10年前、低迷する日本経済を救った『時代の寵児』と呼ばれる青年がいた。
青年の名は赤司征十郎。
日本の最高学府で首席を独占し在学時から起業家として頭角を現していた彼は、戦後最悪と呼ばれた経済状況を改善するべく乗り出し、的確な指示と支援を行い驚くべき速さで崩壊しつつあった日本経済を立て直した。
赤司財閥総帥の嫡男でありながら、実家には一切手を借りず身一つで成功させたとは到底思えない、当時23歳という若さは何の足枷にもならなかったようだ。
その手腕は老獪な政治家ですら舌を巻く精密さで、彼が再建させた企業はこの10年で百を軽く超える。
どれもが成長を見込めず、政府の支援ばかりか銀行の融資すら相手にしてもらえなかった会社ばかりだった。そんな倒産目前の会社に赤司は救いの手を差し伸べ、結果その会社の業績は目を瞠るほどの復活を遂げた。
マスコミは赤司を救世主と持ち上げ、その経営手腕及び端整な顔立ちと赤司財閥総帥の息子という生い立ち、23歳の若き青年実業家という面を紹介し、これでもかと赤司を持ち上げた。
TVへの出演が増え、講演会の依頼も相次ぎ、世間への露出が増えていく一方で赤司のプライベートを探ろうという動きが起こるのは必然と言えるだろう。
何しろ芸能人顔負けの美形だ。
頭の回転は速く人脈は熟練の政治家レベル、かと思えばNBAで活躍する日本人選手との交流があったり芸能人との親交も深い。
知れば知るほど謎が多い赤司征十郎という人物に、日本中の多くが注目していた。
だがどれほど情報を探ろうと、赤司征十郎のプライベートは一切が闇に閉ざされていた。
分かっているのは赤司財閥の御曹司でありながら実家を捨て独立したということ。
学生時代はバスケット選手で、現在役者として活躍している黄瀬涼太同様『キセキの世代』と呼ばれていたこと。
学生時代に一度結婚をしているが現在は独身であること。そして前妻との間に子供が一人いて、赤司が親権を持っていること。
それだけである。
仕事の逸話はそれこそ掃いて捨てるほどあるのだから、プライベートも派手なのだろうと思っていたマスコミには正直拍子抜けだ。
醜聞らしい話はどこにもなく、傍から聞いていても直接会話を交わしても隙一つない赤司に、マスコミは方向性を変えた。
赤司征十郎から、その息子へと。
息子は現在14歳。彼から父のプライベートを聞き出そうとしたのだ。
父親の母校に通っているという噂を聞きつけたマスコミは連日帝光中学に張り込んだ。
だというのにそれらしき人物は発見できず、それどころかあまりにも頻繁に張り込んだせいで不審者扱いされて警察から事情聴取を受ける始末。
それでもめげずに赤司征十郎の息子――どうやら『テツヤ』というらしい――の情報を得ようと在学生や近所の人にも聞き込みを始めたマスコミだが、己を詮索されることを好まない赤司がそれを甘受するわけがなく。
赤司の反撃は思わぬところからやってきた。
『喪われた20年』は終焉を迎え、これからは再び日本経済の黄金期が来るのだと誰もが期待に胸を膨らませていたまさにその時、現れた時と同じく唐突に赤司征十郎は表舞台から姿を消した。
理由は単純明快。
『自身及び家族の身辺が穏やかでなくなってきたので、今後は一切表舞台には姿を現わさない』
全てはマスコミの暴走の結果である。
特ダネを掴むためなら手段を選ばないマスコミは、まず赤司の息子を探した。
あれだけ目立つ男の息子だから探すのも簡単だろうと思われたその行動は見事に空振り。
それならばと息子を知るであろうクラスメイトを探し、小金をちらつかせて買収しようとした。
何故だか賛同してくれる生徒がほとんどいない中、少々柄の悪そうな生徒が協力を申し出てくれた。
その際に予想以上の額をふっかけられたのだが経費で落とせば構わないだろうと、彼らは現金を手渡してしまった。
