Sub menu


世界に1つだけの華 02


場所高級ホテルのカフェラウンジ
ターゲット窓辺の席に座っている2人組
依頼人跡部綾子
依頼内容見合いの破談。オプション付

さて、始めるとしますか。


食事を済ませた2人がこのホテルのカフェラウンジに来ると予測した忍足の言葉を信じて、僕らは先回りをすることにした。
突然やってきた僕たちに快くラウンジの個室を用意してくれたのは、このホテルがの父親の経営するホテルの一つだからだろう。
だが、今はこの場にいない。
綾子さんと一緒にホテルの一室にこもって変装中なのだ。
同行した岳人が時折電話で進行状況を知らせてくる。

「俺もと一緒がええなぁ」
「忍足は駄目。まだ資料を揃え終わってないでしょ」
「そりゃそうなんやけど、何が悲しゅうて他人様のデート現場を盗撮せなあかんのや」
「これをデートって呼んだら、跡部は怒るよ」

現在カフェラウンジの個室にはパソコン2台とテレビモニター1台が置かれている。
コーヒーを運んできたウェイターが扉を開けるなり固まってたけど無理もない。
外から見えないことをいいことに色々と設置してしまった室内は、高級感漂う個室の姿は面影もない。
支配人が泣きそうな顔をしてたけど、帰るときにはきちんと元に戻しておくと念を押したら何とか納得してくれた。
モニターに映っているのは、髪型に気合の入った妙齢の女性と、不機嫌を隠そうともしない跡部の姿。
今すぐにでも席を立ってしまいそうなのにそれでも我慢して相手をしているのは、何万という社員の人生を人質に取られているから。
跡部にとっては屈辱以外の何物でもないだろう。
一度会って食事をするだけでいいという言質を取ってあるとは言っても、望まない――しかも跡部の様子から考えてかなり印象の悪い――相手との会食は気分のいいものではない。
大人の駆け引きと呼ぶにはあまりに卑劣なその行為。
よく我慢していると思うよ本当に。
跡部に向かって媚びた笑顔を浮かべているのは、跡部の好みからはかけ離れたタイプの女性。
20歳をどれだけ過ぎたかはわからないけど、大きな目を更に強調するように引かれたアイラインと真っ赤な口紅は、あまり品がよいとは言えない。
そんなに張り切って化粧をしなくても十分美人ではないかと思うが、性格のきつさが顔に現れているこの女性は、正直言って近づきたいタイプではない。

「時計はブルガリ、イヤリングはシャネル、バッグはヴィトン、そんでもって着てる服はグッチかいな。随分ええ趣味やな」

ようやく届いた資料をプリントアウトしながら、忍足が呆れたように呟く。
こんなモニター画面で瞬時にそれだけわかる忍足もすごい。

「そういえば、忍足は彼女のこと知ってるの?」

彼女の名前を聞いたとき思い切り眉を顰めたのだから、少なくともまったく知らないということはないだろう。
忍足は交友関係が広い。
だが政財界で顔の広いや跡部と違い、忍足のそれは多方面に及んでいる。
何をしているか知らないが、敵に回したくない人物であることは確かだ。
忍足は少し困ったように頭をかいてそっぽを向く。

「直接は会うたことはあらへん。ただ、悪い噂だけは嫌でも耳に入ってくる。気に入った相手は親友の恋人だろうと寝取るし、飽きたらすぐにポイ。欲しいものを手に入れるためなら、どんなことでもする女や。あの女のせいで自己破産した男は両手じゃ足らへん。知能は低いくせにプライドだけは月に届くくらい高いから、逆恨みによって人生狂わされた男女は数知れずやな。つい2週間ほど前にも、あの女のせいで1人の女性が自殺未遂をしてはる」
「何で自殺未遂?」
「あの女より人気があったのが気に入らんかったんやろ。金で男雇って襲わせたらしいで」
「…最低だね。それ、証拠集められるかな?」
「当然。あの女に恨みを持つ人間はぎょうさんおるさかい、好きなの選んだってや」

