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しなやかに強く


初戦敗退という結果に終わった関東大会。
かけられていた期待が大きければ大きいほど、それを叶えられなかった時の反動は大きいものだ。
幾つかの学校では、『今年度の氷帝学園は油断がありすぎた』とか『実を伴わない大応援団』とか酷評されているが、それでも学校側の評価は下がることはなかった。
対戦相手の青学が圧倒的な実力の差を持って決勝まで勝ち進んでいることが要因かもしれなかったし、大会時にというテニス部を支える二柱のうち一つが欠けており、本来の氷帝の実力を発揮することができなかったことに対する憂慮かもしれなかった。
だが、俺達は後悔していない。
が欠場していたとはいえ、誰もが全力で試合に挑んだうえでの結果だからだ。
とはいえ3年生が引退することは必然で、新部長の座を日吉に譲った後の俺達3年生は以前ほど慌しい毎日を送ることはなくなっていた。

「なー、明日お台場行かねー?」
「あんな人だらけの場所に行ってどうすんだよ」
「んじゃ映画」
「特に見たいのあらへんな」
「だってさ、折角の3連休だぜ。部活も引退したことだし、のんびり遊びたいじゃんかよー」
「1人で行ってろよ。俺はパス」
「むかー!!くそくそ宍戸ー!!」

引退してからというもの、最初のうちこそ映画だゲームだと放課後の時間を遊興に費やしていたが、習慣というものは簡単に消せないらしく数日もすればラケットを手にしていた。
放課後の自由な時間、それぞれ楽しみ方はいくらでもあるだろう。
引退したほかの3年の多くは彼女を作って有意義な放課後を楽しんでいるようだが、やはり俺達にはそんな日常は退屈なのだろう。
最近になり多くなった呼び出しにも応じることもなく、相変わらずの面子で部活やストリートテニスに足を運んでいた。

「第一、お台場行って何する気だよ。どっかのテレビ局見学なんて言うなよ」
「そんなこと言うわけないだろ!有明まで行ってテニスしようぜ」
「そんなん、こっちでも十分できるだろうが」
「むしろ跡部の家とかの家のほうが、うるさいギャラリーもいないし楽しめるよね」
「むぅ〜〜」

そんな会話を耳にしながら、右手に握られたままの携帯に視線を落とした。

『後で連絡するから』

そう言って学校を飛び出していった鉄砲玉は、今ごろどこで何をやっているのか。


思慮深そうに見える外見で実はかなり無謀な思考の持ち主であるは、携帯に届いた1通のメールを読んでそのまま出かけてしまったのだ。
勿論学校側に何の許可も得ず。
荷物も持たず正門に横づけされた家の車に乗り込もうとしているに気付いたのは偶然にも俺だけだった。
まったく悪びれる様子も見せず呑気に「いってくるね」と手を振ったに頭痛を覚えないといったら嘘になる。
怪我が癒えたばかりのを、1人で行動させるのは不安だった。過保護と言われても心配なのだ。
自分の身も省みず他人を助けるような奴だから、またどこかで怪我をするかもしれない。
だが一度言い出したらきかないところがあるのも事実で、そうなったら誰も止めることはできないのだ。
後で連絡をする。
そう告げた言葉を信じて待つしかないのだろう。
そして1時間以上が経過した。
連絡はまだ来ない。

「あのさ、跡部。いっくら携帯を見つめても、からの電話はかかってこないよ」
「うるせえ」
「なんか奥さんに捨てられた旦那みたいだよね」

呆れたような滝の声。
じろりと睨むと滝が肩をすくめた。
余計なお世話だ。

「ったく、もしゃーないなぁ。出かけるときは一言言っておくのは基本やろに」
「つーか、どこに行ったの?」
「さあな。俺らは何も聞いてねえよ。跡部なら知ってるんじゃねえか」
「…今の跡部に話しかける度胸は、俺にはない」
「……同感」
「滝、すごいよな」
「あいつは、怖いもん知らずやから」
、早く帰ってこないかな」

昼休みが終わるまで、あと10分。
一体いつになったら連絡をよこすというのか。
眉間の皺が深くなるのを止めることはできない。
無意味にディスプレイを指で撫で、何の変化もないそれを眺めやると、上着のポケットにしまった。
すると、勢い良く屋上の扉が開いた。

「ただいま」

大きな箱を手に持ったは、俺達を見渡して笑顔でそう言った。
まったく悪びれもしないその態度。
そして何か企んでいるかのような、楽しそうな目の輝き。

「よう、サボリ魔。随分ゆっくりなご帰還じゃねえの」
「ちょっと寄り道してた。ほら、お土産」
「うわっ、これアニバーサリーのケーキじゃん!」
「うん、午後には売り切れになっちゃうって聞いたから、ついでに寄ってきた。昼休みに間に合わないかもと思ったけど、間に合ってよかったよ」
「お前、連絡入れるとか言ってなかったか」
「あぁ、入れようとしたら携帯の充電切れてたのに気付いた」
「…まったくお前は…」
「ごめんね」

反省してないと一目でわかる謝罪に、怒るよりも呆れてしまう。
元より俺が怒る筋合いでもないのだ。



「ところでさ、は何で学校抜け出したの?」
「まさかケーキを買うためだけじゃないよね?」
「まさか」

が笑い、ジローが訝しそうにを見る。
以前にもが1人で学校を抜け出したことがあった。
確かその時は岳人の誕生日で、どこそこのホールのケーキが食べたいという言葉を真に受けて、がこっそりと買いに行ったのだ。
いつの間にか部室に用意されていたウェディングケーキ並みの大きさのケーキに、岳人は喜んだが俺達は唖然とした。

「前科があると信用がねえな」
「景吾まで…」
「それで、何やったん?」
「あぁ、そうそう」

肝心な用件を言い忘れていたと、はケーキを膝に置いた。
…忘れるなよ。
屋上に集まった面々。
前氷帝正レギュラー9人には笑顔を浮かべ、

「明日からみんなで合宿するから」

と、さも当然のように言い放った。


  • 05.10.10