ぱちり、と何かのスイッチが入ったかのように黒子は目を覚ました。
寝起き特有の倦怠感も微睡もない。目覚めの悪い黒子にしては年に一度あるかないかというほど珍しい寝起きの良さだった。
時計を見れば時刻は6時30分。窓の外では雀が囀りカーテンの隙間から朝日が零れて室内に一筋の線を描いてる。
いつもと変わらない朝の光景。否、いつもは目覚ましの音で強引に起こされグダグダと布団の中で睡魔と格闘しつつ5分10分と無駄な時間を消費することを考えれば、いつもよりも格段に良い目覚めだと言ってよいだろう。
だが、黒子はそんな爽やかな朝だというのに不思議そうに首を傾げた。
(…いつの間に家に帰ってきたんでしょう)
黒子の記憶が確かなら、昨夜は家に帰ってきた記憶はない。ついでに言えばバイトが終わってからの記憶がぷっつりと途切れている。飲酒をしていたわけでもないのに記憶がないというのは少々恐ろしい。
黒子は室内を見回してみる。ここは間違いなく大学進学と同時に一人暮らしを始めたアパートだ。実家で愛用していたベッドと引っ越しを機に購入した小さなテーブル。築10年の1Kの部屋はシンプルイズベストと言えば聞こえは良いかもしれないが、最低限の家具しかない殺風景な部屋だ。
勉強とバイトに忙しい上に久々の休日は高校時代の友人とバスケに興じてしまうものだから室内の快適さは二の次だった。今も特に不自由さは感じていないが、その部屋に明らかに足りないものがあった。
「服……」
黒子が昨日着ていた服が一式、ごっそりとなくなっていた。
シャツやインナーなどは洗濯機に入っているかもしれないが、ジーンズやコート、購入したばかりのマフラーなどはどんなに酔っていても所定の場所にかけておくのが実家で暮らしていた頃からの習慣だったからそのへんに脱ぎ捨ててしまうという可能性は低い。
記憶のない間に自分が何をしたかというのも気になって、黒子はゆっくりとベッドから起き上がった。はらりとシーツが身体から滑り落ちて露わになる姿にぎょっとする。
全裸だったのだ。自宅でも服を着崩さない黒子ならば絶対にしない恰好に驚いて声も出ない。
慌てて起き上がればずきんと身体の中が痛みを訴えた。下腹部というか腰というか、何とも形容しがたい身体の内側が疼痛を訴えている。腰でも打ったのだろうかと訝しみながらバスルームへと移動する。念のため洗濯機の中を覗いてみたが脱いだ服は入っていなかった。じわじわと嫌な予感が背筋を這いあがってくるのが自分でも分かった。
記憶のない時間。紛失した服。全裸の自分。正直、嫌な予感しかない。
まさか見知らぬ女性と行きずりの一夜を過ごしてしまったのではないかと考えるが、それにしては自分の着替えがないのが理解できない。そして女性の影も形もないというのも可笑しい。そもそも黒子は自覚のないフェミニストだ。酒に酔っていようと見ず知らずの女性を自宅に連れ込むようなことはしないだろう。
その証拠に室内に自分以外の人間の形跡はない。狭いながらも住み慣れた部屋だ。自分以外の誰かがいたのならばどんな些細な痕跡でもわかる。特に女性を連れ込んだのならばバスルームを使用しないとは考えられないが、こちらも使用した形跡は見られない。
ついでに言えば黒子のベッドはシングルサイズなのだが、誰かと同衾していた様子はない。
では一体何があったのかと頭を悩ませつつ何気なく洗面台に視線を移した。全裸の黒子の上半身がそこには映し出されている。どんなに鍛えようとしても筋肉の付きにくい体質のせいで相変らず細くて薄い身体。そこに散らばる赤い鬱血痕に思わず息が止まった。
「え……。な、んで……」
