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義弟赤司が兄嫁テツナを独占する話



その訃報がもたらされたのはあまりにも突然だった。

梅雨の中休みとも言える、晴天に恵まれた月曜日。
晴れていようが雨が降ろうが練習場所は体育館なので特に困ることはないのだが、やはり雨が続くよりはからっと晴れている方が気分は良い。
とはいえあまり雨が少ないというのも天候上よろしくないのでそのへんは複雑なところだ。
先週まで降り続いた雨は日曜にカラリと晴れ、そのまま月曜まで晴天が続いたらしい。
湿度も高くなく気分良く登校した実渕は、いつものように朝練に出てから授業を受けて昼食を摂り、満腹感と徐々に上昇する気温の相乗効果のせいで襲い来る睡魔と戦いつつ午後の授業を終了させた。
何とか睡魔に打ち勝った実渕と違いチームメイトの小太郎は完敗してしまったらしく、授業が終了しても未だ眠そうに欠伸を噛み殺しながらふらふらと進んでいるため、転ばないように腕を引っ張りながら体育館へと到着し、着替えを済ませてストレッチを終え、そうして部員全員が集まった頃になってようやく普段とは違う異変に気が付いた。



「あら? 征ちゃんは?」



普段ならば若干遅れようと部活開始時刻までにはきちっと姿を見せる部長の姿がどこを探しても見当たらないのだ。
自分たちに比べれば小柄なくせに存在感だけは異様にある年下の部長を見逃すことはまずない。
特徴的な赤い髪もそうだが、目立つのだ。赤司征十郎という男は。
不思議そうに首を傾げるチームメイトや後輩に、実渕は何かあったのだろうかと訝しむ。
朝の練習には参加していた。
前日に行われたという身内の結婚式での写真を見せてもらったのだ。間違いない。
朝に見た限りでは体調も悪いようには見えなかったし、機嫌も同様に悪くはなかった。
むしろ上機嫌と言っても良い。
家族仲が良い赤司だから身内の結婚という吉事に浮かれていたのだろう。
兄嫁の素晴らしさをこれでもかと語る姿は、普段見られない年相応の子供らしさに満ちていて可愛かった。
その赤司の姿がない。
どういうことだろうと首をひねる部員の前にいつもは姿を見せない監督が現れたのはそれから10分後のことだった。
監督は普段より若干険しい顔をして赤司不在を告げた。
家庭の事情で早退したのだと聞かされて驚いたものの部活を休むわけにはいかず、実渕は他の部員と一緒に定められた練習をこなした。
家に帰ったら連絡をしてみよう、そう思いながら帰宅した実渕は、赤司が早退した理由を計らずとも本人に問い質す前に知ることとなった。



『赤司グループ会長夫妻、多重事故に巻き込まれて死亡』
『長男の訃報から僅か2時間後の悲劇』



そんなテロップがテレビの画面に映し出されているのを見て動きが止まった。
ニュース番組で交通事故の報道をするのは珍しいことではない。
むしろ悲しいことに日常茶飯事と言えるだろう。
犠牲になった者も皆無ではない。このようなニュースは何度も見た。
だが、知人の名前が載ることだけは流石に想像したことがなかった。
赤司グループ会長夫妻と言えば紛れもなく後輩である赤司征十郎の両親で、長男というのは赤司の兄のことだろう。
画面に映る被害者の写真が、つい今朝赤司から見せられたデジカメの映像と同じ人物なのだ。間違いない。
ガツン、と頭を叩かれたような衝撃が起こった。
事故が起きたのが午後の2時。
赤司が早退したのがほぼ同じ時刻。
だから赤司は部活に参加していなかったのだ。
そして、だから監督の表情は終始硬いものだったのだ。

赤司の家庭の事情にはそれほど詳しいわけではないが、家族仲が良いことは聞いていた。
そして長男はつい先日結婚式を挙げたばかりだということも。
幸せそうに笑っていた赤司の表情が脳裏をよぎる。
「新しい家族が増えたんだ」と嬉しそうに告げられたのは、まだつい先程だというのに。

