の様子を見にきたと言った2人の世界的プロテニスプレイヤー。
彼らの言葉に嘘はなかった。
その言葉の通り当然のように家に滞在し、連日のように学校へやって来てはの学校での生活や部活動を楽しそうに観察していた。
それはもう、周囲が混乱するくらいには。
本人たちは陰から温かく見守っているつもりだったようだが、日本人中学生の集まる学校にいる金髪碧眼の美青年2人はもの凄く目立っていた。
コーチさながらテニスコートのベンチで優雅に足を組んでいる姿はまるでどこかのモデルのようで、ギャラリーの数も今までの比ではない。
ギャラリーの全員が彼らの素性を知っているわけではないだろうけど、の身内ということだけでも一見の価値があると思われているのではないだろうか。
本日も練習時間になると彼らはやってきた。
「あれ?」
だが、今までと違うその姿に長太郎が声を上げる。
見学に来たと言うとおり、今までの2人の姿はラフとは言えおよそスポーツをする格好ではなかった。
だが、今日はしっかりとテニスウェアに身を包んでいる。
その手に握られているのは、シルバーフレームのラケット。
以前に見た雑誌に書いてあった、彼らが試合の時にのみ使用するというラケットだ。
もしかして目の前でこの2人の試合が見れるのだろうか。
それともコーチをしてくれるのだろうか。
期待が胸にふくらんでいく。
引退して3年経つものの、それでもテニスをしている者にとって彼は已然として『神』なのだ。
そのプレイスタイルはブラウン管越しですら見惚れてしまうほど素晴らしかった。
チャンスがあるなら見てみたいと思っても無理はないだろう。
「集合」
跡部の号令で正レギュラーが集まる。
怪訝そうな顔をしている以外は、全員期待に目を輝かせている。
いつもならすぐにベンチに座っている2人が跡部の隣に並んでいるということは、やはりそういうことなのだろうか。
「今日からしばらくの間、2人が特別コーチとして参加してくれることになった。知っての通り世界でもトップクラスのプレイヤーだ。勉強になることは多いと思う。折角コーチをしてもらうんだ。お前ら、失望させるなよ」
跡部がそう告げると、周囲からどよめきが起こった。
跡部の言葉が理解できないというように、皆不審そうな顔をしている。
僕も一瞬自分の耳を疑った。
コーチ?
彼らが?
一度でいいから試合している姿を目前で見てみたいと思ってはいた。
もしかしたらとなら試合をしてくれるんじゃないかと。
そうすれば間近で試合を見ることができると思っていた。
今日テニスウェアなのはそのためで、まさか僕たちのコーチをしてくれるなんて思ってもいなかった。
『神』のコーチを受ける機会なんて、これから先あるかわからない。
皆が余程呆けた顔をしていたのだろう。
クライヴさんが僕たちの緊張をほぐすように優しく笑った。
と同じその笑顔は、のような無邪気さはないけれども、その分包容力を感じさせるものだ。
パニックになりかけた頭がすうっと醒めていくのを感じた。
「厳しく鍛えるので、そのつもりでよろしく」
「しっかりついてこいよ」
2人がそう挨拶すると、今度は歓声が起こった。
「すっげー!すげー!!マジマジ!?」
「めっちゃラッキーやん俺ら」
「でもさ、厳しく鍛えるって言ってるぜ。ついてけるかな?」
「クライヴさん優しいから、きっと大丈夫ですよ」
ふと隣を見ると、が俯いていた。
浮かれまくりな正レギュラーの中で、その表情はひどく暗い。
あの跡部ですら2人がコーチをしてくれることが嬉しくていつも以上のやる気を見せているのに、何故は楽しそうじゃないのだろう。
2人がコーチしてくれることは、僕たちよりもむしろ跡部とにとって意義があることだ。
跡部とは氷帝の中でも強すぎることが災いしているのか、互角に戦える相手が少ない。
残念だけど、僕たちの実力では跡部とには物足りないのだ。
それは当然2人も感じていたはずだし、世界でもトップクラスのプレイヤーであるウィンチェスター兄弟に指導してもらえることがどれほど有益なことか、わからないはずはない。
特ににとってクライヴさんはテニスを教えてくれた最初のコーチだ。
彼の足が再起不能だと誤解して苦しんでいた分、コーチとは言え再びコートに立つことが嬉しくないはずないだろうに。
「、どうしたの?」
「え…、ううん。何でもない」
何でもないわけないだろう、その顔で。
「僕には言いたくない?」
「そういうわけじゃないよ、ただ…」
はしばらく言いよどんで、それから僕の腕をきつく握った。
「萩…」
真剣な表情。何かを危惧するような、不安そうな顔をしている。
「……頑張ってね」
「?」
激励というには悲壮感漂うその顔に、疑問を感じる。
どういう意味?