首筋から胸元にかけていくつも残されてる痕は、黒子の勘違いでなければキスマークと言われるものだろう。1つや2つなんて可愛いものではない。首筋から胸元にかけてびっしりとつけられている。慌てて全身を見返してみれば内腿にもついていた。今度こそ言い様のない恐怖が黒子を襲った。
記憶のない時間、紛失した服。全裸の自分。情交の痕。
それに下腹部の疼痛を加えれば導き出される結果は一つしかない。
同意があるかないかは不明だが、記憶がない以上和姦だとは思えないし思いたくない。
強姦。
その二文字が頭に浮かび、黒子は膝から崩れるように床に座り込んだ。
その首筋にキスマークに隠れるように小さな穴が2つ並んでいたことには気づかなかった。
◇◆◇ ◇◆◇
悪夢のような目覚めを迎えてから一週間。黒子は今までと何ら変わらない日々を相変わらず過ごしていた。
己の身体に何かがあったのは確かだと思うのだが、如何せん証拠がない。キスマークという痕跡は大量に残されていたが、ではそれが強姦の証拠かと言われれば微妙なところだ。
抵抗した際に出来る傷も身体には見つからず、身体を拘束していたと思わしき跡も見つからなかった。何よりも黒子にその時の記憶が欠片もないのだから警察に相談したとしても信じてもらえないだろう。立証しようにも証拠がないのだから。
病院に行って診察してもらえば微量なりとも相手の体液が検出されたのかもしれないが、思わぬ事態に動転している黒子がそこまで考えつくわけもなく、更にはそういう知識が皆無であることから悩んでいるうちに一日が過ぎ二日が過ぎ、気が付けば一週間が経過してしまった。そこまで日数が経過してしまえば証拠なんて身体のどこを探してもあるはずがなく、黒子に残された手段はただ一つ、泣き寝入りしかない。
釈然としないものはあるが記憶がない以上忘れてしまうのが一番かもしれないと、数日が経過した頃には黒子も思考を切り替えた。
幸い女性ではないから妊娠の心配もないし、何一つ覚えていないのだから気のせいで済ませることもできるかもしれない。少々強引な論法だとは自覚している。
もう忘れよう。黒子はようやくそう心を決めた。幸い初日に感じた身体の違和感も翌日にはすっかり元に戻っていたし、何かの拍子に失った記憶が戻ってくる様子もない。痛手といえば愛用していたコートとマフラーを含めた当日身に着けていた服一式がなくなってしまったことだろう。バイト代を貯めて購入したばかりのコートとマフラーはそこそこ値が張ったのだ。買い直すのは痛い出費である。
そこまで考えて黒子は自嘲する。
己が強姦されたかもしれないというのに心配するのは予想外の出費だというのが、やはりこの事態に現実味がないからかもしれない。
それが記憶がないからこその思考なのか、それとも黒子の神経が元々図太かったのかは自分ではわからない。
とにかく忘れてしまおう。そう心の中で呟きつつ、黒子はバイト先へと向かった。
黒子のバイトは数駅離れた場所にある書店だ。通学圏にある書店の中で品揃えが豊富で頻繁に通っていたところ、たまたま求人の募集があったので申し込んだところ運よく採用されたのだ。お気に入りの作家の新刊などを買いそびれることのない環境は中々気に入っている。レジ打ちや品出しなども慣れてしまえば苦ではない。シフトは週に3日程しか入っていないが、思わぬ出費があったため今月からシフトを少しだけ増やした。丁度バイトが1人辞めたところだったのですんなり了承されたのが幸いだった。
運送会社が翌日発売の本を入荷してきた。伝票を受け取って運ばれた段ボールの数を数える。間違いなく入荷されていることを確認して店内に戻ればそろそろ終了の時間だ。引き継ぎのバイトが来たので仕事の進捗状況を伝えてからタイムカードを切った。
