「男は全員あたしを好きになって当然。だってこんなに可愛いんだもん☆」
などと今時本気で思っている人がいるだろうか。
そんな「厨二病乙」とか「スイーツ脳」とか周囲がドン引くであろう思想を持っている少女が、実際ここにいた。
三十年前の少女漫画のように綺羅綺羅しい名前を持ち、だが外見は十代半ばだというのに肌ストレスの限界に挑戦ですと言いたくなるほどの厚化粧を施したギャルがその少女である。
名前と外見のギャップが激しすぎるので、今回は略してモブ子と呼ぶことにする。異論は認めない。
そんなモブ子、両親の教育が悪いわけでも特殊な環境で育ったわけでもない、ごく普通の一般家庭のお嬢さんであった。
なのに気が付けば厨二病全開。
異性と目が合えば「あ〜、あの人もモブ子(名前呼び)のこと好きなんだぁ。やぁだ、鏡見て惚れてくれるぅ?」とか平気で思ってしまうイタい子に育ってしまった。両親の嘆きは深い。
当然のことながらご近所トラブルのみならず学校でもトラブルは尽きず、本日めでたく10回目の転校を余儀なくされてしまった。
噂の届かない地域へと転校を繰り返し、北海道でスタートした人生は青森・秋田と着々と南下を続け、とうとう10回目では東京へとやってきた。
このまま行けば高校卒業までには沖縄まで到達し、見事に不名誉な日本列島縦断を果たすのではないだろうか。
両親が次の転校先を東京に決めたのには理由があった。
東京は人口も多いし問題児も多いだろうから、モブ子がちょっとくらい問題を起こしても学校で上手く解決してくれるよねとか思ったのである。両親を憐れむ声は多かった。
でも子供をきちんと教育できなかったのは親の責任だよね、と親族も彼女達を庇わないあたり結構本気で可哀相なのは両親である。
気付かないモブ子だけが、「東京だぜヒャッホイ、イケメンゲットして逆ハーレム何それ超美味しい。ついでにスカウトされて芸能界デビューなんかできちゃうかもぉ」とご機嫌である。
もう引っ越しはしたくないなぁと嘆く両親の心など全く汲んでくれない娘に、母親はちょっぴり泣いた。
そんなわけで転校したのが帝光中学である。
自由な校風を重んじる学校だからこその問題児受け入れである。校長先生本気でありがとうと両親は感謝した。
帝光中学は全員部活動に在籍するのが決まりとなっている。
モブ子が選んだのはバスケ部だ。
最初はサッカー部にしようと思ったのだが、部活見学の際にイケメンがいないことに気付いて断念。
野球部の坊主頭は好みじゃなかったらしく端から候補に入っていなかったため、白羽の矢が立ったのが全国制覇3連覇を目指すバスケ部だったのだ。
勿論見学に来た時に人外の動きを見せる『キセキの世代』に心を奪われての行動である。
「あのレベルじゃないとモブ子には相応しくないわよねぇ」
とか呟いていた声を聞いた部員は、それを幻聴として処理した。
入部は認められた。ただし三軍のマネとして。
一軍は桃井その他優秀なマネがいるので却下されてしまったモブ子は、当然のことだが桃井に対して嫉妬心を抱いたのだ。
ノーメイクでもわかる美少女オーラ、中学生にあるまじきスリーサイズ、更には情報分析に長けた明晰な頭脳。
どれもこれもモブ子が持っていないものである。
「あんな子、きっと男に媚び売ってるからだわ。ちょっと可愛いからって生意気なのよ」
まぁ、あそこまでスペックの高い桃井さつきだ。
同じ女性として嫉妬するのは当然だろう。
それならとモブ子は『助けて、桃井さつきにいじめられてるんです作戦』を立ててみた。
観客はクラスメイトである。
転校生にも親切なクラスメイトなら、きっとモブ子の演技を信じて味方になってくれるだろうと思ったのだ。
だが美人は女性に嫌われるものであるというモブ子の持論はこの学校で通用しないということを彼女は知らなかった。
そして桃井さつきという少女が学内で慕われているという事実も知らなかったため、当然のことながらモブ子の言い分は誰1人として信じなかったのである。
それどころか、
「はぁ、桃井ちゃんがいじめとか。そんなわけあるわけないだろう」
「桃井程裏表のない女子って珍しいぜ」
「というか、普段のマネ業に加えて他校に偵察に出かけてるさつきちゃんにそんな暇ないし」
「被害妄想はあまり言いふらさない方がいいよ。さつきちゃん、男女問わずファンが多いから」
