中学に入学してからの目覚しい成長期のお陰で、気がついたら昨年の服がほとんど着れなくなってしまっていた。
かろうじて着ることができるのは、昨年は少し大きかったためあまり袖を通していなかったシャツと、数枚のTシャツのみだった。
ジーンズは丈が短くなってしまい、穿けないこともないが鏡に映る自分の姿は結構間抜けだ。
何着もあるジーンズを穿いては脱ぎ穿いては脱ぎ、結局ほとんど丈が短くて処分が決定してしまった。
最近学校の制服とジャージしか着てないから、すっかり買いに行くことを忘れてた。
身長が伸びて嬉しい反面、気に入っていた服が着れなくなるのは少し哀しい。
そういえば春物の衣替えの時に着る服がなくて慌てて買いに走った記憶が、今さらながら思い出される。
ということで今回もまた、慌てて夏物を買いに出る羽目になってしまった。
久しぶりに練習のない休日。
天気もいいことだし他に用事もない。
ということで久しぶりに渋谷まで足を伸ばすことにした。
センター街の人ごみは苦手なので表参道方面へ行き、以前見つけた店で何点か服を選ぶことにした。
ジーンズを2着とTシャツを数点、それから店頭にあった靴に一目惚れをしてしまい、ついでにそれも購入。
別の店でもデザインの気に入ったシャツなどを数点買いこんで、大満足で店を出ると。
意外な人がいた。
表参道のオープンカフェに、1人座ってのんびりと通りを眺めている人物。
テニス部の先輩、さんだ。
足を組んで悠然とアイスティーを飲んでいるその姿はまるで一枚の絵のようで、ヨーロッパのオープンカフェをモチーフにした店の雰囲気に、いっそ見事なまでに溶け込んでいた。
相変わらず華やかな人だ。
モノクロの世界に1人だけ鮮明な色彩を纏っているように、視界の端に映るだけでその存在に惹きつけられる。
それは抗うことのできない、圧倒的な存在感。
だが、そんな彼の本質を本人はまったく気付いていない。
周囲の人たちの痛いほどの視線にまったく気付いていないのは相変わらずだ。
それより何で1人なんだろう。
珍しい、というより初めて見るかもしれない。
さんの周りには常に誰かがいて、俺はさんが1人で行動しているのを見たことがなかった。
一見すると女性にも見えかねないさんのことだ。
1人きりだと声をかけてくる変な連中がいないとも限らない。
そう思って俺がさんに声をかけようとした矢先、2人組の男がさんのいるテーブルに近寄ってきた。
大学生風の、少し軽そうな男達。
何か話しかけているけど、どう見てもナンパだろう。
さんが困ったように苦笑した。
そんな仕草もひどく可愛くて、男たちの顔が見る間に赤くなっていく。
強引に席に座らないのは、さんに遠慮してというよりも彼の持つ雰囲気に気後れしてだろう。
さんに見られると、初対面の人は大抵気後れする。
あの青灰色の瞳でじっと見られると、心の奥まで見透かされているような錯覚を感じるのだ。
初対面の、しかも軽い気持ちで声をかけてきた連中が圧倒されるのも無理はない。
でも、すごく綺麗な瞳だからもっと見ていたいと思うんだ。
やんわりと断られて、それでも名残惜しそうにさんを見ている男たちの気持ちもよく分かる。
だからと言ってそのまま見せておくわけないけどね。
「さん!」
俺は彼らに聞こえるように、わざと大きな声でさんを呼んだ。
するとさんは俺の方へ視線を移し、笑顔を浮かべた。
ざわり、と周囲がどよめいたけど、当然さんが気付くはずもなく。
「長太郎!?偶然だね。買い物途中?こっちおいでよ」
勧められるまま向かいの椅子に腰を下ろし、アイスコーヒーを注文する。
「すごい荷物だね」
さんが俺の手にある荷物を見て、少し驚いている。
無理もない。自分でも何着買ったのかよく分からないんだから。
「昨年の服がほとんど着られなくなっちゃって、慌てて買いに来たんですよ。とりあえず必要最低限だけとか思ってたんですけど、つい買いすぎちゃいました。さんも買い物ですか?1人で?」
「うーん、買い物は買い物なんだけど、1人というか皆と一緒というか…」
「何ですか、それ?」
「景吾たちと買い物に来たんだけど、初めて電車に乗ったら人込みに酔っちゃってさ。ここで待ってることにしたんだ。皆は買い物に行ってるよ」
なるほど、それならさんが1人でいるのも納得できる。
多分先輩たちはこの周辺で買い物をしてるのだろう。
「でも、1人じゃ危ないですよ。最近変な人多いし」
さっきみたいな親切なナンパ野郎ばかりじゃないんですから。特にこの辺は。
そう言うと、さんは小さく笑った。
「何ですか?」
「いや、皆同じこと言うなと思って。そんなに僕は信用できないのかな」
「信用できないとかじゃなくて、心配なんですよ」
「わかってるよ。ありがとう。だからさっきまで岳人が一緒だったんだ。今は向こうの店でシルバーアクセサリーがあるとかで見に行ってるとこ」
そう言ってさんが通りの向こうを指差した。
すると向日先輩がちょうど店から出てくるところだった。
さんが手を振ると、大急ぎで走ってくる。
「お待たせー……あれ、鳳じゃん」
一瞬俺の姿に警戒したけど、すぐに気付いていつもの人なつこい笑顔を浮かべた。
「お邪魔してます」
「鳳なら全然オッケー。てかむしろ大歓迎」
そう言って俺の腕を引っ張り、耳打ちする。
「に声かけるやつ、いた?」
「先程2人組が声をかけてましたけどね。すぐ帰りましたよ」
「サンキュ」
その笑顔を見て、やはり向日先輩もさんを気にかけていたんだとわかった。
何故かさんは周囲に守ってやりたいと思わせるタイプなのだ。
別に本人が頼りないとかか弱いというタイプでは全然ないんだけど、何て言うんだろう庇護欲を掻き立てられるというのだろ。
見かけよりしっかりしてるし頼りになるってわかっているけど、周囲にそう思わせてしまう。
それはさんがすごく綺麗な人だからだと思う。
姿形も勿論だけど、それよりも内面がすごく綺麗だから、誰にも汚されないように大切にしたい。
自分の心の中の一番綺麗な思い出のような、大切な存在。
多分そんな感じ。
不思議だと思うけど、事実なのだから仕方ない。
しばらく話していると、さんの携帯が鳴った。
「景吾?終わった?…うん、わかった。じゃあ」
短く会話をして通話を切る。
「あと5分で来るって」
「ずいぶん時間かかったな。どうせ侑士が余計なもん買ってるんだぜ。を待たせるなって言うんだ」
「岳人だって買ったんだし、買い物に来たんだからいいじゃない。お互い様だよ」
「そうだけどさ……」
先程から待ちくたびれていた様子の向日先輩が不満そうにそうぼやくのを、さんは軽く肩を叩いてなだめていた。
ふと、俺の方を向くと、
「長太郎、この後時間ある?」
「あ、はい。暇ですけど……」
「じゃあ一緒においでよ。この後代々木公園でテニスするんだ」
「はいっ!!」
俺が二つ返事で頷くと、さんは楽しそうに笑った。