「様、あまり動かないで下さいませ」
………。
神様、助けてください!
新年を無事に迎えることができて、今日が3日目。
普段は忙しくて滅多に会うこともない父さんと母さんが、クリスマスからお正月まで休暇が取れたらしく、久しぶりに家族揃って過ごすことができた。
の御祖父様と御祖母様も、仕事の付き合いでの年末パーティーに少し顔を見せただけで、父さんに負けず忙しい2人も一緒にいてくれた。
まるで普段いないことへのお詫びのように僕を取り合う4人の様子が面白いやら困るやら。
「ここにサイアスの御祖母様たちがいたら、もっとすごいことになるかもね」
母さんが茶化したように言うけど、ちょっと想像したら恐ろしいことになりそうだったのでやめた。
イングランドのグランパとグランマの溺愛っぷりは本当に凄いのだ。
孫は僕だけじゃないんだけど、僕が一番年下だからなのか昔から2人は僕を猫可愛がりしてくれている。
父さんが家族で日本に住むということを教えたときも、「行くのなら2人で行きなさい。は私たちと一緒に暮らします」とか「にはイングランドの環境が一番いいのよ。貴方たちはの体調を考えているの?」とか、最後には「日本なんてそんな遠くに行ったら、私たちにもし何かあったときに会いにこれないじゃないの。の顔も見ずにお迎えがきてしまったらどうするの?」とか色々言われて、父さんが1ヶ月かかってようやく説得できたというほどだ。
それでも『最低でも年2回は戻ってくること』と『メールと電話は頻繁に』という条件がついたんだけど。
ということで、初めて日本で新年を迎えたんだけど、イングランドとは違っていて面白かった。
お節料理とかお雑煮とか、日本のお正月には欠かせない料理もシェフが腕によりをかけて作ってくれて、それも美味しかった。
御祖父様も御祖母様も母さんも着物を着ていて(僕と父さんは普通の格好)、普段使わない和室で食事をしたり百人一首をしたり和歌を詠んだりと、まさに『日本』って感じがした。
2日には綾子さんと景吾も遊びに来てくれて(新年の挨拶っていうんだって)、皆でお酒を飲んでいた。僕は未成年だから当然飲まなかったんだけど、景吾は気がついたら日本酒が飲めない父さんと一緒になってワインを飲んでいた。
まったく。
そういうことで僕は甘酒を飲んでいたんだけど意外に美味しくて、「アルコールは飛んじゃってるから酔わないわよ」という母さんが言っていたので安心して飲んでいたんだ。
だけど、よく考えてみれば甘『酒』というんだから、未成年の僕が調子に乗って飲んでいいものじゃなかったんだよね。
何杯飲んだかは覚えていないけど、今考えれば酔っていたんだと思う。
テレビで明治神宮の初詣を中継していて、行ってみたいなぁと僕が言ったのが今回の事件の始まり。
景吾の出した条件を深く考えずに了解してしまい、その結果として僕は今、跡部家のメイドさんたちに囲まれているというわけ。
…確かに、『初詣は着物で行く』っていう景吾の提案を僕は受けたよ?
実は着物って着てみたかったし。
でもさ、景吾が話した『着物』がまさか振袖だとは思わないでしょ?
僕、男だよ!?
そうやって抗議したんだけど、結局無駄だった。
「『俺様が用意した』着物を着てって言ったはずだよな。まさか忘れたとは言わないよな、あ〜ん?」
……。
これは、身から出たサビ……って言うのかな?
ちょっと泣きたいかも。
「完成しましたよ、景吾坊ちゃま」
メイドの美保さんが、景吾が言うところの『お正月仕様』の僕を景吾の前に連れてきた。
本当なら逃げてしまいたいんだけど、酔っていたとは言え一度約束してしまったことだから逃げるわけにもいかないよね。
入り口には御祖父様と御祖母様がいるし。
何か写真撮ってるみたいだけど、気にすると怖いから放っておこう。
…の祖父母もイングランドの2人に負けず劣らずなのかもしれない。
「へえ〜」
和装の景吾が僕を見下ろしてにやにやと笑う。
その姿が様になっててなんか悔しい。
最近は身長も伸びてるし、僕との身長差は開く一方だ。
現在の身長差は6センチ。僕の成長期はまだ来ない。
あんまりじろじろ見られるのは恥ずかしいんだけど、景吾はそんな僕の心境など知らずにまじまじと僕を見ている。
着物は友禅の最高級品。帯だけで300万はくだらないと言う着物の総額はわからないけど、金糸の刺繍が細かく施された白と桜色の着物は確かに綺麗だ。
髪の毛は短いと着物に合わないと言われて、背中までの長さのウィッグをつけられた。
そして顔にはほんのりと薄化粧。
自分で言うのもなんだけど、どこから見ても女の子。
だから余計に恥ずかしい。
「似合うじゃん」
そう言われても素直に喜べないんだってば。
「さて、それじゃ初詣と行こうぜ」
そう言って、景吾は僕の肩を抱き寄せて車へとエスコートする。
……慣れてるって思うのは、気のせい?