どさり、とプリントアウトした書類が目の前に積まれた。
センチ単位の厚みのある書類にため息しか出てこない。
ここまで恨みを買うって、ある意味凄いよね。
僕たちが何もしなくても、そのうち自滅するだろう。

「警察に被害届出してたら、間違いなく逮捕されるよね」
「父親がもみ消さんかったらな」
「あぁ、そういうこと」

政財界に顔が利くということは、警察に圧力をかけるくらい造作もないことなのだろう。
そして、それを恥と思わない人種だということか。

「ということは、今回は徹底的にやっていいのかな」
「ええんやろ。何しろ跡部夫人を怒らせたんや。かて多少なりとも不快に思うてるやろうし、こっちとしてもそろそろ目障りに思うとったところや」
「跡部の我慢もそろそろ限界みたいだし、そろそろ始めるか」
「せやな」

さて、では社会的に抹殺しますか。
忍足の指がキーボードの上をすばやく動く。
エンターキーを押すと、メールが数件発送される。
送り先がどこかまでは知らないけど、おそらく警視庁や各出版社、新聞社の類だろう。
先ほどプリントアウトした書類の束、その一番上には高級料亭にいる2人の壮年の男性。
片方は彼女の父親である議員。そして、もう片方は、最近贈収賄で捕まったばかりの医師会の役員。
机の上に置かれている札束を前にして、会合だけしてましたという言い訳は通用しないだろう。
それにしてもものすごくわかりやすい収賄現場だ。
タイムリーな事件だから、おそらく出版社も警察も飛びつくだろう。
どう見ても盗撮写真なんだけど、この出所がどこだかは僕は知らない。
知らない方がいいのだろう。
笑顔の忍足を横目で見ながら、のいる部屋に電話をかける。

『はい?』
「あ、岳人?の支度は終わった?」
『んー、あとちょいってとこかな。すっげえよ、ってば。もう目の保養なんて言葉じゃ足りないくらいだよ!…え?終わった?終了だってさ』
「じゃあ、今からラウンジまで下りてきてもらってもいいかな。跡部には連絡しておくから」
『りょおかい。ー、出番だよ。下行こうぜ』
「頼んだよ」
『おう、任せろ』

通話を切ってそのまま跡部へ電話をかける。
公共の場所だからマナーモードにはしてるはずだけど、跡部の立場上電源を切っておくことはないだろう。

『何だ?』
「取り込み中ごめん。随分困ってるようだから手伝ってあげようかなと思って」
『…何言ってんだ?』
「目の前の人、何とかしてもらいたいんじゃない?」
『!?お前…』
「跡部のお母さんに頼まれたんだよ。この見合いを壊してくれって。事情は彼女から聞いたけど、僕たちにも内緒にするなんて随分水くさいじゃないか。も心配してるんだよ。あまり知られたくないって気持ちもわからなくはないけどさ」
『…あぁ』
「とりあえず諸悪の根源は絶っておいたから、跡部はもう我慢しなくていいよ。彼女とその親については、合法的に裁きを受けることになるから。そっちの彼女が逆立ちしても敵わないような美女に跡部を迎えに行かせるから、一緒に帰っておいでよ」
『…お前、今どこにいる?』
「ラウンジの個室だよ。…あぁ、時間だ。じゃあね」

