「いやぁん、テツくん。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いwww」
「あ、ありがとうございます」
「テツくんがこんなに綺麗になるなんて…っ、竜胆姐さんグッジョブ。雛菊姐さん最高。でも、できるなら私もその場にいたかった!」
「…おいこら、俺に何か言うことあるんじゃねえのか」
「あ、ようやく起きましたか」
「何よ、大ちゃん。私とテツくんの2人っきりの甘い時間を邪魔しないで」
「そうじゃねえだろうが!!」
腹部とか後頭部とかの痛みに軽く涙目になりながら青峰は怒鳴った。
一体何がどうしてこうなったと嘆く青峰だが、大半は自業自得であることを彼は知らない。
遊女たちの待機室から犯罪さながらにテツヤを拉致してきた青峰は、そのまま当然のように特別室へとやってきた。
そして腕の中にいる幼さの残る遊女をまじまじと見つめる。
年の頃は14〜15。あどけない顔をしているがその造作は整っており、あと数年もすれば絶世の美女へと変身することは間違いないだろう。
珍しい水色の髪もふわふわと揺れて柔らかそうで、同色の瞳は大きく丸く、きょとんとした表情は何とも言えにあどけなさを感じる。
抱き上げた身体は驚くほど軽く、衣装の重さを差し引くと若干発育不良な感は否めない。
黄瀬ならば好むだろう清純そうな少女だが、青峰の好みかと言われると微妙だ。
外見は好みだ。
可愛らしいと思うし将来は間違いなく有望だし、こういう清純な少女が悦楽に染まっていく過程を見るのは決して嫌いではない。
だが、青峰はどちらかというと肉感的な女性を好む。
女性の魅力は胸に詰まっていると公言して憚らない青峰なのだ。
はっきり言うと発育不良のお子様には食指は動かない。
腕の中にいる『黒子っち』は明らかに小柄だし細身だし、どう考えても青峰が好む張りがあって程よい大きさの揉み応えのある胸とは無縁だろう。
青峰が遊郭の女性に求めるものは、細いながらもしっかりとした胸の持ち主であることが大前提である。
実際今まで幾度か利用してきたがそのたびに指名していたのはどちらかと言えば巨乳の美女ばかりで、従業員の誰もがテツヤを指名するとは思わなかった。
青峰自身だってそのつもりだったのだから当然だ。
今日はさつきに用事があっただけで女を抱くつもりは特になかったのだが、従業員にそう言われてふと先日聞いた噂が脳裏をよぎった。
滅多に遊郭に足を運ばなかった黄瀬がここ最近連日のように通い詰めているのだという、一部の間でまことしやかに囁かれている噂だ。
黄瀬はどちらかと言えば商売女を好まない。
派手な外見をしているくせに意外と純情派な黄瀬は、性欲処理という名目で女性を抱くことをあまり好まないのだ。
あの顔ならより取り見取りのくせにと思わなくもないが、個人の好みだから仕方ない。
そんな黄瀬が足繁く通う理由である『黒子っち』に興味が湧いた。
冗談半分で探してみれば、遊郭には相応しくないほど小柄で華奢であどけない少女ではないか。
品の良さそうな外見と無垢な瞳はとうてい遊女のものとは思えず、多くの遊女が持つ艶も媚びも見られない。
だけどその瞳に宿る気の強さが面白いと感じた。
本気で黄瀬の想い人に手を出すつもりはなかったが、話をしてみたいと思ったのは事実。
まぁ、あわよくば味見をしてみようかなと思わなかったとは言わない。
だって相手は遊女なのだ。金を出して買ったところで非難される謂れはないだろう。
だというのに――。
青峰は未だに疼く鳩尾と後頭部をさすった。
部屋に連れてきて至近距離からその顔を眺めていたはずなのに、気が付けば床に崩れ落ちていた。
どうやら意識を失ってしまっていたらしいが、その直前に聞こえた声が間違いでなければ、青峰はこの目の前の美少女2人によって沈められたはずである。
空色の瞳が不快げに顰められたと気づいたその一拍後に感じた衝撃と冷ややかな言葉。
そう、青峰が幻聴を聞いたのでない限り、それは
「沈みやがれです」
と言ったのだ。
そしてその後に後頭部に響いた衝撃と罵倒。
「ちょっとおぉぉぉ! 私のテツくんに何してくれてんのよ!!」
長い付き合いだから誰かなんて聞かなくてもわかる。
多くの客から愛らしいと称される声と、慣れたくないのに慣れてしまった彼女の最強の技・踵落とし。
それを教えたのはかつての自分だった。
身を守るために教えたはずなのに、更に威力を増して自分に跳ね返ってくる日が来るとは思わなかった。
つまり、青峰をあっさりと床に沈めたのは、この美少女2人の連携プレーと見て間違いない。
