子供って残酷だ。
いや、相手は子供じゃなくて自分と同じ年――つまりは高校1年生ではあるけれど、でも未だにザリガニと蝉にご執心なあたり脳内は子供だと断じて間違いないと思う。
そんな子供――基、幼馴染兼片思いの相手である男に、黒子テツナは本日失恋した。
初恋は実らないというジンクスがあるけど、そんなのは幻だと信じていた自分は何て愚かだったのだろうか。
彼が好きなものはとっても単純。
蝉、ザリガニ、巨乳美女。
甲殻類でも昆虫でもない自分は、悲しいことに美人でも巨乳でもなかった。
テツナは決して不美人というわけではない。
むしろ可愛い外見は隠れファンも多くそれなりに人気はあるのだが、残念なことに幼馴染の好みのような色気のある美女とはタイプが違う。
巨乳とは残念ながらかけ離れていて、テツナの胸は非常に慎ましい。
まだ高校1年生だし諦めるには早いとは思うが、現時点でFカップを超えている友人が傍にいるため幼馴染の評価は厳しい。
この時点で完璧に彼のストライクゾーンから見事に外れていることに気付かなかった自分は、本当に馬鹿としか言いようがない。
だけど仕方ないではないか。
自分だって恋する女の子。
柄じゃないのは重々承知だが、それでもほんの少しくらいの希望は持っていたかったのだ。
そんなテツナはたまたま幼馴染の告白シーンに遭遇してしまった。
放課後の校舎裏とかなんてベタなところを選ぶのだろうと思ったテツナは、部員の1人が大ホームランで体育館からすっ飛ばしてくれたバスケットボールを拾いにやってきたところだった。
長い髪をくるんとカールさせた、中々の美少女である。若干化粧が濃いのが難点か。
何よりも呼び出した相手はテツナなど到底及ばない立派な胸が制服越しにしっかりと主張していた。
あ、これ終わったなと思ったテツナは、幼馴染の「悪いんだけど…」という声に耳を疑った。
あの巨乳が大好きな幼馴染が、巨乳美女の告白を断ったのである。
これはやはり自分にも少しはチャンスがあるかもと思ったテツナは悪くない。
「それって、誰か好きな人がいるってことですか?」
「あー、そういうわけじゃないけどよ。今はバスケに集中したいんだ」
「…もしかして、黒子さんですか?」
「あん? テツ? 何でだよ」
「だって、青峰くん、いっつも黒子さんと一緒にいるし、黒子さんには優しいし……」
その後聞こえてきた爆笑がテツナを地獄に突き落とした。
「テツと恋愛? ないわー。俺が色白優等生になるくらい、ありえねーわ」
そう答えて幼馴染と告白した少女はテツナがいる場所とは別の方向へ歩いていった。
残されたテツナはしばらく動くことができなかった。
そりゃあもう、これ以上なってくらい見事な失恋だった。
あのガングロが色白になるなんて漂白剤に三日三晩漬け込んだって無理だ。
それなら自分が巨乳美女になる確率の方が遥かに高いぞ。それ何て無理ゲー。
3歳の時に隣に引っ越してきて以来、ずっと好きだったのに。
ふられる理由が「他に好きな子がいる」とかならまだ良かった。
天地が逆さになってもありえないレベルで無理とか言われたら、もう一かけらの希望だって持てないではないか。
そんなわけでテツナは13年温め続けていた初恋を失った。
無情な台詞を突き付けられた校舎裏でテツナは泣くこともできずに茫然としていたのだが、やがて時間が経過するとともに言われた台詞の理不尽さや無神経さにだんだんと腹が立ってきたテツナは、やり場のない怒りに身を震わせた。
3歳の時から幼稚園に行くのも一緒、遊ぶのも一緒、寝るのも一緒。
ついでに言えば10歳までお風呂も一緒だった幼馴染。
「テツは俺の特別なんだ」とか「テツ以外いらない」とか言ってたあの頃はどこに行ったんだとか思っても仕方ないだろう。
