いつまでも子供でいられない。
では、いつまで子供でいられるのだろう?
「花火しよう」
随分前に衣替えも済ませ、季節は冬へと移り行く途中だ。
朝夕の寒さからそろそろコートも必要かなと話しているときに、いきなり岳人がそんなことを言い出した。
何を寝ぼけたことを言ってるんだ。
ジローじゃあるまいし。
「今何月だと思ってんねん」
「11月だけど、それが?」
「花火言うたら夏にするもんやろ」
「あー、それは偏見だぞ侑士。夏だろうが冬だろうが嵐だろうが、花火はしたいときにするものなんだい」
「…いや、嵐は無理やろ」
「とにかく!花火したいんだ!」
タオルを握り締めて部室で力説する岳人に、残念ながら賛成する奴はいない。
当然だ。
鬼部長の課した練習メニューを消化した俺達は、一刻も早く家に帰って夕飯を食べて爆睡したいくらいに体力を消費している。
何が楽しくて木枯しの吹く人気のない学校で、野郎ばかり集まって花火をしなければならないのか。
寒々しいことこの上ない。
「ほらほらがっくん。自分も疲れたやろ。とっとと帰って寝たほうがええで」
「まだ6時だぞ。誰が寝るんだよ」
「お子ちゃまは早う寝るもんやろ」
「くそくそ侑士ー!!」
仲がいいんだか悪いんだか分からないダブルスの会話を聞き流しながら、ブレザーに袖を通す。
また少し袖が短くなったようだ。
そろそろ新調したほうがいいかもしれない。
「だって、今年の夏は花火できなかったんだ」
「代わりに隅田川の花火大会行ったやろ。熱海も新潟の花火大会も皆で行ったやん」
あー、そんなこともあったな。
練習後いきなり跡部家の車に乗せられて、半ば強引に連れていかれたな。
まあ、海の幸美味かったし、泊まったホテルも豪華だったから不満はなかったが。
「それはそうだけどさ…」
「ほなそういうことで」
「…………(ぐすん)」
「…なっ、何やがっくん!?これぐらいで泣かんといてや」
「(ぐす)……だって……花火…」
「あーもー!わかったわかった!」
「一緒に花火してくれる?」
「付き合うたるから、泣きやんでや」
「よっしゃー!侑士ゲット!」
何だかんだと言いながら結局岳人には甘い忍足なので、岳人の泣き落としに毎回ひっかかる。
激ダサだな。
「じゃ、そういうことなんで」
「おー頑張れよー」
「何言うてるん。お前らも一緒に決まっとるやないか」
はぁ?
「何で俺まで…」
付き合わないといけないんだと言おうとしたら、それよりも早く岳人と忍足に両腕をホールドされた。
「俺ら友達だよな、宍戸?」
「大事な大事な仲間やろ」
いや、同じ部活で同じ性別を持つただの同級生だ。
俺は花火よりも夕飯の方がいい。
「お前が付き合うって言ったんだろ」
「冷たいこと言わんでもええやろ。何が哀しゅうて男2人で冬も間近や言うのに花火せなあかんのや」
「知らねえよ。自分が引き受けたんだろうが」
「くそくそ宍戸ー!長太郎は?長太郎は一緒するよな」
「先輩の頼みが聞けへんなんてこと、あらへんやろうな」
「え…あの…でも……」
「花火でも何でもお前らで勝手にすればいいだろ。俺や長太郎を巻き込むな!」
だからさっさとこの腕を放せ!
「帰るぞ、長太郎」
「あ…はい…」
しがみついてくる2人を振り払って、鞄を引っ掴む。
部室のドアを開けようとしたら、それよりも先に外側からドアが開かれた。
姿を現したが、不思議そうな顔で俺を見上げる。
「あれ。亮、帰るの?」
「あぁ、部活は終わったからな」
「花火はまだだよ」
「はあ?」
「お、おっかえり〜。跡部はどうだった?」
「あぁ、岳人。渋い顔してたけど大丈夫。もうすぐ樺地が消火用の水を用意してくるから、コート以外だったら使っていいって」
「やったぁ!、感謝」
「このくらい何でもないよ。僕も花火やったことないし」
楽しそうに笑いあう岳人とを前に、すっかり帰るタイミングを失ってしまった。
「せっかく持ってきた大量の花火が無駄にならなくてよかったよかった」
「随分あるんだね」
「やっぱさ、9人分だし。ちょこっとあるより沢山あったほうが楽しめるじゃん」
「そういうものなの?」
「そういうものなの!」
岳人の奴、最初からを抱きこんでたのか?
