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召しませ、甘いごちそう


果たして自分達は付き合っているのだろうか。

そんなことを思うのは黒子テツナ、16歳。一応、性別女性。
誰と付き合っているかと言えば、帝光高校で伝説となっている恐怖の魔王――――じゃなくて絶対君主の生徒会長、赤司征十郎。

自身のことなのに良くわかっていないのはテツナの女子力が低いということもあるが、それ以上に恋人同士らしい甘い雰囲気などが皆無だからである。
そもそも2人の出会いは今から数か月前、失恋(?)した腹いせに手近にあったバスケットボールを壁に叩きつけようとしたところ、たまたま通りかかった赤司の鳩尾にクリティカルヒットさせてしまったというところから始まる。
どこをどう見ても恋愛のフラグが立つ要素などないというのに、何故だか赤司に気に入られ、そして何故だか一緒にいることが多くなり、本当にどうしてなのかわからないが気が付いたら『学校一の有名カップル』として学校内外に知られるようになってしまったのだ。
そこにテツナの意志はない。というか、思い切り流されるまま来たらこんなことになっていたのだ。解せぬ。
だがしかし、赤司に逆らえる人がいたら連れてきてもらいたい。
あの魔王――――じゃなくて覇王な赤司に、である。
そんな人物がいたら本気で見てみたい。
どうしてテツナを気に入ったのだろうと常々思っているが、その答えが得られたことはない。
まさかボールをぶつけられたことで恋が芽生えたというわけもないだろう。
だがそれ以前の接点はなかったのだから考えられる理由としてはそれしかない。……何か嫌だ。

とにかく、経緯はどうあれテツナと赤司は付き合っていると思われている。
というか何か気が付いたらお互いの両親への挨拶まで済ませてしまっているせいで、学校どころか両家公認の仲だったりする。
昼食は2人揃って生徒会室でランチ。
放課後はテツナは部活、赤司は生徒会の仕事ということで別々だが下校は一緒。
休日には映画や買い物などでかなり頻繁に2人で出かけている。
ここまでしていて恋人じゃないと言い張っても誰も信じてくれないだろう。
納得いかないがテツナが赤司と付き合っているという既成事実がすっかり出来上がっている以上、やはり無視したらいけないイベントが目前に迫っていた。

バレンタインである。

最近では本命だけでなく義理チョコ、友チョコ、逆チョコなど様々な種類があるが、女性が好きな男性にチョコを渡して告白というパターンは不動のもので、商店街やスーパーのチョコレートコーナーには年齢層様々な女性たちが我先にとチョコに群がっている。
そんな姿を横目で眺めるテツナは、あまりこの手のイベントには興味がない。
幼馴染の青峰に恋をしていたとは言ってもそれは相手に悟られることのないほど秘めたものだったので、毎年恒例のように渡していたチョコも当然ながら市販品である。
しかも青峰が「あのチョコが欲しい」というのを買うという、何とも色気のないプレゼント方法だ。
勿論他にもチョコをあげる相手はいた。 父親と親友のさつきである。テツナの女子力は結構低い。
毎年恒例のことだったので今年も数個のチョコを買って学校に行く前に渡してしまえば済むだろうと思ったのだが、流石に今年はそういうわけにはいかないだろう。

だが赤司はとってももてるので、毎年沢山チョコを貰うはず。
今更チョコの1個や2個欲しがらないのではないかと思ったテツナは、その考えが甘かったことを痛感させられた。

それはいつもと同じような学校の帰り道。
赤司とテツナは利用している路線が同じだが家は逆方向ということもあり、いつも駅まで一緒に帰るのだが、改札をくぐってすぐに設置されたバレンタイン特設コーナーを見て赤司がふわりと笑ったのだ。

