Sub menu


溺れるほどの愛を君に


「別れてほしいの」

そんなそっけない一言で、黒子テツヤは1年付き合った恋人から絶縁状を叩きつけられた。
奇しくも交際1周年ということで、以前から恋人に強請られていたフレンチレストランで少々値の張る豪華ディナーに舌鼓を打った後。最後のデザートが運ばれてきてからの突然の別れ話に、テツヤは一瞬何を言われたのかわからなかった。
それもそうだろう、つい昨日まで毎日のように「黒子くん、大好き」とか言われていたのだ。
たった1日。正確に言えば12時間。
人間は心変わりする生き物だとは言うけれど、これはあまりにも唐突すぎやしないだろうか。

「……理由を訊いてもいいですか」

気持ちを落ち着けるために水で喉を潤し、テツヤはそう切り出した。
まだ実感がわかないテツヤとは対照的にすっかり気持ちを固めてしまっている恋人は先程と同じ言葉を繰り返した。

「だから、別れてほしいの」
「ですからその理由です」
「寂しかったから」

きっぱりはっきりとテツヤに言い放つ恋人は、果たして先程までの女性と同一人物なのだろうかとテツヤが思う程に冷ややかな表情をしていた。
テツヤの記憶が確かなら、レストランではいつものようににこにこと笑顔を絶やさずテツヤとの今後を楽しそうに話していたような気がするのだが。
だって、と言葉を続けようとする恋人がまるで知らない人物のように見えた。

「黒子くんって優しいし紳士だし一緒にいて楽しかったんだけど、でもちょっと物足りないって言うか、私はもっと私だけを愛してくれる人が良いの。ほら、黒子くんって私より男友達優先にすることが多いじゃない。あれって彼女としては面白くないの。別に四六時中一緒にいてって言うつもりはないけど、やっぱり良い気分にはならないよね」

だったら最初に言ってほしいと思うテツヤは薄情だろうか。
恋人が出来たからと言って全ての行動を恋人優先にするつもりはそもそもなかったし、そのことについては彼女は同意済だと思っていた。
実際昔馴染みの友人たちと飲みに出かける時に嫌な顔をされたことはなく、それどころか断ろうとしたテツヤに行ってこいとむしろ推奨しているようなところだってあったのだ。
交際して1年、気になることは何でも言ってほしいと最初に言っておいたのだから、彼女が何も言わないのは不満などない証拠だと思っていたのはテツヤだけだったということか。
それとも恋人の心情は言葉にしなくても理解しろということだったのだろうか、テツヤにはわからない。
とりあえずこの時点でテツヤのダメージは相当なものだ。
長年とは言えないまでもそれなりの日数を付き合っていた恋人からまさかの別れ話。それに加えて交際期間の駄目出しをされてしまったのだから、すぐに立ち直れという方が難しい。
救いはテツヤの表情筋が通常運転だったために、どれほど落ち込んでいようとも顔には出てこなかったことだろうか。
だが、そんないっぱいいっぱいのテツヤに恋人――――否、元恋人は更なる爆弾を投下した。


「でもまぁ一番の理由は相性、かな」
「……相性?」
「うん。相性。ぶっちゃけ身体の」
「………………………………………………」


テツヤは絶句した。
別れ話の理由として上位に挙げられるものではあるけれど、今、この状況で言うことだろうか。
しかもここはフレンチレストラン。予約なしでは来店できないそこそこ知名度の通った高級レストランだ。
元恋人は何でもないことのように言っているが、明らかに場違いなのは言うまでもないだろう。
絶句するテツヤを余所に元恋人の毒舌は続いていく。

「黒子くんって付き合う前から経験少ないなぁとは思ってたけど、やっぱりって言うか。物凄く下手って言うわけじゃないけど体力ないし回数も少ないし、プレイもノーマルって言えば聞こえはいいけど面白くないし刺激的じゃないし。あと、個人的にはもう少し大きくないと満足できないのよね。身体の相性が全てとか言うわけじゃないけど、あまりにも合わな過ぎるのはどうかと思うの」