だって自分はその台詞で幼馴染にとって特別な存在なのだと勘違いをしていたのだから。
女の純情を弄んだ罪は重い。
しかも無自覚な分、余計にたちが悪い。
「ふざけんな、ガングロセ峰!!」
怒りと八つ当たりと、多分な鬱憤晴らしのために幼馴染に教わった掌底で、持っていたバスケットボールを壁に向かって叩きつけた。
―――――のだが、何故か壁だと思っていたそこには男子生徒がいた。
振り返りざま掌底をボールに叩き込んだテツナに相手の顔は見えていない。
そんな余裕はないのだ。
『いい、テッちゃん。テッちゃんのイグナイト・廻はとっても強い武器だと思うよ。コート内で出されるパスは本当に凄いと思う。だけど人に向けて放たれると結構な殺傷能力があるから、余程のことがない限りは人に向けて放っちゃ駄目だよ? 絶対だよ? あ、でも大ちゃんがお馬鹿なことやってたら思いっきり喰らわしていいから』
もう1人の幼馴染兼部活仲間兼親友であるさつきから言われた言葉が脳裏をよぎるがもう遅い。
気付いた時にはテツナの手からボールは放たれており、華奢な少女の放ったものとは思えないスピードでそれは男の腹に叩き込まれた。
「っ!?」
1メートルほど吹っ飛んで壁に激突した男が誰かは知らない。
衝撃に蹲っている男の顔は見えない。
テツナの目には鮮やかな赤い髪が見えるだけだ。
どうしようどうしよう。
何か気温が一気に下がったような気がするんだけど、ついでに殺気らしき気配まで感じるんだけど。
「―――――いい、度胸だ」
低い、地を這うような声が男から発せられる。
やばい、これ完全に怒ってる。
無理もない。いきなり腹にボールを叩き込まれたらテツナだって怒る。
相手をフルボッコにしたくなるくらい怒る。
テツナがそう思うのだから相手だって同じはずだ。
そう思ったテツナは、とりあえず逃げた。
ミスディレクションを利用して、木の陰に隠れながらそそくさと裏門から帰宅することにしたのだ。
幸いテツナは影が薄い。
普通に歩いていても気づかれないくらいだから、怒りに満ちた男から逃げるのも問題なし。
影の薄い自分グッジョブと内心で自分を褒め称えながら、テツナは自室のベッドの上で安堵の息をついた。
あの男性が誰だったか知らないけれど、影の薄い自分の存在などどうせ気づいてもいないだろう。
どうせどこからか飛んできたバスケットボールが不運にも自身の鳩尾を強打したのだと思っているに違いない。そうだといいなぁ。
そう思いながら眠りについたテツナは、失恋の痛手をすっかり忘れていることに気付いていなかった。
そんな出来事があった翌日。
テツナの中で『見知らぬ男性にイグナイトお見舞いしちゃいました』事件があまりにも衝撃で(何せ初めての暴力である。勿論、ガングロ幼馴染への教育的指導はカウントされていない)、失恋の痛みなんてとっくに忘却の彼方にあったテツナは、いつものように幼馴染たちと肩を並べて学校へやってきた。
ふられたのに何で一緒に登校しているんだと思うテツナは悪くない。
普通こういう時ってお互い気まずくなるものだと思っていたし、実際かなりの確率で今までと同じ関係でいられるはずはないのだが、何しろ相手が相手だ。
テツナをふったとも思っていなければ、そもそもあの台詞をテツナに聞かれたと思っていなかったのだから態度が変わるはずもない。
そんなわけで傍から見れば相変わらず仲の良い幼馴染同士という様子でテツナの1日が始まった。
今日もまた同じ1日の繰り返し。
そんな風に思った時期が確かにありました。
「君が黒子テツナだね」
「………はい」
昼休み、母親に作ってもらった弁当を休み時間に幼馴染によって食べられてしまったテツナは、徴収したお金でパンを買うために売店に向かおうとしたところ、廊下ですれ違った男子生徒に腕を掴まれた。
