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テツヤさんが妖精さんに遭遇したようです


それはある日のことだった。

帝光苑にキセキが入り浸り、それに伴い我らが可愛い可愛い可愛い(以下略)黒子テツヤが従業員(見習い)からキセキ専属接客係へと転身を遂げてしまってから幾度目かの土曜日。
週休5日制なにそれ新しい憲法ですかと言わんばかりのシフトで働く帝都は、本日もまた休日という言葉は幻の中にしか存在しない慌ただしい日常を送っていた。
そして花街は年中無休。
開店が18時という決まりはあるが連泊の客には適用されず、ついでに言えば金と権力が有り余っている人物にも(一部を除いて)適用されないため、朝からそれなりに賑やかである。

テツヤのシフトは変動的だが、本日は珍しくキセキが来店していなかったため、通常通り朝から勤務となっている。
そんなわけで久しぶりにと可愛がってもらっている遊女の姐さん方におはようの挨拶を言いに遊女たちが集う部屋に向かっていた。
遊女は深夜まで働いている人がほとんどだが、朝は早い。
深夜4時に就寝しても起床時間は8時と決まっているのだ。
それから開店までの時間は、各自手習いや芸事などに費やされる。
遊郭でも最高クラスに属する帝光苑の遊女は、ただ綺麗なだけではやっていけないのだ。
客を楽しませる話術、披露される舞や楽器の演奏、そして贔屓の客へ送られる心の籠った手紙など、外見だけでなく知性と教養が必須のため、どれほど寝不足になろうと帝光苑の遊女はそれらを決して欠かさない。
過去に美貌だけが取り柄の女性が「自分こそが帝光苑随一の遊女になる」と意気込んでやってきたことがあった。
確かに彼女妖艶な美女であったが、それだけだった。
客は貢いで当然、従業員は傅いて当然という態度は不遜にしか見えず、目の肥えている帝光苑の客が彼女を選ぶはずもなかった。

「綺麗なだけじゃ金払う必要ないよね」

目をつけていた大店の若旦那にきっぱりと断言された彼女は、高い自尊心ゆえに性格を矯正することなどできるはずもなく、次第に客が付かなくなったためこっそりと花街から姿を消した。
今頃は西都で春を売っているのではないかという風の噂を聞いたことがあったが、生存競争の厳しい業界であるため同情する者はいなかった。

そんなわけで帝光苑の女性たちは自分を磨くことに余念がない。
外見だけでなく内面から輝いてこそ良い女だと信じて疑っていない彼女たちは、当然のことだがとても優しく美しい。
そんな彼女たちが快適に働けるように気を配るのが、帝光苑で働く従業員たちの仕事である。
栄養のある食事を用意し、生活面で不満がないかそれとなく調べ、遊女たちが諍いを起こさないように気配りをする。
劣悪な環境が多いとされる遊郭で、帝光苑が天国と呼ばれる所以である。

そんなわけで従業員の一員であるテツヤもなるべく遊女たちとは会話をかわすようにしている。
何が出来るわけでもないが、話をするだけでも気分転換になると言われれば断る理由などない。
時々着せ替え人形にされたりこれでもかと構われたりするが、それも愛情表現の1つだと有難く受け取るテツヤは本当に男前である。
外見はそんじょそこらの遊女など敵わないほどの美少女だとしてもだ。

そんなテツヤが待機室へ顔を見せると、1人の遊女に抱きつかれた。
抱きついてきたのは、テツヤよりも更に小柄な遊女だった。

「もう限界なの! テッちゃん助けて!!」
「雛菊姐さん?」

基本的に仲の良い遊女たちである。
テツヤが働き始めてから諍いらしい諍いなど見たこともなく(過去に体調を崩したテツヤを看病するため「テッちゃんと添い寝をするのは誰だ選手権」が繰り広げられて結構な騒動が起きたが、勿論これは例外である)、特に小柄だけどしっかり者の雛菊が泣きついてくるということは考えられなかったためにテツヤは混乱した。
とりあえずテツヤを抱きしめていた手をやんわりと外して、テツヤは半泣きになっている雛菊を見つめる。

