景吾の機嫌が悪い。
多分今まで僕が見た中で一番悪いんじゃないかと思う。
ただでさえ普段から愛想が良いとは言えない景吾のこと。
背中に暗雲を背負ってると言っても過言ではないぴりぴりした様子に、みんなは景吾に近づこうとしない。
ただ、遠巻きに眺めているだけ。
ひそひそと何が原因なのか話し合っている。
「なあ、は心当たりある?」
心当たり…。
「ある、と思う…」
岳人の言葉に、僕は頷いた。
多分、間違いなく、景吾の機嫌が悪くなった原因は僕の一言だと思う。
午前の練習は普段通りだった。
ようやくコートに立つ許可が下りた僕に付き合ってラリーの相手をしてくれた時は、むしろ普段よりも機嫌が良かったくらいだ。
それが急変したのは、ラリー後に他愛のない会話をしていた時。
僕の目から見てもわかるくらい明らかに刻まれた眉間の皺。
不機嫌そうに潜められた眉。
きつい眼差しを剣呑に光らせて。
景吾は無言で僕の前から去っていった。
それからだ。
景吾が今の状態になったのは。
「何や、が何か言うたんか?」
「言ったといえば言ったんだけど…」
頭上にぽんと手を置かれて振り返ると、苦笑した侑士の姿。
普段ならどんなに景吾の機嫌が悪くても構わず話しかける侑士でも、さすがに今の状態の景吾に話しかける勇気はないらしい。
侑士でさえそうなのだから、他のみんなは景吾の視界に入ろうともしない。
「一体何言うたんや?あないに機嫌悪い跡部は、初めて見るで?」
「実はね…」
何となく大きな声で言うのを憚られて侑士の耳にそっと耳打ちすると、侑士は大きく目を見開き、そして大げさに額を押さえた。
「…」
「やっぱりまずかったかな?」
怒るかなぁとは思ってたんだけど、まさかここまで機嫌悪くなるとは思わなかったんだ。
だって、景吾なら僕と同じことをすると思ったから。
呆れたような視線を向けて、それでも協力してくれるんじゃないかって、そう考えてたんだけどな。
「どうしようか?」
「どうって、そりゃ謝るしかないやろ」
「そうなんだけど…」
さすがにあそこまで近づくなオーラを出してると、近寄りがたいものがあるんだけど。
仕方ない。
怒らせたのは僕だしね。
「練習が終わったら景吾に謝ってくるよ」
「そうしてや。早うあの低気圧何とかしてくれんと誰かが犠牲になるで」
本当に困ったというように肩をすくめる侑士に、苦笑で返す。
何とかなればいいんだけどね。
練習が終わるなりさっさと自室に戻ってしまった景吾の後を追って、扉をノックする。
「景吾?」
返事はない。
う〜ん。このまま部屋に入ってもいいものか。
再びノックをすると、中から低い声が返ってきた。
「…開いてる」
…うわぁ。どうしよう。
声に宿る不機嫌な色に、中に入るのを躊躇ってしまう。
景吾と知り合ってから2年と少し。
こんなに怒った景吾を僕は知らない。
扉を開けると、シャワーを済ませた後らしく、バスローブ姿の景吾がベッドに腰を下ろしていた。
背中を向けているため表情は伺えない。
「景吾?」
「……」
「け〜いご?」
「………」
とことこと近づくと、あからさまに僕を避けるように顔を逸らす。
隣に腰を下ろして景吾を見る。
身長差のせいで自然と景吾を見上げる形になるが、さすがに至近距離からの僕の顔を避けるわけにはいかないのだろう。
景吾と目が合う。
「まだ怒ってる?」
「……怒ってるんじゃねえ」
ふい、と視線を逸らして、景吾が呟く。
「…俺はお前の何なんだ?」
「何って…」
「お前が何かを企むのはいつものことだ。そんなことはわかってる。だから、今回の合宿だって、何か理由があるってことくらい最初から気付いてたさ」
「うん…、ごめんね勝手に決めて」
やっぱり怒ってるのかな。
景吾に内緒で青学との合同合宿を決めたこと。
「そんなことが問題なんじゃない。ただ…」
「ただ?」
一旦言葉を区切って、景吾は僕の肩を掴んで叫んだ。
「何で、お前と手塚がメル友なんだ!?」
……………はあ?
「け、景吾…?」
「大体手塚も手塚だ。いつの間にのメールアドレスなんか聞き出したんだ。あの野郎、クールな顔してるくせに、意外と手の早い。合同合宿の件だって、何でに話を切り出すんだ。そういうのは学校同士の問題だろう。あっちのばーさんがうちの監督にでも話せばいいことじゃねえか。残された部員のことが心配だか何だか知らねえが、手塚なんかさっさとドイツなり九州なり行って治療に専念してればいいんだ。俺の目を盗んでに余計なちょっかい出してんじゃねーよ!」
「あ、あの…」
「!お前もお前だ!誰彼構わずアドレスを教えてるんじゃない!」
えっと、これはもしかして…。
景吾が怒ってたのは、勝手に合同合宿を決めた僕にじゃなくて、僕にメールをくれた手塚に対してだったりするの、かな?
それにしても手が早いとかちょっかいとか目を盗むとか、よく意味がわからないんだけど…。
「!聞いてるのか!」
「は、はい!」
大きな声で呼ばれて、反射的に返事をしてしまった。
「お前にとって、俺は何だ?」
「えと…大切な仲間で、親友だけど…」
「じゃあ、手塚は?」
「友達、かな?」
「友達だと?」
「えっと、ライバル校の部長です…ハイ」
ぎろりと睨まれて答えなおすと、ようやく納得してくれたらしい。
わけのわからない迫力に圧されて、反論できなかった。
「まあ、仕方ねえな。他ならぬの頼みだ。よく考えればあの手塚に貸しを作ると思えば、今回の申し出も悪くない」
腕を組んでぶつぶつ呟いている景吾の機嫌は、どうやらすっかり直っているようだ。
いつもの企み顔に戻って嬉しいやら戸惑うやら。
何だかとっても疲れたよ。
僕もシャワーを浴びて、今日は早く寝よう。
立ち上がろうとした腕を、景吾に捕まれた。
「まさか、このまま部屋に帰るってんじゃねえだろうな」
景吾が僕を見てにやりと笑った。
あ、嫌な予感。
〜おまけ〜
「なあなあ、今日の跡部めっちゃ機嫌悪かったけど、何かあったの?」
「あぁ、醜い男の嫉妬や。がフォローに入ったから、心配せんでも明日にはけろっとしとるやろ」
「何だそれ?」
「跡部の中で、手塚が要注意人物になったってだけの話や」
「余計わけわかんねえんだけど?」
- 05.11.18