その疑問はあっさり解決した。
「ほら、足が止まってるぞ!動け!走れ!!」
「お前の武器はカウンターだろうが!もっと懐に飛び込め!そんなダッシュでライジングが打てると思ってるのか!!」
「そのぐらいでバテてどうする!向日は基礎練習にグラウンド20周追加しろ!!」
「そんな打ち易いコースに返してどうする!少しは頭を使え!その頭は飾りじゃないんだろ!!」
「景吾!その程度のスマッシュでラケットを取り落とすな!握力つけろ!!」
「!お前の反応遅すぎだ!コントロールも鈍ってるぞ!そんな球くらいライン上に乗せろ!!」
…一体誰だ、彼の指導が優しそうだなんて言ったのは?
コートに入った2人は、まるで別人だった。
容赦のない練習メニューに、跡部のしごきが懐かしく思えてくるから不思議だ。
跡部の作る練習メニューも慣れるまでは家に帰るのも大変だったけど、彼らの作ったメニューは、その3倍は軽くあるだろう。
体力には自信のある樺地ですら、彼らのメニューをこなすことはできない。
勿論2年生正レギュラーのほとんどは、途中でリタイア。
岳人とジローはベンチの横でダウン。他のメンバーもコート外でぐったりと座り込んでいる。
無事に練習メニューを終了できたのは、跡部との2人だけ。
その跡部ですら練習終了を告げられると、コート内で精も根も尽き果てたように倒れこんでしまった。
よくできましたという明るい声に、答える気力もない。
跡部の実力にクライヴさんが興味を持ったらしく、マンツーマンでびしばししごかれていたから無理もない。
そんなグロッキー状態の皆に対して、正レギュラー全員の相手をしていた2人は、屍と化した僕ら1人1人にドリンクとタオルを運んでくれた。
アメとムチ?
「皆実力のある子たちだから、鍛え甲斐があるよ」
「このくらいって成長が目に見えるから面白いな」
「これならもう少しくらい厳しくしても平気かな?」
「大丈夫なんじゃない」
爽やかな笑顔で恐ろしいことを言う2人に、反論できる体力の持ち主はいなかった。
今でさえほとんどの部員がついていけないというのに、さらに厳しくしてどうするんだろうという疑問も、勿論彼らに投げかけることはない。
何となく笑顔で「努力だよ」とか言われそうな気がしたから。
2人のアドバイスは的確で、練習メニューも1人1人の苦手コースを克服するものが多かった。
確かにこのメニューをこなしていけば、自分たちの実力は飛躍的に伸びるだろう。
問題は体力がついていくかということ。
「…」
「何?」
「は昔から、こんな厳しい指導を受けてきたの?」
「うん」
あっさりと答える。
…なるほど。が強いわけがわかった気がする。
小さい頃からこれだけしごかれていて、上達しないわけがない。
というか、よくテニスが嫌いにならなかったよ。
がテニスを始めたきっかけって、確か身体が弱いを鍛えるためとかじゃなかったっけ?
こんなにハードな練習は却って逆効果だったんじゃないのかな。
これからしばらくの間。
僕たちの身体が果たしてもつのだろうか。
ものすごく心配。
- 04.06.17