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テツヤさんが着せ替え人形にされたようです


切欠は1本の簪だった。

ある遊女が贔屓にしている大店の主人から贈り物を貰ったのだ。
最近帝都で人気の若手作家の作品だと言っていたが、繊細な飾り細工は見事の一言に尽きる逸品で、当然のことながら遊女は有難くそれを受け取った。
桐箱に収められていたのは様々な形の簪。
螺鈿の細工を施した豪華な漆塗りの簪は一目で高価だと分かるもの、鳥籠に小鳥が入っている画を模した飾り細工のもの、蜻蛉玉を使ったものなど日替わりで付けても楽しめそうだ。

ただ1つを除いて。

「古那家の旦那様って趣味は良いのだけど、どうしてこの1本だけこれを選んだのかしら」

多くの遊女が屯す待機室で、竜胆は少々不満げに呟いた。
細くて白い指がそれを弄ぶたびに、シャランと耳に優しい音色が届く。
飾り房のついた簪には小花が散りばめられていてとても豪華だ。
一般庶民が購入しようとすればかなりの覚悟がいるだろう、間違いなく高級品の部類に属するそれだが、遊女にとっては日々の自分を彩る装飾品の1つに過ぎない。
綺麗だし質の良いものだと思う。――ただ自分が身に着けるには幼すぎるのだ。

竜胆は今年で20代の半ばになる帝光苑では少々名の知れた遊女であり、どちらかと言えば古参の部類に入るだろう。
落ち着いた雰囲気と妖艶な美貌は多くの固定客が頻繁に訪れてきている程であるから、自分が思う以上に見た目は若く美しい。
だが、目の前の簪は妖艶とは真逆に位置する代物だったのだ。
一言で言えば清楚。可憐。
愛らしいとしか評せないそれは質の問題ではなくデザインの問題で竜胆には少々似合わない。
一瞬嫌がらせかとも思ったが、固定客の中でも相当の贔屓をしてもらっている古那家の主人がこのような嫌がらせをするとも思えない。
では、誤送だろうかとも思ったが、残りの品々は間違いなく竜胆のために誂えたとしか言えないほど自分に似合っていたのでその線も考えにくい。
となると、これは何かの意図があってのことなのだろうが、学の少ない自分にはどうやってもわからなかった。

そんなわけで他の遊女に相談に乗ってもらっているのだ。
他の妓楼でこのようなことをすれば嫌味だの贅沢だの批判が飛ぶだろうが、帝光苑は基本的に遊女同士の仲が良いため、そのような問題は起こらない。
そのため贔屓客などは親しい遊女達の分も含めて差し入れをすることが珍しくない。
筆頭としてはテツヤのための菓子全般だが、これにも当然他の遊女の数も含まれている。

「ねえ、どう思う?」
「あら、本当。造りは繊細だけど、ちょっと竜胆姐さんには幼いわね」

竜胆が傍にいる遊女にそう問いかければ、ひょいと覗き込んだ別の遊女も軽く首をひねった。
そしてつられるように他の遊女も覗き出す。

「こういうのが似合うのは10代半ばまでよね。うちらには子供っぽいわ」
「でもこれ結構値が張るわよ。古那家の旦那様も一生懸命選んでくださったんでしょうねぇ」
「でも、こう言っては何だけど、帝光苑にこれが似合う遊女なんていないわよ。さっちゃんだってうちじゃ若いけど可愛いというより綺麗系だし」

帝光苑一の遊女と名高いさつきはまだ10代だが、彼女もまた可愛らしいけれどこの簪を身に着けるにはイメージが合わない。
というかこの簪はそもそも遊女という職についている女には似合わないのではないだろうか。
色香よりも愛らしさが勝るような少女でなければ無理だと思う。

確か古那家には12歳になる娘がいたはずだ。
本当に間違って同封されてしまったのだろうか――。
だがそんな疑問はある遊女が発した言葉によって見事に打ち消された。


「そうねぇ。強いて言うならここで似合うのはテッちゃんくらいよね」
「っ?!」
「っ?!」
「っ?!」
「っ?!」
「っ?!」

衝撃が走った。
他の遊女が弾かれたように発言者へと振り返り、彼女はあまりの見幕にびくりと肩を震わせた。

「まさか…古那家の旦那様ってそこまで読んで…」
「何て恐ろしい人。でも、慧眼だわ」
「女装したテッちゃん。何それ私得」
「こうなったらやるしかないわね」
「ないですね」
「しかも今日は仕立て屋が来る日よ」
「何てタイミングの良さ」
「もうこれは運命よね」
「さぁ、誰か。テッちゃんを呼んでくるのよ」
「任せて、姐さん」

そうして幾人かの遊女が部屋を飛び出していき、店の玄関前を掃除していたテツヤの両腕を抱えて部屋へ連れてきた。
何が何やらわからないままに連れてこられたテツヤはきょとんとしている。
そんな姿も可愛いと普段なら悶える遊女は多いが、今日はそれ以上の楽しみが控えているからかそこまで酷くない。