もうすぐ年末ということもあり寒さは日々厳しくなっている。新しく購入したコートがあるけれど、前のコートはかなり気に入っていたため袖を通すたびに少しだけ虚しくなる。
フェイクファーの付いたダッフルコートは着心地を重視したため軽くて肌触りが最高だったのだ。
その分値段は張ったけれど。新しく買い直したのはPコートだ。こちらはこちらで使い勝手は良いけれど、やはり前のコートに愛着があったので口惜しい。
「あ、ちょっと、君」
コートもマフラーも、その下に着ていたセーター及び身に纏っていたもの一式、どこを探しても出てこなかった。
捨てたという可能性もゼロではないが、そうする理由が思い当たらない。一体自分が覚えていない数時間の間に何があったのだろうかと首を傾げていれば、不意に背後から肩を掴まれた。
「ねえったら」
「えー―?」
駅へと歩いていた足を強引に引き止められ黒子は思わず振り返った。
そこにいたのは見知らぬ男だった。金の髪と琥珀色の瞳の、見上げる程の長身の美男子。
芸能人でもここまで整った顔はいないのではないかと思えるくらい強い存在感の持ち主だ。
どこかで会ったのだろうかと黒子は首を捻った。ここまでの美形ならば一度会えば忘れることはない。それがたとえ道ですれ違っただけだとしても覚えているだろう。人間観察が趣味の黒子がここまで目立つ人を忘れるわけがない。
人違いだろうかと僅かに首を傾げて男を見上げるが、男は親しそうな笑みを浮かべて手に持っていた紙袋を黒子の目の前に差し出した。
「これは…?」
「忘れ物」
何のことかわからず躊躇する黒子の前に男は更に紙袋を押し付けてくる。思わず受け取ってしまったが何だろうと覗きこめば、見慣れたものがそこにあった。否、見慣れていたけれどつい先日紛失してしまったものだ。
「僕のコート…」
紙袋の中に丁寧に畳まれて入っていたのは、あの日黒子が失くしたと思っていたコートだった。中身を確認してみればコートだけでなくマフラーもセーターもジーンズも入っていた。次々に見つかる紛失物に黒子の顔色が悪くなる。まさかと思っていたが小分けにされた袋の中に当日着用していた下着が出てきて絶句した。丁寧に洗濯されているようだが、もしかして目の前の青年が洗ったのだろうか。非常にいたたまれない。
それにしても、どうしてこの青年が持っているのだろうか。出会った記憶はないというのに。
黒子は目の前の青年を見る。人の善さそうな笑顔を浮かべているが、どうしてだろう、胡散臭いと思ってしまう。
「あの、ありがとうございます。ですが、どうしてこれをあなたが?」
「え? だって汚したのって俺にも責任あるし。洗ってくるねって言ったら黒子っちわかったって頷いたじゃん」
「え?」
「え?」
青年の言葉を信じるならば黒子は青年が服を持って帰ることに了承したようだ。だが黒子には覚えがない。そもそも『黒子っち』って何だ。自分を愛称で呼ぶような関係だとでも言うのだろうか。
黒子と同年か、1つ2つ年上だと思われる美青年。同じ大学ではないだろう。ここまで目立つ人物ならば多少なりとも噂となっているはずだ。だが黒子は聞いたことがない。となればまったく接点のない相手となる。どこで知り合ったと言うのか。
「すみませんが、僕は君を知りません」
黒子は警戒心を見せながら青年にそう告げた。この服を受け取って良いものか少しだけ悩んだが、どう見ても自分のものなので返す必要はないだろう。念のため帰ったらクリーニングに出そうとは思うけれど。
黒子がそう言うと青年は不思議そうに目を瞬かせたが、やがてああと呟いて小さく頷いた。何かを思い出したかのような軽い仕草だった。
「面倒だから暗示かけてたんだった」
「暗示って」