それがいけなかった。
『赤司征十郎の息子』を彼らに引き渡せばもっと多額の謝礼金が貰えるだろうと彼は考え、そして彼は赤司の息子を誘拐同然に連れ去ろうとしたのだ。
マスコミが目撃したのは嫌がる少年とそんな少年を殴っている彼の姿。
殴られた少年の顔は良く分からないが、額の端から血が流れているのがわかるため、相当手酷く扱われているのは間違いない。
騒がれないように口にはガムテープが巻かれている。どこからどう見ても拉致現場である。
幸い教師がその場面を目撃、慌てて2人を引き剥がして事情を聞いたところ、彼が白状したのだ。
「マスコミに金で頼まれた」
と。
誘拐しろとは言っていないと言ったところで無駄だった。
彼らが金銭を手渡して特定の人物の情報を得ようとしていたことは事実、その際に手段を問わなかったのもこれまた事実なのだ。
父親である赤司が怒るのは当然だろう。
再建を手掛けていた事業は全て契約更新せずに終了、マスコミの出演依頼は勿論全て拒否。
今後は一切表舞台に出ないと公表した。
そうして気が付けば都心にある赤司邸は無人となっていた。
全てにおいて抜かりがないと言われている彼は、あまりにも鮮やかにその身を潜ませてしまったのだ。
困ったのは経済界である。
何しろ赤司の業績は誰もが認めるところであり、今後もその手腕を発揮してくれるものだと思っていたのだから、彼が不在になったことで経済への損失は計り知れない。
流石に過去のような不景気に陥るようなことはないだろうが、それでも大問題である。
経団連はこぞってマスコミを批判し、マスコミは異例の責任者による謝罪会見が行われたのだが、赤司征十郎が表舞台に戻ってくることはなかった。
僅か10年で経済界の伝説と呼ばれるようになった人物。赤司征十郎、34歳。
あまりにも早過ぎる隠棲生活だった。
◇◆◇ ◇◆◇
「赤司っち!!」
バタン、と扉を壊す勢いで駆け込んできたのは黄瀬涼太だ。
都心から高速を利用して車で二時間。
赤司が隠棲の場所として選んだのは、保養地として有名な別荘地だった。
敷地面積3千坪、広大な敷地の奥に鎮座する洋館は大正時代の建物をリフォームした年代物で、いかにも赤司が好みそうな物件である。
かつては男爵の別荘で重要文化財となってもおかしくない年季と重厚感なのだが、赤司の前の所有者の管理が杜撰だったせいで傷みが激しく朽ちていくだけだった建物を赤司が購入したのだ。現金一括で。
「古い物には現代では生み出せない歴史と価値がある」
そう言って赤司はその洋館を改築し、大切に管理してきた。
赤司がこの洋館を気に入っていることを知っているのはキセキだけである。
まだ20代だった頃、彼らキセキは毎年夏にこの別荘を訪れていたのだ。
だから彼らは赤司が隠棲生活を送ると聞いた時に真っ先にこの場所が頭に浮かんだ。
赤司は有言実行の男だ。
隠棲すると決めた以上いつまでも都心に住むとは考えられなかったし、かといって仙人のように霞を食べて生きるような人間でないことも重々承知。
更には裕福な家庭で生まれ育っているため不自由を強いるような生活を続けられるわけがないので、それなりに快適な隠棲生活を送るであろうことは容易に想像できた。
となれば考えられるのは都心からそれほど離れておらず、だが人が勝手に出入りできない私有地。
そのような物件を赤司はいくつか所有していたが、優先順位でこの別荘が一番先に候補に挙がったのは彼がこの洋館を気に入っていたからだ。
赤司ではない、息子の『テツヤ』が。
この洋館の購入を決めたのは赤司だが、改修が終了した洋館を最も気に入っていたのが赤司が溺愛する息子だった。
特に窓からの眺めが最高だと、折角避暑地に来ているのに飽きずに外を眺めていた。
ここなら一生暮らしていけますと笑いながら告げた言葉は冗談ではなかったのだろう。
