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怪我の功名なのに赤司のライフがゼロになる話


それは不幸な事故だった。

自他共に認めるバニラシェイク厨のテツナが幼馴染から貰った10枚綴りのバニラシェイク無料券。
駅前で配られている時もあれば自宅のポストに入っている時もある、そんな何の変哲もないペラペラの紙がまさかの学校全体を巻き込んだ事態に発展することになるなんて、一体誰が想像できるだろうか。
かく言う青峰大輝も例に漏れず何かが起こるだなんて思ってもいなかった。
彼がそれに気が付いたのは、今朝のことである。
珍しく朝練のない水曜日。とは言いつつ毎日の早起きが習慣になっていたせいもあり、いつもよりほんの少しだけ遅い――普通の生徒がようやく起き出した時刻に青峰は制服に身を包んで玄関を出た。
出がけに母親に頼まれてポストから新聞と、昨日取り忘れたいくつかのDMを取り出して家の中に放り込む。
乱暴なと怒鳴る声が聞こえてきたが、中学生男子なんてこんなものだろうと青峰は気にしない。
廊下に纏めて置かれたそれらの中に見覚えのあるものを見かけてそれだけはくすねておいた。
青峰が抜き取ったのは、日本国内はおろか世界規模で知らない者はいないだろうと言われるファストフード店のチラシ。マジバのクーポン券である。
どうやら期間限定品が販売されるらしい。
チラシの半分ほどに新商品の写真がデカデカと掲載されていた。
見事なボリュームとお得なセット料金に、青峰の脳内で放課後の予定が決まる。
成長期の男子中学生にとってお得なセット割引がついているその無料券は大変ありがたい。
月に一度、決まった金額のみ渡される固定給――――ではなく、母親から手渡される決して多くはないお小遣いでやりくりする青峰にとって、使う金額は少なければ少ないほど良い。
そんなわけで新聞や郵便物と一緒に入っていたそれを、青峰は早い者勝ちと言わんばかりに自身のポケットにしまい込んだ。
バーガーLセットが通常よりお買い得とか何て素敵、とほくほく笑顔でクーポン券を眺めていた青峰はふと右下に並んでいた部分に視線を落とし、少し考えた後でそれをピリリと切り取った。
青峰にとって必要なのはバーガーセット及び格安で買えるポテトやナゲットであり、ドリンクは特に必要としていなかった。飲み物は必要だがセットについてくるドリンクで十分である。
だが青峰にとってはさしたる価値もない残りの部分を、この上なく喜ぶ幼馴染が青峰にはいた。

お隣に住む、同じ年の女の子。
中学生とは思えないほど発育の良い桃色の髪の美少女にではなく、反対側の家の幼馴染である。
小柄な身体とそれなりに育ってはいるけれどまだまだ桃色の美少女には及ばないバストを嘆く水色の髪の少女。その名を黒子テツナと言う。
見た目だけはお人形のようと評されるテツナは、自他共に認める無類のシェイク好きである。
しかもバニラシェイク限定。チョコやストロベリーは邪道だと一刀両断するほどにバニラを愛している。
そんなテツナは普段無表情なくせにバニラシェイクを前にした時だけは周囲にお花を撒き散らすほど輝かしい笑顔を浮かべるので、青峰はせっせとテツナに餌付け――――基、バニラシェイクを与えている。
一列まるごとシェイクのクーポン券はその数10枚。
1日1回購入しても10日も楽しめるのだ。テツナに渡せばどれほど喜ぶだろうか。
隣家なのだから同じクーポン券を持っているのではないかという疑問は青峰には存在しない。
何故ならシェイク厨と言っても過言でないテツナにとって、クーポン券は多ければ多いほど良いのだから。
10枚が20枚に増えたところで喜びはすれども困ることはないだろう。
青峰はひらひらと切り取ったクーポン券を振り回しながらお隣の黒子家のチャイムを押した。
今日は朝練はない日だからテツナはまだ自宅にいるはず。
一緒に登校するついでにクーポンを渡し、放課後の部活が終わってから一緒に寄り道をしようと今日のプランを立てていた青峰の前に現れたのはテツナの母だった。