あ、別に私は淫乱ってわけじゃないからねとか言っているが、そんなこと黒子にとっては最早どうでもいい。
男として落第点を付けられたかのような発言にショックが強すぎて何も耳に入ってこない。
元恋人がフォローのように「別に黒子くん下手ってわけじゃないよ。満足する子だっていると思うよ」とか言っているが、それはフォローではなくてとどめだ。テツヤに聞こえていなくて幸いである。
もうどうでも良くなったテツヤは、わかりましたとだけ答えると、元恋人は晴れ晴れとした笑顔で店を出ていった。その後の記憶が定かではない。
茫然自失といったテツヤにレストランの店員は優しかった。
幸いにも会話は聞こえていなかったようだが恋人と別れたということは十分わかってしまったらしく、飲んでいたアルコールのせいではなく足元がおぼつかなくなっていたテツヤのためにタクシーを手配してくれた。
店員及びタクシーの運転手の優しさが骨身に沁みた、ある日の夜だった。










   ◇◆◇   ◇◆◇










「どぉいぅことなんでしょうねぇ」

ドガン、とカウンターにグラスを叩きつけてテツヤは叫んだ。
衝撃から復活すれば湧き出てくるのは理不尽な怒りである。
勿論自分は悪くなかったなんて都合の良いことは言わないが、だからといってあれはマナー的にどうなのだろうか。
喧嘩らしい喧嘩をしたこともなければ口論の一つもしたことはない。
彼女がどこかに行きたいと言えば忙しい時間をやりくりして連れて行ったし、欲しいものがあると言えば誕生日や記念日に贈ったりもした。
勿論学生の身であるために高価なプレゼントは買えなかったし、旅行に行きたいと言っても都合が合わなくて行けなかったこともある。だが、そんなのは誰だってあるはずだ。テツヤだけではない。
何がいけなかったのだろうかと考えても答えは出てこない。
ぐるぐると回る思考は答えが出ないために迷走を始め、テツヤは答えを得るためにある人物を呼び出した。
哀しいけれど元恋人が言うようにテツヤは女性との交際経験があまりない。ぶっちゃけ別れた恋人が初めての彼女だったから比較しようにもできないのだ。
その点で頼りになる人物と言えば、やはり付き合いも長く遠慮もいらない古い友人が一番。
ということで白羽の矢が立ったのは、テツヤが知る限りで一番女性経験が豊富であろう黄瀬涼太だった。

「そりゃ、僕はこういう話には疎いし、女性が好むような行動もできなければ優しい言葉の一つもかけてあげることはできませんよ。不満があったって当然ですよね。だからって言ってくれなければわからないんですよ。何ですか、言わなくても心の中を読めってことなんですかね、それってどんな超能力者なんですか。世の男性はもれなく読心術を会得しなくては交際の一つもできないとか恐ろしい。それなら僕は一生独身で結構ですよ」
「く、黒子っち……落ち着いて」
「落ち着いてますよ。あれですよね、女性経験が足りないとか文句を言いながら、浮気したり風俗言ったら怒るんでしょう。どうやって経験値積めって言うんですか、AVでも観て勉強しろとでも言うんですか」
「AVは所詮企画の中の出来事だからね。同じことやったらほとんどの女性がドン引きするから」
「ですよねぇ。じゃあもう僕詰んでるじゃないですか。お代わりっ」
「黒子っち、飲み過ぎっス」

