『?』
『………』
『、起きて』
『むにゃ…』
『ほら、早く』
『あれ…何でいるの?』
『そんなの、時間になっても待ち合わせの場所に来ないから迎えに来たに決まってるじゃないか』
『待ち合わせ…?』
『まったく…寝ぼけるのもいい加減にしなよ』
『今日は練習休みのはずじゃん…眠い』
『海に行く約束してたじゃないか。が行かないなら1人で行っちゃうよ』
『う、み……? う〜んと…』
『折角7月中に課題を終わらせたご褒美に水族館のチケットもらってきたのになぁ。美味しいレストランの場所も姉さんに聞いてきたんだよ。のために。でも、行きたくないんなら仕方ないよね。チケットは越前にでもあげるよ』
『え!? やだやだ!! 起きる! 起きるから待って!!』
『じゃあ外で待ってるから5分で支度すること』
『やったぁ。愛してるよん』
『はいはい、僕も愛してるよ。だからあと3分で支度してね』
夢を見ることは好きだ。
もう二度と聞けない声や笑顔を取り戻すことができる。
触れれば暖かいし、包み込んでくれる優しい手もここにある。
目覚めたくなんてない。
現実なんて見たくない。
不二のいない現実。
こんなものを見たかったんじゃない――。
泣きながら目が覚める。
あれから毎日。
何故目が覚めてしまうのだろう。
あのまままどろみの中にいられたら、どれだけ幸せか知れないのに。
パジャマを脱ぎ捨て、洋服ダンスから適当に見繕って服を着替える。
どこかへ出かける予定はない。
ただいつまでも起きないと家族が心配するのだ。
事故に遭って以来、家族には色々と迷惑をかけているので、少しでも安心させたかった。
ただでさえ学校に行っていないのだ。
不安にさせる要素は1つでも少ないほうがいい。
履きなれたジーンズに足を通し、またゆるくなってることに気づいては困ったように眉を寄せた。
サイズが合わないからと、1サイズ小さいものを買い直したのは2週間前だ。
「また買いなおさないとかな…」
とりあえず脱げることはないだろうと、はそのまま部屋を後にした。
珍しく家には誰もいなかった。
大家族ということもあり家には必ず誰かがいるのが当然だったので、静まり返ったリビングというのは初めてだった。
テーブルの上には朝食と書置きのメモが残されていた。
『へ
町内会の用事で1時間ほど留守にします。
出かける時は鍵をかけてください
母より』
心配をかけている自覚はある。
テーブルに用意されている食事は、の好きなものばかりだ。
誰もが優しい。
だがその優しさはを更に孤独に追いやっていくことに、誰も気づいていない。
気を遣われると、切なくなる。
慰めの言葉をかけられると、自らの罪を思い知らされる。
『不二君のぶんも幸せにならないと』
そう言われれば言われるほど、不二は自分のせいで死んだのだと、そう突きつけられているようで、苦しくて息ができなくなる。
家族は何も言わない。
事故のことも、不二のことも。
が触れられたくないということを察してくれているのだろう。
食欲はなかったが、少しでも口にしようと箸を運ぶ。
何とか我慢して咀嚼して飲み込む。それを数度繰り返す。
そうやって食事を摂ってはいるが、食事の量は以前の半分にも満たず、の体重は減少していく一方だ。
細くなった自分の指が目に留まり、は手を止めた。
筋力は以前とは比べ物にならない。
体重は量っていないから不明だが、服のサイズが変わっていくことから、おそらく数キロは確実に落ちているだろう。
マネージャーとは言え運動量の多かった部活だ。
自身もそこそこ筋肉がついていたのだが、今では見る影もない。
数ヶ月動かなかっただけでここまで変わるのかとある意味感心してしまうほどに。
尤も変わってしまったのは体格だけではないのだが。
『海に行こう』
そう言ったのは、ある夏の日。
不二と2人で電車に乗って海水浴場に出かけた。
秘密のデートみたいだねとふざけて言い出したのはどちらだったか。
誰にも内緒で来たはずなのに、現地で六角中の佐伯たちに出会い、その後すぐ青学のみんなにも見つかってしまった。
折角2人っきりでデートだったのにと口を尖らせると、今度また来ればいいじゃないかと不二に笑われた。
その時はわからなかった。
『今度』という日が二度とないことを。
「海…」
すべてが楽しかったあの日。
戻れるとは思っていなかった。
だけど……。
何かに導かれるように、は家を飛び出した。
- 10.04.30