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月の雫 09


年末年始は海外で過ごすことが恒例だと言う跡部は、例年通りギリシャに向かう予定だった。
それに当然のようにを連れて行こうとしたので、は猛抗議した。
跡部家に世話になっているだけでも申し訳ないというのに、海外にまで連れていってもらうわけにはいかない。
だがいくら言おうとも、相手は跡部景吾である。
の言葉など端から聞くつもりなどない。

「跡部は行ってきなよ。俺家に帰るから」
「そんなことできるわけねえだろうが」
「何でだよ。自分の家なんだから帰ってもおかしくないじゃん。むしろ普通だし」
「お前が家に帰れば、青学の奴らがやってくるかもしれねえだろ」
「大丈夫だって」
「却下だ。そんなこと許可できるわけねえ」
「だからって駄目。連れていってもらう理由なんてないもん」
「俺様が招待してるんだ。断ることなど許さねえ」
「横暴だー!」

と堂々巡りが続く中、ひょっこり顔を出した忍足の提案によって、は年末年始は忍足達と一緒にスキーへ行くことが決定した。
参加者は跡部以外の氷帝レギュラー。
ここ最近すっかりつるむことの多くなった面子に、は一も二もなく賛同した。
跡部には家に帰ると言ったものの、やはり家に帰るのはまだ少々つらかった。
あの家には不二との思い出が溢れている。
家に呼ぶことはそれほどなかったけれど、部屋に飾ってある写真や学生服など、どれを見ても不二と一緒にいた記憶が思い出されてしまうのだ。
勿論家に青学の仲間がやってくることも否定できない。
あの夜あのような形で逃げてきてしまったのだから、リョーマあたりはが家に戻っていると知ればやってくるだろう。
彼らと対峙するだけの勇気は、まだない。
だからこそ忍足の誘いは丁度よかった。
これで跡部がいない間の居場所を確保できたのだから。

そうしてやってきたスキー旅行。
滞在先はホテルだと聞いていたのに、目の前に見えるは豪華な別荘。
無駄に広い敷地と見事な洋館。見える表札には「ATOBE」の文字。
は無言で隣に立つ人物へと視線を向ける。

「あ〜ん? 何だ」
「ギリシャに行くって言ってたくせに」
「今のお前を放っていけるかよ」
「おばさんたち寂しがるよ」
「阿呆、ガキじゃねえんだ。寂しがるって年でもねえよ。第一、俺様の行動だ。どこに行くかは自分で決める」

ただでさえ自分の都合に跡部を利用している自覚はあったから、跡部の邪魔はしたくなかったのだが、こうなった跡部に何を言っても無駄だということはよりも氷帝の仲間の方がよくわかっているのだろう。
忍足が不服そうなの肩を軽く叩く。

「まぁ、跡部が一度決めたことに文句を言うてもはじまらへんよ」
「そうそう。宿泊代浮いてラッキーくらいに思っとけよ」
「でもさ…」
「まだぐだぐだ言ってんのか。いい加減諦めろ」
「う〜」

が跡部の家に滞在することになってから数えるほどしか会ったことのない両親だったが、一緒にいられる時間が少ないと言いながらも息子への愛情をきちんと与えている素敵な両親に見えた。
そんな両親を跡部も尊敬しているようだったし、だからこそ年末年始は家族水入らずで過ごしてもらいたかったのだが、それは無理だったようだ。
後で謝らないとと思っていると、隣を歩く跡部が他に聞こえないように小さく呟いた。

「おふくろもお前を心配していた。一緒に連れてこられないなら俺についているようにってさ」
「おばさんが?」
「だから気にするな。これは跡部家の決定だ」

くしゃりと頭を撫でられて、納得できないながらも頷くしかにはできなかった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