空のままだったグラスをバーテンに突き付けて催促すれば、平静を保ったままバーテンはテツヤの手に新たなグラスを握らせる。
琥珀色の液体はバーボンだ。
お世辞にもアルコールに強いとは言えないテツヤには少々ではなくきつい代物だが、客が寄越せと言えば逆らえないのが従業員の哀しい宿命である。
同伴者の黄瀬に窺うように見れば、呆れたような困ったような笑みを浮かべてテツヤの肩を抱いている。
さりげなくグラスを奪ってしまおうという黄瀬の手はするりとかわされ、テツヤは再びそれを一気に煽った。
あちゃーと額を抑えるのは黄瀬である。
テツヤのアルコールの許容量はビール1本。日本酒ならば2合が限度。
以前赤司が飲んでいたリシャールを一舐めしただけでひっくり返っていたことを考えても、テツヤに度数の強い酒はよろしくない。
しかもアルコール度数40度のリシャールに比べて、テツヤが今飲んでいるのはエヴァンウィリアムス。アルコール度数はまさかの53.5度。
入手困難とも言われているプレミアムエヴァンを自棄酒に使うのはおそらくテツヤぐらいだろう。
急性アルコール中毒になってもおかしくない飲み方に、流石の黄瀬も更なるお代わりを強要しようとしたテツヤの手を握りしめて制した。

「なんれすかぁ」
「これ以上は駄目っス。倒れちゃうっスよ」
「らぁいじょうぶれすよぉ。ぼく、こうみえておさけつよいんれすよぉ」

そう言ってにぱっと笑うテツヤの表情筋はアルコールですっかり解れてしまったようである。
常にない満面の笑みに黄瀬がうっと詰まる。

(ふおおぉぉぉぉ! 黒子っち可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。だけど駄目だ、我慢だ、これ以上呑ませたら間違いなく病院行き、下手したら棺桶行き、黒子っちのためにも耐えるんだ黄瀬涼太はやれば出来る子!!)

心の叫びを必死で押し殺し、黄瀬はテツヤの手に水の入ったグラスを握らせる。

「ぶぅ」
「う………可愛い顔しても、駄目なもんは駄目っス」
「わかりましたよーだ」

ぶつぶつ言いながらも何とか納得してくれたテツヤに黄瀬は安堵する。
元々酒を好きではないテツヤだ。
このまま水を飲ませて酔いを醒ましてからバニラシェイクでも買ってあげれば機嫌は回復するだろう――――今のところは。

それにしても、と黄瀬は思う。
テツヤの恋人を黄瀬は知らない。会う機会もなければ会おうという気すら起きなかったからだ。
というかテツヤ以外のキセキがどのような女性遍歴を経ているかすら知らない。
キセキは狭いコミュニティの中で生きていると言っても良い。
交遊関係が狭いわけではないが、帝光中のメンバーで集まる時、そこに高校時代の友人を交えることはあってもお互いの恋人やバスケ関係者以外の人間を交えることはない。
そのため黄瀬も恋人がどれだけ強請ろうと彼らと会う時には絶対に連れていかなかったし、他のメンバーも同様だった。
誰が決めたわけでもないが、そういう不文律ができていたのだ。
テツヤもそれに倣っただけだったのだが、それを不満に思って別れるような恋人ならその程度の女だったということだろう。
もしかしたらそもそもの目的がテツヤではなくキセキにあったのかもしれないとすら思ってしまう。
何しろ彼らは有名だ。
芸能人である黄瀬を始めとして、現役NBA選手の青峰と紫原、国立大の最高学府に在籍する赤司、緑間がいる。かくいうテツヤも高校在学時に小説家としてデビューした期待の新進気鋭作家だ。
他にも彼らの周囲にはそれなりに派手な経歴を持つ人物が多く、そのコネクションを利用しようとする人物は結構多い。
だからこそキセキは初対面の相手に対して警戒心が強い。
友人を守るためなのだから当然だろう。
それを理解してもらえないような恋人では、今後の交際は難しい。
遅かれ早かれ破局を迎えていたことは間違いない。
ただ、身体の相性云々を理由に持ちだしてきたあたり、彼女の本心は別のところにあるのではないかと黄瀬は読んでいる。
自分を構ってもらえなくて不満だから別れると言う女性のほとんどは、口ではそう言いつつ本心では破局を望んでいない。
そう告げて相手の反応を窺うだけなのを、黄瀬は経験上知っている。
だから別れる理由にはなりにくい。
身体の相性が悪いからということを口にした以上、テツヤの恋人は他に新しい男が出来たと考える方が妥当だろう。
相性なんてものは比較対象がなければ発覚しない。
おそらくテツヤの元恋人は本気か遊びかは不明だがテツヤ以外の男とセックスをした。
そして相手の男に溺れたのだろう。
ますます別れて正解だ。
テツヤの隣に並ぶ女性が、誰にでも足を開くような尻軽だなんて許せない。