「何があったのですか? 教えてください」
「テッちゃん…。テッちゃんは私の味方だよね」
「勿論です。僕は姐さん方全員の味方ですよ」
「やっぱりテッちゃん優しい」

更にぎゅうぅと抱きつかれてしまった。
どうしようと救いを求めるように周囲へと視線を巡らせれば、苦笑している生駒という遊女と目が合った。
雛菊とは親しい女性である。

「生駒姐さん……」
「気にしなくていいわよ。いつものアレなんだから」
「あぁ……」

生駒の言葉にテツヤは納得した。
20代前半の雛菊は、小柄な身体に相応しい華奢な体型をしているが、その実テツヤに負けず劣らずの甘味好きである。
特に果物をこよなく愛し、3食果物で良いと豪語しては厨頭に説教される程だ。
そのため最低でも1日1度は果物を食べないと落ち着かないらしいが、もともと帝光苑では食事の際には必ずと言って良いほど果物が添えられているので、こうして彼女が我儘を言うことは滅多にない。
極稀に今のような事態になるのだと聞いたことはあったが、幸か不幸かテツヤはこれまでに遭遇したことがなかったのだ。
しかし原因が分かれば行動は早い。
『女性には親切に』がモットーのテツヤである。

「今日は何を食べたいんですか?」
「テッちゃん……!!」
「雛菊姐さんが欲しい果物、僕が買ってきますよ」
「テッちゃん素敵。愛してる」

チュチュチュ、と頬に口づけの嵐を降らせる雛菊を何とか制し(非力なテツヤでは不可能だったので、周囲にいる姐さん方に手伝って引き離してもらった)、テツヤはようやく雛菊から情報を聞き出すことに成功したのである。





「あのね、ひと月程前に帝都に洋菓子専門店が出来たの。欧州で修業をしてきた《ぱてぃしえ》さんが作る《たると》というお菓子が絶品なんですって。日本では珍しい果物も沢山使われている、とっても美味しいお菓子だって聞いて……」

タルトという菓子はテツヤも聞いたことがある。
クッキー生地の土台にクリームと果物がふんだんに使われたケーキの一種なのだと黄瀬が言っていた。
生憎扱っている店が少ないのと、黄瀬が自信を持って薦める程美味しい店がないために一度も食したことはないが。
果物は鮮度が命なので、菓子に加工するにはそれなりの品質と技術が必要らしい。
黄瀬の知り合いに1人だけ素晴らしい菓子職人がいたのだが、生憎海外に修業に出てしまっているとのことで、戻ってきたら作ってもらえることにはなっていたのだが、いつになるかわからないため雛菊が納得するとは思えない。
何しろ彼女は『今』食べたいのだ。
滅多に我儘を言わない彼女の頼みだ。なるべくなら叶えてあげたいものである。

「でも、そう上手く行けばいいんですが…」

何しろその店、開店して間もないというのに週の半分以上は店休日なのだそうだ。
土日も祭日も関係なく働く人が多い帝都であり得ない勤務時間である。
そのため雛菊の常連客が幾度か足を運んだものの悉く休みで、運良く営業日だった客も全種類売り切れとなっていて虚しく帰宅したとのこと。

しかし、手に入らないと余計に欲しくなるのが人間の心理である。

花街の遊女である雛菊は帝都に赴くのは不可能。
と言って多忙な従業員に頼むのは申し訳ない。
だが、食べたい。
常連客が何人も挑んで全敗だった経歴を考えると、今後もいつ手に入れることができるかわからない。
いっそ諦めた方がいいのではないか。
でも、食べたい。

そんな気持ちに負けた雛菊が最終的に頼ったのがテツヤである。
というのもテツヤの運の良さは帝光苑随一なのだ。
その幸運度は、おは朝信者の緑間すら凌ぐと言われてるほど。
若くして両親を亡くし身ぐるみ剥がされるような形で土地財産全て奪われたという過去を持つが、治安の悪い帝都で人身売買にも性犯罪者にも出会うことなく最高物件の就職先をゲットしたテツヤならだ。
しかもその就職先では上司に可愛がられ美女たちに囲まれ(時々玩具にされることはあるが、まぁご愛嬌だろう)、テツヤを溺愛する顧客すらゲットしたのだからそう言われても当然かもしれない(本人が望むかどうかは別である)。