赤司が隠棲する時に息子を同伴させていないわけがなく、だからこそここだと思ったのだ。
そしてそれは間違っていなかった。
何度か訪れた道を記憶を手繰りながら車を走らせること二時間、ようやく到着した見慣れた別荘にはやはり人の気配があった。
幸い玄関の鍵はかかっていなかった。
堅牢な門扉に囲まれているからだろうか、赤司にしては珍しく不用心だと思いながら駆け込んだその先で、目的の人物は優雅に経済新聞を読んでいた。
その姿は東京にいた時と何も変わらない。
相変らず優雅で泰然としていて、だからこそ厄介だと黄瀬は感じた。
中学から今まで、黄瀬は赤司の行動を変えられたことなど一度もないのだから。
赤司は新聞から目を離して眼鏡を取ると、いつもと変わらない笑顔を向けた。
「涼太じゃないか。遊びに来たのかい」
「そんなわけないじゃないっスか。テレビ観てないんスか。今、大騒ぎなんスよ」
言っても無駄だと分かっていた。
広いリビングには以前は存在していた大画面テレビがなくなっているのだから。
赤司は元々それほどテレビを観る方ではない。
情報を集める媒介はマスコミ以外でも十分に用は足りるし、ネットが普及している現在ではある意味テレビで得る情報以上のものが得られる。
特に赤司は語学にも長けているので海外のニュースも得られるネットの方が利便性が高いのかもしれない。
今まで赤司が自宅にテレビを置いておいたのは、黄瀬の活躍を見るためと、幼い息子への配慮だろう。その息子もあまりテレビは好んでいなかったようだが。
「赤司っちは事務所に入ってなかったし、今までの連絡手段は全部切れちゃったからって、俺のところに連絡が入ってくるんスよ。俺なら知ってるだろうって。まぁ、実際知ってるんスけどね。もう、連日連夜、それこそひっきりなしにかかってくる電話がテレビ局の会長とか経団連の会長とかでびっくりなんスけど」
「それは悪いことをしたね。じゃあ涼太の知らない場所へ――――」
「言わせねえよ! そんなことされたくないから、誰にもしゃべってないっス! つーか、あっさり切り捨てるとか赤司っち酷いッ!!」
わかっていたけど、赤司のこの冷酷さは今の黄瀬には少々きつい。
赤司にとって大切なのは後にも先にも息子だけだ。
一応自分たちは二番目か三番目くらいに位置しているとは思うのだけれど、何せ一番との間には超えられない壁がある。
いつからそうなってしまったのかと聞くつもりもない。そんなものは彼が誕生した瞬間からに決まっているのだから。
「マスコミなら大反省してるし、戻ってきてもテツヤっちが危険な目に遭うことはないから大丈夫っスよ。ね? だからそろそろ戻ってきてほしいっス」
「断る」
赤司の声は冷ややかだった。
それは黄瀬の提案に怒っているのではないかと思わせる程に。
思わず背筋に悪寒が走った黄瀬は一歩後ずさる。
「マスコミが何をしたか、涼太は知っているのか?」
「そりゃ…情報としては入ってくるっスよ」
「テツヤが怪我を負ったこともか?」
「怪我……って、それは知らないっス。……テツヤっち、怪我したの?」
赤司の首肯に黄瀬が頭を抱えた。
「打撲と擦過傷……まぁ、軽度と言えば軽度だが、全治1週間ほどだよ」
「うわぁ………」
それは駄目だ。
赤司は息子――――『テツヤ』を溺愛している。
赤司と前妻の間に生まれたとは到底思えない、かつての友人に瓜二つの息子を。
思えば赤司が変わったのは、友人である『黒子テツヤ』が亡くなった時からだった。
元から威厳に満ちていて近寄りがたい一面はあったが、それでも年相応の子供らしく自分たちと一緒になってふざけたり遊んだり馬鹿をやったりしていたのだが、黒子の死後、目に見えて彼は変わってしまった。