「ねぇ、黒子っち……………ありゃ」

大人しくなったテツヤに視線を落とせば、すっかり酔いつぶれたテツヤがカウンターに突っ伏して安らかな寝息を立てていた。

「まったく、騒ぐだけ騒いで」

どうやら急性アルコール中毒の心配はなさそうだが、仕事明けに電話で呼び出された挙句に散々愚痴に付き合った自分を置いて眠ってしまうなんて薄情だ。
とはいえ寝顔は相変わらずの童顔で、黄瀬はこの顔に弱いのだ。
つんつんと頬を突けば不機嫌そうに眉が顰められる。
起きる気配のないテツヤを担いで、黄瀬は溜息を一つ吐くと、会計を済ませて店を後にした。










   ◇◆◇   ◇◆◇










「…………………んぅ?」
「あ、黒子っち、起きた?」

ベッドで眠っていたテツヤが目をこすりながら起き上ったのに気づいた黄瀬が声をかけると、テツヤが不思議そうに黄瀬を見上げた。

「黄瀬、くん……?」
「はい、そうですよ。黒子っちの大好きな黄瀬くんっスよ」
「何で僕の部屋に……?」
「それはね、ここが俺の家だからっス」

完全に眠ってしまったテツヤはタクシーの中で何度起こそうとしても一向に起きてくれなかった。
大学入学と同時に仕事部屋も兼ねて一人暮らしを始めたテツヤのアパートは当然知っているが、泥酔しているテツヤを家に置いて自分は自宅に戻るという選択肢は黄瀬にはなかった。
酔ったはずみで転ぶかもしれないし、酔いが醒めて失恋のショックが戻ってきて落ち込むかもしれない。
テツヤの性格を考えるとそう簡単に弱音を吐くとは思えないからおそらく1人で耐えるのだろう。
暗い部屋で1人涙を流す姿を想像してしまうと、どうしても彼女との思い出が残る部屋に帰したくなかった。
黄瀬のマンションは店からそう遠くないため、そのままテツヤを持ち帰りベッドに寝かせた。
とりあえず服は皺になるだろうと脱がせ代わりに黄瀬のパジャマを着せたのだが、やはり身長差のせいでかなり大きかったが眠るだけなのだから問題ないだろう。
脱がせた服には酒と、ほんの少しだけ女性の香水の残り香があったため、黄瀬はそれらを洗濯機に突っ込んで深夜にも関わらず洗濯機を回した。
乾燥機能もついているから朝には乾いているはず。
そうして寝室に戻ってきたら眠っていたと思われたテツヤが目を覚ましていたので驚いた。
テツヤは一度眠ったら起きない。特にアルコールが入るとそれは顕著で、何度か酔い潰れた姿を見たことがあるが頬を叩いても動かしても、真横でカラオケを熱唱していても起きない程だ。
珍しいこともあるものだと思いつつ、黄瀬はベッドに歩み寄り寝乱れて跳ねた水色の髪を手櫛で治した。

「黒子っちの服、酒と煙草の匂いが凄かったから洗濯してるっスよ」
「ありがとうございます」
「パジャマ、俺のっスけどいいよね」
「はい」
「水飲む?」
「いただきます」