更にテツヤは雛菊以上に甘味に対しての執着が強い。
食が細いため食べる量は決して多くないが、その分質にこだわる。
田舎育ちで美味しい甘味などあまりなかったものだからその反動が出たのかとも思われたが、どうやら両親が作る甘味が絶品だったらしくその影響が強い。
そんなわけでテツヤは美味しい甘味を手に入れるためならどんな努力も怠らない。
ただでさえ高い幸運値のテツヤが人事を尽くせば入手困難な甘味と言えどもゲットできるのではないかと、そういう思惑のもとで雛菊はテツヤに頼んだのだ。
勿論そこには自分が花街から出られないという最大の理由も追加される。

滅多にない雛菊の涙目のおねがいを叶えないテツヤではない。
むしろ女性にここまで頼まれて断るような男がいたらイグナイトです、と年齢に合わず相当なフェミニストであるテツヤは拳を握りしめて力説した。

「ということで、今日は君達の相手をできませんから」

ほくほく顔でいつもの如くやってきた黄瀬と青峰を一刀両断して、テツヤは財布を片手に帝都へと足取りも軽く向かった。

玄関先で両手をついてうなだれるキセキを前に、この人達がいると掃除ができないなぁと頭をかく従業員は、最近めっきりテツヤに毒されてきていると思うがフォローする人物は今のところいない。








幾度目かの帝都の駅で、テツヤは紙片を片手に周囲をきょろきょろと見回していた。

「『Fontaine du solei』ですか…。聞いたことない名前ですね」

メモに書かれた名前を見る限り、西洋風の店だということしかわからない。
花街にも帝都にも珍しい店は沢山あるが、その中でも群を抜いているのではないだろうか。
まずは駐在に場所を聞こうと駅から一歩踏み出したテツヤは、駅の南口で大量に人が押し寄せている店を発見した。
前回訪れた時には更地だったような気がするが、いつの間にか店が出来ていたらしい。
大勢の人で賑わう店舗、風に乗って漂う甘い香り。
どうやらテツヤの幸運がこれ以上ない働きをしたようだと、テツヤはその人込み目指して足を進めた。
綺麗な洋館風の店舗である。
外装からも十分すぎるくらいのこだわりが感じられる。
人込みをかき分けて中へと進めば、硝子の向こうには色とりどりの可愛らしいとしか形容できない菓子が綺麗に陳列されていた。

これは当たりです、とテツヤの顔が思わず輝いた。
そわそわしながら列に並び、雛菊が好みそうな果物をふんだんに使った大きなタルトを1つと、可愛らしい小型のタルトを幾つか選びテツヤは店を後にした。

(これで雛菊姐さんも喜んでくれるでしょう)

購入した菓子は見たこともない鮮やかな彩りで、果物の愛らしい形に切られておりいかにも女性が好みそうだ。
後は列車に乗って帝光苑まで帰るだけ、と若干浮かれた足取りで歩いていたテツヤは、路地の陰から人が飛び出してくることに気付かなかった。

衝撃と同時にテツヤは背後へ大きく弾き飛ばされた。
そのまま背後に倒れると思った身体は、だが大きな手に抱き留められて転倒せずに済んだのは幸いだ。

「あっぶな…。大丈夫〜?」
「あ、ありがとうござ――」

反射的にそう言おうとして、テツヤの両手がやけに自由なことに気が付いた。
先程購入した大小合わせて10個ほどのタルト。
繊細な飾り付けも美しい、宝石箱のようなお菓子の数々。
ちょっとの振動でも崩れてしまうのではないかと思われた、芸術品のようなタルトが手元から消えている。
嫌な予感がして足元へと視線をやれば――そこには天地無用の状態で転がっている、店名のロゴも美しい白い箱。