それはまるでゆっくりと壊れていく氷細工のように、少しずつ少しずつ精神が崩壊していくかのような、そんな印象を与えていた。
親が薦めるまま遠方の高校に進学し、そのまま日本の最高学府へと進んだ。
18歳での結婚も親が決めたもので、驚くことに赤司はそれら全てを一切の反論もせずに受け入れたのだ。
まるで親の操り人形のようだと感じたのは、おそらく黄瀬だけではない。
それが止まったのが息子『テツヤ』の誕生だ。
一刻も早く跡継ぎをと言われていた子供は、赤司が20歳の時に生まれた。
驚く程似ていない子供に親族は言葉を失くしたと言う。
キセキたちも驚いた。――――あまりにも亡き友人にそっくりで。
赤い髪と黒髪の両親から生まれたとは思えない子供の髪の色は、透き通った空のようなスカイブルー。
ぱっちりと開かれた大きな瞳も同色で、感情が表に出にくいところも何もかも亡き友人そのものだった。
黄瀬はたまたま遊びに来ていて赤司の妻の出産に立ち会った。
何故そうなったかは覚えていない。
確か赤司から「感動の対面ができるよ」と言われたのだが、黄瀬はそれを単純に『親しい友人の息子の誕生に立ち会える』ことだと解釈した。
だが、会ってみれば赤司の言葉に納得しつつも信じられないと目を瞠るばかり。
己が腹を痛めて産んだ子供がどちらにも似ていないという現実に恐怖を感じてパニックになる妻には見向きもせず、赤司は産着にくるまった赤子を優しく抱き上げた。
あまり泣かない子供なのだろう、ぱちくりと瞬きをしながら見えていないだろう瞳を赤司に向ける姿は、微笑ましいというには周囲が殺伐としすぎていた。
嫌だ、怖い、何で髪の色が違うの、化け物、と騒ぐ母親に赤司は蕩けるような笑みを向けた。
ありがとう、よくやってくれたね、そう言って向けた笑顔は、おそらく赤司が最初で最後に向けた妻だった女性への労いかもしれない。
その証拠のように産後の疲労と精神的疲弊で気を失った妻には目もくれず、赤司はただひたすらに生まれてきた子供を慈しんだ。
「テツヤ」と、愛おしそうに名を呼びながら小さな身体を腕に抱く姿は何とも言えず嬉しそうで、あぁ、彼はずっとこの子の誕生を待っていたんだなと漠然と理解したものだ。
親族から疎まれ妻から存在を否定された息子を、赤司は溺愛した。
『赤司テツヤ』を赤司家の一員と認めないと公言された時には、赤司は何の躊躇いもなく親族を切り捨てる程に。
どこに行くのも一緒だった。何をするのも。
単なる仲の良い親子というには深すぎる絆がそこにはあって、それは決してキセキであっても入り込むことができないものだった。
だからこそ、そんなテツヤに傷を負わせる原因となったマスコミを赤司が許さないのは当然である。
黄瀬にとっても赤司の子供は黒子に似ているということもあってか大切な仲間だし、マスコミの勝手なエゴで彼が負傷するということは許せることではない。
たとえそれがかすり傷だとしてもだ。
「それじゃ仕方ないっスね」
そう言われるだけのことを、彼らはしてしまったのだ。
むしろそれだけで済んだことの方が僥倖だろう。
赤司の怒りを考えれば、全マスコミが放送権剥奪されても不思議ではないのだから。
「済まないね。今後は涼太に迷惑がかからないように手を回そう」
「いやいや、こっちは別に困らないから良いっスよ。それより、ずっとここに住むんスか? 不便じゃない?」
「今はネットで何でも手に入るから不都合はないよ。都会の喧騒を離れるのも久しぶりで快適だ。何よりテツヤが一緒だ」
「あー、そうだ。テツヤっち、学校どうなってるの? 帝光は退学したって聞いたんスけど」
「誘拐犯が内部にいるような学校に通わせておけるわけないだろう。勉強は僕が教えているし不都合はないよ。学位が必要なら留学すればいいだけの話だ」
「あー、頭良いっスもんね。赤司っち譲りで良かったじゃないっスか」