「ごめんね。すぐに解除してあげるから」
黒子が言葉を続けるよりも早く、青年の手が黒子の眼前に差し出された。
青年の指がパチン、と小気味良い音を立てる。
その瞬間、黒子の頭の中でシャボン玉が弾けるように薄く覆われていた記憶の膜が剥がされた。
◇◆◇ ◇◆◇
月の綺麗な夜だった。
黒子の入れ替わりにシフトを入れていたバイトの後輩が電車のトラブルで遅れるという連絡を受けていつもより1時間程長く働いた黒子は、日付が変わる少し前に帰宅の途に着いた。
終電よりも数本早い電車には沢山の人が乗車していた。疲れたようにシートに座りこむサラリーマンやドア付近に立って雑談を交わす若い女性グループなど様々な人が同じ車両に揺られてる。
黒子はドアの前に立ちぼんやりと車窓の景色を眺めていた。上空に輝くまんまるな月がとても綺麗だと思った。冬の空が一番綺麗だと黒子は思う。生憎東京では綺麗な星空はほとんど見えないのだけれど、それでも冷え冷えとした空気を照らす月の美しさは格別だ。電車での数十分、黒子は飽きることなく流れる街並みを眺めていた。
「―――?」
ふと視線を感じた。幼い頃から人の気配には聡かった黒子は、どこからか自分に向けられる視線に気付いた。黒子は影が薄い。どのくらい薄いかと言えば、自動ドアにすら感知されないレベルである。初対面の相手は勿論、親しい相手ですら時折気付かれないという程だから、混雑した電車の中で黒子を認識できる者がいるのは珍しい。つい好奇心にかられて相手を探そうとした。――それが失敗だったと知るのは随分と後になってからである。
不躾でない程度にそれは黒子を捉えている。誰だろうとガラスに映る車内の様子を観察した。ほとんどの人が疲れたように視線を落としたりスマートフォンを弄ったり眠ったりしている。
そんな中でただ一人、黒子をじっと見ている人がいた。
人混みよりも頭一つ分抜け出た、金髪の美青年。黒子と同年か少し上だろうか、目を瞠るほど美しいというのに周囲の人は彼に気付いていないのか気にした様子は見られない。
ありえないと思った。黒子でも初めて見る美形だ。芸能人なんて目じゃない程に。見た目もそうだが存在感も凄い。例えて言うならモノクロの世界で一人だけ極彩色を見に纏っているように目立つ。だというのに青年のすぐ隣に立つ女性は青年に気付いた様子は見られず隣で新聞を読む中年のサラリーマンを鬱陶しそうに見やっているだけである。青年の反対側に立つOLも気にした様子は見られない。
まるで彼らには男性の姿が見えていないかのように。
「―――っ」
黒子の視線が青年と窓越しに交錯する。にやり、と形の良い唇が吊り上った。
途端、ぞわっと背筋に鳥肌が立った。
これはヤバい、と本能が危険信号を出したかのように足が震えてきた。ごく平凡な男子大学生である黒子は所謂第六感というものはそれほど強くない。特に霊感なんてゼロに等しい。だから良く聞く心霊現象とは無縁だったのだが、おそらくこの直感はそういう類のものに近いのではないかと黒子は推測した。
だって、怖い。青年は黒子から扉一つ分ほど離れた場所に立っているのに、今にも肩を掴まれそうな気がする。青年の視線はひたりと黒子に向けられていて、首筋がチリチリと痺れたような痛みを訴えている。通常では説明のつかない恐怖に震える身体を悟られないように、黒子は肩に下げていたバッグを胸元で握りしめた。
気のせいだろうか、車内の喧騒も遠ざかっているように感じる。
―――ふふ。
黒子の耳元にそんな含み笑いが聞こえてきた。耳に心地良い男性の声。だがそれは黒子の恐怖を煽る以外の何物でもなかった。だって黒子の周囲にいるのは全員若い女性なのだ。