喉が渇いてと告げるテツヤにミネラルウォーターを渡せば、まだ手元が危ういようで取り落しそうになったため、慌てて黄瀬が受け止めて手を添えてやる。
こくんこくんと喉が動く様子が何だか卑猥に感じて目を逸らすものの、濡れた口元やら唇を舐める舌の動きやらがやたら淫靡に感じる。
ボトルの半分ほど飲んでようやく満足したのか、テツヤがほう、と息をついてボトルを持つ黄瀬の手を遠ざけた。

「もう満足っスか?」
「一応は」

ボトルに蓋をしてサイドテーブルの上に置く。
おそらく数時間後にはまた喉が渇くだろう。
そうでなくてもアルコールを体内から出さなければいけないわけだから水分補給は必須だ。
あと2〜3本用意しておくのも良いかもしれないとキッチンへ向かおうとした黄瀬の袖を、テツヤがぎゅっと掴んだ。

「黒子っち?」
「………………」
「どうしたの? キッチンに行くだけだよ?」
「………………」

首を振って袖を離さないテツヤの様子がいつもと違うのに気が付いた。
確かに今のテツヤは酔っ払いだが、それでも過去に何度か泥酔した時とも違う。
何か躊躇うような葛藤しているような、そんな印象を受けた。
ややしてポロリ、とテツヤの眦から涙が伝って落ちて黄瀬は慌てた。
黄瀬の服を掴んだ指は小刻みに震えている。
ほろほろと涙を零す姿はサイズの合わないパジャマを着ているせいもあってか何とも言えないほどに稚い。
小柄で色白で童顔で、これで成人男性だというのだから世の中何か間違っている。
声を殺して泣いているテツヤの身体を包み込むように抱きしめ、あやすように薄い背を叩いた。

「大丈夫、黒子っちならすぐ新しい恋人できるっスよ」
「い……っ、です。もぅっ、い、らないっ」

シャツの胸元が涙で濡れていくのがわかる。
見たこともないテツヤの元恋人に対して怒りが湧いてくる。
男女の恋愛のもつれは日常茶飯事だ。長く付き合う相手もいれば付き合って数日で別れるカップルもいる。
別れの理由も人それぞれだ。
だが、いくら相手に不満があろうと他人を傷つけて良い理由はないだろう。
しかも発言の内容が酷い。男の沽券に関わる問題だ。
打たれ強いテツヤがここまでダメージが受けるのも当然。
むしろ良く今まで泣かなかったと褒めてあげたいくらいだ。
女性怖い、信じられないと呟いているテツヤは、可哀相にすっかり女性不信になってしまったらしい。
尤も黄瀬としては願ったりの状況なのだが。

「ねぇ、黒子っち」

黄瀬の胸で泣きじゃくる小さな頭を優しく撫でて、黄瀬は耳元で囁きかける。

「何もかも忘れさせてほしい?」
「……?」

泣き過ぎて真っ赤になった瞳が黄瀬を見上げる。
こすったせいか瞼も腫れてしまっている。これはしっかり冷やして眠らないと翌朝酷い顔になってしまうだろう。
涙に濡れた顔、嗚咽を噛み殺したせいで赤くなった唇。熱い頬。
掌で涙を拭い、腫れた瞼に口づけを落とした。

「俺が甘やかしてあげる。失恋の痛手も何もかも忘れるくらい、べったべたに」
「黄瀬、くん……?」
「だからさ」

ちゅっ、と小さく音を立ててさくらんぼのような唇に口づけて、黄瀬は大きく見開かれた瞳を覗き込む。
シャツを握る力は変わらない。
ぎゅうっと抱きしめれば身じろぎはするものの逃げようとはしていない。
だから黄瀬は躊躇わない。
耳朶を甘噛みし、耳元で静かに囁いた。



