初めて見たときに思ったんだ。
友達になりたいって。
本日は晴天。
まさに絶好のテニス日和。
そしてここは関東大会会場。
こんな日は思いっきりテニスするに限るっしょ?
と言っても1年生の俺が大会に出られるはずないから、先輩たちの応援しかできないんだけどさ。
うちの学校のテニス部は結構強くて、関東大会出場は当たり前らしい。
先輩たちは会場にいるのが当然って涼しい顔してるけど、俺はなんか苦手。
会場全体の空気がぴりぴりしてるっていうか、重たい感じ。
どこにいてもあからさまな敵意とか向けられるから、何となくここは好きになれない。
レギュラーじゃない先輩たちは、もう顔なんか普段と全然違っていて、他の人に聞こえるように『青学が絶対勝つんだ』とか『そのへんの学校じゃ相手にならない』とか言ってる。
逆にそれで他の人たちからきつい目で見られてるんじゃないかなとも思うんだけど、俺に止めることできないし。
……勝つとか負けるとかよりも、『楽しい』ほうが大切なのに。
プロじゃないんだし、第一テニスを好きでやってるんだからさ。
「にゃ〜んか、ヤな感じ」
「英二、声に出てるよ」
ヤバッ!!
誰も聞いてないと思ったのに。
慌てて口を押さえると、横からクスクスと笑う声がした。
「大丈夫だよ。先輩たちには聞こえてないから」
笑いながらそう言ったのは、不二周助。
同じ1年で、テニス部員。
いつもにこにこしてて優しくて、一緒にいると何か安心するんだ。
背はあまり高くないんだけど、テニスもすっごく上手だし。
休みの日とかよく遊んだりしてるから、仲はけっこういい方かも。
意外と面倒見がいいんだよね。
「緊張してるの?」
「全然。それより退屈すぎ」
朝早くから会場入りしてるのに、まだ試合にはならない。
前の試合が長引いてるってのもあるけど、ただでさえシード校だから試合数が少ないっていうのに、一体いつまで待てばうちの試合が始まるわけ?
もともとじっとしてるのって苦手だから、ストレスたまりまくりだよ。
さらに青学だけで固まってるから、いやな視線集めまくりだしさ。
「気分転換でもしてきたら。多分あと20分は試合始まらないと思うし。始まりそうになったら電話してあげるから、携帯は持っていってね」
にゃ〜。不二ってば、優しい♪
「そだね。んじゃよろしくにゃ」
じゃあ、先輩たちにも一言言っていかないとね。
大和部長発見。
「すみませーん!菊丸英二、水飲んできまーす!!」
ぶんぶんと手を振って大和部長にそう言うと、部長はにっこり笑って軽く手を振ってくれた。
部長は緊張してないみたい。
時々何考えてんだかわかんないけど、優しくてテニス強くて結構好き。
どことなく不二とタイプが似てるにゃ。
面倒見のよいお兄さんって感じ?
末っ子の本能っていうのかな、自分を甘やかしてくれる人って意外と分かるんだよね。
ということで、2人の許可を貰ったのでそのへんふらついてこようっと。
さってと、どこにいこうかな?
水を飲んでくるって言ったけど、そんなのは当然口からでまかせな訳で。
それなのに律儀に水飲み場にいる俺って何なんでしょ?
もしかして単純?
それともお馬鹿?
……まあ、いっか。
水飲み場の周囲は木陰が多いし、それに人も少ないからのんびりできるし。
木陰に座ってぼんやりとしていたら、1人の少年がとことことこちらに歩いてくるのが見えた。
顔はよく見えない。でも、背中を伸ばして颯爽と歩いてくる姿は、何かいい感じ。
背中にテニスバッグを背負ってるところを見ると、大会参加者なのは間違いないと思うけど……選手なのかにゃ?
小柄だからもしかして同学年?
彼は俺に気付かないまま近くの壁まで来ると、背負っていたテニスバッグからラケットを取り出した。
シルバーフレームのラケットのガットを少し調整して、壁打ちを始める。
……すっごい。
めちゃめちゃ綺麗なフォーム。
それに、上手い。
もの凄い速さで壁打ちしてる。俺なら絶対ミスするような凄く速いスピードなのに、打ち返す場所は毎回同じ場所。
フォームが崩れることも、返す場所がずれることもない。
口元に笑みを浮かべながら一心不乱に壁打ちをしているその姿は、一目でテニスが好きなんだってわかる。
ラケットを握っていることが楽しくて仕方ない、そんな笑顔だった。
いいな、こういうの。
俺は声もなく、それを見てた。
目を離すのが勿体ないって思える。
技術が凄い人なんて、沢山いる。うちのテニス部もそうだし、全国大会にいったらもっといる。
テレビでプロの試合なんて見ると、本当に凄いと思う。
でも、これはそういうのだけじゃなくて、何ていうか……。
そう、目を奪われるっていうの?