「あら、おはよう大輝くん」
「はよっす。テツ、いますか?」

テツナは寝起きは悪くないが低血圧のせいか朝の動きは通常の半分ほどの速度しかない。
朝練のある日ならば既に支度は完了しているはずだが、練習がなければ今頃は半分眠りながら朝食を頬張っている頃だろう。ちなみに青峰が迎えに来て食事も途中で出かけることになるのが日課である。
今日も慣れた態度で玄関からリビングを窺おうとテツナ母の頭越しに視線をやるが、珍しく今日は静かである。
ん? と首を捻る青峰と、同じく首を捻るテツナ母。

「テツナならとっくに出かけたわよ。今日は急に朝練が入ったんでしょう。大輝くんは行かなくていいの?」
「………………………………………………あ」

純度100%の疑問をぶつけられて、青峰は昨日の部活終了後のミーティングを思い出した。

『学校側の都合により明後日の朝練が中止になった。その代わりに明日朝練を行うので、各自間違えないように』

主将がそんなことを言っていたような気がする。
青峰は練習後の自主練しか頭になかったので綺麗に聞き流していたのだ。
突然だが、青峰が所属する帝光中学校男子バスケ部は練習が厳しいことで有名だが、同じように時間にも厳しいことで有名だ。
遅刻は御法度、無断欠席など言語道断。
仮病を使って大会を休もうとした元部員が当時の主将にフルボッコにされたのは忘れたくても忘れられない。
今の主将は当時の主将ではないが、恐ろしさでいえば3割増である。

時計を見るとあと5分で朝練開始時刻。


「ジーザス!!」


青峰は持っていたクーポンをポケットに捩じ込むと、素晴らしい速さで走り出した。







   ◇◆◇   ◇◆◇







どうにか10分の遅刻で間に合った青峰は、ペナルティとしてグラウンド10周を課せられ、次いで基礎練習やミニゲーム、1on1などをこなして朝練は終了した。
ハードな練習よりも部長から与えられる精神的苦痛がかなり堪えたが、喉元過ぎれば何とやらで昼休みになればすっかり消耗した体力も気力も回復する。
午前の授業を全部熟睡していれば嫌でも回復するというものである。
体力が回復したら空腹を覚えるのが成長期。
ということで青峰は幼馴染2人を両隣に侍らせて食堂へと向かっていた。
ちなみに青峰母が丹精込めて作ったお弁当は1時間目の休み時間の間に完食済である。
財布を確認するようにポケットに手を伸ばし、そしてくしゃりと何かに触れた。
引っ張り出せば結構な感じにくたびれた10枚綴りのクーポン券。

「あ、そうだ。テツにやろうと思ってたんだわ」
「何ですかそれ……マジバのシェイク無料券じゃないですか!!」
「俺いらねーからテツに……って、うわっ」
「ありがとうございます。大輝くん。大好きです! シェイクが!!」

普段ならありえない俊敏さでテツナが青峰の腕に飛びついた。
強奪に近い感じで青峰から譲渡されたそれを手に、テツナが喜びのあまりくるくると踊り出す。
ちなみに学校内では色々な意味で有名な黒子テツナは普段は物静かな文学少女だが、バスケとバニラシェイクが関わると人が変わると評判である。
今回のことも手にしているのがシェイクの無料券であることを知った生徒たちは、いつものことと完全スルーである。
一部そんなテツナを小動物を愛でるような眼差しで見守っている者がいるがテツナは全然気にしない。
日頃から目立つ友人たちと一緒にいるせいで視線には慣れっ子なのだ。

普段なら誰もがスルーするテツナの奇行。
これが学校全体を巻き込む事態へと発展することになる。



青峰がテツナにクーポン券を渡したことは別に悪くない。
それを受け取ったテツナが喜ぶのもいつものことだ。
だがしかし、ここは廊下。しかも階段の踊り場である。
ただでさえ足場の危ない階段をスキップで進むテツナ。
足元の注意が疎かになっていたのは否定できない。
そして青峰も桃井もそんなテツナの行動をいつものことと微笑ましい視線を送っていただけなのが更に悪かった。
踊り場からの第一歩をテツナが盛大に踏み外したのである。

「あ」

がくん、と傾く身体。驚愕に見開かれる青と桃色の瞳。
事態に気付いた青峰が手を伸ばすよりも先に、勢いのついていたテツナの身体が階下へと投げ出された。


「テツっ?!」
「テッちゃん?!」


周囲に悲鳴が木霊した。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「本っ当ーに、すみませんでした!!」
「っした!」