「俺だけのものになって」










「あ……ん、いやぁ」

胸に赤く色づく小さな実をペロリと舐めれば、細い足がシーツの上で妖しく揺れた。
酒の勢いかその場の流れか、黄瀬に押し倒されたテツヤは大した抵抗も見せずにその肌を暴かれている。
思う存分繰り返された口づけのせいでテツヤの小さな唇はぽってりと赤く腫れ、同時に胸や腰を愛撫されて先程から甘い悲鳴しか聞こえてこない。
普段とは違う甲高い嬌声は黄瀬の下半身を見事に直撃している。
薄い胸に指を這わせ、小さな反応を見せる箇所を吸い上げて赤い印を残していく。
黄瀬が想像していた通りテツヤの身体は敏感で、しかも愛撫に慣れていないために非常に初々しい反応を見せて黄瀬を喜ばせる。
不思議な程にテツヤは黄瀬を拒まなかった。
以前からテツヤに恋情を抱いていた黄瀬と違い、テツヤが黄瀬に友情以上の感情を持っていると思っていなかったため多少なりとも抵抗されると思っていた黄瀬は拍子抜けだったが、どのような心境の変化であってもこのチャンスを逃すつもりはない。
甘い喘ぎ声を上げて黄瀬が与える快楽に溺れているテツヤを眺め、更なる快楽を与えようと尻の奥に隠れている蕾へと指を動かした。
蕾に触れた瞬間こそビクリと反応を見せたもののやはり抵抗はなく、丹念に解したそこに指を差し入れてみても嫌がったり拒んだりする様子は見せなかった。

「あっ、あぁっ、はぁ……ん」
「気持ち良い? ねぇ、ココ? それともこっち?」
「や…っ、そこ、駄目ぇ」
「駄目? 痛い?」
「ちがっ、何か……変」

根本まで挿れた指をぐるりと動かせば細い背が大きくしなる。
痛みというよりは違和感が強かっただろう後孔の刺激に慣れるまでは小刻みに動かす程度で奥までは弄らず、締め付けが緩くなった時を見計らって内壁をこすり上げるように抜き差しを繰り返せばテツヤの口からあえかな吐息が漏れてきた。
前立腺があるという箇所を撫でるように擦り、ひくひくと蠢く内部の感触を確認しながら二本、三本と指を増やしていくが、それでもテツヤは拒まない。
尤も今更拒まれたところで黄瀬が止まれるかと聞かれたら否としか答えられないのだが。
急なことだったのでローションなど用意しているはずもなく、用意できたのはキッチンに常備してあるオリーブオイルで、潤滑剤代わりにするには問題ないけれど独特の匂いが何となく鼻について次からは絶対にローションを用意しておこうと肝に命じながら、テツヤの内部を傷つけないようにゆっくりと後孔を解していく。
ようやく三本の指を根本まで受け入れても痛がる素振りを見せなくなり、黄瀬はテツヤの後孔から指を引き抜き代わりに己の怒張をそこに押し当てた。

「黒子っち、力抜いててね」
「ん……っ」

ひくひくと淫らに蠢く入口に怒張を押し当て、体重をかけるようにして中に押し入った。

「ふっ、あっ、おっきぃ……」
「うわっ、きっつ」

当然だが未通だったそこは狭くきつい。
元は雄を受け入れるような器官ではないのだから当然だろう。
体格に見合う大きさの黄瀬の怒張は、テツヤにとって凶器にも等しいサイズだ。
丹念にほぐしたとはいえ、指三本とは比べものにならないのだからテツヤの負担は大きい。
どうにかこうにか先端を押し込むことに成功したものの、奥まで進めるのは時間が必要だ。
喘ぐような呼気に快感は見られないが、それでも力を抜こうと必死になっている姿は健気で、駄目だと分かっていても下半身に熱が集まっていく。
ドクン、と鼓動が跳ね上がったと同時に、怒張も一回り大きくなったような気がした。

