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世界に1つだけの華 01


部活も引退して、放課後の時間に随分と余裕ができた。
今まで毎日のようにテニス三昧だったみんなは、引退したと言っても急にテニスをやめられるはずがなく、今日もみんなで集まってどこのスクールに行こうかという話になっていた。
折角の放課後なのに映画に行きたいとか遊びにいこうという話にならないで、当然のようにテニスをしようとしているみんなは、本当にテニスが好きなんだと思う。
最もそれに反対する気なんて全然ないのだけど。
関東大会初戦敗退という結果に終わったけど、それでテニスを辞めるわけじゃない。
引退した3年生全員が高等部でもテニスを続けるとは思わないけど、少なくとも僕らは全員高等部でもテニス部に所属することが決まっているから、ゆっくり休んで腕が鈍ってもいけない。
ということで、今日は僕の家のテニスコートでミニゲームをすることになった。
景吾は用事があるとかで今回は不参加。授業が終わるとすぐに迎えの車に乗り込んでしまった。
理由はいわなかったけど、随分不機嫌そうだった。
多分実家の関係だと思うんだけど、何かあったのかな?
何となく聞ける雰囲気じゃなかったから聞かなかったけど、後で連絡でもしてみよう。


家に着いたらジローがお腹が空いたと言ったので、先にアフターヌーンティーをすることにした。
色とりどりに並べられたケーキやサンドウィッチは、成長期の男子6人を前にあっという間になくなってしまう。
ジローはシェフの鈴村さんが作るローストビーフのサンドウィッチが好きだ。
笑顔でサンドウィッチをほおばる姿は、何となく可愛い。
それにしても、いつも思うんだけどいい食べっぷりだよね。
僕も、もう少し食べたら身長伸びるかな?


「それにしても、引退してのんびり出来る言うのに、それでもこのメンバーで集まるっていうのが色気ないなぁ」

食後の紅茶を飲んで一息つくと、侑士がそう言った。
確かにそうかも。
僕が言うのも何だけど、氷帝テニス部正レギュラーには見た目のいい人が多い。
景吾も侑士もその気になればいくらだって彼女を作れそうなのに。
いや、いくらも作られたら相手の子に失礼だけど。
毎日のように告白されているのに、どうして誰とも付き合わないんだろう。
そう呟いたら、亮が呆れたようにため息をついて、萩が苦笑した。
何で?

「…あいつらは理想が高いんだよ」
「そうそう。それに彼女なんて作ったら、こうやってみんなで遊ぶこともできないじゃない」
「第一、お前だってフリーだろうが」
「だって、告白されたことないし」
「…………え?」

そんなに驚いた顔しなくてもいいじゃないか。
みんなが思うほど、僕は女子に人気があるわけじゃないんだよ。
そりゃ確かにバレンタインにチョコレートはもらったけど、ほとんどは義理チョコだと思うし、僕は景吾や侑士みたいにラブレターをもらったこともなければ誰かに呼び出されて告白されたこともない。

「…まあ、確かにに告白しようという度胸のやつはいねえだろうな」
「…確かに」

どういう意味?

「まあ、ええやん。は彼女欲しいわけじゃないんやろ?そのうち放っておいても彼女なんてできるもんやし、もうしばらく男同士の友情を優先しようや」
「…うん、そうだね」

彼女が欲しいと思わないし、しばらくはみんなと一緒にいるほうが楽しいしね。
そう言うと侑士が嬉しそうに笑った。

腹ごなしも済んで、さあテニスをしようかとソファーから起き上がったとき、大きな音とともに応接室の扉が開いた。

君!」
「綾子さん?久しぶりです」

入ってきたのは綾子さんだった。
相変わらずぴしっと決まったスーツ姿で、見るからに頭の切れるキャリアウーマンという感じだ。
景吾とよく似た眼差しが僕を認めると、つかつかと僕の元まで歩いてきた。
がしっと強い力で手を握り締められる。
どうしたんだろう。
こんな慌てた様子は初めて見る。