全否定された挙句に身の安全の心配までされてしまった。
若干クラスで居心地が悪くなったのは当然の結果だろう。
第一の作戦、見事に玉砕。
それならばと、今度は『意中の人達に庇われてみましょう計画』を立ててみた。
つまり、彼らがちやほやしている人を貶めて自分がその立場に居座ってしまおうという計画である。
この時モブ子は重大な過ちを犯した。
1つは、モブ子とレギュラーとの間に信頼が欠片もなかったということ。
1つは、レギュラーしか出入りの許されていないロッカーを舞台に選んだということ。
1つは、部活時間だというのに制服姿であったということ。
そして何よりも、ターゲットを黒子テツヤに定めたということである。
上の3つはいくらでも言い訳ができるが、最後の1つがアウトだ。
モブ子は美形に囲まれて生きていくことのみを糧に生きてる少女で、当然と言おうか知能は決して高くない。
というか結構底辺だ。青峰と良い勝負かもしれない。
穴だらけの計画は当然のことながら上手くいくわけがない。
しかも相手は学校内はおろか全国でもベスト10に入る頭脳の持ち主、赤司と緑間を含むキセキの集団である。
自他共に認める黒子クラスタな連中をはめるには1万年と2千年ほど早かったと言うしかないだろう。
まぁ、つまりはこういうことである。
誰もいない部室に黒子を呼び出すことに成功したモブ子は、黒子が部室に入ることを確認してから制服の胸元を乱暴に引き裂いて絹のような悲鳴を上げた。
一番近くにいた黒子が思わず耳を押さえてしまう程の大声に、流石に練習していた部員も気づいて発生源へと近づいた。
だがしかし、そこはレギュラー専用の部室である。
他の部員は入ることが許されず、扉を開けて中に入ったのはキセキの5人だけ。
彼らが踏み入れた部室には、胸元を押さえて蹲る三軍マネのモブ子と、状況を把握しているのかいないのか普段通りの無表情を貫く黒子の姿があった。
「――何があった」
赤司の冷ややかな視線に気づかず、モブ子は立ち上がって赤司の元へ走り寄る。
「た、助けて…っ。黒子君が突然、襲ってきて……っ」
ぎゅうっと抱きつこうと思ったモブ子の下心は赤司にはバレバレで、赤司は最低限の仕草でモブ子を交わすとそのまま部室の中へと足を踏み入れた。
そして彼が入口から離れたことで他のキセキのメンバーもなだれ込んでくる。
青峰が泣き続けるモブ子へと視線を移し、それから黒子を見る。
「あぁん、テツ。それ本当か?」
「僕は…」
冷ややかな青峰の声に黒子の声が続く。
だがこの状況で加害者である黒子の言葉を信じる者などいないだろう。
モブ子の胸元は無残に破れていて、下着のレースが丸見えになっている。
どう見ても被害者の姿だ。
だが、青峰はそんなモブ子の姿をちらりとも見ずに人差し指で黒子の顎を持ち上げ、ゆっくりと顔を近づけて唇が触れそうな距離で甘く囁いた。
「昨夜あんなに可愛がってやったのに、女襲う性欲あるとか余裕じゃん。お礼に今夜もたぁっぷり可愛がってやるよ」
「……え?」
モブ子の脳内がその言葉の意味を理解できずにフリーズした。
そんなモブ子を余所に、黒子は目元をうっすらと染めて俯く。
「やめてください…。青峰君に本気出されたら、僕…壊れちゃいます」
「くっそ、やべ。今すぐ襲いてえ。まじテツあざと可愛い。練習終わるまで持つか俺の理性」
「あー、駄目っすよ。青峰っち。今日の黒子っちは俺の番なんスから。ローテーション守ってもらわないと」
薔薇色の雰囲気を醸し出している2人の間に割って入ったのは黄瀬だ。
黄瀬はわんこと呼ばれるに相応しいキラキラした顔で黒子に抱きついている。
「ね、黒子っち。女なんかより俺の方がイイに決まってるっスよね」
「黄瀬くん……」
「邪魔すんなよ、黄瀬。今は俺がテツと話してんだよ」
「青峰っちは昨日黒子っちお持ち帰ったんだから今日は俺でしょ。大丈夫、俺は青峰っちみたいに力任せなんてしないっスからね。黒子っちの身体を労わるっスよだって、黒子っちのこと一番愛してるの俺なんだから」
「聞き捨てならないのだよ、黄瀬。お前が一番黒子を愛してるわけがない」
「そうそう、俺だって黒ちんだーい好きだもん。黒ちんちょー美味しいし」
黄瀬を押しのけるように緑間と紫原が黒子を奪い返す。
どう見ても修羅場である。