病室の床に額をこすりつけてテツナは土下座した。
共犯として青峰も連座している。
目撃者桃井はそんな2人の後ろでオロオロするばかりだが、軽く涙目になっているのは気のせいではないだろう。

そしてそんな3人の前で椅子に座っているのは、赤司征十郎。
泣く子も黙る、帝光学園生徒会長兼バスケ部主将である。

あの後、階段から放り出されたテツナは幸いにもかすり傷一つなく無事だった。
その代わりに怪我を負ったのが赤司である。
というのもテツナが放り出されたその下には赤司がいたのだ。
何というタイミングの悪さとか思わなくもないが、あの時は昼休み中である。
テツナたち3人が食堂に向かったように、赤司も昼食を摂るべく食堂へ向かう途中だったのだ。
そんな赤司の上にテツナが降ってきた。友人として、部活仲間として、また一人の男として落下中の女の子を助けるのは当然だろう。
赤司も驚愕に目を見開いたのは一瞬で、すぐにテツナを庇うべく手を伸ばした。
が、赤司も階段の途中だったせいでバランスを取ることが難しく、更には上から降ってくる人間を支えるには少々場所が悪かった。
2人して縺れ合うように廊下に転倒してしまう。
その際に赤司の胸に抱き込まれたテツナは無傷だったが、思い切りテツナの下敷きになった赤司は負傷した。
背中の強打と右手首の捻挫である。
背中は単なる打撲で済むだろうが、手首の捻挫は結構酷い。
保健医の診断では全治3週間。腫れ具合から骨折はしていないけどもしかしたらひびくらい入ってるかもねと言われて、精密検査も兼ねて病院に運ばれた赤司に下された診断が、骨にひびさえ入っていないものの保健医のそれとほぼ同じものであったため、医師から事情を聞いたテツナが病室の床に崩れ落ちた。そのまま土下座である。医師と看護師が目を丸くしていたのは致し方ないことだろう。
女性にしては見事なほどの土下座に赤司は絶句していたが、バスケ部マネージャーであるテツナは事の重大さに気付いて真っ青だ。
何しろ赤司の手はスポーツ選手のそれである。
しかも競技はバスケット。
身体全体を使うのは当然だが、利き手を使わずに試合が出来るはずがない。
土下座して当然。むしろ腹を斬って詫びろというレベルである。
何しろ帝光バスケ部は無敗を誇る常勝軍団。
地区大会だろうが関東大会だろうが全国大会だろうが、一度だって負けたことがないのだ。
そんな無敗の軍団を作り上げた赤司がまさかの負傷。
それも全国大会開始まであとひと月という時期にである。
理由が無料クーポン券に浮かれまくって小躍りしていたせいで階段から転落した女の子(バスケ部マネージャー)を庇ったためとか笑い話にもならない。
他校の赤司ファンが事情を知ったらつるし上げ間違いなしである。
余談だが帝光でテツナを責める生徒はいない。色々と怖いから。
だがしかし誰もテツナを責めなくてもテツナ自身が、己の仕出かした事態にリアルorzである。

「赤司くんの手が……、バスケ部主将の手が……」
「いや、テツナ、そんな大したことじゃないから」
「あぁっ、僕は何て愚かなことをしてしまったんでしょう! 何でよりにもよって階段でスキップ! 運動神経が良いとか悪いとかの問題じゃないですよ。馬鹿ですか僕は!!」
「テツ、お前だけが悪いんじゃねえ! 俺も止めなかった」
「そうよ、テッちゃん。私だって『マジバのクーポン券で喜ぶテッちゃんマジ天使』とか思ってスマホで動画撮影してたくらいだから同罪だよ!」
「何だと、おいさつきそれ寄越せ」
「駄ー目。だからね、テッちゃん、そんなに自分だけを責めないで。赤司くんだって怒ってないから」
「だから、」
「赤司くんが怒っていなくてもしでかしたことは変わりません。どうしましょう、やっぱり腹を斬って――」
「待て! 本当にちょっと待ってくれないか!」

あぁもうっ僕のバカバカバカと今にも床に頭を叩きつけそうなテツナと、お前がやるなら俺もとか言って同じく壁に頭を叩きつけそうな青峰と、涙目のテッちゃんprprといってスマホを取り出した桃井。そしてそんな3人を前に二の句を告げない被害者―――赤司。とんだカオスである。
お前ら幼馴染は本当に似た者同士だよと3人を眺めるのは、赤司が負傷したという報告を受けて昼食も摂らずに病院まで付き添った緑間、紫原、黄瀬の3人だ。正直、ドン引きである。