思わず振り返った。だが窓にはくっきりと映っている190センチはあるだろう長身はそこになかった。もう一度窓に映る車内の光景を見つめる。そこにいる。獲物を見つけた獣のように瞳を細めてペロリと舌舐めずりをしている。獲物は黒子なのだと理解するには十分だった。
目的の駅まであと一駅あったが、黒子はたまらず開いた扉から飛び出した。二段飛ばしで階段を駆け下り人混みに紛れる。後ろは振り返らない。幸いこの駅は利用者が多いから影の薄い黒子が人混みに紛れて逃げるくらいできるだろうと、そう思っての行動だったが結果としてそれは失敗に終わった。
人混みをすり抜けて住宅街の奥へと続く道をひた走る。引退したとは言っても学生時代は運動部だった黒子は平均よりも体力があるので走れる限り走り続けた。土地勘の低い道をがむしゃらに走り続けたので迷子になってしまったが、スマートフォンのナビを使えば家に帰るのは難しくないだろうと頭のどこかが冷静な判断を下していた。
走って走って、息も絶え絶えになった頃に見つけた公園でようやく足を止めた。
ベンチに座り込んで息が整うのを待つ。ここがどこだかわからないけれど追いつかれることはないだろうと安堵の息を漏らした。
だが―――。
「鬼ごっこはもう終わり?」
「―――っ?!」
耳元で声がそう囁いた。悲鳴は喉の奥に貼り付いたまま乾いた空気となって消える。
おそるおそる振り向いた先にいたのは、やはり件の美青年。黒子と同じ距離を走ってきたと思しき青年は息一つ乱れていない。それどころか汗一つかいていない。
「こんばんは」
恐怖に震える黒子に対して、青年は見惚れる程美しい笑顔を浮かべた。だがその瞳の奥には獰猛な光が宿っており、甘い声とのギャップに恐怖は更に煽られる。
青年の手が黒子の頬に触れる。ひんやりと冷たいそれは黒子の頬を慰撫するように撫で、そして形の良い指が黒子の顎を捕らえた。強制的に目線を合わせられる。満月の光が青年の美貌を照らし出す。琥珀というより黄金に近い瞳が面白そうに細められた。
「君の美味しそうな……、俺に頂戴?」
◇◆◇ ◇◆◇
熱い。
じわじわと燻ぶるような熱さではなく全身を焼き尽くしてしまいそうな熱が黒子を苛んでいた。
幼い頃にインフルエンザに罹ったときのようだ。熱くて苦しくて、身体のあちこちが痛みとも快楽とも判別つかない刺激に包まれている。
「―――っ、はっ、くぅ、ん…」
助けを求めようと開いた口からは押し殺した喘ぎが漏れ、逃げようと伸ばした手は虚しく空を掻いた。そんな黒子を嘲笑うかのように更に強い熱が身体の奥深くに穿たれる。内臓を押しやるように付きこまれた灼熱の塊にテツヤの背が大きく仰け反った。
「あっ、あぁぁ!」
「んー、悦い声」
ぐちゃ、と男との結合部が厭らしい音を立てる。音と同時に身体のナカが抉られる。痛みすら感じる間もなく快感を植え付けられた身体はそれに反応してきつく男の怒張を締め付けた。自分すら触れたことのない最奥で男の熱を感じて身体が悦んでいるという事実が耐えられない。
「はっ、んっ、ひ……ぁっ」
男は慣れていた。黒子の身体のどこを触れば気持ち良くなるのかを熟知していた。目が眩むような刺激を与えたかと思えば、わざと焦らすように抽挿を繰り返す。黒子が刺激を欲して無意識に腰を揺らすようになるまで焦らして、許してと懇願する姿を堪能してから強く腰を打ちつける。何度イかされただろうか。男同士だけでなく異性とのセックスすら未経験の黒子の身体はあっさりと男に染められた。初めてで強姦と言っても良いこの状況で、黒子の身体は男に抱かれて至上の快楽を味わっているのだ。
「キモチイイ?」
男の問いかけに黒子は何度も頷いた。気持ち良い、と譫言のように繰り返せば男は更に強い快感を与えてくれるからだ。