モニターに映る美女の姿に自然と笑みが浮かぶ。
さすがだね。
モニターに気付いたのか、視線を向け小さく笑う。
この微笑だけで、誰でも陥落してしまうだろう。

さあて、彼女はこの美女に勝てるかな。




ラウンジがざわりとざわめいた。
目の前の女との退屈極まりない会話に辟易していたので、何となくそちらに視線を向けて…息を呑んだ。

『彼女が逆立ちしても敵わないような美女に迎えに行かせるから』

確かにそう聞いた。
だが……何を考えてるんだ本当に。
周囲の視線を一身に浴びたままはラウンジに姿を現した。
青灰色の瞳がラウンジを一瞥し、俺と目が合うとふわりと笑う。
その笑顔に周囲がどよめくが、それに気づかないままは歩を進めてくる。
歩くたび、背の中程まである髪が揺れる。
軽やかな身のこなし、すらりと伸びた背筋。
前を見つめる深い眼差し。
こうやって見ると、董子さんによく似ている。
元から性別不能だったせいか、洒落にならないほど女装が似合う。
誰もが男だと気づかないだろう。
知っている俺ですら錯覚を起こすほどなのだから。
どこからどう見ても良家の子女。それも極上の。
溢れる品位は天性のもので、目の前の女には逆立ちしても身につけることのできないものだ。
優雅な動作でテーブルの前にやってきたは、俺に向かって微笑みかける。

「迎えに来たよ。帰ろう」

柔らかな笑顔を浮かべて差し出された手を取らない男なんているのだろうか。
目の前の女と、
どちらを優先させるかなんて簡単なことだ。

「あぁ」

躊躇もなくの手を取って立ち上がると、それまで呆然とを見ていた女が正気に戻ったように立ち上がった。
きっと吊りあがった眼差しで俺と、隣に立つをにらみつける。

「景吾さん!」
「茶番は終わりです。貴女と約束したことの義理は十分果たしたと思いますが?」
「わたくしよりも、その小娘を選ぶというの?」
「当然でしょう」

とこの女と。
自分が比較の対象になると思われては困る。

「貴方…ご自分の立場がわかっていらっしゃるの?」
「立場?」
「わたくしの機嫌を損ねたら、貴方のお父様の会社がどうなっても知りませんわよ」
「7歳も年下の中学生に言い寄った挙句振られた腹いせに父親の権力を振りかざしたという不名誉を自ら暴露したいのでしたら、どうぞご自由に」
「!」

前回ならいざ知らず、同じ手に二度ひっかかるほど甘くはない。
それに、先ほどの滝の言葉が事実だとしたら、この女が何を言おうと関係ないだろう。
滝の言葉に嘘はない。
あいつも忍足も、意外なところで人脈が広いから。
俺の思考がわかったのか、が女に視線を向けた。
いつもの穏やかなまなざしとは違う、どこか厳しさを伺わせる荘厳な視線
般若のような形相だった女がひるんだのがわかった。

「な…何よっ…」
「景吾は返してもらいます」
「あっ…あなたっ!」
「今回の件に関して、貴方のお父上は多くの方たちを敵に回してしまいました。権力を持って他人を思う通りにしようなど、してはいけないことなのですよ。力で手に入れたものに、何の価値があるというのでしょうか」
「あなた、わたくしに説教をするおつもり!?」
「とんでもない。ただ、ご存知ないようでしたので、一言忠告をと思いました。手遅れかとも思ったんですけど…」

そう言って女を見る。
その瞳にあるのは非難でも侮蔑でもなく、深い哀れみ。
心の貧しいこの女への、同情。

「貴女が景吾を想う気持ちに嘘はなかったはずです。でも、貴女は方法を間違えてしまったんです。その結果起こったことに対して、僕は何もできません。ごめんなさい」

の瞳に圧倒されたように、女はを見上げた。

「あなた…どうして……」
「貴女のお父上は、まもなく警察に逮捕されます」
「!?」
「二度と権力を振りかざすことはできません」

そう言って差し出されたのは、茶封筒。
怪訝そうに目を通していた女の顔からみるまに色が消えていく。
その手から書類がこぼれ、机の上に落ちた。
誰が撮ったのだろう、見事な証拠写真だ。
この写真を前にしては、言い訳のしようもないだろう。

「そんな…」
「これから大変だと思います。でも、負けないでください。人はいつだってやり直せるのですから」

は女にそう告げると、俺に振り返った。

「…皆待ってるよ」
「…あぁ」

力なく椅子に座り込んだ女を痛ましそうに見やり、はそっと頭を下げた。


  • 05.10.05