君、あなたにお願いがあるの」
「僕でお役に立てるなら…」
「あなたにしか頼めない…いいえ、あなたにしか出来ないことなの」

綾子さんは僕の目をじっと見て、

「景吾の婚約者になってほしいの」

と真剣な顔で言った。

「……………………………はい?」

そのとき僕だけでなく、室内にいた全員が固まったのは無理のないことだと思う。



どう対処したらいいかわからず固まったままの僕を見かねたのか、事態収拾に動いてくれたのは侑士だった。
まず綾子さんを落ち着かせるために新しいお茶を用意させて、呆けてしまった僕をソファーに座らせて、綾子さんに事情の説明を求めてくれた。
綾子さんはお茶を飲んで少し落ち着いたのだろう、少し気恥ずかしそうに視線をさまよわせながら説明を始めてくれた。
話を要約するとこういうことだ。

先日の関東大会での景吾の活躍を偶然見ていた女性が景吾に一目ぼれをし、何とか彼に近づこうとしたけど氷帝学園は部外者は立入禁止になっていて外部の人間である彼女は会いにくることはできない。登下校で待ち伏せしようとしても景吾は僕と一緒に車で通学しているから、登下校中に接近することもできない。
さらに景吾自身が見知らぬ女性からのアプローチを悉く無視するので、業を煮やした彼女は父親の権力を利用したのだという。

「その娘の父親というのが政界の重鎮でね、財界にも随分と顔が利くらしいの。私としてはそんな女を景吾に会わせたくないから無視してたんだけど、どうやらうちの株主にかなりのプレッシャーをかけてきたらしいのよね。となるとこっちも放っておくわけにかなくなって、とうとううちの人が景吾に話しちゃったのよ」
「それで景吾は?」
「彼女の申し出を受けるわけにはいかないけど、一度会って話をするくらいならしてもいいって言ってくれたわ。でも、あの子はまだ15だし家の都合で好きでもない子とお付き合いさせたくないのよ。ましてやこんな卑劣な作戦を使ってくるような女なんて、跡部の嫁になんて認められません」
「嫁って…」
「彼女が狙っているのはその座ですもの」
「それで、その見合いって今日なんですか?」

綾子さんが憮然とした表情でうなずく。
あぁ、なるほど。
だから景吾の機嫌が悪かったんだ。
確かに親の権力を使ってまで自分に近づこうとする女性には会いたくないはずだ。
ましてや株主に圧力をかけてくるような人、どんなに美人でも景吾が好きになれるとは思えない。
景吾は自分が誇り高いからか、自分の認めた人にもそれを求める傾向がある。
家柄や容姿ではなく、本人の資質を重要視する景吾にこの作戦は失敗だ。
そして綾子さんの態度を見ていると、綾子さんもその人と会うのには反対なのだろう。

「だからね、今回の見合いを壊して欲しいの」
「僕で協力できることならしますけど…」
「ありがとう!やっぱり君に頼んでよかったわ!さて、そういうことなら早くしたくしなくちゃね。時間がないんですもの。あ、あなた…忍足君だったわよね。あなたにも協力してもらいたいことがあるのよ。よろしいかしら?」
「別にええけど…」
「よかったわ。景吾のお嫁さんは茉奈ちゃんって決めてるんですもの。他の女なんて景吾の隣に並んで欲しくないわ」
「茉奈って…まだ1才ですよ」

正確にはまだ1年にも満たない乳児だ。

「いいのよ。董子には許可もらってるし、茉奈ちゃんならとびきりの美人になるに決まってるわ。それに年の差なんて関係ないでしょう。茉奈ちゃんが16才の時景吾は29才。お似合いじゃないの」
「景吾の意見は…」
「そんなものあるわけないでしょ」

きっぱり言い切る綾子さん。
さっきと言ってることが全然違うんですけど…。

「13歳の年の差かぁ」
「光源氏やな」
「羨ましいかも…」
「でも今1歳だろ」

生まれたばかりの可愛い妹に、すでに婚約者ができてしまったようだ。
景吾なら不服はないけど、何か微妙。

「さあて、君。準備はいいわね」

綾子さんの目がきらりと光った。
何だか異様な迫力を感じるんだけど…。

…あの、何か変なこと考えてるわけじゃ、ないよね…?


  • 05.09.29