2年生になったからと言う訳でもないんだろうけど、この頃僕と景吾は部長から用事を頼まれることが多くなった。
正レギュラーの練習メニューを組んでくれとか、練習試合の申し込みを選別してくれとか、本当は部長がやらないといけないんじゃないかとと思うことばかりなんだけど、部長は生徒会役員も兼ねているので、忙しくて細かいところまでは手が回らないのだろう。
もちろんそれで練習時間が削られることはないので、僕としては問題はない。
むしろ雑用をしなくてすむから助かるとか景吾は言っている。
もしかして、部長は景吾か僕を次の部長にしたいのかな?
だから今のうちから仕事を覚えさせてるとか……。
是非、景吾でお願いします。
今日も着替えてコートに入ったら、部長が誰かを探しているようだった。
「を探してるんとちゃうか?」
いつの間にか隣にいた侑士がそう言ってきたので、頷いた。
多分そうだと思う。
「それか景吾だよね」
「跡部はどないしたん?いつも一緒やのに珍しい」
「廊下で榊先生に捕まってた。長くなりそうだから先にきたんだ」
今日は久しぶりに正レギュラーと準レギュラーが合同で練習試合をすることになっているので、早めに来て練習しておきたかったんだ。
2年生になって侑士や宍戸、岳人、滝、ジローのいつものメンバーが揃って準レギュラー入りした。
皆レベルが高いから、正レギュラーと試合しても遜色ない試合ができると思ったので、部長に練習メニューを組んでいいって言われたとき、こっそりとメニューに追加しておいたんだ。
それが今日。
実は長いこと一緒にテニスしているけど、部活の練習試合で侑士と対戦するのは初めてだ。
自主練習とかで試合したことは何度かあるけど、そういうときはお互い自分の弱点を強化することを目的としていたりするから、本気の勝負にはならない。
実はかなり楽しみにしてたんだけど、部長が探しているとなると、それも中止かな。
ちょっと残念。
小さくため息をつくと、侑士がそれに気付いて僕の頭を撫でた。
「しゃあないな、との対戦は次の機会までとっとくか」
そう言ってもらえると嬉しい。
案の定部長は僕の姿を見つけると手招きした。
「、。それから忍足も。ちょっと頼まれてくれないか?」
「何をです?」
俺もかいな、という侑士の声を無視して僕は部長に訊ねた。
「いや、ほらもうすぐ1年生が入部して1ヶ月が経つだろ?だから恒例の実力テストをしようと思うんだけど、俺これから生徒会の方に駆り出されててさ、1年生を見てやれないんだよ。だから頼めるかな?」
恒例の実力テストとは、去年僕たちもやった一球勝負のラリーだろう。
コートで打ち合いをさせて、各個人の実力を測るのだ。
そういえば、あれからもう1年が経つんだ。なんだかあっという間だ。
「別にいいですけど…僕でいいんですか?」
まだ2年生なんですけど。
「の観察眼は部内でも1,2を誇るだろ。お前に任せておけば安心だよ」
「ありがとうございます」
「俺も一緒でええんかいな。俺準レギュラーなんやけど」
侑士は部長と仲がいいので、他の先輩がいないときは部長に対して敬語を使わない。部長も全然気にしてないから、あえて注意することもないだろう。
「いいのいいの。お前の実力も大したもんだし、俺的には問題なし。むしろと忍足の2人なら安心して任せられるって感じ?」
「呑気やなぁ、自分。ほんなら頼まれたるわ」
「生意気な」
部長が苦笑しながら侑士の頭を持っていたファイルで小突いた。
そのままそれを侑士の前に突きつける。
「これに1年生のデータが書いてあるから、チェックよろしく。じゃあな」
そう言うと、部長は大急ぎで去っていった。
「随分急いでたみたいだけど、会議でもあるのかな?」
「さあ、どうやろ?」
事情の分からない1年生を集めて、今回のルールを簡単に説明する。
「…ということで、誰でもいいからペアを組んでもらえるかな。組んだらこっちに来て。名前を確認してからコートで試合をしてもらうから」
「時間がないんで、ちゃっちゃっと決めてや」
侑士の言葉が効いたのか、皆ペアを組むと順にコートの横に並んだ。
今年の新入部員は今のところ102人。2ヵ月後には半分くらいに減っているだろうけど、入部した人数にしては多い方だと思う。
1組3分程度としても約2時間半。ただ見てるだけというのも結構つらいかも。