「あの、皆さん、どうしました?」
「テッちゃんには濃紺かしら? 黄色の小花模様も似合うと思うけど」
「赤も悪くないと思うけど、ちょっと色が強いかしらね」
「私としては紫紺も悪くないと思うけど」
「でも、一番は白だと思うの。白無垢のテッちゃんは世界を救うと信じてる」
「それは同感」
「大臣でも落ちるわね、コロッと」
「え…あの……」
「大丈夫。テッちゃんは大人しくしていてくれればすぐにすむわ」
「お姐さん達と一緒に遊びましょうね」

テツヤの仕事は従業員(見習い)である。
このかっこ見習いかっこ閉じという部分がとっても重要で、これは何もテツヤが半人前だという意味ではない。
むしろその逆、個性が強く自尊心の高い遊女たちが円満に仕事ができるようにと、遊女の機嫌取りを主に行うことが仕事の内容だからだ。
そのため日常業務よりも遊女との相手を優先させるために敢えて(見習い)としているのだ。
そろそろ従業員(遊女専属)に変更した方が良いのではないかと支配人は提案するが、そうすると他の従業員が気安く話しかけられなくなるために、テツヤに癒しを求める従業員一同から断固とした拒絶が起きている。

まぁ、ぶっちゃけテツヤの仕事は帝光苑のアイドルである。

そんなテツヤだから遊女のお願いは無下にできない。
そもそも仕事内容に含まれなくても女性には優しいテツヤだから断らないとは思うが。
黒子テツヤは儚げ美少女の外見を持っているが、中身はこれ以上ないほど男らしいのである。

「はぁ、仕方ないですね。半時ならお付き合いしますよ。でも、あまり長居はできませんからね」

僕にだって仕事があるんですとドヤ顔で言うテッちゃん可愛いですと遊女の美貌がへにゃりと崩れる。
まるで一人で獲物を取ってきて誇らしげにしている愛猫を見るような眼差しなのだが、幸い誰もその事実には気づいていない。
遊女の1人が手を叩く。
すると続き部屋の襖が開かれて、奥に控えていた仕立て屋がすすっと前に出てきた。
彼の背後にあるのは色とりどりの反物、着物、帯、その他諸々の衣装。

ヒクリ、とテツヤの頬が引き攣った。
僅かに引けた腰を遊女ががしりと掴む。

「さぁ、テッちゃん。お着替えしましょうね」


ジーザス。


テツヤは天を仰いでそう呟いた。







丁度その頃、帝光苑の正面玄関に一台の黒塗りの車が停車した。
そろそろ夕刻、営業開始の時間である。
連日盛況な帝光苑では営業時間前に常連客が訪れることはあまり珍しくないので、従業員の1人がいつもと同じように出迎えようとして、車から降りてくる姿を認めて凍りついた。

長くしなやかな足を車から下ろして姿を現わした男の名は青峰大輝。
帝光苑でも珍しい上得意客で、所謂キセキと呼ばれる客の1人である。
どうして彼が…、と接客係の1人が呟いた。
青峰大輝は確かにキセキの客の中でも帝光苑の利用頻度は多い方だが、それでもせいぜい数か月に一度である。
そして自分が来店することで店内が混乱することがわかっているために事前予約は欠かさない。
そんな品行正しい利用客だったはずなのだが、まさかのアポなし来店。
しかも存在を主張するように正面玄関へ高級車の横付けである。
一体彼に何があったのかと思うくらい、およそ彼らしくない行為だった。
だが、彼の表情に変わりはなく、むしろいつも以上に機嫌は良さそうだ。

「よお」
「いらっしゃいませ、青峰様」
「突然来て悪かったな。――さつきはいるか」
「はい。本日の御指名はさつき嬢で宜しいですか?」
「あぁ? 今日は別に女を呼んでって気分でもねえんだが、まぁいいか」

乱暴に髪をかきあげながら、青峰は従業員へと視線を向ける。
彼の顔立ちは黄瀬に負けず劣らず整っているのだが、如何せん鋭すぎる視線のせいか他者に威圧感を与えてしまう。
本人もそれはわかっているのだが、これは持って生まれたものであり慣れてもらうしかない。
そして百戦錬磨の従業員は当然ながら彼の鋭い視線をスルーする技術を持っている。
ニコニコと営業スマイルを浮かべて、好感度の高い応対を続けた。
ここは帝光苑。遊女の質のみならず従業員の質だって超一流なのだ。
だが、その表情が再び凍りついたのは、間違いなく青峰の発した台詞のせいである。

「さつきと―ーそれからあいつを呼んでくれよ。黄瀬が最近ご執心だという『黒子っち』をさ」

にやりと笑う顔に見えるのは多大な好奇心。
黄瀬がここ最近週に2回は帝光苑に足を運んでいるという情報を聞きつけたのだろう。
彼らにどのような繋がりがあるのかは知らないが、上流階級ということもありそれなりに接触は多いのだろう。
普段あまり寄りつかない花街に黄瀬涼太が足繁く通っているという話を聞きつけて、彼が夢中になっているという遊女に興味を持ったとみて間違いない。
青峰大輝はキセキの中でも結構な女性好きなのだから。