跡部家は別荘までもが豪華だった。
外見を見れば一目瞭然だったが、年に数回使うかどうかという別荘まで見事なアンティークで揃えられているのは理解に苦しむ。
別荘荒らしにでもあったらどうするんだという庶民的な考えが頭に浮かぶが、おそらくセキュリティは万全なのだろう。
別荘の管理人も常駐しているみたいだし、が想像するほど無用心ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら通された部屋は2人部屋で、同室者は当然のことながら跡部だった。
どうやら跡部はを1人にしておくことができないと思っているようである。


ー、風呂行こうぜ」
「お風呂?」
「そ。この別荘って温泉ついててさ。風呂もでっかいし、露天風呂もあるから最高なんだぜ。ほら」

説明するより見ればわかると言われ、腕をひっぱられる。
仕方ないなぁと言いながらもそんな岳人の様子が微笑ましかった。
そして、後ろから忍足と並んでついてくる跡部の姿が珍しくて、は小さく笑った。



「何や、。えらいほそっこくなったなぁ」

脱衣室での裸を見て、忍足が幾分呆れたようにそう口にした。

「女の子並みにほっそいやん。抱き心地よさそうで可愛いなぁ」

自分の体型が標準よりも細くなってしまったことを自覚しているが、面と向かって女の子みたいだと言われたことはない。
さすがにその言葉は嬉しいと思えず、はじろりと忍足を睨む。
だが、大きな目で上目遣いに睨まれたくらいでひるむような忍足ではない。
むしろそんな様子は可愛らしいものとしか映らなかったようだ。

「お、反抗的やないか」
「俺、女の子じゃないぞ」
「女の子、やなんて言うてへんで。女の子並みにほっそい言うたんや」
「同じじゃん」
「可愛い言うてんのに、何で怒るんや?」
「可愛くない」

すっかりふてくされてしまったは、頬をふくらませてぷいっと横を向く。
そのまま脱いだ服を脱衣籠に放り込むとタオルを手に浴室に向かう。
露天風呂はさすがに個人宅だけあって旅館ほどの広さはないが、その分贅を凝らしてあって品のよい作りになっていた。
跡部のことだから洋風な作りになっているのかと思ったが、そこは純日本風だった。
温泉に来たのは初めてではないが、今までの温泉とはレベルが違うということをまざまざと感じた。
きょろきょろと眺めながら歩いていたのが悪かったのか、大理石の床に慣れていなかったのが悪かったのか、濡れた大理石に足を取られての身体は大きくバランスを崩した。
普段ならいくらでも反応できるのだが、体力が低下していることと気をとられていたことで反応が鈍っていた。

「うわっ!!」

悲鳴とともに転ぶ…はずだった。
目を閉じて頭部に来る衝撃を避けようと頭を覆ったが、いつまで待っても衝撃は訪れなかった。
代わりに頭上で聞こえる小さなため息。

「お約束やんなぁ、自分」
「うるさい、おっしー」
「おっしー言うな」

転びそうになったを背中から支えたのは忍足だった。
大きな手がの両脇を支え、背後から抱きしめている。

「もうちょい気ぃつけや。ここで転んだら余計阿呆になるで」

を腕に抱きとめたまま、忍足はの頭上で柔らかく笑んだ。

「う、ん…」

体勢を立て直したはいつまでたっても離れることのない腕の持ち主に困惑した表情を浮かべた。
背後に感じるたくましい胸板は、同じ男としてなにやら悔しくなる。

「あのさ…離してくれない?」
「ええやん。男同士やし、裸の付き合いってのもありやろ」
「…何かニュアンス違う…」
「それにしても、ホンマにほっそいなぁ。岳人と変わらへんのとちゃう?」
「え? まじまじ? 、ちょっと抱かせてみそ。うわっ、ホントだ、俺と変わんないじゃん。ほっせー」
「あのさ…」

断る間もなく忍足の腕から岳人の腕の中に移動させられて、は呆れて逃げる気力もない。
それにしても、裸の男2人に前後から抱きしめられるというのはあまり嬉しくない。
だが嬉しそうな岳人の腕をふりほどくのは何故か躊躇われて。

「もう、いいよ…」

が諦めたように呟き、その様子を見て全員が笑った。


  • 10.05.14