そんな表現がぴったり。
単なる壁打ちをしているだけなのに、目を離せない。
この場所に他の人がいたら、きっと同じことを言ったと思うんだ。
でも、俺としてはラッキー。
他に人がいないお陰で、俺だけが見ることが出来るんだもんね。
どのくらい見てたんだろう。
彼が壁から戻ってきたボールをラケットで軽く受け止めて、それはあっさりと終わってしまった。
俺が思わず拍手すると、彼は見てる人がいると思わなかったんだろう。
慌てて振り向いた。
その時初めて顔を見たんだけど、びっくりした。
亜麻色のさらっさらな髪。少し上気した頬。
大きな瞳は青とも灰色とも言えない不思議な色で。
はっきりとした意思がこもっている綺麗な瞳だった。
上手く言葉で説明できないけど、とにかくすっごい美形。
一見女の子に見えるんだけど、男とか女とかそういうレベルじゃない。
彼が少し首を傾げて俺を見た。
大きな瞳が2,3度瞬きをする。
その仕草もすっごく可愛い。
綺麗なのに動作は可愛いなんて、俺好み。
やべっ、何か抱きつきたいかも。
「君は?」
俺が何も言わなかったから、彼がそう聞いてきた。
…いけないいけない。このままじゃ変な人だよ。
「あ、ごめん。さっきからそこにいたんだけど、何かすごく楽しそうにやってたから声をかけるタイミングがつかめなくって。すっごい上手だった!にゃんて言うか、ずっと見てたいって感じ。俺もテニスやってるけど、あんなに綺麗なフォームってできにゃいし、本当にすっごいって思った!」
俺がそう力説すると、彼は少し驚いたように俺を見て、そして笑った。
「ありがとう」
ふわり、って音がするんじゃないかって感じの笑顔。
うわあぁ、めちゃくちゃ好み!
友達になりた〜い!!
「俺!英二!菊丸英二。青学1年」
「僕は。氷帝の1年だよ」
「氷帝かぁ。全国大会常連校じゃん。さすがにレベル高いんだなぁ」
「そんなことないよ。皆頑張ってるし。青学はどうなの?」
「え?知らにゃいの?」
ちょっとショック。氷帝とまでは行かなくても、青学だって全国出場してるのに。
俺がそう言うと、は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。僕日本の学校ってよくわかんないんだ」
いや、落ち込まなくていいいって。
……それより、気になる台詞があったけど。
「日本の学校って?」
「あ、僕帰国子女なんだ。父さんがイギリス人で、3月まで英国に住んでた」
にゃるほど、それなら知らなくても当然だね。
ハーフかぁ。
言われて見れば納得。
髪の色も瞳の色も、染めてたりとかカラコンとかじゃなくて、全部天然なんだ。
綺麗な色だにゃあ。
「って氷帝のレギュラーなの?」
「う〜ん、一応ってとこかな。準レギュラーなんだけど、関東大会に出られるかもしれないから」
「準レギュラーって?」
「うちは人数多いから、レギュラーでも正レギュラーと準レギュラーって分けるんだ。都大会までは準レギュラーが出場して、正レギュラーは関東大会以降。だから本当は出られないんだけどね」
監督が場合によっては出させてくれるかもって言ってたんだ。
にこにこの笑顔でそう言った。
は本当にテニスが好きなんだなぁって、そう思った。
あれ?青学と氷帝って確か……。
「次の試合お互いが勝ったら、ぶつかるよね?」
確かトーナメントではそうなってたような……。
「え?そうなの?英二は試合出るの?」
『英二』だって。英二!
『菊丸君』でもなく『英二君』でもなく、『英二』。
それだけなのに、何か嬉しい。
「ううん。俺は応援。青学は1年生は秋まで参加できないんだ」
「そうなんだ。じゃあ英二と対戦することはないんだね。残念」
うん、俺も残念。
はきっと俺より全然上手いと思うんだけど、一度くらい試合してみたいな。
のテニスを間近で見てみたい。
「じゃあさ、今度試合しようよ。大会じゃなくてもテニスはできるし」
俺がそう言ったら、はにっこりと笑ってくれた。
「うん。そうだね。大会が終わったら試合しようね」
「やったあ!約束だかんな!」
「うわっ、英二!重いよ」
喜びのあまり抱きついたら、がびっくりしてた。
本当はもっとゆっくり色んな話したかったんだけど、運悪く不二から電話がかかってきちゃった。
試合が始まるから戻ってこいってさ。
不二と話してたら、の携帯も鳴り出した。
は簡単に話を済ませると電話を切って俺を見た。
「怒られちゃった」
「俺も」
えへへ、とお互い笑いながら、番号とアドレスを交換してテニスコートまで戻った。
『』かあ。
これって運命的な出会いって呼べるのかにゃあ。
俺の知ってるどんなタイプとも違う、不思議な子。
可愛くて格好よくて、そんでもって綺麗。
いやあ、いい出会いだった。
「英二、さっきから何にやにやしてるの?」
「にやにやなんてしてないも〜ん」
「何かいいことあったんだね?」
「ノーコメントでっす」
のことはまだ秘密。
だって、勿体ないもんね。