『赤司グループと言えば日本でも有数の大企業ですからね。突然のトップと後継者の事故死で御家騒動が起こるのも時間の問題じゃないですか』
『情報によりますと、長男は昨日結婚したばかりということですよ』
『それは……、奥様はさぞや気落ちしているでしょうね』
『幸せ絶頂から一転不幸のどん底ですか』
『新婚1日で未亡人ですからね』
『尚、葬儀は社葬となり、告別式は――――――』

コメンテーターの好奇に満ちた声が耳障りだ。
人が亡くなったばかりで後継問題とか御家騒動とか言う必要があるのだろうか。
それに新婚早々夫を亡くした新妻の神経を逆撫でするような発言もどうかと思う。
実渕が怒るようなことではないのかもしれないが、多少なりとも面識のある人物の訃報を面白半分で報道するような番組構成には腹が立った。
乱暴な動作でテレビの電源を切り、実渕は自室に駆け込むと携帯の履歴から目当ての人物の番号を押した。
出ないかもしれない。それどころではないのは重々承知だ。
だけどどうしても放っておけなくて。
声が聞きたかった。何か力になれるなら少しでも協力したかった。
そう思いながらかけた番号は、数コール目で繋がった。

『――――はい?』
「もしもしっ、征ちゃん?! あたし! 玲央よ!」
『あぁ、玲央か。連絡もしないままですまない、ちょっと取り込んでて――』
「うん、わかってる。テレビ見たわ。あたしびっくりして……」
『流石にマスコミは情報が早いな。――そういうわけだから、しばらく部活に出ることはできない。学校も少し休んでしまうかと思う』
「仕方ないわ。事情が事情ですもの……。征ちゃん、無理をしないでね。気落ちするなとは言わないわ。元気出してとも、言えない。だけど、何かあったら力になるから、遠慮しないで頼ってちょうだいね」
『……あぁ、ありがとう。玲央』

ほんの少し柔らかくなった声が実渕の耳に届いて、不覚にも泣きそうになった。
赤司がどれだけ家族を大事にしているか、実渕は知っている。
兄と兄嫁が快適に過ごせるようにと色々気を配っていたのを傍で見ていたのだ。
女性が好みそうなファブリックのアドバイスを頼まれたこともある。
そうやって家族が増えるのを楽しみにしていた赤司だから無理をしないか心配だった。

「あと、あのね……お義姉さん、大丈夫?」
『…………………どういう意味だ』
「お義姉さん、多分すごく落ち込んでると思うの。誰だってショックでしょう。なるべく1人にしない方が良いと思うんだけど………誰か傍についているのかしら」
『それなら心配ない。僕がついている。正直に言うと、玲央の言う通り混乱していてね。1人にするのは危険なんだ。……彼女には頼る両親もいないから』
「そう……。じゃあ、本当に征ちゃんだけが頼りなのね。征ちゃんもつらいと思うけど、お義姉さんを慰めてあげてね」

家族を失った赤司にそれを強いるのは酷かもしれない。
だけど赤司も兄嫁も大事な人を失った悲しみは一緒だ。
同じ痛みを抱える者同士、こういう時は一緒にいる方が良いのではないかと思ったのだ。
実渕の提案に赤司は少しだけ間を開けて、それから小さく笑った。

『僕の大事な家族だ。言われなくてもそうするつもりさ』
「征ちゃんが傍にいるなら安心ね。征ちゃんもあまり抱え込まないようにね」
『あぁ。……すまない、玲央。義姉さんが心配だからそろそろ切るよ』
「そうね。邪魔してごめんなさい。こっちは大丈夫だから、征ちゃんは自分のことだけ考えていてね」
『ありがとう。それじゃ』

