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視線の先


大会も終わって部活動もひと段落ついた今日この頃。
朝練はないんだけど、ついいつもの習性で早く学校に来てしまった僕は、誰もいない教室にいるのも退屈で、ついついテニスコートへと足を向けていた。
練習がないときでもテニスコートは部員に開放されていて、自主練習したい人はいつでも使用できるようになってる。
そのため、授業中以外は必ずと言っていいほど誰かの姿がある。
テニス部は部員数が多い。
レギュラーになれるのはその中でもほんのひと握り。
しかも氷帝は全国区の強さを誇る強豪校だから、レギュラーになるにはそれだけの実力がなければいけない。
そしてレギュラーになったとしても、試合で一度負けると簡単にレギュラー落ちしてしまうので、部員たちは皆一生懸命練習している。
いつ自分にチャンスが回ってくるかわからないからだ。
上達したいのは誰でも一緒。皆より上手くなりたければ、それだけ練習をしなければいけない。
今も予想通り何人かがコートでラリーをしていた。
部活の練習が嫌だというわけではないんだろうけど、言われたカリキュラムをこなしているよりも、好きに打ち合えるこの時間を気に入っている人が多いのは知っている。
コートにいる人たちはすごく楽しそうで、本当にテニスが好きなんだなぁって思う。
ギャラリーの多いテニスコートも、自主練習ともなればその人数もまばらで、僕は簡単にコートに入ることができた。
普段は入り口に人が沢山いて、コートに入るのも結構大変なのだ。
声をかけると通してくれるんだけど、先輩たちは結構女の子につかまってる場合が多かった。
僕や景吾は1年生だからだろうか、囲まれて困るということは今のところない。
同じ1年生なのに侑士や岳人は身動きとれないほど囲まれてることがあるけど。

コートに入ってきたものの、別に練習をしようと思っていたわけではないので、僕はベンチに荷物を置いてその横に座っていた。
他の人の動きを見るのも、勉強になる。
特にカウンターテニスを得意とする僕の場合、相手の行動や思考を何手も先まで読まなければならない。それには観察眼を養うことが重要だから、他人のテニスを見ることは必要なことなんだ。
ベンチに座って練習する人の動きを見ていると、奥のコートにいた侑士が僕に気付いて走り寄ってきた。
「おはよう、侑士」
「なんや、来たんかい。ひと試合するか?」
「ううん、今日は観察してるからパス。それより侑士は足首痛めてるでしょ。今日はあまり動かないほうがいいよ。ひどくなっちゃうから」
僕が言うと、侑士は驚いたようだった。
確かに他に気付いている人はいないみたいだけど、小さな怪我も甘くみちゃ駄目なんだよ。
「昨日ちょっと階段でつまづいたんや。すごいな。そないなこともわかるんか。で、他にアドバイスとか、ないんか?」
ラケットで肩を軽く叩きながら、侑士がそう言う。
侑士は僕の観察眼を認めてくれているので、僕がテニスをしていない時はこうやってアドバイスを聞きにくる。
口調は軽いけど、僕を見る目は真剣だ。
「じゃあ、まずここに座ってね。立ってると足に負担がかかるから」
僕が自分の隣を手で示すと、侑士はちょっと苦笑して隣に腰を下ろした。
「そんで?」
「うーんと、足のせいかもしれないけど、ボレーを打った後ちょっとバランスが崩れるから気をつけたほうがいいね。あとサーブを打つときグリップを左にひねるのは、侑士のクセなのかな?手首を痛めるかもしれないから直したほうがいいかも。あと……」
気になった点をいくつか指摘すると、侑士は頷きながら真剣に聞いていた。
侑士のテニスへの思いは真剣で、僕だけじゃなく他の人のアドバイスもきちんと受け止める。部活以外でも自主練習を欠かさないらしく、侑士の実力は1年生の中でも5指に入る。
景吾が「あいつは天才と呼ばれる器だ」って言っていたけど、僕もそう思う。
才能に見合うだけの努力をしているから、侑士のテニスはどんどん上手くなる。
そういえば侑士とはまだ一度も試合したことないんだっけ。今度お願いしてみようかな。
「今日は珍しく1人やな」
侑士が意外そうに訊ねてきた。
それも無理はないと思う。
入学してからずっと、僕は景吾と一緒に登校している。
家が近いというのもあるけど、過保護な僕の家族が1人で登校することに、すごい難色を示したからなんだ。
一応の家は日本でも有数の財閥だし、サイアスの家も同様。
犯罪に巻き込まれる可能性があるということで、同じような環境の景吾と一緒に車で登校することになった。
僕としては学校くらい歩いて通いたいと思うんだけど、景吾が「お前に満員電車は乗れない。周りの方が迷惑だからやめろ」って言い切るので今のところ希望は通らない。
「跡部は休み…のはずないか」
「うん。一緒に来たんだけど、門のところに女の子がいたから先に来ちゃった」
多分告白かプレゼントじゃないかなあと思う。
本当は景吾はあまりそういうの好きじゃないんだけど、小柄な女の子が真っ赤な顔をして立ってるのを見ないフリはできないし…。
その子の後ろに数人の女の子も立ってて、みんな手に紙袋を持ってたから、多分景吾のファンの子だと思うんだよね。
同級生かな。先輩って感じじゃなかったし。
「…つまり、無視しようとした跡部をその女子に差し出して、自分は先に登校して来た、というわけやな?」
侑士、鋭い。
「その通り」

