長い腕を組んで。
モデルのようにしなやかに歩み寄ってくる人物。
それは、テニスをやっている人なら知らない人はいないと言っても過言ではないほど有名な人物。
テニス界において『神』と称された兄を持ち、その偉大な兄の名に潰されないだけの実力を本人も有する。
銀の髪と、蒼い瞳。
無表情だと精巧なマネキンのように思えるほど整った顔。
彼――ウィリアム・A・ウィンチェスターは、俺たちの前まで来ると、
「元気そうだね」
そう、笑いかけた。
「ウィリアム…さん?」
「何で、おるんですか?」
滝が信じられないというように呟いて、忍足が恐る恐るという感じで問いかけた。
2人が複雑な顔色をしていたのはl無理もない。
そんな2人の表情を知ってか知らずか、彼は柔らかく笑んだままに視線を移す。
は彼の視線を受けてにっこり笑った。
「関東大会の結果を聞いて、ウィリアムがコーチを買って出てくれたんだ。大会が近いから4日間だけだけど」
「そういうこと。よろしく」
にっこり微笑んだ彼の顔に邪気はない。
だが、逆に無邪気な笑顔に、思わず跡部と以外の全員の腰が引ける。
哀しいかな、経験上この笑顔が曲者以外の何者でもないことを知ってしまっているのだ。
「忍足君」
「…は、はい?」
「関東大会の結果、惜しかったね」
「……………」
笑んだままウィリアムさんがそう言うと、忍足の顔から血の気が引いた。
一瞬にして蒼白になった忍足から、彼はその背後にいる岳人に視線を移す。
「ねえ、岳人」
「…はい…」
「よく頑張ったね」
「…おっ、おう…」
何でいきなりそんなことを言われるんだと言わんばかりに怪訝そうな顔をした岳人に、ウィリアムさんはさらに言葉を続ける。
「あんなに一生懸命だったのに、どうして負けたんだと思う?」
声のトーンが一瞬低くなったのがわかった。
ぞわり、と背筋を嫌なものが這い上がってくるのを感じた。
嫌な予感がする。
これは、ものすごく悪い予感がするぞ。
半年前、突然現れて氷帝テニス部の臨時コーチとして滞在していた2週間。
忘れたくても忘れられない、地獄の特訓。
確かにけた違いに実力は向上したが、その代償は限界までの肉体の酷使。
そして、容赦のない指導。
その2週間の間にこういう問いかけが何度かあった。
そして、その返答如何によって指導内容が変化したのだ。
忍足ならその違いに気付いただろう。だが、問いかけられたのは岳人で。
ウィリアムさんの目はしっかりと岳人に定められている。
「えっと…」
「岳人は、どう思う?」
「油断…かな?」
ウィリアムさんの笑顔につられるようにへらっと笑って、岳人はそう答えた。
思わず頭を抱えたくなったのは俺だけじゃないらしく、以外は揃って額に手を当てていた。
半年前の教訓が、どうやら岳人には備わっていなかったようだ。
「そう、油断なんだ」
「うんうん」
「試合中に油断をすると勝てないって、俺は前に教えたんだけどな」
その言葉に岳人が顔色を変えたが、すでに遅い。
この一言が俺達の今後を決定づけたのだ。
ウィリアムさんは岳人から視線を逸らして、俺たちを一瞥する。
「どうやら半年前の俺の教えは全然活かされていないようだから、少し厳しくやらせてもらうよ。特に忍足君と岳人、それからジローかな?日吉は全力を尽くしてたようだから、大目にみてあげよう」
名指しされた3人は身体を強張らせ、それ以外は胸をなでおろした。
彼の指導は的確で、実力も申し分ない。
指導者として、彼以上の人物はいないだろう。
人間の限界に挑戦するような厳しい練習メニューを除いては。
さらば、岳人。
骨は拾ってやるから安心しろ。
最も今回はウィリアムさん1人だからよかったかもしれない。
クライヴとウィリアム。
どちらの指導が厳しいかと言われれば、間違いなく前者だから。
「あぁ、そうだ」
その事実に胸をなでおろしていると、ウィリアムさんが何かを思い出したように声を出した。
「今回、クライヴは参加できないけど、アドバイスと指導内容はしっかりと預かってあるから安心していいよ」
………。
「さて、ひと休みしたら練習開始しようか」
…そして、地獄の日々がまた始まる。
- 05.11.01