「や、ぁ…おっきくしないでぇ」
「ごめん。でも、無理っス」
「黄瀬くんの、ばかぁ」

じわりと滲んだ涙を唇で拭い、少しずつ奥へと進めていく。
一番太い先端が入ってしまえば後は比較的楽で、一定の長さを収めきった途端ずるりと導かれるように奥へ到達した。
小さく悲鳴を上げたテツヤは黄瀬の首にしがみ付き、己のナカで脈打つ存在に耐えようとしている。
そんなテツヤをあやすように顔中に口づけを落とし、萎えてしまったテツヤの下半身へと手を伸ばし、そうしてようやく呼吸が落ち着いてきたテツヤを思う存分堪能した。
耳元で響く嬌声に、吸い付くように黄瀬を包み込むナカの熱さに、何よりも己の名を呼んで黄瀬にしがみつく健気な姿に理性の箍は気が付いたら外れていた。
奥よりも前立腺の方が快楽を得やすいのだとわかってからは入口を重点的に責め、内部の刺激だけでテツヤが達するようになると今度は奥を抉って啼かせた。
テツヤの内部が黄瀬の形に変わってしまったのではないかと思う程にテツヤの身体を蹂躙して、気が付いたら朝になっていた。
体力に自信のある黄瀬はともかくとして、テツヤは息も絶え絶えと言った様子である。正直、ヤり過ぎた。

「し……、死ぬ………」
「大丈夫っスか?」
「誰の、せいだと思ってるんですか」
「あー、俺のせいっスね」
「何ですか、あれ。今まで経験したことないですよ、あんな……っ、あんな凄いのっ」
「満足いただけたようで何よりっス」

指一本動かすのもつらいといった様子のテツヤに流石に申し訳なく思うが、とは言っても止まらなかったのだから仕方ない。
だって気持ち良かったのだ。
今までそれなりに女性経験はあるけれど、それでも昨晩のような身体の芯まで蕩けるような快感と充足感は一度も味わったことがない。
縋るように伸ばされた手も、吐息を分け合うように貪った唇も、身体の最も奥深くまで繋がった箇所も、全てが気持ち良かった。
黄瀬のためにこの身体があるのだと思わせる程に、テツヤと黄瀬の身体は具合が良かった。
中学の頃から想っていたテツヤが相手だったからなのだろうか、それとも一度はまったら抜け出せないという肛姦の魔力とでも言えば良いのだろうか。
どちらにしても途中で止めることができない程に溺れたのは紛れもなく事実だ。
この先どんな良い女とベッドを共にする機会があったとしても少しも魅力を感じられない程には、テツヤとのセックスは良かった。
身体で慰めるなんてベタ中のベタだが、テツヤも相当感じてくれたのだから結果オーライではないだろうか。
できればこれから先もこの関係を続けていきたいのだが、それにはテツヤの同意が不可欠だ。
昨夜は失恋の痛手と女性不信から上手く流されてくれたが、今後はどうなるかわからない。
黄瀬はちらりと隣を盗み見る。
疲労困憊で眠っているだろうと思われたテツヤは、どこか恨みがましい目で黄瀬を見上げている。
その目元がうっすらと朱に染まっていて、つい口づけを落とした。
ますます赤くなった身体がシーツの中で身じろぎをする。
隠しきれない欲に濡れた瞳に、黄瀬が笑った。

「物欲しそうな顔」
「なっ」
「あんだけいっぱいやったのに、まだ足りないの?」
「違いますよ!」

わたわたと慌てながらも黄瀬の腕から逃げようとしないのはそういうことだろう。
シーツに包まった細い身体を抱き寄せてその唇を塞ぐ。
舌を絡めて腔内を思う存分愛撫してから離れれば、しっとりと潤んだ瞳と至近距離で目が合った。
この瞳が黄瀬を捕らえて離さない。

「………黄瀬くんのせいですからね」
「俺?」
「黄瀬くんのせいで、僕、一生女性を愛せなくなりそうです。責任取ってくださいね」
「それは勿論、喜んで」

笑顔で答えると、黄瀬は再びテツヤをシーツに押し倒した。



  • 15.02.28