突然の行動にテツナは驚いて足を止めた。
多くの生徒が行き交いする廊下でテツナを見つけることはかなり難しい。
今までに数人いたかいないかというくらいのレア度である。
特に話したこともない相手に見つけられたのは初めてだ。
テツナは自分の腕を掴んでいる男を仰ぎ見た。
身長は170台半ばだろうか、幼馴染に比べれば低いけれど、高校生としては平均以上の身長だ。
中肉中背。どちらかと言えば細身の部類に入るだろう。
テツナの腕を掴む手は意外とがっしりしているから、何か運動でもやっているのかもしれない。
顔立ちは端整。色違いの瞳がとっても特徴的。
そして、何よりも艶のある見事な赤い髪。
テツナの顔が強張った。
幸い普段から無表情なので周囲に気付かれることはなかったけれど。
赤い髪というのが昨日の嫌な記憶を呼び起こすけれど、何よりも驚いたのはその顔だ。
帝光高校に通うなら知らない者はいないという恐怖の独裁者。
完全無欠、冷酷無比、絶対君主との2つ名が大量についている、生徒会長。
理事長であっても逆らえない権力を入学してからひと月で築き上げた伝説の男――赤司征十郎だったのだから。
彼の逸話は山のようにあるが、善行よりも悪行――基、俺様的所業の方が圧倒的に多い赤司が、何故だか初対面のテツナの腕をがっしりと掴んでいる。
これで驚くなという方が無理だ。
はて、自分は一体生徒会長に目をつけられるようなことをやっただろうかと考え、そして彼の髪の色に目を留めた。
夕方の校舎裏。
鳩尾にイグナイト・廻を喰らって蹲っていた男の髪も同じ赤。
そういえば体格も目の前の人物と似ていた、かもしれない。
背中を冷たい汗が伝って落ちる。
そんなまさかねと軽く涙目になりながら、テツナは目の前の青年を仰ぎ見る。
にやり、と色違いの瞳が細められた。
「昨日のお礼をしたいんだが、生徒会室までご足労願えるかな」
「………………………………………………………………はい」
そう言う以外にテツナに何が言えただろうか。
生徒会室に連れてこられるなり米つきバッタのように土下座を繰り返したテツナは、予想に反して何のお咎めもなかったことに心底安堵した。
だがしかし、それから何故か昼休みになると生徒会室に召集されて赤司と一緒に昼食を摂ることになったり、何故だか一緒に帰宅することになったり、何故か何故か休日に一緒に映画を見たり食事をしたり買い物をしたりと、気が付いたら「生徒会長の恋人」というポジションに自分が祀り上げられていたりするのだが、「赤司様の言葉は絶対」な全校生徒の前ではテツナの否定の言葉は哀しいほどに無意味だった。
「何がどうしてこうなった」と日々を嘆くテツナは、実はあの時たまたま現場に遭遇した赤司が泣くこともできずに茫然と佇むテツナに一目惚れをしたことを知らない。
その後はテツナに負けず劣らず一途な赤司が、こちらはテツナとはまったく違うアグレッシブさを発揮してテツナの家族をあっさり陥落、めでたく両家公認の恋人同士(結婚前提)になったりするのだが、その頃にはテツナもすっかり赤司に情が移ってしまっているのでまぁいいかなと受け入れてしまい、更には高校卒業と同時に2人が同棲して大学卒業と同時に結婚という流れになっているのだが、それは赤司が設定した『征十郎とテツナの人生計画』通りだったことは今更言うまでもないだろう。
そして高校卒業と同時に赤司の婚約者という立場に収まったテツナがまさかの巨乳美女(協力:赤司)に成長した姿を見て、逃がした魚は大きかったと激しく後悔する幼馴染がいるのだが、それはもう自業自得としか言いようがない。
- 14.01.27