そう言って通話は終了した。
思ったよりも冷静な声に安堵したものの、赤司の言葉が本心でないことは実渕にも分かっている。
家族を失った悲しみは大きい。
それも親しければ親しいほど、その後の空虚感は大きく悲しみは尽きることがない。
まだ16歳の赤司が両親と兄を失って平気なはずがないのだから、実渕の言葉に冷静に応対していたことがむしろ驚くべきことだ。
おそらく兄嫁のことを思って気丈に振る舞っているのだろう。
最愛の夫に僅か1日で先立たれるという悲劇に見舞われた彼女は、これからどうするのだろうか。
思い浮かぶのは今朝見せてもらったばかりの幸せいっぱいの花嫁の姿。
赤司と赤司の兄に囲まれて、このうえなく幸せそうに笑っていた愛らしい花嫁。
確か22歳だと聞いていたが、赤司と並んでもそう遜色ないほどの童顔が何とも言えずに庇護欲を掻き立てられる人だと思った。
赤司から聞く限りでは子供好きの優しい女性だという。
僅か1日の新婚生活では子宝に恵まれる可能性は低いだろう。亡き夫との間に子供がいればよかったのにと思ったところで、こればかりは流石にどうなることでもない。
せめて義弟である赤司が心の拠り所になれば良い、実渕はそっと胸中で祈った。


電話の向こうの赤司がどのような表情をしているか、想像すらすることもなく―――――。










   ◇◆◇   ◇◆◇










通話を切った赤司は電源を落としたそれを無造作に枕元へ放り投げた。

「ごめんね、義姉さん。中断してしまって」

蕩けるように優しい声で、赤司はベッドに横たわる義姉の髪を優しく撫でる。
大きくて知的な光を秘めた瞳が大好きだった。
その瞳は今、深い絶望と悲しみに彩られている。

「可哀相に。こんなに泣き腫らして」

とめどなく溢れる涙を親指で拭い、濡れた指先をペロリと舐めた。
涙の成分は誰も同じだというのに何故かテツナのそれは酷く甘く感じられて、赤司は確認するために今度は唇でじかに流れる涙を掬い上げた。

「やっ……、やめっ」
「あぁ、やはり甘い。テツナはどこも極上に甘いんだね」
「やだ、ぁ……」

くすりと笑って赤司はテツナの頬から首筋へと手を滑らせる。
日本人とは思えないほど白い肌には、首筋から胸元にかけて数え切れないほどの赤い華が咲いている。
それを数えるように指で辿り、己の下で乱れる身体を堪能した。
指で辿るたび繋がった箇所がきゅうっと締め上げるのが堪らない。
もっとと強請っているようで、赤司は思わず強く腰を引いてそのまま勢いよく最奥を抉った。

「――――――いっ、あぁぁぁぁぁっ」

先程まで緩い抽挿しかしていなかったから、いきなり与えられた強い刺激に耐えられなかったのだろう。
ビクビクと痙攣を繰り返して絶頂へと上り詰める姿は普段の清楚な姿とは真逆で驚くほどに妖艶だ。
白い肌がうっすらと上気し玉のような汗を額に浮かべて快楽に耐えている姿は嗜虐性を刺激すると同時に、もっと蕩けさせたいとも思う。
収縮を繰り返す内部の締め付けに促されるまま、赤司は躊躇することなく最奥に白濁を注ぎ込んだ。
何度目になるかは、もう覚えていない。
行為を始めてから2時間。片手で数えられる回数でないことだけは確実だ。
赤司の放った精とテツナの愛液でドロドロになった結合部は抜き差しを繰り返すたびに厭らしい水音が響いて、そのたびにテツナの瞳から涙が溢れていく。
もうやだ、許して、助けて、そんな声が聞こえてくるが、赤司が聞きたいのはそんな拒絶や懇願ではない。
赤司が聞きたいのはあえかな吐息と甘い嬌声だ。
もっとと腰を揺らし赤司の怒張を受け入れて乱れるテツナの姿こそを見たいのだ。
身体は快楽に蕩けているというのに、テツナの自我は思ったよりも強い。
それもまた赤司の好みであることは言うまでもないだろう。