「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



雛菊が涙目になるほど食べたがっていた菓子なのに。
とっても綺麗で手が込んでいて、おそらく細心の注意をしながら作っただろう品物が。
蓋を開けなくても中身の大惨事がわかるほどダイナミックに転倒しているではないか。

「雛菊姐さんのタルトが……」

へなへなと崩れ落ちたテツヤを誰が責められようか。
もう一度並び直すのは不可能だ。
時間の余裕はあるが店側の在庫の問題で。
ちらりと店内を覗き見れば、やはり先程とは比べものにならない程に減少したタルトの数。
おそらくあと10人分ほどしか残っていないだろう。
そして行列には30人は並んでいる。
折角買ったのにと涙目で横たわる箱を眺めていると、大きな手がテツヤの頭上に乗った。
釣られるように視線を向ければ、そこにいたのはテツヤが今まで出会ったことがないほど大柄な青年。
手のひらだけでテツヤの頭をすっぽりと覆えてしまうほど大きな姿は、さながら鬼か天狗か。
それにしてはほわほわした雰囲気と気怠そうな表情のために怖さを感じないのが幸いだ。

「あの……」
「それ、あの店で買ったやつ?」

それ、と指さされたのは三転倒立の状態で見事なバランスを保っているケーキが入った箱のことである。

「はい…」
「……ふぅん」

テツヤが頷くと青年は何かを考えるように首をひねり、そうして転がる箱を拾い上げるとテツヤの腕を掴み店内へと足を進めた。

「え、あの……」
「店長?!」
「え?」

何をするのかと青年を仰ぎ見れば、店内にいた従業員が慌てた様子で声を上げた。

「どうしたんですか店長? もう帰ったと――」
「この子のケーキぶつかって落としちゃったんだ。何とかして」
「何とかって――これ、もう売り切れましたよ」
「うん、そこを何とか」
「無茶言わんでくださいよ。そもそももっと量産してくれたらこっちだってこんなに困らないですからね」
「あーもー、そういうのウザいし。で、出来るの出来ないの?」
「このクソ店長! 大きいタルトはパートシュクレが崩れてるので無理ですけど、小さいのでしたらフルーツ乗せかえてカスタードと生クリームで誤魔化せば何とか」
「じゃあやって。お願い」

はい、と店員に箱ごと押し付けると、青年はそのままテツヤの腕を引いて店の奥へと進んでいく。
何だろうこの事態。
強引な大人に引っ張りまわされるのはここ数か月で嫌というほど慣れたけど、一切の事情を説明してくれないのは正直困る。
これが黄瀬や青峰なら鳩尾や脇腹に手刀を叩き込むのだが、初対面の相手にそれをやるのは流石に憚られた。
ちなみに初対面の男性に手刀どころかイグナイトを叩き込んだ過去がいくつかあるが、テツヤの脳内からは綺麗に削除されているため数に入っていない。

そして応接室へと連れてこられたテツヤは、ぶつかったお詫びにと美味しい紅茶と試作品と言われたタルトをご馳走になった。
口に入れるとトロリと蕩けるクリームと完熟した桃の美味しさにテツヤは満面の笑みを浮かべてそれを完食した。
そしてテツヤはこの青年が店の経営者兼パティシエ兼店長であることを知る。
1時間ほど待って修復されたタルトは土台がほんの少し崩れていることを除けば新品と遜色ない仕上がりになっていた。
ぶつかった当事者ではなく店員一同に平謝りにされつつ帰還したテツヤは、当初の予定より少なくなってしまったタルトを詫びつつ雛菊にそれを渡した。
細かい事情を省いたため事情を知らない遊女たちだったが、予定より遅くなった帰宅時間から何かあったのだろうと推察してうなだれるテツヤを慰め、小さなタルトを皆でつつきあった。



その数日後、件の青年が詫びと称して直径30センチもある特大タルトを抱えて来店することになり、その相手がキセキの客の1人であることからちょっとした騒動が起こるのだが、これはもうテツヤの運命だと思って諦めてもらうしかないだろう。



  • 13.03.25