とは言うものの、赤司の怪我は決して軽くない。
本人は加害者であるテツナがいるため平気だと嘯いているが、腫れ具合から軽度の捻挫でないことは間違いない。
医師の言う通り全治3週間くらいかかるだろう。下手したら完治までひと月以上かかるかもしれない。
本音を言えば帝光学園バスケ部は赤司1人がいなくても負けはしないだろう。
10年に1人の天才が5人集まっているのだ。負けるはずがない。
だが精神的な支柱であるため赤司の存在はかなり大きいし、怪我により欠場というのは相手校の士気を上げかねない事態なのであまりよろしくない。
まぁそれまでには治るだろうし、治らなくても包帯を取ってリストバンドなどで隠してしまえば問題ないだろうと思うのだが。
勿論そう思っているのは赤司だけでなく他のキセキも同様なのだが、悲しいことにマネージャーには伝わらない。
むしろ影でサポートするマネージャーが選手の足を引っ張ってどうする、馬鹿なの阿呆なの死ぬのとか嘆いている。
このままだと全ての責任を取りますとか言って本気で切腹しそうである。
部活仲間として、又、友人としてそれなりに親しい付き合いをしているからこそ読めてしまうテツナの思考に、さてどうしようと赤司はため息をついた。

赤司にとって今回の怪我は名誉の負傷のようなものだ。
目の前で女の子が降ってきたら助けるのは当然というのは間違っていないが、それが好きな子だったらたとえ自分の身にどれほど怪我を負おうとも相手には傷一つつけさせない。男なら当然だろう。
赤司にとってテツナがまさにそれだ。
そして赤司はテツナを守った。それだけで十分なのだ。
右手の怪我は確かに今は痛いけれど、痛み止めを飲めば治まる程度のものだし、幸い骨にも神経にも異常がないので問題ない。
利き手なので若干の支障はあるだろうが、幸い赤司は左右どちらの手でも字は書けるし箸も使える。
体バランスを鍛えるために左右均等に鍛えておいたのが幸いした。
ついでにいえば赤司は授業中にノートを取ったことがない。
授業の内容くらい聞けば覚えるだろうというのが彼の自論だが、勿論それは一般論ではないため口に出したら冷ややかな視線を喰らうことは間違いないだろう。
とりあえず赤司自身が困っていないためテツナがそこまで気に病むことではないのだが、言ったところでテツナには通じない。

とにかくとんでもないことをやらかしてしまった、どうにかして償わなくてはという思考しかないテツナにどれほど言葉を尽くしたところで無駄なのだ。
ここは潔くペナルティを課すのが一番。だが何を?
テツナにとって最も堪えるのはバスケかシェイクの禁止だが、大会も間近に控えているのに有能なマネージャーが部活停止になるのは困る。
残るはシェイク禁止なのだが、そうするとテツナの元気が一気になくなる。
常時(´・ω・`)な顔をしているテツナを見ているのはかなりつらい。
練習後のマジバで子供のような笑顔でシェイクを啜る姿はキセキの癒しである。そんなテツナからシェイクを奪うというのは、テツナの罰どころかキセキにとってもペナルティになってしまう。こちらも困る。
そもそも赤司は女性であるテツナにペナルティを課そうとは思っていない。
本気でどうしようかと眉を潜ませた時、緑間がおもむろに口を開いた。


「それなら、黒子が赤司の右手になればいいのだよ」


とんでも発言である。
周囲の視線が緑間に注がれた。
3人は何てこと言うんだという眼差しで、2人はとうとう言っちゃったという眼差し、残る1人はその手があったかという輝かしい笑顔を浮かべた。

「真太郎?」
「いつまでもうじうじと悩むなんて黒子らしくないのだよ。お前がどんなに嘆いたところで赤司の怪我はすぐには治らない。謝罪したところでどうにもならないのはわかっているのだろう。ならば、今は赤司のために何が出来るかを考える方が効率的なのだよ。人事を尽くすのならばそのくらいすぐに考えつきそうなものだというのに、お前らは阿呆なのだよ」