「も、もう、やめてください。こんな……」

幾度目かの解放の後、テツナが耐えられないというように叫んだ。
赤司は動きを止めてテツナを見る。
散々啼かされた声は枯れ、泣き続けた瞳は可哀相なほどに赤くなってしまっているが、それでもテツナは自我を放棄することなく赤司を睨みつけると震える声で訴えた。

「僕が憎いのならそう言ってくれればいいんです! 赤司家に相応しくないなんて僕が一番良く知ってるんですから。こんな…こんな卑怯な方法で僕を追い出そうとするなら、挙式の前に反対すればよかったじゃないですか!」
「…………」
「征くんを、信じていたのに……。こんなの酷過ぎます……」

新婚初夜によりにもよって義弟の赤司に押し倒され、初めての身体を強引に奪われた。
そのまま朝まで離してもらえず、そのせいでテツナは夫の最期に立ち会うことすらできなかった。
その数時間後に義理の両親までも喪ったというのに、赤司は悲しむ時間すらテツナに与えてはくれない。
テツナは夫の亡骸は勿論、義理の両親の亡骸にすら対面できていないのだ。

テツナが『黒子』から『赤司』へと変わった途端に豹変した赤司の態度を、己を認めていないからだと思うのは仕方ないだろう。
赤司家の一員となったテツナに赤司が与えたのは恐怖と痛みと絶望と、そして耐え難い快楽だけだ。枕に顔を埋めて泣き出したテツナの姿に、赤司の中の何かがふつりと音を立てて切れた。

「……言いたいことはそれだけかい」
「なに、を…………………やっ」

ぐい、と大きく足を開かされて散々蹂躙された蜜壷に怒張を突き立てられた。
体内に溢れる精と分泌液のお陰で痛みは感じないが、勢いよく最奥まで突き立てられた衝撃は大きい。
そのままガツガツと抉るように子宮口を攻められてテツナは悲鳴を上げた。
未通の身体を無理やり開かれてから僅か1日。
身体は快楽を得ても心はまだそれについていけない。

「や、やだ、あっ、止め、やあぁぁ」
「可愛いテツナ、愚かなテツナ、僕が君を憎くてこんなことをしていると思っているなんて、なんて哀れなんだろうね」
「や、激し……、征く…っ」
「君は僕のものだ。僕だけのものなんだ。兄さんにも誰にも渡さない。どうしてそれがわからない」
「あっ、あぁっ、やだ…ぁっ」
「この2日で何度君を抱いたと思う? 何度君の中に射精したと思う? 嫌いな人間にそんなことする必要なんてないじゃないか」
「やっ、はぁっ、あぁ、んぅ…」
「どうしたらわかってもらえるんだ? 君が僕の子を身籠ればわかってくれるのか?」
「っ?!」

身籠るという言葉にテツナが敏感に反応した。
どうやらその考えはなかったらしい。
恐怖に見開かれる瞳に、赤司が満足そうに笑う。可能性の一つとして言っただけだが、それはかなり良い方法だと思った。天蓋孤独なテツナは家族に対して強い憧憬を抱いていた。そして赤司も今は家族を喪ったばかりの子供だ。もし子供が出来たとしてもテツナが堕胎を選ぶことはないだろう。
テツナと兄の交際は長い上に入籍も済ませている。葬儀の後で妊娠が発覚しても不貞を疑われることはないはずだ。仮に疑われたとしても生まれた子供を見れば誰もが考えを改めるだろう。兄と赤司の外見は良く似ているのだから。
何より赤司としても家族が増えるのは大歓迎だ。それが愛しいテツナとの子供なら言うことはない。自身が未成年だということは最初から気にしていなかった。どうせ法的には兄の遺児となるのだから。

