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願い


最近他校から練習試合の申し出が多い。
全国大会ベスト16という好成績が最大の理由なのだが、突然増えた取材や偵察には正直辟易している。
奴らの目的は新体制になった氷帝正レギュラー陣の実力なのは間違いない。
3年と入れ替わるように正レギュラー入りした数名の実力は、全国ではあまり知られておらず、少しでも情報を集めようとしているのだろう。
そして、おそらく跡部とについても。
強豪の集う全国大会において、跡部との2人だけが無敗だった。
特には、全国大会ですらどこか余力を残しているように見えた。
の実力は、同じ氷帝正レギュラーでもそのすべてを知り得ていない。
他校ならば尚更だ。
の取材や撮影は学校側からきつく禁じられており、記者や他校の連中がいる時は、は決してコートに入ろうとしない。
何か大きな秘密を抱えているのだろうということは、俺以外の連中も薄々気付いていた。
だが、それを問い詰めようという気はない。

見てしまったからだ。
取材に来ていた記者を、辛そうな顔で見つめているの姿を。
時折哀しそうにラケットに触れているの顔を。

テニスに関わる何かを、は隠している。
そしてそれを知られることを怖れている。
あの顔を見るよりは、知らないでいるほうがいい。
おそらく他の連中も同じなのだろう。
誰よりも優しいが傷つくとわかっていることを、問い詰めようと思う奴はここにはいない。
今のが笑っていられること。
俺たちには、そのことのほうが大事なんだ。


「立海大から?」

濡れた髪をタオルで拭いながら、が振り返る。

「ああ、練習試合の申し込みが来ている。目当ては当然お前だろうがな」
「景吾かもしれないよ」

関東大会でも全国大会でも、は立海大の3年生相手に勝利している。
常勝立海大の名前にかけて雪辱を晴らしておきたいのだろう。

「で、どうする?」
「そうだね。立海大なら相手に不足はないし、何より皆のレベルアップにつながると思うよ。反対する理由ないんじゃないの?」
「そうだな…」

氷帝テニス部の部長としては、練習試合の相手が全国大会2連覇の立海大附属中は申し分ない。
悔しいが氷帝よりも実力は上だ。
格上の相手との試合は、レギュラーの実力向上には最適だとわかっている。
ましてや忍足や向日など、3年が引退してから正レギュラーになった奴らは、立海大とは初の対戦になる。
だが…。

立海大との練習試合ともなれば、多くのギャラリーが集まることは必至だ。
の過去を知る人間が現れないと言い切れるだろうか。
家は勿論、サイアスの一族全てで隠しているの過去。
それを知られたくなかった。

「僕のことが気になる?」
「!?」

胸中を見透かされたような気がした。
俺の顔を見て、が苦笑した。

「景吾は僕のことになると、すごく臆病になるよね」
「……」
「心配してくれる気持ちは嬉しい。だけど、大丈夫。過去を振り切るにはいい機会だ」
「だが…」

3年たっても癒えない傷。
それを簡単に振り切ることができるのか。

「大丈夫だよ。僕は1人じゃないから」

胸が痛くなるほど綺麗な笑顔。
俺はが弱い人間だと知っている。
繊細で傷つきやすいが故に、すべてのものに優しくできる人間だ。
誰よりも弱く、だからこそ綺麗な存在。
思わずその身体を抱きしめた。

「景吾?」
「…俺はお前に傷ついてほしくないんだ」

強くなろうとするを止めるつもりはない。
だが、の過去が明らかになるということは、それだけでが好機の視線に晒されるということだ。
どれだけ傷つくのだろう。

「大丈夫だよ。1人じゃないんだから」

俺の背中に手を回して、は腕の中でそう囁く。

「傍にいてくれるんでしょ。だから大丈夫。景吾が支えてくれるから、安心して前に進める」
「…あぁ」

泣きたくなったら胸を貸してやる。
歩けなくなった、腕を引いてやる。
1人で立っていられなくなったら、俺が支えてやる。
共に歩いていくと決めたとき、そう言った。
運命共同体だと。
その言葉に嘘はない。

「だから、僕は平気だよ」

そう言って微笑むの顔は、今まで見た中で一番綺麗だった。


守ってやりたい。
が笑っていられるように。

それが願い。


  • 04.06.03