何かもう面倒臭い。
緑間は目の前で一向に進展する様子の見られない光景に飽きていた。
こんなカオスな空間を眺めているよりバスケしたい。出口の見えない謝罪祭りを見ているくらなら1本でも多くシュート練習をした方がマシである。
だというのに普段は見事な采配を揮う赤司がまさかの思考停止。
惚れた弱みというかテツナにはあまり強く出られないのは知っていたけど、こういう時に優しい言葉を投げかけてこそ男だろうが。
気丈な少女が滅多になく落ち込んでいるのだ、ここぞとばかりに慰めて元気づけてこの人こんなに私のことをトゥンクとか思わせなければいけない場面である。恋愛ゲームでは難攻不落のキャラを落とすのに絶好のシチュエーションではないか。
思い切り立ったフラグを活用しなくて何が男か。
自分のことを綺麗に棚に上げてそんなことを思う緑間真太郎、最近妹に勧められた恋愛ゲームの小説を愛読中。
そんな緑間の発言に目を剥いた青峰と、右手になれ発言でちょっとイケナイことを考えてしまった思春期真っ盛りの赤司が反対するより早く、綺麗な土下座を披露していたテツナが顔を上げた。

「ナイスアイディアです!」
「テッちゃん?!」

桃井が慌てて止めようとするがもう遅い。
テツナは本当にいっぱいいっぱいだった。
特に罪悪感と恐怖で細くない神経が擦り切れてしまうのではないかという程に疲弊してしまったものだから、目の間に提示された妥協案に真っ先に飛びつくのは必然だろう。
良く考えればそこまでする必要なくねとか思えるのだが、上記の通りテツナの神経は擦り減っていた。どうにかして償えるなら何でも良いとか思うようになっていた。つまり投げやりである。

そんなテツナにここ数日睡眠不足で思考回路がちょっと焼き切れている緑間が言葉を続けていく。
暴走列車×暴走列車=大惨事の完成である。

「とりあえず黒子は利き手が使えない赤司の手の代わりとなって全面的にサポートしてやるが良いのだよ。差し当たっては授業のノートとか食事の世話とか。部活……はいつも通りで構わないだろう。そうすれば赤司の怪我も少しは早く治るはずなのだよ」
「わかりました。完璧なサポート役に徹してみせます」
「ちょ、おまっ、」
「赤司っちの負担を減らすには確かに良い案っスよね」
「黄瀬?!」
「それに、黒ちんが傍にいれば赤ちんの心配の種も減るだろうしー」
「敦?!」
「普段から僕が赤司くんに迷惑をかけているような言い方は釈然としませんが、確かにそれが一番の解決策かもしれませんね。赤司くんの手足となってバリバリ働くのが、一番の贖罪になるかもしれません」
「他にはー、着替えとかお風呂とかー」
「はいアウトー!」
「もういっそ24時間体制で一緒にいればいいじゃん」
「成程」
「でも問題が1つあります。僕と赤司くんはクラスが別です。ノートが取れません」
「じゃあ俺が明日一番に担任に言っておくのだよ。黒子はしばらく赤司の教室で授業を受けるといい」
「流石緑間くんです。頼りになります」
「ふん、当然なのだよ」
「待って! お願いテッちゃん待って! それ絶対におかしいから!!」
「とは言えお前たちはまだ未成年なのだから学校にいる間だけでいいと思うのだよ。赤司だって24時間ひっついていられたら気が休まらないのだよ」
「いや、僕は別に……」
「はいはい、赤ちんもアウトー」

そんなこんなで今後の予定を立てている彼らは、おそらくここが病院の診察室だということを綺麗に忘れているらしい。
不毛な言い合いと非効率的なやりとりは、見かねた医師によって病院を追い出されるまで続いた。