「そういえば、もうすぐだな」

人前では滅多に見せない笑顔にテツナが意外そうに赤司を見上げた。
心なしか繋がれた手に力が入ったような気がするけど、うん、気のせいだ。

「……赤司くんは甘いもの平気ですか?」
「特に苦手というわけではないが、テツナが作るものならどれほど甘くても大丈夫かな」

チョコレート以上に甘い笑顔を浮かべてテツナをじっと見る赤司に、通りすがりの女子大生がノックアウトされたらしくパタリと倒れた。

これは気のせいではない。
明らかにチョコを催促している。しかも手作り。

「じゃ、じゃあ、僕、頑張りますね」
「楽しみにしているよ」

そう言って反対側のホームに歩いていく後ろ姿を見送って、テツナはさあ困ったと頭を抱えた。
実はテツナは菓子作りが苦手である。
どのくらいかと言われれば、桃井と同レベルと言っても良いだろう。
しかも菓子限定。
合宿の食事などは味・見た目・栄養ともに文句なしの実力なのに、どうして菓子だけは下手なのだろうかと誰もが思うのだが、残念ながらこれは紛れもない事実である。

ケーキを作らせれば爆発し、マフィンを作らせれば消し炭になる。
クッキーは瓦なみの硬さを誇り、これならばとレシピ通りに作ったプリンは何故か美味しい茶碗蒸しへと大変身を遂げた。

何がいけないのかまったく分からない。

オーブンとの相性が悪いのかと思いきや、グラタンやローストビーフは美味しく作るのだから本気でわけがわからない。
調理実習で1人だけ未知の物体が出来上がった時など、家庭科室から生徒の姿が消えたほどだ。
そんなわけでテツナは菓子が作れない。
まぁお菓子が食べたければ市販品を買えばいいしと思っているテツナは、ある日を境に菓子作りを完全に諦めた。
無理なものは無理なのだ。
愛娘の手作りケーキを食べて入院した父の姿は、テツナにそう思わせるだけの説得力があった。
ちなみに母親は一口食べて卒倒し、作った本人であるテツナは口に含んですぐ吐き出した。
そんなリーサル・ウエポンを全部食べきった父に、揺るがぬ家族愛を感じた。
だけど次に食べたら死ぬんじゃないだろうかと思ったテツナは正しい。

そんな理由でテツナは市販品を用意しようと思っていた。
最近のチョコレート業界はバレンタインに向けて新商品を開発したりするから、むしろ市販品の方が安全且つ美味しく頂けるはず。
青峰がリクエストしたチョコレートは既に購入済み、父と桃井その他多くのバスケ部員の義理チョコも市販品で準備は万全だ。
赤司の好みだけがわからなかったので後回しにしていたが、まさかの手作りリクエストである。
子供のような無邪気な笑顔を見せられてしまった手前、リクエストはできることなら叶えてあげたいものだけれど、如何せんテツナの手作り菓子は凶器である。兵器と言っても良い。
父親ですら病院送りにしたチョコを赤司にあげた暁には、テツナの人生が終了するのではないかと思う。
だけどあげなくても問題だ。

「えー、黒子さん赤司様にチョコレートあげなかったのぉ? 彼女でしょおー、うっそー、信じらんなぁい。そんなんでよく彼女とかやってられるよねぇ。――――――赤司様哀しませるとかお前マジで何様のつもりだ、コラ」

とか言われるに決まっている。
誰って、赤司様親衛隊の皆様にだ。
彼女たちは赤司に忠誠を誓っているため表立ってテツナに嫌がらせをするということはない。
だが赤司を蔑ろにした場合どうなるか、火を見るより明らかだ。

本気でどうしよう。
作るのは構わない。
問題は食べた後に赤司の身の安全を保障できないということである。
胃薬とセットであげても無理だ。その程度ではテツナの菓子は中和されたりしない。
だが、作らないという選択肢はなくなってしまった。
残された方法はただ一つ。





