一流のシングルスプレイヤーが一流のダブルスプレイヤーとは限らない。
そうだよなぁ?
「ダブルス?」
部長が用意したカリキュラムを見て、が首を傾げた。
「僕が、景吾と?」
「何だよ、俺様とじゃ不満だってのか、あ〜ん?」
「そうじゃないけど、景吾はシングルス専門じゃなかった?」
それを言うならお前もだろうが。
「監督に何か考えがあるらしいぜ」
「ふ〜ん」
そう言ってはまた手渡されたばかりの用紙を見た。
都大会が近づき、正レギュラーと準レギュラーに新しい練習が用意されていた。
俺とは準レギュラーだ。
入部したばかりの1年生が準レギュラーに抜擢されるのは、異例中の異例らしい。
だが、当然だ。
俺もも、正レギュラーに負けないだけの実力を持っている。
実力重視の監督がそれを見逃さなかったということだ。
都大会での結果次第では、関東大会から正レギュラーになれるだろう。
そのための練習ならいくらでもするさ。
それがダブルスの練習でもな。
基本的に、俺はダブルスは好きじゃない。
苦手というのとは違う。楽しめないからだ。
テニススクールで何度かダブルスをしたことがあったが、パートナーのレベルが低くて面白くなかった。
多少楽しめたのは、宍戸と組んだときだけだ。
それでも宍戸は、俺の行動が予測できずに苦労したらしい。
ダブルスには向かないと、そのときのコーチにも言われた。俺とペアを組めるレベルの人間はそういないだろうというのだ。
それ以来ダブルスはしたことがない。
となら楽しめるのだろうか。
は確かに強い。おそらく個人のレベルでは全国レベルだろう。
だが、には致命的な弱点がある。
それはが優しすぎるということだ。
のテニスはあくまでも『楽しむ』こと。
勝敗にこだわらないのはのいいところだが、時として相手に勝利を譲りかねない。
事実は俺との勝負で本気で勝とうとしたことはない。
手加減しているわけではないが、『勝ちたい』という意欲が少ないために、結果として俺に勝てないのだ。
だから、は個人戦に向かない。
それを監督はわかっている。
今回にダブルスをさせるのは、そんなの性格を逆手にとったものだ。
1人では勝利にこだわらないが、パートナーがいるとなれば話は別だ。
パートナーが勝ちたいと望めば、は全力でサポートするだろう。
勝利のために。
そしての相手が務まるのは、氷帝では俺か部長しかいない。
氷帝の勝利のため、の本当の実力を引き出すため。
この練習メニューはそのためのものだ。
「」
「何?」
「俺様の足を引っ張るなよ」
は少し困ったように笑った。
もわかっているのだろう。このメニューに組み込まれた監督と部長の意図が。
たまには本気になってみるんだな。
じゃないと相手に失礼だろ?
「さあて、試合開始といくか」
それは不思議な感覚だった。
相手の動きを読み、パートナーと息を合わせて試合をする。
それがダブルスじゃなかったのか?
これがダブルスというのなら、今までのダブルスはなんだったのか。
俺はコート上での動きを気にする必要がまったくなかった。
といっても俺が好き勝手に動いて、にフォローをさせているというわけではない。
お互いが自由に動いているのに、一切相手の動きを邪魔していない。
自分ならそこに動くと思った場所に、は必ずいた。
スマッシュを打とうと思ったとき、は相手にロブを打たせる。
俺が打とうと思った時は、が前衛にいようがボールに手を出さない。
俺の考えが読まれているかのようだ。
だが、それは俺にも言えた。
の行動が予測できる。
かなりの確率で、俺の予測との行動が一致するのだ。
コートの中にもう1人自分がいるような錯覚すら抱かせる。
俺はシングルスと同じ感覚で、ダブルスができた。
誰にも負けない。
その確信があった。
不思議だ。
景吾とは何度も試合したけど、ダブルスを組んだのは今回が初めて。
アイコンタクトも取ってないし事前の打ち合わせも当然なし。
でも何となくわかるんだ。景吾の行動が。
好きに動いていいって、景吾の背中がそう言ってくれているような気がして、自分の思うままプレイした。
息が合うって、きっとこういうことを言うんだ。
すごく楽しい。
絶対の安心感が僕を包む。
景吾と僕なら、誰にも負けない。
「…何やねん、あの2人」
忍足が呆れたのか感心したのか分からないような声を出した。
俺も同じ気持ちだった。
俺だけじゃなくて、多分この場所にいる皆が同じだったと思う。
それくらいありえなかった。
跡部との実力はテニス部の中でも5指に入る。
それは誰もが認めてる。
だからって、ダブルスが強いとは限らない。
そうだろ?
人には向き不向きがある。
はともかく跡部のあの性格からして、ダブルスなんて到底務まるとは思えない。
前に跡部とダブルスをしたことがあったけど、あいつの要求ははっきり言ってとんでもない。
あいつの相手をできる奴はいないんじゃないか。
そして対戦相手は3年生の正レギュラー。
全国大会にも出場したことがある強者だ。
には可哀想だが、はっきり言って相手になるはずがない。
まあ、跡部にはいいクスリだ。
のフォローは忍足や滝がしてくれるだろうし、少し痛い目を見ればいいんだ。
……なんて考えてたのは何だったんだろうな。
結果は6−3で跡部・ペアの圧勝。
……とんでもないぞ、お前ら。