「あぁ、それも良いかもしれないね」
「やだ……、それだけは……」
「君と僕の子供だ。さぞ可愛いだろう」
「やだっ、やめてっ、中に出さないで!」
「それこそ今更だろう。昨日も今日も、君の子宮の中は僕の精液で一杯じゃないか。今更一度や二度外に出したところで結果は変わらないよ」
「や……っ」
「大丈夫だよ。今妊娠しても兄さんの子として認知されるから、テツナの不貞はばれない。尤もばれたところで何も変わらないけどね。君は『赤司テツナ』として一生僕の傍らで生きるんだから。ねえ、『義姉さん』」
「―――――っ!」

体内の奥深くで赤司の迸りを感じたテツナは、そのまま意識を失った。


『一生逃がさないよ』


そう囁かれた声は、甘い甘い毒を含んでいた。










   ◇◆◇  ◇◆◇










葬儀の日は抜けるような青空だった。
企業の規模か社会への貢献度か、それとも事故の凄惨さからか、弔問客の数は千人を超えた。
おそらくこれからも増え続けるだろう弔問客に、赤司は親族として丁寧な会釈を繰り返しながら3つ並んだ遺影を眺めていた。
あまりにも突然過ぎる事故は赤司にとっても予想外だった。
厳しいけれど人間として尊敬していた父、子煩悩で優しいけれど躾には厳しかった母。
そして超えるべき壁として常に前を歩き続けた、兄。
家族として素晴らしい人たちだった。彼らの家族として生まれたことに素直に誇らしいと思える、そんな良く出来た人たちだった。
まさか、こんなに早く別れが来るとは想像していなかった。

社葬ということもあり喪主は赤司ではない。
だというのに両親と親交があった弔問客は誰もが赤司へ挨拶にやってくる。
個人的に親しかった人物は純粋に両親を失った子供を慰めるために。そして、そうでない人物は赤司を次の会長候補として縁を通じるために。
赤司は誰に対しても丁寧な対応を心掛けた。
赤司の一挙主一刀足を品定めしている大人たちへ見せつけるように。
赤司の友人も姿を見せたが、社葬ということと大人に囲まれている状況を考えて声を掛けずに帰っていった。
後で連絡を入れなければと思いながらも、それが今日になるか明日になるか赤司にもわからなかった。

「征十郎くん」

不意に小さな声で名前を呼ばれた。
振り返ると喪主の社長だった。
父が全幅の信頼を置いている人物で、赤司が生まれる前から両親とは親交があった人だ。
有能で実直で、そして仕事に対して人一倍厳しい人物で、彼ならば会社を任せても安心だと生前に父が語っていたことを覚えている。

「白井社長、今日はありがとうございます」
「いやいや、それは別に全然かまわないんだけどね。このたびは、その、何というか……」

赤司が頭を下げるととんでもないと言わんばかりに首をふられた。
こころなしか目が赤いような気がするが、当然だろう。赤司の父とは40年来の友人だった人だ。
兄の披露宴にも出席してくれた。
吉事の後は凶事があると言うけれど、あまりにも早い凶事に何と声を掛けて良いかわからないのだろう。

「今日は…その、テツナさんは……」
「ショックが強かったみたいでまだ臥せっています」
「……ご家族の亡骸との対面は」

赤司は小さく首を振る。
本人は希望していたが赤司が会わせなかった。――――会わせるわけにはいかなかった。

「それもそうだ。あのような惨い遺体は、若い女性が見るにはつらすぎる……」

兄は居眠り運転のトラックに撥ねられて亡くなったため、遺体は半分以上潰れていて顔の原型すら留めていなかった。
両親も同様に、綺麗な遺体とは言えなかった。
こちらは兄に比べてそれほど損傷が激しくはなかったが、それでも事故の衝撃が窺えてしまう程度には悲惨なものだった。
愛した人のそんな姿を見せるわけにはいかなかった。
特にテツナは赤司との関係を悔いていたから、尚更だ。