さすが、明治神宮。
初詣の参拝客が日本一なだけはある。っていうか、ものすごい人だよ。
近くまで車で送ってもらって境内まで歩いていくんだけど、とにかく人が多い。
着物なんて着慣れないものを着てるから余計に動きずらくて、僕は景吾の腕にしっかりとしがみついていた。
そうでもしないと人波に揉まれてとんでもない場所に行ってしまいそうだった。
「……なんでこんなに人が多いの?」
「そんなの明治神宮だからに決まってるだろうが」
景吾が呆れたようにそう答えた。
「だから俺は来たくなかったんだよ。それをお前がどうしても行きたいって言うから仕方なく連れてきてやったんだろうが」
う……。
あの時は酔ってたし、一度初詣って行ってみたかったんだもん。
上目遣いに景吾を見ると、景吾がため息をついた。
「仕方ねえなぁ。ほら、行くぞ」
差し出された景吾の手を取って、僕らは境内へと向かった。
参拝所に近づけば近づくほど、人込みはすごくなる。
すれ違う人とぶつかるのは避けられないようで、景吾も僕も何度もよろけながら進んでいく。
2人とも着物だけど、景吾は袴だから歩幅も広いし動きやすい。僕は振袖だから歩きにくく自然と足元がおぼつかなくなる。
「あっ!」
横から人波を縫うように歩いてきたおばさんが、僕と景吾の間に割り入ってきた。
繋いでいた手が離れてバランスを崩した僕に、更に後ろから誰かに押されて前に倒れそうになった。
転ぶ……と覚悟して目を閉じたけど、予想していた衝撃はいつまで待ってもこない。
??
目を開けてみると、誰かの手が僕の身体を支えていた。
1人は僕の右腕を支えるように。
もう1人は僕の肩を抱きこむように。
2人が支えてくれなければ、僕は倒れてしまっていただろう。
お礼を言おうと思って顔を上げ、凍りついた。
「大丈夫?」
「しゃんと立ってなあかんで?」
……。
どうしよう。
そこに立っていたのは、紛れもなく僕の知ってる人たち。
というかこの姿を絶対に絶対に見られたくなかった人たち。
滝萩之介と忍足侑士。
…異色の組み合わせだ。
じゃなくて、なんでこんなところにいるの?
そしてなんでこんなに人がいるのに、よりにもよってこの2人に会っちゃうわけ?
驚いたのとこんな姿なのが恥ずかしいのとで僕が何もしゃべれないでいると、侑士が腰を屈めて目線を合わせてきた。
「何や、自分。不安そうな顔しよって。迷子か?」
「侑士が怖いんじゃないの。怯えてるみたいだし」
「しっつれいな奴やな。俺のこの端正な顔のどこが怖いゆうんや」
「普通自分で言わないよね。それより顔色悪いけど、気分でも悪くなった?」
えっと、えっと、どうしよう。
このまま僕だってばれずに逃げ出す方法はないかな。
そうだ、景吾。
早いとこ景吾と合流しないと。
……駄目だ。
景吾が来たら僕だって2人にばれちゃうじゃないか。
……誰か助けて。
「くそくそ侑士ー。俺らを置いていくなよ!」
「ひどいよね〜」
「激ダサだな」
岳人とジローと亮の声もする。
更に3人追加ですか。
全員集合しちゃいましたか。
もう、どうしたらよいものやら。
「あれ?その娘どうしたの?」
「忍足がナンパしたとか?」
「アホぬかせ。転びそうになったの助けてやっただけや。何や気分悪うなったらしいで」
「ふーん」
「もう大丈夫なの〜?」
ジローが訊ねてきたので、僕は小さく頷いた。
化粧してるから多分見ただけじゃわからないと思うけど、声を出したらさすがにばれるかもしれないし。
ちらりとジローを見ると、ジローは驚いたように目を見開いた。
え!?もしかしてばれた!?