「そこだけは似なかったみたいだな。テツヤも『本を読むだけで全部暗記できるチート能力、助かります』とか言ってたぞ」
「流石テツヤっち」
くすくすと笑う姿はテツヤを愛しいと全身で表していて何だか微笑ましくなる。
「ところでテツヤっちは?」
「ここから南に歩いて10分くらいのところに天然酵母のパン屋があるんだ。テツヤは最近それがとても気に入っていてね、限定パンを買いに行くといって出ていったからもう少しで戻ってくるんじゃないかな」
「へー、俺テツヤっちが食べ物でバニラシェイク意外に執着しているのって初めて聞くかも」
「その通り、今回が初めてだ」
「それってパンが凄いのかバニラシェイクが凄いのか微妙なところっスね」
「食に執着のない子だからね、気に入ったものが増えるのは良いことだよ。……あぁ、帰ってきたようだ」
噂をすれば影と言えば良いのか、パタパタと軽い音がしてリビングの扉が開かれた。
少しだけ前髪の短い、あの日失った姿そのままの少年が、そこにいた。
「ただいま帰りました。あれ、黄瀬くんじゃないですか。良くここがわかりましたね」
「お邪魔してるっス。涼太くんの情報力を侮ってもらっちゃ困るっスよ」
「流石、嗅覚が利くんですね」
「相変らずの扱い!」
「冗談ですよ。いらっしゃい、黄瀬くん」
くす、と笑ったテツヤはそのまま黄瀬の横をすり抜けて赤司へと向かう。
広げられた腕の中に飛び込んだテツヤの両頬に赤司が唇を落とす。
幼い頃から繰り広げられる光景だ、今更驚くようなことではない。
「ただいま帰りました。今日は大収穫ですよ。新作が出てました。クランベリーです」
「それは良かったね」
「しかも、いつもは売り切れのオレンジまであったんですよ。ということで今日のおやつはクランベリーとオレンジと、ちょっと気になって買ったチョコバナナマフィンです。黄瀬くんはどれがいいですか?」
「え? 俺の分もあるんスか?」
「何となく今日は誰か来るかなぁと思ってたんです。黄瀬くんとは思わなかったですけど。でもまぁ妥当なところでしょうね。緑間くんと紫原くんは仕事が忙しいし、青峰くんは海外ですから」
テツヤのキセキへの呼び方が変化したのは7年前の夏の日。
彼は最初黄瀬のことを「黄瀬さん」と呼んでいた。それがあの日を境に「黄瀬くん」と呼ぶようになった。
元から丁寧だった言葉遣いは誰に対しても敬語になり、一度も食べたことのないバニラシェイクに対して過剰な執着を見せるようになった。
おそらくあの日がターニングポイントだったのだろうと黄瀬は推察している。
『黒子テツヤ』の13回目の命日であり、『赤司テツヤ』の7歳の誕生日。
あの日を境に『赤司テツヤ』が『黒子テツヤ』へと切り替わった。
あの夏の日に何があったか、正確なことは黄瀬は知らない。
ただ、親子2人で寝室に向かい、朝起きたらテツヤが黒子になっていたのだ。
「生まれ変わりってやつですよ」とさらりと言ってのけたのは当時7歳のテツヤで、その口調も態度も記憶の中のものと何一つ変わらなくて黄瀬は号泣した。
黄瀬だけでない、他のキセキもまたテツヤの言葉を何一つ疑うことなく受け入れたのは、やはり齢14歳で失った友人への執着が未だ断ち切れていなかったからだろう。
何で、とかどうして、とかどうやって、とか疑問はいくつもあった。
だが、「赤司くんの根性の賜物です」と言い切られてしまっては何も言えないし、彼がこう言う以上絶対に口を割らないのは過去の経験から明らかなので、原因は未だに解明されていない。
わかったところでどうにかなるわけでもないのだが。
慣れた仕草でキッチンへと向かうテツヤを赤司が追いかけていく。
お気に入りのティーセットを取り出しながら、今日はアールグレイにするかダージリンにするかと話している姿はどこからどう見ても新婚だ。