「どうか僕に美味しいお菓子作りを伝授してください火神くん」

「頼むから俺を巻き込むなよ」




心底嫌そうに頭を抱えたのは、お隣に住むお兄さんこと火神大我(20歳)だった。

ちなみに火神はテツナのリーサル・ウエポン被害者の第一号でもある。
あれはテツナが6歳の時、初恋の相手である青峰に手作りチョコをプレゼントしようと生まれて初めて菓子作りに挑戦し、出来上がった完成品を味見と称してたまたま回覧板を届けにきた火神に食べさせたのだ。
母親と一緒に作ったせいか見た目だけはまともだったのが悪かった。
火神は小さな少女が作った小ぶりのトリュフを口に放り込み、直後に「ごふぉっ!!」という悲鳴を上げて玄関に沈んだ。
幸い火神は10分後に意識を取り戻したが、その後しばらくチョコがトラウマになったらしかった。
哀しい事故である。

そんなわけでテツナの作る菓子が壊滅的だということを家族と同じくらい熟知している火神は、テツナのお願いがどれほど無謀なことか嫌というほど知っているため何とか諦めさせようと努力した。
だが何だかんだ言いつつ年下のお隣さんには甘い火神が涙目のテツナのお願いを断ることができるはずもなく、2月13日の夜8時に火神による調理実習が始まった。







「………もう、あれだ。お前は牛フィレ肉のチョコレートソースがけでも作って持っていけ。それが一番安全だ」
「そんなこと言わないで下さいよ!!」


3時間が経過したが未だ成功例はゼロ。
チョコケーキなんて高難度のものは最初から作っていない。
まず無難にチョコチップクッキーを作ろうとしたのだが、冷蔵庫で寝かせたクッキー生地が型抜きできないレベルの強度になってしまったのだ。
アイスボックスクッキーも同様。
同じ材料を使って同じ行程で作った火神の生地は何ともないのに、である。まさにミステリー。

その後は生チョコを作成してみた。
チョコレートに生クリームと蜂蜜を入れて混ぜるだけの簡単仕様だというのに、どうして苦みが生じるのだろうか。

チョコを製菓ではなく食材として使う分には何の問題もなく完成するというのに、いざ菓子を作ろうとすると破壊的な代物になる技術がむしろ凄い。
最早何かに呪われているレベルで不思議な現象が起きているのだが、テツナは前世で菓子に呪われるような悪行でも行ったのだろうか。

「だってさ、本気でお前の製菓技術はおかしいって。生クリームだってフレンチやイタリアン作る時に使えば問題ないのに、何でホイップしようとすると劣化するんだ? チョコだって料理じゃ散々隠し味に使ってたくせに、何で湯せんして固めるだけの作業が出来ないんだ? もう俺は何を教えたらいいんだよ」
「諦めたちゃ駄目です。諦めたらそこで試合終了ですよ」
「その名台詞はこんな場面で使うものじゃねえよ!!」

時刻はそろそろ日付が変わろうという時刻である。
いくらお隣だからと言っても、あまり夜遅くまで男の家にいるのはよろしくない。
火神の家は一応実家だが、両親は仕事で留守がちで今日も帰宅の予定はない。
男の家に深夜までいたことが彼氏にばれる方が問題あるのではないかと思う火神は間違っていない。
ちなみにそんなことが現実に起こった際には、火神の人生終了のお知らせが響いてしまうので注意が必要だ。

それにしても、と火神は思う。
テツナの料理の腕はかなりのものなのだ。
菓子作りが苦手なのは何かに呪われたせいだということにしても、普通の料理を作る上では何の支障もないのだから、どうにかならないものだろうか。
以前作ったエビとアスパラのゼリー寄せも高野豆腐とふきの淡雪あんも、どちらも製菓に通用する技術だというのに。


「……………そうだ」
「何ですか」
「お前はこれを製菓材料だと思うな。料理の材料だと思え」
「はぁ?」


料理ならばテツナの実力は問題ない。
菓子だと思うからいけないのだ。
かなり強引な手段だが、もう時間がないのだからこの際どんな屁理屈でも試してみるしかないだろう。
火神は冷蔵庫から残っていた卵を4つ取り出した。