「……」
「……」
「……」
「……」
「……かっわいい〜」
…ほっ。
「めちゃくちゃかわE〜よ、この子。なんかちゃんみたい」
「あーホンマやなぁ。にタイプが似てるかもしれんな」
「そう言われてみればなんとなく…というかそっくり……?」
…なんか危険かも。
そろそろ逃げようかなぁと一歩後ずさった、まさにその時。
僕の肩が後ろからがっしりと掴まれた。
振り返ると血相を変えた景吾がそこにいて。
気がついたら僕は景吾の腕の中にいた。
「お前らに何する気だ!?」
「え?」
「は?」
「……?」
うわあぁぁぁ!!
景吾のばか〜〜!!
「……ということです」
僕が事の次第を皆に説明すると、数人の口からため息が洩れた。
あのまま参拝客の真ん中で騒ぎを大きくするわけにもいかず、僕たちは人気のない場所へと移動していた。
どうやら結構な注目を集めていたらしく、人員整理の警備の人が様子を見にきたくらいだったので、かなり邪魔だったみたいだ。
「…だからこの格好は僕の趣味でも何でもなくて、はっきり言えば景吾の策略なのです」
景吾の背後に隠れながらそう言うと、景吾が不服そうな顔で僕を見下ろしてきた。
だって、本当のことだもん。
「それで、理由はわかったんやけど、一つ訊いてええか?」
何?
「何で跡部の後ろに隠れてんねん?」
「…それは、やっぱりこの姿を見られるのは恥ずかしいから」
「えぇ〜!勿体無いよ、ちゃん!せっかく綺麗なのに〜」
「そうそう、その辺の女よかよっぽど美人。つーかアイドルより可愛いかも」
…だから嬉しくないんだってば。
男なのに女装して、それが似合ってるって言われて、岳人は嬉しい?
じろりと睨むと、岳人はへへっと笑った。
「あの〜、ちょっといいかしら?」
見知らぬ声に振り向くと、そこにはマイクを持った女性とカメラを構えた男の人。それに数人のスタッフらしき人がいた。
「お話中ごめんなさいね。○○テレビなんだけど、是非2人にお話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
…これって?
「さっきからすごく目立ってたのよ、貴方と彼女。まさに美男美女って感じで。話が駄目なら2ショット写真だけでもいいんだけど」
もしかしなくてもカップルに間違われてる?
目線で亮に訊ねると、亮は小さく頷いた。
「俺との写真を撮りたいって?」
うわ……、景吾が面白がってる。
景吾と2人で買い物に出かけたりすると、結構頻繁に芸能界とかモデルとかのスカウトに声をかけられる。今回みたいにテレビとか雑誌の取材とかも少なくない。
でも、普段の景吾は相手をひと睨みするだけで歯牙にもかけないくせに。
写真とか取材とか大嫌いなくせして、何で今回は楽しそうなんだよ?
「ええ、そう。5分ですむわ。いいかしら」
ちょっと待って景吾。まさか受けるつもりじゃないよね!?
「そうだな……」
「ちょい待ちぃ!」
侑士が2人の間に割って入った。
侑士は優しいな。助けてくれるんだ。
「の恋人はこの俺や!」
……はい?
「こいつとはただの友人。そやから写真は俺とでよろしく」
景吾の後ろで青くなってる僕の肩を、侑士が抱き寄せた。
「俺がただの友人なら、お前はただの同級生だろうが。に気安く触るんじゃねえよ、あ〜ん?」
今度は景吾に引っ張られて景吾の胸の中に。
「忍足ずる〜い。俺もちゃんと写真撮りた〜い」
「くそくそ侑士。抜け駆けするなよ!」
「面白そうだね。じゃあ僕も」
「……勝手にしてくれ」
「まあ、人気者なのねぇ」
レポーターの人が感心したのか呆れたのか、そう言った。
……。
もう、お酒は飲まないようにしよう。