そうこうしているうちにペアを組んだ1組目が僕たちのところへやってきた。
「須藤と時田ね…。サーブはどっちがするの…須藤?じゃあ、始めて」
「はいっ」
嬉しそうにコートに入る1年生に、自然と僕まで笑顔になってしまう。
何だか自分のことを思い出す。
入部して始めて試合ができるのが、嬉しかったんだよな。
「懐かしいね」
「そうやな。色んなこと思い出すわ。と跡部の信じられないラリーとか。岳人がいきなりムーンサルトしたおかげで、相手が腰抜かしたこととか」
「そういえばそんなことあったね」
さて、無駄話はおしまい。
コート上で始まる試合は、やはり数回の打ち合いで終わってしまうのがほとんどだった。
部長から渡されたファイルには経験者だと書いてあるものの、実際には学校の授業で触ったことがある程度じゃないだろうかという人が結構多くて驚いた。
ほんの数回で終わってしまうラリーで、1年生の実力を見極めることは非常に難しい。でもフォームやボールへの反応速度、それに何よりもテニスに対する姿勢は少し見ただけでもわかる。
こうやって何の予告もなしに試合をさせることで、誰がどれだけ練習しているのか一目瞭然だ。
「何や、飽きてきたわ」
10組ほど大人しく試合を観察していた侑士がぼそりと呟いた。
侑士が不満をもらすのも無理はない。先程からラリーと呼べる代物ですらなくなってきていたのだ。
「あと何組あるんや?」
僕の手元のファイルを覗き込みながら、侑士が訊ねる。
部長から渡されたファイルには、新入部員の名前とクラス、それからテニスの経験の有無と体力測定の結果が書かれている。
「今年はぱっとしたの、おらへんな」
確かに侑士の言うとおり、今年の新入部員の中で体格的にも体力的にも恵まれた人は数人しかいない。
テニスは体格でするものではないけど、有利になることは確かだ。
「でも、さっきの樺地はすごかったよ」
樺地は景吾の幼馴染で、入学した当初から中学生離れしたその体格は有名だ。
景吾を尊敬しているらしく授業以外はほとんど一緒にいるから、僕も自然と仲良くなった。
無口で無骨なタイプに見えるけど、実はすごく細やかな神経の持ち主だ。
一緒にテニスをしたこともあるけど、相手のアドバイスは素直に聞き入れ吸収する。
こういうタイプは必ず伸びる。
成長が楽しみだ。
「樺地は別や」
侑士も一緒に行動することが多いから、樺地の実力は知っている。
「他に体格のいいのは鳳かな?1年であの身長は羨ましいよね」
1年生で180近いっていうのは、羨ましい。
筋力が若干弱いけど、それは今後の筋トレ次第でどうとでもなる。
本人も努力をしてるみたいだしね。
「テニスは未経験だけど、毎日遅くまで練習してるのを見るよ」
「なんや、チェック済みかいな」
「亮がね。近くの公園でよく練習してるらしいんだけど、そこに毎日のように壁打ちしてる1年がいるって言ってた」
そう、亮が認めるくらいだから、本当に一生懸命しているのだろう。
「お、噂をすれば…や。鳳の番やで?」
グラウンドに目をやると、鳳がもう1人とコートに入ってくるところだった。
相手は…岩田。テニスは小学校3年生からスクールに通っている…か。
果たして未経験の鳳がどこまでくらいついていくことができるかな
「……」
繰り出されたサーブに目を瞠る。
それは侑士も、対戦相手も、そして1年生同士の微笑ましい初試合を興味深そうに見ていた2,3年生も同じだった。
「速い…」
今まで見たどのサーブよりも、鳳のサーブは速かった。
油断していたというのもあるのだろうけど、一歩も動けなかった岩田が信じられないという目でコート上に残るボールの跡を見る。
「…こいつは来るで」
侑士がかすれた声でそう言った。
部内でこれほど速いサーブを打てる人は、正レギュラーにもいないだろう。
あれだけのスピードだからコントロールには不安が残るだろうけど、このサーブは強力な武器になる。
他が未熟でも、それを補って余りあるほどのものがあった。
サーブが決まった瞬間、鳳はすごく嬉しそうな顔をした。
テニスが好きで、試合が楽しいという笑顔。
きっと彼もこれから強くなる。
「」
「何?」
「さっきの言葉、やっぱ訂正するわ」
にやりと侑士が笑う。
「とんでもない1年が入ってきよった」
どうやら侑士も気に入ったようだ。