「ふふ、素直な子は好きだよ」
そう言って男は黒子の口を塞いだ。腔内を舐めるようなキスを繰り返されて黒子は必死で彼の舌を受け入れた。口移しで与えられる唾液を嚥下すれば喉の奥が焼けるように熱い。飲み切れない唾液が口の端を伝って落ちる。そんな些細な刺激にすら身体は顕著に反応を示す。
頭のどこかで不思議だと思う自分がいる。見知らぬ男に強姦されて、どうしてここまで気持ち良いのかと。どうして同じ男に組み敷かれているのに嫌悪も恐怖も感じないのかと。
黒子は決してゲイではない。恋人がいたことはなかったが、少なくとも同性に対して性的興奮を覚えたことは一度もなかった。好きな相手が出来るとしたら当然のように異性で、いずれは結婚して明るい家庭を築いてとごく普通の性癖の持ち主だと信じていた。
だというのに男に屋外で押し倒され強引に身体を暴かれて黒子の身体は悦んでいる。耳元で卑猥な台詞を囁かれるたびに男を受け入れている箇所が甘く疼く。まるで被虐趣味でもあるかのように。
「あ……っ、いやぁ」
今まで自分が信じていた『黒子テツヤ』という人物像が音を立てて崩れていく気がして黒子は男の下で嫌だと首を振った。そんな黒子を男は気にせずに背後から貫いた。片足を持ち上げ、男はゆっくりと黒子に自分の味を覚えさせるように黒子の蕾を抉った。
体位が変わってより深い部分に男の怒張が捩じ込まれて黒子の口から悲鳴が漏れる。だがその声にも隠しきれない甘さに彩られていた。
「も…や、だぁ」
初めて恐怖を感じた。男に抱かれる恐怖ではない。男に抱かれて快楽を得る恐怖だ。このまま戻れない気がするのが何よりも怖い。
そして男にはそんな黒子の苦悩などお見通しだったようだ。
背後から揺さぶられていた身体を強く引かれた。ガツンと奥を抉られて溜まらず黒子は何度目になるかわからない白濁を吐き出した。更に腰を揺する男に黒子が息も切れ切れに哀願した。
「も…、もう、駄目…」
「無理。俺まだ出してないし」
「やぁ、死んじゃい、ます」
「そんな簡単に死なないから大丈夫。俺、加減上手いし。第一あんた効きやすい身体だから仕方ないっスよ。俺に見つかったのが運のツキだと思って諦めてよ。その代わり、普通の人生じゃ絶対に味わえないくらい気持ち良くしてあげるからさ」
「あ、んぅっ」
ぐるりと身体を回転させられ男と向き合う姿勢を取らされた。ガクガクと震える身体を大きな手が支える。そのまま幼い子供を抱っこするように抱えられ大きな木の幹に背を押しつけられた。
「あんた、最高っスわ。波長が合ったから当たりだとは思ったけど、まさかここまで悦いとはね」
「ひっ、あっ、やっ、深、い」
「でも気持ち良いでしょ?」
「やあっ、壊れ、ちゃう」
黒子より逞しいとは言え平均から比べれば細身のこの身体のどこにそんな力があるのか、軽々と黒子を抱き上げたまま黒子の身体を揺さぶってくる。何度も何度も。小さな子供を抱き上げてあやすように、男は軽々と黒子の身体を抱き上げる。そうして撃ち込まれた怒張が抜けるか抜けないかのギリギリまで引き抜くとそのまま下に落とすのだ。逞しい怒張が黒子の狭い秘孔を抉っては突き上げる。男の怒張が体内を突き破ってしまうのではないかと思える激しさだが黒子はなす術がない。
ただ男にしがみついて耐えるしかないのだ。声すら出ない快感があると、黒子は生まれて初めて知った。
「そろそろナカに出してあげるね。そうしたら、もっと気持ち良くなれるよ」
ただでさえ意識が飛びそうな程に強烈な刺激だというのに、更に気持ち良くなると言われても黒子は悦べない。今でさえ死んでしまいそうな程に悦いのだ。