「え…何、どういうこと…? それって…」
モブ子はもう何が何やらわからない。
破れた胸元を押さえることもせず、ぽかーんと目の前の美形5人を見つめる。
すると黒子が紫原の腕の中からモブ子を見た。
「貴方が転校してきたのは1か月前ですよね。知らなくても無理はありません」
「……黒子くん?」
説明を求めるように黒子を呼んだモブ子の声に応えたのは黒子ではなく赤司だった。
「テツヤは僕達のものなんだよ」
「黒子が1人に決められないというから、仕方なくなのだよ」
「テツには俺だけいればいいんだよ。どうせ俺が一番満足させてるんだし」
「それは聞き捨てならないっスね。黒子っちは俺と一緒の時が一番安らげるって言ってくれてるっス」
「黒ちんと一番相性良いのは俺だしぃ。みんな、捻り潰すよ」
まさかのカミングアウトにモブ子の中にあったキセキの理想像が音を立てて崩れていく。
確かに黒子は可愛いけど。
女のモブ子が嫉妬するくらい色白いし細いけど。
でも、男である。
キセキの世代と同じ性別である。
「モブ子さんが知らないのも当然ですが、僕、たった1人の例外除いて女性に興味ないんです」
混乱するモブ子に更なる爆弾を投下していく黒子。
モブ子の脳内はいっぱいいっぱいだ。
「………って、黒子くんはホモ、なの?」
「バイセクシャルと言った方がいいかもしれませんね。どちらかと言えば男性の方が好みです。だから、僕が君を襲うことはないんですよ」
「………」
「僕には彼らがいますから部活中に女性を襲うほど欲求不満になることもないですし、そもそも女性を欲しくなっても君程度の顔と身体ではとても」
モブ子の身体を上から下まで眺め、黒子は鼻で笑った。
「な、何よそれ!!」
思わず怒鳴ったその時、閉じられていた部室の扉が開いて桃色の髪の少女が姿を現わした。
「何? この騒ぎ……あれ、モブ子さん、どうしたのその恰好」
「桃井さん! 私、黒子くんに襲われ――」
忘れていた設定を思い出し、モブ子は咄嗟の判断で涙を浮かべて桃井に泣きつこうとした。
だが、桃井はモブ子が全て言い終わらない内に不機嫌そうに眉を顰める。
「は? 何それ。テツくんが寄せて上げて誤魔化してCカップのモブ子さんに手を出すとか考えられないし」
「な――っ」
赤司や青峰以上の一刀両断である。
思わず絶句したモブ子は悪くない。
「テツくん、化粧の匂いとか苦手だし。いい加減な性格の人ってもっと苦手だし、あと男性に媚び売る女性は大っ嫌いだもん」
「………」
「何よりも大ちゃんたちがいるのにモブ子さん襲うとか考えられないし。女性を欲しかったら私に声かけてくるから間違ってもモブ子さんじゃ満足できないでしょ」
そう言ってさつきはつやつやと輝く口元にやんわりと弧を描き、ついでにこれでもかと言わんばかりにFカップ直前の胸を張った。
ほっそりした身体なのに存在感を主張するさつきの胸は、モブ子のように補正する必要もないのだろう。
えへんと張った途端に服の中でぷるんと揺れるそれは正に圧巻。
寄せてあげてぎりぎりCカップでは到底勝ち目はない。
その様子は同性から見ても羨ましいの一言だ。何あの最終兵器。
というか、またもや問題発言が飛び出してモブ子の脳内はとっくに限界だ。
「え……ということは、つまり……」
「このバスケ部は僕のハーレムということです。残念でしたね、モブ子さん」
「うそおぉぉぉぉぉぉ!!!」
逆ハーレム失敗どころか、ここは既にホモのハーレムでした。
そんな衝撃に耐えられるわけがなく、モブ子は失意のままバスケ部を退部した。
そしてそのまま転校。今度は北関東になるか東海地区になるか、両親の嘆きはとどまるところを知らない。
そんなモブ子は転校した先で美形を見つけると「どうせあれもきっとホモなんだわ。イケメンなんて全員ホモに決まってる。滅べ」とか人生観が180度変わってしまったらしく、次の転校先では真面目に通っているという。
◇◆◇ ◇◆◇
〜おまけ〜
すっかり生気を失くして去っていく後ろ姿を見送って、黒子は小さくため息をついた。
背後で清々しい笑顔を浮かべている赤司へと振り返る。
「さすがにあのやり方はどうかと思うんですが……」
「だが、効果は抜群だろう」
「それは否定しませんが…」
何故にキセキのメンバー総男色家設定。
