世の中には自覚のない人間というものが存在する。
という人物は、間違いなくそういうタイプだ。
入学式の朝。
クラス編成で同じクラスに『跡部景吾』の名前を発見したとき、俺は穏やかな中学生活は送れないだろうと覚悟した。
何しろ跡部は良くも悪くも目立つため、いらぬトラブルを招いてしまう確率が高いのだ。
もちろんそのほとんどが妬みや嫉みの類なので跡部にしてもいい迷惑だと思うが、絶対に本人にも問題があると思うぞ。
女子曰く、
容姿端麗(性格の悪さがにじみ出ているとしか思えないが)。
頭脳明晰(無駄に回転が速いため、下手なことを言うと再起不能なまでに叩きのめされる恐れあり)。
沈着冷静(中学1年にしてそれは如何なものか)。
更に親は大会社の社長ときたら、妬まれないほうがおかしい。
ましてや跡部の言動は相手の神経を逆撫ですることばかりだしな。
売られた喧嘩は数知れず。
そして俺が巻き込まれたことも両手では数え切れない。
中学生になったことだし、少しは成長してくれるといいんだが……無理だろうなぁ。
跡部だし。
俺はがっくりと肩を落として教室へと向かった。
何だろう?
教室の前にものすごい人だかりができている。
しかも俺のクラスじゃねえか。
何だ?
俺は人込みを掻き分けて教室に入った。
また跡部が問題でも起こしたか?
その考えはある意味当たっていた。
騒ぎの中心はやっぱり跡部だった。
だが、問題を起こしていたわけではない。
ただ話をしていただけだ。
そして注目を浴びていたのは、跡部ではなくその相手の方なのだと俺は理解した。
だって、ありえねえだろ?
いや、跡部がクラスメイトと仲良く談笑ということもあり得ないと言えばあり得ないわけだが。
つーか、こいつの存在感って何だよ。
何をしているわけでもない。
ただ笑顔で会話をしているだけなのに、何でこんなに近寄りがたい感じがするんだ?
しかも一緒にいるのが跡部だから、近寄りがたさも倍増。
他人を寄せ付けないタイプじゃない。むしろ人当たりのよさそうなタイプだ。
それなのに、あの2人の場所だけ明らかに空気が違う。
強いて言うなら美術館に入ったときの、あのしんとした雰囲気か?
もしくは教会の中?
うん、そんな感じだ。
だから誰も気になるけど近寄れなくて入り口にたむろしていたってわけだ。
無理もない。
ところで、誰だろう?
見たことないってことは外部入学者なのは確実だけど(だってこんな目立つ奴、忘れるはずがないぞ!)。
跡部の知り合い……なんだろうか。
その時跡部が俺に気付いてにやりと笑った。
あ、いやな予感……。
その視線に気付いたのか、そいつが振り返って俺を見た。
うわ……。
正面から見て、さらに驚いた。
えっらく綺麗な顔だ。
男……だよなあ。俺と同じ格好してるし。
青?灰色?
不思議な色合いの大きな瞳が俺を見ている。
射竦められたわけじゃないが、何故かその瞳から目が離せない。
「おい、宍戸。何ぼけっと突っ立ってんだよ、あーん?」
そいつから目をそらせない俺に気付いて、跡部がそう言った。
「ししど?」
「あぁ、あいつの名前だ。宍戸亮。幼稚舎からのくされ縁で、ついでにテニススクールも一緒の奴だ」
「ふぅん」
そいつは再び俺に視線を移した。
「だよ。よろしく」
そしてにっこりと笑った。
ざわり、と背後の人垣がどよめいた。
「おい、宍戸。とっとと入ってこいよ。お前がそんな場所に突っ立ってるから、外の奴らが入ってこれねえだろうが」
……入ってこれねえのは俺の所為じゃねえよ。
おまえだ、おまえ!
だが反論しても無駄なのはわかっているので、俺は諦めて教室の中へと入った。
とりあえず初日だし座席は決まってないみたいだから適当なところに座ろう。
窓側の前の席なんていい感じだな。跡部から微妙に離れてるし、うん。
……って、何でお前が手招きするんだよ!?
いつもは放っておくじゃねえかよっ!
でも、もにこにこと手を振ってるので俺は仕方なく跡部の隣の席に荷物を置いた。
「……お前ら目立ちすぎ」
ぽつりとそう呟くと、が驚いたように俺を見た。
「別に目立ってないよ?」
「……はあ?」
「だって、ただ話してただけだし。目立つようなことしてないよ」
……もしもし?
あれだけの人込みを見て、それでもまだ目立ってないというのかこいつは。
というか今現在も突き刺さってくる視線にまったく気付かないのか。
「でも、よかった。このクラス妙に人がいなかったから皆入学式なのに遅刻かなって景吾と話してたんだ。遅刻じゃなくてよかったね」
「ああ、そうだな」
にやりと笑って跡部が答える。
こいつは絶対分かっている。分かってて俺の反応を楽しんでるんだ!
だってお前入り口にいた集団に気付いてただろうが!!
「お前絶対性格悪いぞ」
「え?景吾優しいよ?」
………。
かみ合わない会話に、俺は説明を放棄した。
「ねえねえ、宍戸」
「……何だ」
「亮って呼んでもいい?」
そう言っては上目遣いで俺を見た。
だから見るなって!
こいつの視線って、本当に威力ある。
「好きに呼べよ」
「ありがと」
……なんか去年以上に苦労しそうな予感がする。
- 04.12.09