「義姉は兄と両親の訃報を聞いてすぐに倒れてしまいまして…」
「そうか、新婚早々にこんな痛ましい事故が起きたのでは仕方ないな。それもあって社葬にしたんだが」
「正直助かりました。僕はまだ未成年で、喪主という立場も荷が重すぎましたから。義姉も、まだ心の整理がつかないから無理でしたし」
「何、私が力になれるのはこのくらいだからね。…それに、大切な友人を見送る役目を与えてもらって感謝しているくらいだ」
「ありがとうございます」

赤司は再度頭を下げる。
実際彼の存在は非常にありがたかった。
赤司が喪主になることは不可能ではないが、未成年であるためテツナが表に出なくてはならなくなる。
テツナの立場は本人が望むと望まないとに関わらず『悲劇の未亡人』だ。
マスコミや財界のお偉方の好奇に満ちた視線に晒すつもりはなかったので、彼の申し出は非常にありがたかった。

「それで…征十郎くんはこれからどうするつもりだい?」
「どう、とは?」
「君はまだ未成年だ。後見人が必要な年齢だろう。失礼だが親族とは距離があったように記憶しているから今後どうするのか、老婆心ながら気になってね」

伊達に付き合いが長いわけではない。
『赤司一族』というブランドにしがみつく親族と、本家である赤司の家との仲は決して良好とは言えなかった。
そもそも赤司の父親は実力至上主義だし、母も兄も似たようなものだ。
そのため赤司グループは血族経営ではなく、両親は会長職にこそ就いていたものの重役に赤司一族の関係者はいない。最たる者は社長である白井氏だろう。彼は完全に実力でその地位に就いている。
兄の紘一郎も現在は一社員として働いていた。実力が認められれば重役になったかもしれないが、役立たずだと判断されれば解雇もありうる。身内の甘えを許さない方針だったのだ。
そんな彼らと親族との仲が良好であるわけがない。
事あるごとに自分達を役員に推薦しろと詰め寄る姿を見ていた赤司が、後見人が必要だからと言って彼らを選ぶはずがないことがわかっていたので心配になったのだろう。
勿論赤司はきちんと対策を練っていた。

「後見人には義姉になってもらいます。彼女は童顔ですがきちんと成人していますし。後は弁護士に全てを任せます。ハイエナのような遠縁の連中には一切付け入る隙を与えませんよ」
「流石だ」
「お褒めに預かり恐縮です」
「君が社会に出てくるのが楽しみだよ。赤司グループを率いていくのは君だと、私は前々から思っていたからね」
「ありがとうございます」

頑張りなさいと肩を叩いて去っていく男性の後ろ姿を見送り、赤司は誰にもわからないようにゆぅるりと口の端を持ち上げた。
これでテツナを赤司の後見人に推挙する口実が出来た。
成人しているテツナが義弟である赤司の後見人になることは不思議ではない。
赤司グループNo.2だった社長が全面的に赤司とテツナを支持すれば、親族の反対を押し切るには十分だ。
問題はテツナを納得させることができるかどうかである。

(まぁ、それはこれからゆっくり説得すればいいだけだ)

幸い時間はたっぷりある。
家庭が落ち着くまで学校を休んでも問題はないと連絡が届いたのは今朝のことだ。
まぁあまり遅くなりすぎて大会に影響が出ても困るが、流石にそこまで長引かせるつもりは赤司にはない。
長くて10日。それだけあれば十分だ。

(感謝していますよ、兄さん)

テツナと自分を引き合わせてくれて。
テツナと親しくなる時間を与えてくれて。

何よりも、テツナに手を出してなかったことはどれだけ感謝しても足りることはない。
そのお陰で無垢なテツナを手に入れることができたのだから。



3人の家族を失ったこの日。
赤司は生涯最愛の人と、新しい命を手に入れた。



  • 14.08.20