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春風のように


例えば、柔らかな春の陽射し。
そんな雰囲気を持った人だった。





家から歩いて数分のところにある公園。
住宅街の中にあるそれは規模は小さいながらも、緑が多く近くの道路も交通量が少なく公園の中は都会特有の騒音は聞こえない。
ロスと違って狭苦しい印象を受ける東京の中で、俺が気に入っている場所の1つ。
家の裏側にある寺も静かといえば静かだけど、あそこには顔をあわせたくない住職がいるから問題外。

入学式まであと数日。
生まれたときからアメリカで暮らしていた俺にとって当然こっちに知り合いがいるはずもなく、帰国してからゲームをしたり猫と遊んだり裏の寺でテニスをしていたりしていたのだけど、さすがに飽きてきた。
学校までの道を覚えるついでに近所を散歩していたときに偶然発見したこの公園は沢山の花が咲いている。
特に今は桜が満開で幼い子供を連れた家族連れも多い。。
絵や写真では何度か見たことがあるけど、日本の桜はやっぱり綺麗だ。
向こうにも植林されたとは聞いたことがあったけど、それでもこんな風に裂いているのを見たことはない。
白に近い淡いピンクの花弁が、ひらひらと目の前に降ってくる。
幻想的っていうのかな?
一目で気に入った。
それ以来毎日のようにここに通ってきている。


今日もいつものように公園に足を運んでみた。
指定席のようにいつものベンチに座り、ファンタを片手にのんびりと桜を眺めていた。
花が綺麗なのは当然だけど、この公園の雰囲気が好きなのかもしれない。
他にも桜の咲いている公園はあるけど、花見とか言って大人たちが昼間から宴会をしていて五月蝿いことこの上ない。
しかもそういう大人に限ってモラルがなってないから、公園の中は缶ビールやつまみやらのゴミが放置されたままで、とてもじゃないけどくつろげる場所じゃない。
この公園では家族連れがビニールシートを敷いてピクニックをしていることはあっても、宴会をしているような人たちはいない。
そしてマナーもきちんとしているのか、この公園はいつも綺麗だ。
管理が行き届いているのだろうか。
なんにしろ居心地がよいことに不満はない。

「ほあら」
「カルピン!?」

いつの間についてきたのか、ベンチの端に前足を乗せたカルピンがいた。
また脱走してきたんだな。
迷子になったらどうするんだよ。

「ほあら!」

俺の目を見てカルピンが抗議する。
どうやら膝の上に乗りたいらしい。
持っていたスポーツバッグを膝の上から下ろすと、待ってましたと言わんばかりに飛び乗ってきた。
多毛種だから大きく見えるけど、実際はそれほど大きくないので膝にかかる重量もたいしたことはない。
柔らかい毛の感触は、とても気持ちいい。
膝の上に丸くなると、気持ち良さそうに寝てしまった。
相変わらずマイペースだよなカルピン。
俺も他人のことは言えないけど。

「せっかく来たんだから、一緒に花見しようよカルピン」
「な〜」

頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。
しばらく大人しくそうやっていたと思ったら、何かに反応したように顔を上げた。

「カルピン?」

きょろきょろと辺りを見回していたと思ったら、突然膝から下りて茂みの中に飛び込んでいった。
まったくワガママなんだから。
ま、それが可愛いんだけどね。
でも放っておくわけにもいかないので、仕方なくカルピンの後を追いかけた。


…何だろう、この光景。
カルピンを追いかけて茂みの中に飛び込んだんだけど、そこはまるで別世界だった。
気分は不思議の国のアリス?
よく読んだことはないけど、多分そんな感じ。
本当に別の世界に来たわけじゃないのはわかってるんだけど、目の前の光景を見たらそう思っても不思議じゃないんじゃないかって思う。
だって、鳥とか犬とか猫とかが1ヶ所に集まってるんだから。
俺が驚いても無理はないと思う。
かすかに聞こえてくる音。
っていうか歌声?
どこかで聞いたことがあるような…。
綺麗な英語だった。
ネイティブだってすぐにわかる。
しかも俺みたいなアメリカンイングリッシュじゃなくて、クィーンズイングリッシュ。
発音も綺麗だったけど、声もすごく綺麗。
耳に馴染む。
何だっけこの曲。
映画で使われていた曲だったと思うんだけど、思い出せない。
声に誘われるまま歩いていくと、人の姿を発見した。
どうやらこの人が歌っていたのだろう。
一見男か女か判断つかないような顔をしている。
綺麗と一言で片付けるには惜しいような、美形だ。
肩に鳥を乗せ、足元に猫を乗せている。
随分慣れてる動物だな。
鳥と猫が同じ場所にいるって、珍しい。
あ、カルピン発見。
彼女(だと思う、多分…)の手にすり寄ってる。
すごい甘えた仕草。
俺以外にはほとんど懐かない猫なのに。
悔しいと思う反面、あっさりと彼女に受け入れられたカルピンが何だか羨ましい。
あんた誰とか聞きたいんだけど、その中心に踏み込む気にはなれなかった。
動物たちが皆穏やかな顔をしているのが原因かもしれない。
俺が無遠慮に踏み入って壊していい雰囲気じゃないんだ。

柔らかい陽射しが差し込んできていて、まるでそこを幻想的な世界に見せている。
桜が舞う広場よりも全然シンプルな場所なのに、ただ緑と木漏れ日があるだけなのに、それでもここは桜吹雪よりも全然神秘的な空間になっていた。
それが、目の前のこの人のせいなのだということはよくわかる。
多分普通の状態でもここは綺麗な場所なのだろう。
でも、普通の状態なら動物達がこんなに集まってないんじゃないかと思う。
彼女の存在、そして歌声が動物達を惹きつけているのだろう。

「ほあら」

カルピンが俺に気付いて一声鳴いた。
すると、歌声が止んで彼女が振り向いた。
う……わ………。
顔立ちはすごく整ったということを除けば、どちらかといえば日本人だと思う。
亜麻色って言うのかな、淡い栗色の髪と銀色に見える瞳が印象的。
整いすぎてて出来のよい彫刻みたいだけど、冷たい印象は与えない。
昔母さんに見せてもらった宗教画を思い出した。
ラファエロだかミケランジェロだかの描いた絵。
綺麗で優しそうなのに、どこか近寄りがたいイメージがあった。
まさにそんな感じ。

「この子の家族?」

飼い主と言わないことに好感を持てた。
カルピンは猫だけど、俺の大事な家族だから。

「うん」
「そう、よかったらこっちに来たら」

そう言ってにっこりと微笑まれた。
ふわりと包み込むような、優しい笑顔。
こんな綺麗な笑顔を今までに見たことがなかった。
誘われるまま隣に座った。

いくつだろう。
多分俺よりは年上だと思うけど、すごく年が離れてるようではない。
名前とか住所とか気になったけど、聞くのは後でいいだろう。
今はこの歌声を聞いていたい。


その後、名前を聞くことができた。

俺より2つ年上だ。
別に年上でも気にならなかったけど、それよりもショックなことがあった。
は男だったのだ。

俺の初恋はあっという間に終わった。


  • 05.07.04