「その通り、じゃねーよ」

不機嫌な声とともに、背後から何かを頭の上に乗せられた。
振り返ると、そこには不機嫌そうに眉をひそめた端正な顔が。
あれ、景吾?
「早かったね」
もっとかかるかと思った。
「おはようさん、跡部」
「よう」
「朝っぱらから告白タイムだったんやて?相変わらずおモテになることで」
「うるせーよ。それはこいつの勘違いだ」
「勘違い?」
あの、どう見ても景吾に声をかけたくてかけたくて仕方ないって感じの女の子が、僕の勘違い?
あの熱い視線が?
「そんなことないよ」
うん、それはありえない。
あれは景吾のファンだ。
そう力説すると、景吾は呆れたようにため息をついた。
「まったくお前は自分のことに関しては鈍すぎるから……」
「?」
景吾は持っていた紙袋を僕の膝の上に置いた。
これは?
「あれは、お前に声をかけようとしてたんだよ。お前が俺を置いて先に行きやがるから、代わりに荷物押し付けられた」
それ、と景吾は僕の上に置かれた紙袋を指さした。
え…、これ僕になの?
「お前に朝の挨拶をしようとして、ずっと待ってたんだと。それは差し入れの菓子らしいぜ。折角の好意なんだから受け取るくらいできるだろ?」
僕に差し入れ……珍しいこともあるもんだ。
景吾や侑士、その他テニス部の先輩たちは人気があるから頻繁に差し入れとか貰うけど、僕はほとんどない。
中を見ると、可愛らしくラッピングされたマドレーヌ。
ちょっと焼き色がつきすぎちゃったのとか形が崩れちゃったのとかもあるけど、丁寧に一つ一つ包装されたそれらからは、手作り特有の温かい感じがした。
うわ…嬉しい。
誰かが自分のために作ってくれたものって、それだけで特別なものだよね。
「…
「何?」
「その顔、あんまり他の奴らに見せるなよ?」
「その顔って、どんな顔?」
「……」
景吾と侑士がそろってため息をついた。
「僕、そんなに変な顔してた?」
「…いや、いい。気にするな」
「?うん…」
変な景吾。
景吾と侑士がこそこそと「にあないなこと言っても通じん」とか「鈍すぎるのも程がある」とか話してるけど、何の意味だろ?
それよりこのマドレーヌ、量が多い。20個は確実にある。
折角の差し入れだけど、1人で全部食べることは無理みたい。
ということは……。
お昼にみんなに配ればいいんだ。
「景吾、侑士。このお菓子お昼に皆で食べようね」
7人もいれば食べきれるだろう、多分。