赤司の腕がテツヤの腰に回っているからそう見えるのか、それとも普段は無表情なテツヤが蕩けるような笑顔を浮かべているからなのか、どちらにしても眼福であることには変わりない。
そうして自然と重なる2人の姿に最早驚くことすらせず、黄瀬は用意されたソファーに腰を下ろしてキッチンから目を逸らした。
◇◆◇ ◇◆◇
――――はっ、……んっ
静寂に響く小さな声は幼さを残しながらも一度聴いたら忘れることはできないだろう艶を含んでいた。
2階の南。主寝室のキングサイズのベッドで絡み合う2人の姿が月光に照らされ床にシルエットを落としている。
赤司の下に組み敷かれているテツヤの肌は白く、月光を浴びてまるで輝いているようにも見える。
成長しきっていない薄い身体のあちこちに散らばる赤い痕が何とも言えず淫靡だ。
「テツヤ……」
熱を帯びた声が赤司の唇から漏れる。
応えるように伸ばされた手を引き寄せ、赤く潤んだ唇に噛みつくように塞ぐ。
激しく舌を絡ませ、それと同時に一層深く腰を進めれば2人の間に挟まれているテツヤの下半身から白濁した飛沫が溢れた。
「ぁ…赤司くん…、あかしくん……っ」
「挿れただけでイッちゃったんだね。可愛いテツヤ」
「やぁ、だって…赤司くんが、さんざん…っ、意地悪するから…ぁ」
普段より執拗に煽ってしまったせいかポロポロと泣き出してしまったテツヤに、流石に焦らし過ぎたかと反省する。
だが、焦らして焦らして焦らしまくった後に乱れるテツヤが凄絶に淫らなのがいけないのだ。
普段の幼さは形を潜めてまるで娼婦のように赤司を受け入れる姿を知ってしまっては、見るなという方が無理だろう。
泣かせてしまったお詫びとばかりにテツヤの両足を持ち上げて肩の上に乗せ、上から抉るように突いてやる。
奥深くまで届くこの体位をテツヤが好んでいることは知っている。
但しあまりにも感じすぎてしまうのか嬌声というより悲鳴に近い声が上がるのだが、嫌がっているわけではないので止めるつもりはない。
「はっ、や…ああぁぁぁぁっ、深い……っ」
「だって、好きだろう」
「好き、で、すけど…、あ、駄目です、僕……っ」
「いいよ、何度イッても」
ガツン、と腰骨が当たるほどに突き上げれば悲鳴と共に再度白濁が放たれる。
こうして身体を繋げるようになったのは今年に入ってからのことだ。
それまではどうしてもテツヤとの体格差を考えて身体を繋ぐことができなかった。とはいえ本番以外の行為はそれこそ数年前から行っていたのだが。
今でもテツヤは14歳。平均的な体格よりも細いのは一目瞭然だ。
せめて義務教育が終わるまではと我慢していたのだが、そんな赤司の寝込みを襲ったのが他でもないテツヤだった。
精神的には大人だからだろうか、それとも赤司の本音を見抜いていたのだろうか、とにかく赤司はテツヤの誘惑に見事に籠絡されて長い間耐えていた一線をあっさりと飛び越えてしまったのだ。
後はご覧の通りというか、赤司はテツヤに溺れる一方である。
突き上げるたびに己の下で激しく乱れるテツヤの艶姿を、赤司はじっくりと堪能する。
戸籍上も血縁上も自分の息子。だけど中身は幼い頃から心を掴んで離さない友人。
何とも不思議な関係だと思う。
だけど一度進んでしまった関係を戻すことは不可能だし、そもそも2人ともそのつもりは毛頭ない。
14歳の夏、赤司は理不尽な運命により大切な友人であり密かに心惹かれていた『黒子テツヤ』を失った。
本来ならば消えるはずのなかった命に運命を恨んだのは当然だ。
そんな赤司を憐れんだ泣き黒子の自称死神がたった一度だけチャンスをくれた。
「君の望みを一度だけ何でも叶えよう」
そんな甘い蜜をくれた死神に、赤司は願いを伝えた。
「僕の子としてテツヤの魂を生まれ変わらせてくれ」
と。
生き返らせることは不可能だと言われた。では転生なら?