キセキの客である青峰大輝に従業員が乱暴をするとは思えないから、彼女たちしかいないのだ。
権力を振りかざすつもりはないが、青峰はこの帝光苑でも特別扱いの客だ。
それこそ支配人が徹頭徹尾下手に出るほどの上得意客である。
間違っても遊女から殴られるような立場にないのだ。
だというのに、この2人ときたらきゃっきゃうふふと花を飛ばしまくっているし(ただし1名だけ)、気を失った青峰を介抱する様子もなかった。
それどころか謝罪の言葉の1つもないとはどういうことか。
彼女達は自分を怒らせたいのだろうかとも思ったが、それ以上に怒っているさつきを前に青峰は言葉を続けることができなかった。
「大ちゃん、正座」
「何で――」
「聞こえなかったの? せ・い・ざ」
どどんと仁王立ちしたさつきに逆らうなと本能が告げていた。
おかしい、自分は客でさつきは遊女のはずなのに。
いや、確かにさつきに勝てるとは思っていないけど。
あれ、ということは俺詰んでね?とか考えてしまう青峰大輝、世間ではエリートと呼ばれる特権階級に位置する選ばれた男のはずなのだが。
「お客様は神様です」精神の遊郭で、まさか遊女に正座させられる日が来るとは思わなかった。
否、さつきがただの遊女でないことは自分が一番良く知っているのだけれど。
「あのさ、大ちゃんは確かに特別なお客様だよ。それはうちだけじゃなくて帝都でも絶対の不文律だし誰だって大ちゃんに逆らう人なんていないと思う。でもさ、だからってテツくんをお金で買おうなんて許されることじゃないのよ。わかってるの、そのへん。何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「何だよ。こいつは遊女だろうが。金払って買うのは当然だろう。何もただ乗りしようってつもりじゃねえし、勿論十分そいつを愉しませるだけの技術は――痛っ!」
「お下品」
パシリ、と扇子で額を叩かれた。
ちなみにテツヤが持っていた扇子である。
「そこが間違い。大間違い。テツくんは今日はこんな恰好しているけど、遊女じゃありません。時々性別不明の天使じゃないかと思うけれど、テツくんはれっきとした男の子。しかも、この店の従業員で私たちのアイドルなんだから。当然のことながら春は売ってません。おわかり?」
「――――――――はぁ?」
「…さつきさん、その認識は微妙に嬉しくないです」
テツヤがぼそりと反論するけれど、生憎2人の耳には届かなかった。
というかそんなテツヤの言葉など耳に入る余地もない程の衝撃が青峰を襲っていたのだ。
「嘘だろ?! これが男?! どう見たって女じゃねえか。俺の好みかと聞かれると胸がないから微妙だけど、でも顔は間違いなく好みだぜ。そりゃもうドストライク。あと数年経って育ってきたらあんあん喘がせて俺色に染めるのも楽しいなとか思ったっつうのに、男?! 遺伝子レベルで間違ってるんじゃねえか?!」
「大ちゃんがそう思うのは無理ないけど、テツくんはきちんと男の子です。しかも紳士。可愛いのに凛々しくてで優しくて勇敢で、これはもう王子様って言ってもいいよね」
「王子様っつうか天使か妖精かと言われても納得してやろう。確かに黄瀬が好みそうだよな」
「あのきぃちゃんだって間違えたもん。無理ないけど。あ、きぃちゃんは確かに週に2回はテツくんに会いにくるけど、大ちゃんみたいにいかがわしいことしに来てるわけじゃないからね。ちょっとテツくんに癒されて膝枕されて頭ナデナデされてるだけだから。ポジションまんま大型のわんこだから。隙あらば女性を組み敷こうとか企んでいる大ちゃんと一緒にしないでね」
「あの、ちょっと……」
「膝枕だあ? 随分と微笑ましいことしてるじゃねえの。俺にもやってくれよ」
「駄ー目。大ちゃんはケダモノだからテツくんに近づくのは私が許可しません」
「お前のテツじゃねえだろうが」
「私のじゃないけど、テツくんは大事な仲間だもん。というかテツなんて気安く呼ばないでよ」
「あーん、どう呼ぼうと俺の自由だろうが。なぁテツ?」
「はぁ、まぁそれは別にいいんですが…それより――」
「大ちゃんにテツなんて呼ばれたらテツくんが汚されちゃう」
「っざけんなさつき。テメェ、足腰立たなくなるまで犯してやろうか」
「大ちゃんになんて買われてあげないよーだ。そんなこと言うと情報上げないんだからね。折角良い情報仕入れてきたのになぁ」
「あ、そうだ。それが目的なんだよ。さっさと寄越せ」
「ぶー」
何だろうこの2人。
仲が良いんだか悪いんだか分からないけれど、とりあえず親しそうだ。
幾度となく挟んだ制止の声は悉く無視されてしまったので、テツヤはソファーに座ってのんびりと傍観に徹した。
