人気のない海岸線。
千葉にある親戚の家へ父親の用事で訪れた帰り道、跡部は車窓から見える海辺を眺めていた。
夏場は多くの海水浴客で賑わう浜辺も、シーズンオフともなれば人の姿は見えない。
どんよりと曇った空と同じ色の海は見ているだけで寒々しく、白い波が浜辺に寄せては返す様子もひどく寂しい。
打ち捨てられた塵や海から流れ着く流木だらけの砂浜を歩く人影があることに気づいた。
ただの散歩かと思った。
だが、徐々に近くなっていくにつれその人物の姿を目視できるようになると、跡部は目を見開いた。
「あいつ…」
夜の公園で見かけたよりも、ずっと儚く。
触れたら壊れてしまいそうなほど切ない表情で。
何かを求めるように視線をさまよわせていたのは、だった。
夢遊病のようなあの時の様子。
頬を伝う一筋の涙。
痛々しいまでに打ちのめされた姿は忘れたくても忘れられない。
(まさか…)
嫌な予感が頭をよぎった。
「止めろ!」
運転手に命じて車を止めさせると、跡部はコートも着ずに車から飛び出した。
◇◆◇ ◇◆◇
ここに来れば会えると思っていたのではない。
ただ来てみたかっただけだ。
それなのに深い失望感に襲われているのは何故だろう。
いるはずがないのに。
そんなことわかっているはずなのに。
それでも頭のどこかで期待をしていたのだろうか。
見渡す風景はすっかり変わり、打ち寄せる波も白く濁っている。
あの輝いていた水面は過去のことなのだ。
「馬鹿みたい…」
はぽつりと呟いた。
あまりにも愚かすぎて涙も出てこない。
「帰ろう…」
急に飛び出してきてしまった。
そういえば施錠もしてこなかった。
今頃母親が戻ってきて、心配しているだろう。
携帯すら持っていないことに気づき、どこかで連絡を入れてから帰らなければ、そう思いながら海岸線に上がろうと視線を移す。
―――と。
ふわり、と頭上を何かが横切った。
白い、小さなものが視界をかすめて通り過ぎていく。
(鳥…? それとも…?)
ひらひらと風に舞いながら波打ち際に落ちたのは、一枚の羽だった。
どこから飛んできたのだろうか。
波に漂うそれは、ひどく綺麗な白だった。
目を奪われるほどに白い羽を、は思わず拾い上げようと手を伸ばした。
波打ち際を漂っていたそれは、の手に触れる前にす、と波に攫われてしまう。
思わず一歩踏み出す。
ぱしゃん、と足元で水の音がした。
が近づくたび、それはひらりと手元から逃げる。
白い羽のみに意識を奪われているは、一歩、さらに一歩と水の中に入っていることに気づいていない。
(もう、少し……)
さらに一歩踏み出そうとして、白いそれに手が触れる寸前――。
「え?」
突然背後から引き戻された。
振り返ると、血相を変えた跡部が自分の腕を掴んでいた。
「跡部…?」
眉間に皺を寄せた跡部景吾がそこにいた。
何故ここにいるのだろう?
何故そんな怖い顔をしているのだろう?
不思議そうに首を傾げるを、跡部は怒鳴りつけた。
「この馬鹿がっ! 死にたいのか!!」
鋭い眼差しに射すくめられ、両腕をきつく掴まれて、はその迫力に身をすくませた。
「自殺したいなら俺の見てないところでしやがれ」
「自殺…?」
そう言われては自分がいつの間にか腰まで海に入っていることに気づいた。
水分を含んだ服は寒い上に重い。
「道理で動きにくいと思った…」
「お前なぁ…」
跡部の顔から怒りが消え、変わって呆れたようにため息をつく。
腕の力が緩むが、その手は離れない。
「…とりあえず戻るぞ」
「あ…うん」
が名残惜しそうに海面を振り返る。
先ほどまで水面を漂っていた白い羽は、どこにもなかった。
- 10.05.06