僅か14年で人生を終えざるを得なかった大切な友人を、今度こそ自分の手で幸せにしてあげたかった。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも縋りついた一縷の希望を、彼は苦笑と共に叶えてくれた。
そうして生まれたのは妻にも自分にも似ていない子供。
テツヤを知る誰もが驚いた。たまたま一緒にいた黄瀬の驚愕した顔は今でも忘れられない。
外見はテツヤそのもの。
中身はどうだろうかと思えば、こちらもまた生前のテツヤそのものだった。
どういうことか記憶まで受け継いだようで、当時赤ん坊だったテツヤが発した第一声は「どういうことですか赤司くん」だったのだから疑う余地はないだろう。
周囲が混乱するといけないので、ある程度成長するまで転生したことは黙っていたが、あのままでは遅かれ早かれ桃井あたりにバレていただろう。彼女の観察眼は赤司が認めるところだし、何よりバニラシェイクを前にした時の表情が生前とまったく同じだったから。
幾度も体位を変え、幾度もナカを抉った。
そのたびに聞こえる嬌声は赤司の脳内をじわじわと侵食していく。
中学生だったあの頃、もしお互いが想いを通じ合っていれば同じような関係になったのかと考えるが答えは出てこない。
あの時の想いはただひたすら純粋で、相手の笑顔を見るだけで胸の中がほんわりと温かくなるような幼いものだった。
今のようにドロドロに蕩けた情欲とは違うような気がする。
父と息子という背徳の関係が煽っているのかもしれないし、長く抑え付けられていた熱情が変化してしまったからなのかもしれない。
どちらにしろこの関係が終わることはないだろう。
赤司の遺伝子を受け継いだ身体に隙間なくぴったりと重なり、息子の腹の中に大量の子種を注ぎ込む。
常識ではありえない関係だとは分かっているが、これ以上深く繋がる方法がないのだから仕方ない。
月光に照らされるテツヤは淫らで厭らしく、そしてとても綺麗だ。
白くまろい肌が月光に照らされ、未だ痛々しく残る額の傷が浮かび上がる。
若い身体だ。すぐに痕は消えるだろう。
だが、赤司は決して許さない。この傷を作った本人も。そうなるよう唆したマスコミも。
黒子を喪うきっかけとなったあの交通事故。
多くの打撲痕はほどなくして治癒したが、大きく切れた額の傷だけは僅かだが痕となって残ってしまった。
見るたびにあの時の恐怖が思い出されるあの痕跡が、新たな肉体を得て生まれ変わったテツヤにも刻まれたという事実が、赤司にとっては何よりも許せない。
額に包帯を巻いて病院のベッドで眠るテツヤを見た時、赤司の息は止まりそうだった。
思わず周囲にあの死神を探したのは条件反射だった。幸い彼らの姿は見えず、そしてテツヤ自身も軽症だったから何とか平静を保つことができたが。
今度こそ誰にも奪わせない。
「テツヤ、僕のものだ…」
テツヤの内部を己の精で満たした赤司がうっとりとそう呟けば、テツヤが嬉しそうに笑みを浮かべた。
啄むように口づけをされ、そして再度戯れるようにシーツの海に溺れていった。
やがて愛おしそうに指を絡ませて眠りにつく2人の姿を、月だけが静かに眺めていた。
- 14.07.02