思わず首を振って拒絶するが、そんなことで止めてくれるようならば最初から強姦などされてはいない。そして黒子が男の意志を拒絶できるかと言えば、答えは否だ。
激しく抽挿を繰り返す怒張が体内で大きく弾ける。
「ひっ、ああぁぁぁ!!」
最奥に叩きつけてくる奔流に視界がチカチカと点滅する。悦すぎて死ぬかもしれないと本気で思った。ドクンドクン、と何度か体内で怒張が脈打つ様までリアルに感じてしまい黒子は嬌声を上げた。
男は全てを黒子の中に出し尽くすように何度か腰を振り、強烈な刺激に仰け反った黒子の喉に唇を寄せた。口づけされてきつく吸われる。そんな刺激にすら感じてしまう黒子の痩躯は先程から痙攣が止まらない。
「あんた、やっぱり極上品だ。大当たり」
艶のある声が耳元で響いた。
くつくつと笑う声が聞こえたかと思った瞬間、男が黒子の首筋に噛みついた。プツ、という音がして痛みに似た刺激を感じたが全身が性感帯となっていた黒子にとって大した痛みではなかった。ただ熱い。男が口づけている場所に熱が集まっていく。麻痺した思考で傷でもついたのかと考えた。
男の舌がそこを舐めるたびに淫靡な水音が聞こえる。かすかに感じるのは血の匂いだろうか。指一本動かせない程消耗しているため確認することもできないのだが。
やがて男が身を起こした。ズル、と引き抜かれる感触に黒子は身体を震わせた。
ようやく終わった狂宴に安堵したのか、黒子の意識が休息に薄れていく。体力の限界など疾うに超えていた。未知の体験だけでなく想像すらしたことのなかった快楽の海に投げ出されて溺れるしかできなかった身体には力など残っていない。
「ご馳走さま。とっても美味しかったっスよ」
「…ぁ」
「黒子っちの服、恥ずかしい汁でいっぱい汚れちゃったね。お詫びに洗っておいてあげるよ。次に会ったら渡すからね。だから、覚悟してね」
―――次に逢ったら、あんた、俺のものだよ
消えゆく意識の中で黒子が見たものは、黄金の瞳を深紅に変化させて嗤う男と、その背後で赤く輝く満月だった。
◇◆◇ ◇◆◇
パズルのピースがはまったように、黒子にあの夜の記憶が甦った。得体の知れない男との出会い、恐怖、そして抗いがたい快楽。忘れていた方が精神衛生上良かったかもしれない。どういう意図があってか理解できないが、男は黒子の記憶を封じておいて忘れた頃にやってきた。からかっているのか暇潰しなのか。どちらにしろあまり良い趣味だとは言えない。黒子は男を睨みつけたが、男はそんな黒子の視線を面白そうに受け止めるだけだ。
「いいね。その反抗的な目、ゾクゾクする」
「悪趣味ですね」
「従順な獲物にはもう飽きちゃってさ。あんたなら俺を楽しませてくれると思ったけど、やっぱり大当たりだ」
「消えてください」
そう言い捨てて歩き出そうとすれば手を掴まれた。びくともしない強い力にあの夜の記憶が戻ってくる。恐怖ではなく快楽の方だったが。
「は、なしてください」
「ふふ、俺に触れられると感じちゃうでしょ。あの夜、たぁっぷり可愛がってあげたの、身体は覚えてるもんね」
「君…、最低です」
「好きなんだ。弱い獲物が必死に抗おうとするの見るの」
「っ!」
そう言って男は黒子の手首に唇を寄せて軽く吸った。色白の黒子の肌はそれだけで赤い痕を残す。
主君に忠誠を誓う騎士のように、男は黒子の手首に唇を寄せたまま黒子を見据える。その瞳に宿るのは残虐ささせ感じる悪戯じみた光だった。薬指を口に含みがりっと噛みついた。鋭い痛みに手を引けば薬指の付け根に歯形がついていた。まるで指輪のように見えるそれに黒子の眉が顰められる。
「逃げてもいいよ。逃がさないから」
「――絶対、逃げてやります」
唇についた血を拭いながら嗤う男を黒子は睨みつけた。
長い長い、鬼ごっこの始まりである。
- 15.02.28