おのれキセリョととりあえず心の中で毒を吐き、従業員は慣れた仕草で青峰を特別室へと誘導する。
だが、相手はキセキの1人である。
従業員の心中なんて慮らない人ばかりである。キセリョを筆頭に。

「あぁ、お前らの手を煩わせるのも悪いな」

そう言って青峰はそのまま店内へと足を踏み入れた。
特別室のある方向ではなく、遊女の部屋がある一般棟へ。

「あ…あの、青峰様…?」
「俺が自分で探してくる。お前はその間に部屋を用意しておけ。いつもの場所だ。――わかってるな?」

ジロリと睨まれて従業員の足が止まった。
これは間違いなくトラブルの予兆だ。
だが逆らえない。だって相手はキセキの客だ。
支配人助けてくださいと思いながらも、支配人に告げれば自分の寿命が縮むのがわかっているためどうしたらよいか本気で悩む。
そうして数分、彼は正面玄関で凍りつき、ほくほくした顔でやってきた常連客に心配されることとなる。







「いやぁん、テッちゃん可〜愛〜い〜www」
「凄いわ、まさに芸術。私達頑張った」
「着物も帯も当然だけど、やっぱりこの簪はテッちゃんにぴったり」
「古那家の主人、恐るべしね。だけどグッジョブ」
「誰か、絵師を呼んできて。それと写真家も」
「……皆さん、本気でそろそろ勘弁してもらえませんかね」

きゃあきゃあと騒ぐ遊女を前に、テツヤは疲労感を隠せない様子でそう呟いた。
半時なら良いとは言ったけれど、その内容があまりにも濃ゆかった。
まず抵抗する間もなく身ぐるみを剥がされた。
それはもう見事な脱がせっぷりにさすが姐さん方、と妙な部分で納得してしまったほどだ。
その後はもう何が何やらわからない。
女性用の着物をあれでもないこれでもないと身体に当てられ、ようやく決まったと思いきやその着物に似合う帯や帯留めなどを同じように選ばれ、次いで短い髪に鬘をつけ沢山の髪飾りがつけられた。
最後に白地に青と黄色の小花模様が入った打掛を着せられたテツヤは、自分で言うのも何だが完璧な遊女の完成である。
帯は胃を圧迫して苦しいし、打掛は予想以上に重たい。
何よりも頭の上にこれでもかと刺さっている簪は動くたびにシャラシャラと音を立てて動きづらいったらない。
しかも完璧を求める遊女たちにより化粧まで施されてしまったので、誰が見てもテツヤだと見抜けないのではないだろうか。ちょっと泣きたい。
この大仰な変装、きっかり半時で行ってしまうとは、姐さん方恐るべしである。

「テッちゃん、最後の仕上げ。この扇子持って口元覆ってにっこりと笑ってみて」

鮮やかな花吹雪が描かれた扇子を渡され、テツヤは逆らう気力もなく開いた扇で口元を覆いにこりと微笑んだ。
若干疲れが隠せないが、それもまた婀娜っぽいと遊女たちは黄色悲鳴を上げる。
今日はもう休んでしまいたいと思いながら、それでも彼女たちが喜んでいるならとあと少しだけ我慢しようと思っていた矢先、廊下へと続く扉がスパーンと音がして開かれた。
あまりにも豪快な音に驚いて振り向けば、そこにいたのは見たこともない男性。
見上げるほどの長身に精悍な顔つき、高級そうな服を着崩したバランス良く整った身体。
どこからどう見ても美形な青年が、不思議そうな顔でテツヤを見下ろしていた。
突然の乱入者のせいで遊女たちも驚いて言葉を失う。
何しろここは関係者以外立ち入り禁止の場所だ。
一般客が間違って入ってくるような場所でもない。

「あの………」

とりあえずお引き取り願おうと思ったテツヤが男性に声をかけようとするが、男性の発言でテツヤの言葉が喉の奥で止まった。

「お前が、『黒子』か……?」

低く、腰に響くような美声。
神は二物も三物も与えるんだなと関係ないことを思いながらもテツヤは頷く。

「あ、はい。黒子は僕です」
「成程」

面白そうにニヤリと笑った顔に、あ、まずいと思った時には既に遅く、一瞬の間にテツヤは男性によって抱き上げられてしまった。
明らかに自分以上に高い男に抱きかかえられるのは結構怖い。

「お客様……?」
「俺の名は青峰大輝だ。知っているか?」
「青峰、様…。たしか、キセキの…」
「そういうことだ。お前、今日俺の相手をしろ」

そう言うなり頬に口づけを落とした乱入者もといキセキの客――青峰大輝は、満足そうな顔でテツヤを特別室へと拉致したのであった。



その数分後、彼が床に臥せることになるのは当然と言えよう。


  • 13.02.15