ウィンチェスター兄弟が日本を去って、テニス部もようやくいつもの練習メニューに戻るかと思いきや、彼らはしっかりと細かいカリキュラムを残しておいてくれた。
各個人の不得意分野を細微にわたって調べあげ、その克服メニューがレポート用紙にこれでもかという程羅列してあった。
レポート用紙に書かれてあった文字は英語だったが、あまり得意教科じゃなかった僕でもさすがに『running20km』くらいはわかる。
指導内容はさすがに解読できなかったのでに訳してもらった。
1人1人のメッセージの後に書かれてあった「GoodLuck」の文字が恨めしい。
幸運を祈られるような練習メニューということなのだ。。
というか、彼らが滞在している時よりも練習メニューが厳しいというのはどういうことなのかな?
それでも、やはり人間は慣れる生き物だ。
前と同様何日も同じメニューを繰り返していると、体力も続くようになるんだなぁと我ながら感心する。
そして嬉しいことが1つ。
日々の努力の賜物か、最近体格に変化が現れてきたのだ。
元々中学生に見えない体格をしている人たちばっかりだけど、それでも以前に比べて二の腕とか足とか腹筋とかかなりたくましくなってきた。
入部した当初はひょろっとした体型の鳳ですら、徐々に筋肉がついて今では僕よりも男らしい体型になってきている。
先輩として面白くないことは確かだが、羨ましがっていても僕の身長が伸びるわけでもなし。
過度な筋トレは成長を抑制してしまうと聞いたことがあるので、自分なりに努力をしていくしかないだろう。
そんな中ではまったく変化がない。
相変わらず華奢というか細い。
元々筋肉がつきにくいタイプなのかもしれないけど、それにしても細すぎじゃないだろうか。
下手したら同学年の女子よりも細いかもしれない。
家自慢のシェフ特製弁当をしっかりたいらげるくらいだから食が細いということもないだろうし、甘いものだって好きだからダイエットをしているわけでもない。
それなのに何故だろう。
気になったのでに訊いてみた。
「確かに筋肉がつきにくいタイプだとは思うよ」
あっさりとが頷く。なるほど。
「それでも細すぎるよね」
ひょっこりと部室に顔を見せた岳人が口を挟む。
「あ、おはよう岳人。でも、言うほど細くないと思うけど」
「おっはよう。いや、細いよ。腕なんて樺地の半分くらいしかないじゃないか」
「樺地は特別だと思う…」
確かに樺地は規格外の体格をしている。
比べるのは酷というものだろう。
「多分皆より筋トレが少ないからじゃないのかな?」
筋トレ?
どうやら練習メニュー項目の1つである筋トレが、にだけなかったらしい。
そう言われてみれば、がトレーニングルームにいるのをあまり見たことがないような気がする。
たまに姿を見るけど、そんなときはすぐに跡部に呼ばれていなくなってしまう。
…もしかして、意図的?
「何で?」
「必要ないんだって。僕だって身体を鍛えたいんだけどね」
「ふぅ〜ん。内緒でやっちゃえば」
「うん…。でも僕の身体のことを考えてくれてるって思うと、どうしてもね…」
「それもそうかも」
岳人が納得したように頷く。
その手は素早くテーブルの上にあった菓子を掴んでいる。
岳人も沢山食べるわりには全然伸びないなぁ。
本人が気にしているからあえて言葉にしようとは思わないけど。
それに岳人のアクロバティックプレイには今の体型の方がいいだろうし。
「いいなぁ」
忍足と跡部のラリーを見て、がぽつりと呟いた。
少し不満そうに自分の二の腕を掴んでみたり、隣にいる僕の腕を触ってみたりしている。
僕の腕も決して逞しいわけじゃないと思うけど、それでもよりは確かに筋肉がついている。
腹筋まで触りたそうだったけど、さすがにそれはお断りした。
というかそんなことやっていたら、跡部と忍足が血相を変えて飛んでくるだろう。
ほら、すでにすごい視線を向けられてるし。
「いいじゃない。別に持久力がないわけじゃないんだから。それに握力だってそれなりにあるんだし」
「それとこれとは別問題」
なるほど。見た目が問題ということか。
「羨ましいなぁ。皆腹筋割れてて」
2人の殺人光線なんてまったく気付く様子もなく、は僕にそう呟く。
は忍足のような腹筋の割れた体型に憧れているらしい。
でも言っちゃ何だけど、の腹筋が割れたらギャラリーの女の子たちは泣くと思うよ。ついでに全テニス部員も。
皆腹筋の割れた『天使』の姿は見たくないと思うんだ。
実際僕の想像力は、腹筋の割れたの姿を描くことを拒否している。
美少女のような容貌と清らかな性格。
変声期を迎えた声は決して高くないのに、それでもは一見すると性別不明だ。
風に舞う髪は宍戸までとはいかなくても少し長め。
屋外で毎日テニスをしているとは思えないほど白い肌は、赤ちゃんのようにすべらかな肌をしている。
浮かべる笑顔は花のようで、私服で外を歩いていて美少女に間違われること数知れず。むしろ制服を着ていても女性に間違われる。
ブラウン管の中で紛い物の笑顔を安売りするアイドルとは違う。
性別年齢を問わず多くの人々から愛される存在だ。
そんなが筋肉質になったらなんて、考えるだけで恐ろしい。
今後がトレーニングルームを使おうとしたら、断固として阻止することにしよう。
そうだ、忍足にも教えておこう。
きっと彼なら二つ返事で協力してくれるだろう。
その後、正レギュラーの中で、ある同盟が組まれたことをは知らない。
- 04.06.28