しかも黒子に至っては総受け+桃井という性欲処理相手までもオプションでついている。どんな最低男だ。
「桃井さんまで巻き込むなんて酷過ぎですよ。僕達は冗談で済ませられますが、女性は一度悪い噂がついたら可哀相です」
「テツくん、私のことをそこまで……っ!」
自分の汚名より桃井の立場を思いやる黒子の優しさに桃井の胸はときめいた。
光の速さで黒子の傍へと駆け寄り、桃井より大きいが細くて白い手をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫よ、テツくん。ああいう子は自分のプライドが何よりも大事だから今回のことは絶対にばらさないはず。もし仮に他の子に話したとしても信じてもらえるわけないし、私だって『やぁだ、何言ってるの。テツくんがそんなこと言うわけないじゃない』って笑いながら否定すればいいだけだもん。むしろ私はテツくんと噂が立てば嬉しいくらいだよ」
「桃井さん、有難うございます」
「テツくん、大好き」
どさくさに紛れて黒子に抱きつき、そして苛立った青峰によって引き剥がされる。
最早一連の流れが恒例になった状況で、テツヤは文句を言い合う青峰と桃井を眺めて小さく笑う。
あの転校生がキセキの世代に目を付けたのはわかっていた。
あまりにもあからさまだったので気付くなという方が無理だ。
三軍のマネであるにも関わらず一軍の練習には必ず顔を出していて、練習後のタオルなど他のマネから奪い取って突進してくるのだ。
しかも青峰が巨乳好きという噂を聞きつけたのか、やたらと胸を身体に押し付けてくる。
そしてきゃあきゃあと耳元で甲高い奇声を発し練習再開の時間となっても離してもらえない。
現在バスケ馬鹿のぴゅあ峰にそんなことをすれば嫌われこそすれ好かれるはずもない。
まず苦情は一軍と三軍のマネから届いた。
仕事をしない、もしくは仕事の邪魔をする。
文句を言えばモブ子はお姫様なのに何で雑用なんかしなくちゃいけないのと来たものだ。
ついで青峰から苦情が寄せられた。
曰く、「あの女、マジうぜえ。偽乳は許すまじ。何とかしろ」と。
更には黄瀬から「声が煩い」と言われ、緑間からは「運気が下がる」と言われ、紫原からは「あの女の臭いでお菓子が不味く感じる」と嘆かれた。
もう、モブ子フルボッコである。自業自得であるが。
そんな中、唯一の味方だったのが実はモブ子がはめようとしていた黒子だったのだが、哀しいことにモブ子にそんな観察眼などあるわけがない。
被害を受けていない赤司に至っては、仕事のできないモブ子を入部許可したのは誰だ? 僕か? そんなわけがないと現実逃避を決め込んだ始末。
本気で黒子が止めていなければ、モブ子は入部して3日後には強制退部になっていたのだ。
無知って本当に罪。
だがやはり仕事しない人をいつまでも在籍させておく必要ないよねということで、黒子以外の全員がモブ子退部を決定した。
そうして作られた設定が『キセキの世代総ボーイズラブ空間+α』である。
普段から黒子を構い倒しているキセキ+桃井である。
余計な脚色を入れなくても上手くいくだろうと思ったのだが、まさかこんなに上手くいくとは。
全員でハイタッチをしつつ、赤司はにやりと笑う。
黒子は今回のキセキのポジションをあくまでも設定だと思っているだろう。
勿論赤司や緑間は黒子に対して友情もしくは庇護欲しか抱いていないが、果たして他の4人はどうだったろうか。
青峰が黒子にべったり時折セクハラ紛いのことをしているのは周知の事実だし、黄瀬は自他共に認める黒子クラスタである。
紫原にいたっては何を考えているかわからない所があるが、常日頃から「黒ちんって甘い匂いするよね、美味しそう食べたい食べていいよね。むしろ今すぐいただきます」とか言ってる以上油断しない方が良いだろう。
桃井は唯一の異性だが、役柄の設定と同じく黒子にならば喜んでその身を捧げるに違いない。
こちらも知らぬが花である。
「まぁ、どちらにしろ逃がすつもりはないさ。僕もみんなもね」
「? 赤司くん、何か言いましたか?」
「いや、中々の見ものだったなと思ってさ」
「まったく……」
今はまだ友情という甘く緩やかなぬるま湯の空間に浸るのも悪くない。
だが、果たしてその中から抜け出すのは一体誰になるのか。
それはまだ誰にもわからない。
- 14.03.05