さつきは基本的に無邪気で気紛れだ。
そんなところが良いと固定客も多いし、文句なしで帝光苑一の稼ぎ頭ではある。
だがここまで自由奔放に振る舞い、時として手が出るような姿は正直珍しい。
しかもやたらと生き生きしているのだ。
限りなく素に近い態度で接する目の前の男がただの客だとは思えないけれど、女性にあれこれ質問するのは流石に失礼だろう。特にこういう商売だと。
というわけで大人しく待っているのだが、夫婦漫才――もとい子犬の喧嘩のような言い合いは終わる様子を見せない。
退屈から睡魔が襲いテツヤはふわぁ、とあくびを噛み殺した。
その頃になってようやく話がついたのだろう、「ちょっと待ってて」と言いながらさつきが部屋を出ていった。
一緒に退室すればよかったのだがすっかりタイミングを失ってしまったテツヤは部屋に取り残されたままだ。
さてどうしようと思った途端、膝の上に何かが乗っかった。青峰の頭である。
「お、これはなかなか」
どうやらテツヤの膝は彼のお気に召したらしい。
上機嫌な様子で下から見上げてくる。
「……あの?」
「あ? 何だよ」
「…いえ、何でもないです」
青峰はテツヤの膝枕を堪能しながら、テツヤの頬へと手を伸ばしてくる。
気まずい。非常に気まずいが、流石に一度床に沈めてしまった手前あまりきつく出られない。
1度目は見逃してもらえたが、2度目となれば流石に相手も怒るだろう。
「なぁテツ」
「はい?」
「お前、本当に男か?」
「男ですよ。正真正銘」
「勿体ねえな。こんなに美人なのによ」
「余計なお世話です」
脊髄反射でそう返してしまってから、またやってしまったと頭を抱えた。
自覚していることだが、テツヤはあまり気が長くない。
おっとりしている外見から穏やかな性格だと思われがちだが、どちらかと言えば沸点は低いほうだと思う。
そして手も口も早い。
今のところそれが悪い方向に作用したことはないが、それはあくまでも周囲の人が大目に見てくれているからであって、いつ無礼討ちに遭ってもおかしくないんじゃないかとテツヤは思っている。
まぁ直すつもりはないのだが。
青峰はそんなテツヤを気にならないのか、気が強いなの一言で笑って済ませてくれた。
流石はキセキの客。他の客とは器が違うと密かに感心した。
「1つ質問していいですか?」
「何だ? 膝枕の礼に答えてやるよ」
何となく手持無沙汰なので青峰の髪を梳きながらそう訊ねると予想外に太っ腹な返事が返ってきた。
「さつきさんとは長いお付き合いのように見えましたが、それにしては不思議な関係のようですが…」
青峰の予想外に手触りの良い髪を撫でながらそう聞けば、切れ長の瞳がテツヤを見上げてきた。
「あいつとは幼馴染なんだよ。ま、仕事上の付き合いもあるから長いっちゃ長いな」
「でも男女の関係ではないですよね」
「まぁな。良い女だとは思うけど、あいつは毒があるからな。俺の用はもっぱらあいつの副業の方だ。むしろあっちが本職か」
「副業?」
「あいつ、情報屋なんだよ。帝都でも指折りの情報通だから、結構依頼してる奴多いんだぜ。遊女なのはカモフラージュってやつだ」
「あー! テツくんに何吹き込んでるのよ! というかテツくんの膝から下りなさいバカ峰!」
怒声と共に扇子が飛んできたが、流石に二度も喰らうつもりはないのだろう青峰が視線も向けずに飛んでくる扇子を受け止めた。
入口で真っ赤な顔をしているさつきが手に何やら書類の束を持って立っていた。
どうやら取りに戻っていたのはその書類らしい。
ずかずかと近づいてくると寝転がっている青峰の腹部目がけてそれを落とした。
「ぐ…っ! さつき、テメェ…」
「はい。それが某大臣とA国との癒着の証拠資料。さっさと持って帰って軍法会議でも弾劾裁判でも行いなさい」
「お、まじで仕事早ーな。助かったぜ」
「お礼はいつもの通り振り込んでおいてね。ということで帰った帰った」
「何だよ、つれねえな。ま、いっか。また来るわ、テツ。今度は手土産でも持ってきてやるよ」
「是非甘味でお願いします」
「何だ、マジ可愛いなお前。黄瀬が気に入るのも納得だわ」
「大ちゃんはもう来なくていいよーだ」
「お前に逢いに来るんじゃねえよ」
「さつきさん、青峰様……」
何だろうこの遣り取り。
殺伐としているように見えて、気心の知れた親しい関係だということが良くわかる。
何となく微笑ましくてテツヤはくすりと笑った。
そんなテツヤの笑顔にさつきは悶え、男だと分かっているのにその笑顔に見惚れてしまった青峰が今後も足繁く通うことになるのだが、それもまた帝光苑のいつもの日常である。
- 13.02.15