「まずはこれでメレンゲを作れ。いいな、菓子を作ると思うな。淡雪を作ると思え」
「………はぁ」
「チョコは…この際レンジでいいか。メレンゲが完成したらチョコを混ぜるのは俺がやる。お前はクレープを焼け。いいな、ガレットを作るつもりで焼くんだ」

言われるままテツナはメレンゲを作成した。
卵白を泡立てるのは普段の料理でも良くやるので手慣れている。
ハンドミキサーを使って角が立つまで泡立てると完成したメレンゲをボールごと火神に渡し、クレープ生地を焼く。
蕎麦粉のガレットはお昼に時々作っていたからこちらも手慣れたものだ。
隣では火神は溶かしたチョコをメレンゲに加えてさっくりと混ぜている。
焼いたクレープの粗熱を取り、大我の手によって作られたムースがクレープに乗せられた。

「ほら、春巻きの要領でこいつを巻いていけ。大きさは15センチ四方くらいな巻き終わったらラップで包んでおけよ」
「はい」

出来上がったクレープをギフトBOXに綺麗に並べれば完成である。
絶対失敗しないレシピだが、手に汗握る緊張感に包まれていたのは気のせいではない。
余ったクレープを一口食べてみる。冷えていないから甘味が強く感じるが、普通に美味しい。

「できてる……」
「やっぱりな。とりあえず、今日はそれ持って帰れ。冷蔵庫で冷やしておくのを忘れるなよ。学校へ持っていくなら渡すのはなるべく早くにしろ。遅くなるようなら保冷剤を入れて冷やしておくこと。あと、家に帰ってから余計な手は加えるな。以上。俺は風呂入って寝る」
「ありがとうございました。助かりました。これで寿命が延びました」

最後に物騒な台詞を吐きながらテツナは自宅へと戻っていった。
隣とは言え深夜なのでテツナが玄関に入るまで見送り、そうして火神は安堵のため息をついた。
何がどうしてかは不明のままだが、とりあえず食べられるものが出来ただけ良しとしよう。
テツナはお隣さんだが、火神にとっては妹のようなものである。
手がかかるし結構面倒な性格だけど、頼られたら放っておけない。
そんな彼女が恋人に贈るバレンタインチョコを作りたいと言うのだから応援してあげたいと思う。
まぁ半分ほど火神が手を貸してしまったが、事情が事情なので我慢してもらうしかないだろう。
どちらにしろ味の要となるメレンゲとクレープの作成はテツナが行ったのだからテツナの手作りと言っても差支えない。
重要なのはテツナの気持ちが籠っているかという点なのだから。


「若いねぇ」


自分もそう年が変わらない火神は、妹分の少女の恋が上手くいくことを祈りつつ、散乱しまくったキッチンを前に苦笑した。







翌日。
登校するなり生徒会室へと向かったテツナは、作成したチョコクレープを赤司に差し出した。
綺麗にリボンがかけられているそれを受け取った赤司は一瞬きょとんとし、それからふわりと柔らかく笑った。
一口食べて黙ってしまった赤司にテツナの不安が広がっていく。
試食した時は美味しいと思ったけれど、もしかしたら赤司の口には合わなかったのだろうか。
それともまさかの突然変異でまたもや人外レベルの味へと変貌してしまったとか。

「あ、あの…僕お菓子作るの苦手で…もしかしたら美味しくないかもなんですが……」
「そんなことないよ。とっても美味しい」
「でも…………」
「そこまで心配なら味見してみる?」
「味見?」
「ほら」
「ん……っ」
「ね、美味しいだろう」
「……………………味なんてわかりませんよ」

口移しで渡されたチョコムースを呑み込んで、テツナは真っ赤になって呟いた。


  • 14.05.15