ロッカーから大量の花火を取り出す岳人に、呆れて言葉も出ない。
遊ぶためなら頭の回転が速くなるんだなお前は。
その回転数を勉強に活かしやがれ。
「綺麗だね」
「うん、綺麗〜」
の同意を得たということは跡部の了解を得たも同然なわけで。
練習後に花火をすることは決定だった。
跡部もには弱いから逆らえなかったのだろう。
参加することはないが、一応俺らから離れることなく輪の中にいる。
「景吾、ほら見て綺麗だよ」
「わかったからちゃんと前見てろ。火傷するぞ」
苦笑を浮かべつつの様子を気にする跡部はまるで保護者のようだ。
最初は渋々参加していた忍足や長太郎も、どうやらの笑顔に感化されたらしく今は楽しそうだ。
両手に2本ずつ花火を持って走り回ってる。
滝とジローは2人で線香花火をしながら何で「線香」花火という名前なのかと議論を交わしている。
俺にも聞かれたが、そんなこと知るか。
…楽しそうな光景だよ確かに。
これが夏の浜辺ならな。
ここが学校の校庭で季節が冬間近じゃなければ俺だって楽しめたかもしれない。
常識を捨てきれない俺が悪いのか、いやそうじゃないよな。
風に乗って火薬の匂いが目に染みる。
煙を避けて風下から移動する。
ふと跡部と視線が合った。
「珍しいじゃんか。お前がこんなお祭り騒ぎを容認するなんてさ」
「がやりたいって言うんだ。仕方ねえだろ」
「相変わらず甘いな」
「悪いかよ」
「激ダサ」
「うるせぇ」
そのまましばらく2人で並んで花火をしている面子を眺めていた。
本当に楽しそうだ。特に岳人が。
新人戦も終わり、来年の大会に向けて本格的に始動しはじめた部活の練習はかなり厳しい。
放課後は遅くまで残り、休日は当然返上。
そんなテニス漬けの毎日の中で、こんな非常識な花火大会でも気分転換になるだろうと思ったのだろうか。
不本意ながら承諾したという跡部も、心から楽しそうな顔を見て悪い気分じゃないのだろう。
「ガキの集まりだよな」
俺も含めて、今更ながらそんなことを思った。
いくら大人ぶってても、中学2年生なんてまだまだ子供だ。
岳人やを見ていると、そう実感する。
「いいんじゃねえか、ガキでも」
跡部がそう呟いた。
その視線は俺を見てはいない。目の前の子供――もとい、ふざけあう岳人とを微笑ましそうに見ている。
「俺達は、いずれ嫌でも大人になるんだ。子供だと世間が認めているうちは、いくらでも馬鹿やっていいんじゃねえの」
「限度があるけどな」
「当然だろ。大人には大人の、子供には子供の責任ってものがあるんだ。それがわからない奴は本当の愚者だ」
本人はそう言っているが、跡部は自分が『子供』でいることを是としない。
環境がそうさせているのかと思ったが、跡部と同じ環境にいるのことを考えるとどうやらそうでもないらしい。
跡部の表情は何かを含んでいて、どこか大人びている。
少しでも早く大人になろうとしているように見える。
それは一体何を守るためなのか…。
「」
「何、景吾」
「あと20分で迎えの車が来るから、それまでに片付けておけよ」
「うん、わかった」
「…跡部さぁ」
「何だ」
「お前、やっぱり保護者みたいだわ」
「うるせえよ」
子供と大人の境界線はどこにあるのだろう。
ふと、そう思った。
- 04.07.05