   ◇◆◇   ◇◆◇







何が起きた?
奇しくもクラスメイト全員の心が一つになった。
朝来たら机が1つ増えていた。しかも赤司の隣に。
何だろう、これとか思ったけれど動かさなかったのは、まるで赤司の机とセットのように並べられていたからである。
何か考えがあってのことだろうと思いつつSHRが近づいて1人、また1人と生徒が自分の席に着席する頃になり、ようやく赤司が姿を見せた。
昨日の今日なので右手首には包帯が巻かれており、その腕は白い布で吊るされている。
何とも痛々しい姿だけど女の子を守っての名誉の負傷だと思えばそれもまた恰好良く見えるから不思議である。
何しろあの事故(事故と言っても良いだろう)、お昼休みということもあって目撃者は大勢いた。
階段で足を滑らせたテツナは、あのまま誰にも助けてもらえなかったら大怪我をしていたに違いない勢いだったのだ。
そして助けたのが赤司以外の生徒だったなら、その人物の負傷は赤司のそれよりもっと酷かっただろう。
鍛えている赤司だからこそ背中の打撲と手首の捻挫で済んだのだということを目撃者たちは知っている。
軽傷で良かったと思うのはそういう理由からだ。
おそらく数日は不自由があるだろうからクラスメイトが一丸となって赤司のフォローをしようと、そう思いながら登校してきた赤司のクラスメイトたちは思わぬ展開に目を疑った。
始業のチャイムがなる数分前にやってきた赤司の隣にテツナの姿。
赤司が着席するとごく自然にその右隣に腰を下ろし、赤司の鞄から教科書やらペンケースやらを取り出している。
あれ、黒子さんってこのクラスじゃないよねと言葉にできる猛者はいない。

「テツナ、僕は本当に大丈夫だから自分のクラスに戻っていいんだよ」
「そういうわけにはいきません。だって捻挫ですよ、捻挫。しっかり治しておかないと癖になるって言うじゃないですか。怪我をさせたのは僕なんだから遠慮しないでください。君の右手としては力不足かもしれませんが、僕に出来ることなら何でもしますからね」
「いや…………………………、うん、ありがとう」


赤司が匙を投げた。
確かにここまで一生懸命になってくれる子に対してあまり邪険な扱いもできないとは思うが、だがしかし良いのだろうかと思うクラスメイトの危惧は尤もである。
勿論そんな問題も赤司――――というか緑間の一声により教師陣に納得させてしまった。

「赤司の怪我が早く治れば全国三連覇は確実、生徒会の仕事も順調に進むだろうし学校の評価もうなぎ上りなのだよ」

とか口八丁手八丁であっさり校長を丸め込んでしまった。緑間は一体何がしたいのだろう。
そのせいでSHRにやってきた担任も生ぬるい眼差しを赤司に向けて、隣に座るテツナとは目を合わせようともしなかった。
これが赤司との仲を進展させようと企む女子生徒ならばクラスメイトも反感を覚えたのだが、相手がテツナであるためそのような事態にはならなかった。
むしろテツナの行動が善意100%であることがわかり過ぎるくらいわかってしまったため、一部の男子生徒の赤司に向けられる視線が優しかったくらいである。
赤司は隠しているようだが、赤司の甘酸っぱい初恋物語はクラスメイトで知らない者はいない。
おそらく学年でも知らない者は稀だろう。当人であるテツナを除いて。
何しろ赤司は完璧人間だと思われがちだが恋愛に関してはあまりにも不器用過ぎた。
小学生のように気になる女の子をいじめてしまうような醜態こそ晒さなかったものの、目が合えば真っ赤になりニアミスで手や体が触れれば硬直する。
他愛のない会話で1日ご機嫌というお手軽―――基、何とも初心な少年だったのだ。
他の生徒には魔王だの厨二だの言われているくせに、恋愛に関して乙女のような反応を見せる赤司を温かく見守る生徒は多い。
やだ、なにこれ可愛いと卒業してしまったお姉さま方の間ではファンクラブもできていたらしい。
勿論目的は「赤司の初恋を影から見守り隊」である。
テツナは単純に「赤司くん相変わらず女性に人気あるなぁ」としか思っていなかったのは言うまでもないだろう。
そんなわけでクラスメイトは概ね赤司の初恋を応援し隊に加入しているのだが、この状況を微笑ましいとかチャンスとか思っている人は意外と少ない。
というのも、何度も言うが赤司は対テツナに関してのみ乙男になる。
傍にいられるだけで幸せ、手が触れようものなら動揺してしまう程に初心なのだから、こうして隣り合わせに座って平気でいられるわけがないのだ。

(あぁ、ほら赤司くんもういっぱいいっぱい)
(何で黒子はあれに気付かないんだよ!)
(駄目だよ、黒子さんはギネス級に鈍いもん)
(というか、胸! 赤司の腕に黒子さんの可愛らしいお胸が!!)
(何というラッキースケベ! ――――って、大変、赤司くん息してない!!)

とまぁ、終始こんな状態だったので、果たして赤司にとってラッキーだったかアンラッキーだったかは本人のみが知る。


  • 14.08.20