝坊したお前が悪いんだろ」
しれっとした顔でそう言い切る跡部に、が真っ赤になって反論した。
「あんなことされたら起きられるわけないじゃないかー!!」
……あんなこと?
あんなことって、どんなこと?
つーか、は何でそんなにむきになって怒ってんの?
そんでもって跡部はそんな凛の様子をまったく気にした様子も見せない。
「どっちにしろ起きられなかったのはお前のせいだろ。俺はちゃんと起きたぜ?」
「それはそうだけど…」
「ほら、まだ眠いんだろ。向こうに着くまで寝とけ」
「誰のせいだと思って…」
「手塚だろ」
「景吾だよっ」
「あーはいはい。んじゃ侘びに肩貸してやるから寝てろ」
「そういうことじゃなくて…」
「膝枕がいいのか?」
「……肩でいい…」
ぶつぶつ言い合っていた後、は跡部の肩にこてんと凭れて静かになった。
すぐに聞こえてくる小さな寝息。
寝不足って本当なんだ。
それにしても気になることが一つ。
「侑士」
疑問解決の為に、くいくいっと隣で寝たふりをしている侑士の腕を引っ張って起こそうとするけど、侑士は目を開けてくれない。
「なあ、侑士ってば」
「『あんなことって何?』っちゅう質問は受け付けへんで」
目を開けようともせず、侑士が一言だけ答える。
ちっ、先こされた。
ってことは侑士は知ってるってことだよな。
視線をめぐらすと、宍戸と長太郎が固まっていた。
滝は呆れたように跡部を見ているし日吉は何だか殺気立ってるし、樺地は相変わらずの無表情。
これって皆は意味がわかってるってこと、だよなぁ。
もしかしてわからないのって俺と、一番後ろの席で寝てるジローだけ?
…何されたんだろ?
とりあえず全員集合したバスは青学の待つ合宿所目指して発車した。
俺が理由を知るまで、あと少し。
- 06.01.10