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続・テツヤさんが遊郭に就職したようです


『テツくん、さっきから支配人が探してたよ』

遊女の買い物に同伴していたテツヤは帝光苑に戻ってくるなりさつきにそう言われて、理由もわからないまま支配人の部屋をノックした。

「黒子です。入ります」

返事を待たずに扉を開けるのは行儀が悪いかなと思ったけれど、まぁいっかで済ませてしまうあたりテツヤの神経は結構図太い。
だがやはり相手の反応を見てから開けてほしいと思うのが部屋の主の言い分である。
時間指定をしなかったからもしかしたら外出している場合だってあるし、色々とお取込み中の場合だってあるではないか。

そう、今のように。

「おや」
「くっ、黒子?!」
「やだ黒子くん。返事がないのに開けたら駄目よ」

2人掛けのソファーに座って親密な空気を醸し出していた支配人と副支配人は珍しく慌てたように椅子から立ち上がった。

「な、何の用だ? あぁ、支配人が呼んだんだったな。悪い。ちょっと待っててくれ。5分でいいから部屋を出てもらえると助かる」

支配人を隠すように黒子の前に立つ副支配人がそう言うが、テツヤの視線はその背後――大きな背中に隠れている支配人に注がれている。
真っ赤な顔で視線をそらす支配人にテツヤの目がすぅっと細められた。

「あぁ、お取込み中だったんですね。すみません。――とか言ってあげませんよ」
「黒子?」
「あ、あのね、だってね――」
「言い訳は許しません」

そのまま副支配人を押しのけてテツヤは支配人の手を掴んだ。
遊郭の支配人にしては珍しく若い女性。
利発そうな外見そのままに相当のやり手である彼女は、祖父から譲り受けた帝光苑を僅か数年で帝都一の妓楼へと成長させた敏腕経営者である。
路頭に迷っても仕方のなかったテツヤを拾って面倒見てくれたことは感謝しているが、それとこれとは別問題なのだ。

テツヤは握った細い指先をぱくりと頬張る。――正確にはその先にあった大福を。

「ああ――っ! 最後の1つなのにいぃぃ!!!」
「…やっぱり出雲亭の栗大福ですね。ほんのり甘みの栗餡ともっちり大福とのコントラストが絶品。アクセントにちょっぴり塩味を効かせた今年一番の売れ筋商品。1日限定100個を僅か15分で売り切るという大人気商品じゃないですか」
「…お前の甘味に掛ける情熱は相変わらず凄いな」

つらつらと甘味情報誌にあった情報と個人の感想を述べる黒子に副支配人は半ば呆れたため息をついたが、それは綺麗にスルーさせていただいた。
テツヤはジト目で支配人を見る。
大きな瞳が逆かまぼこのようになり、帝光苑一の小動物と言われるテツヤの豹変に支配人の顔に焦りが浮かぶ。
見た目は愛らしい子猫が怒っているようにしか見えない。
だが、この子猫が隠し持つ牙の威力は初日に誰もが目にしている。
内臓を抉るように繰り出される掌底は鍛えた成人男性ですら一撃で床に沈める威力を持つのだ。
誰だって喰らいたくないだろう。

そんな支配人の思いを余所に、テツヤはじりじりと顔を近づける。
自分より小柄だろうが大人だろうが雇用主だろうが構わない。
だってこれは――。

「僕の気のせいでなければ、これはつい先ほど桔梗姐さんがお客様から頂いた貢物じゃなかったでしたっけ? 『数が少ないから早く食べてね』と言われた記憶があるんですけど」
「だ…だって、黒子くんいなかったんだもの。早く食べないと傷んじゃうし…」
「僕が竜胆姐さんの髪飾りを買いに出かけてから一刻しか経ってませんよ。確かに大福は出来たてが命ですが、2時間やそこらで傷むはずありませんよ。真夏じゃないんですから。というかこれ、

僕 が 貰 っ た お 菓 子 で す よ ね ?」

食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言ったもので、その法則は勿論テツヤにも適用される。
むしろ甘味愛してますmgmgなテツヤにとって自分の差し入れを無断で食べられることが果たして許されるだろうか。答えは否。
脳内裁判速攻2秒の最終判決である。
よって有罪。

「いいですか。食べたかったなら僕に一言言ってくれればよかったんです。僕だって鬼じゃないんですからお裾分けくらいしますよ。どうせ全部食べきれないんだし。なのに何で勝手に食べちゃうんですか。桔梗姐さんが僕のためにお客様におねだりして買ってきてくれたものなんですよ。『権力の行使、ダメ、絶対!』なお店だから、地元の名士だろうと有名人だろうと並ばないと買えないお店の一番人気商品ですよ。多分本人が並んだわけじゃないから部下の人が並んだんだと思いますが、それでも多大な苦労を伴って買ってきてくれた貢物です。勿論僕にはそんな男性客の苦労なんてどうでもいいのですが、桔梗姐さんが僕にくれたのに僕が食べなければお礼も言えないじゃないですか。そんなの桔梗姐さんが可哀相です。仮にも経営者なのですから遊女のお姐さんの気持ちくらい汲んであげなくてどうするんですか」

ぷんすかと怒りながら言うものの、その体勢はソファーに座る支配人とその横に正座してちゃっかりテーブルの上にあった玉露を飲みながらのお説教である。
緊張感が欠片もない。
言っていることは真っ当なのに、何だろうこの残念感。
しかも内容が差し入れの菓子についてである。
副支配人にしてみればちょっとレベルが低いなとか思うけれど、それを言ったら副支配人は間違いなく数日間ベッドの住人になるだろう。
勿論、儚げ美少年によるありえない掌底の犠牲となっての結果である。
何しろテツヤ宛の差し入れを横取りした共犯者だ。
最初は反対したのだ。
テツヤの甘味に対する愛情を考えたら、大変な目に遭うのはわかっていたが、支配人から「命令」と言われてしまえば逆らえないのが従業員の哀しい宿命。
俺は反対したんだよ、黒子…と心の中でテツヤに対してこれでもかと言い訳をし、ついでにエアお供えを差し出して崇め奉ったりしたのだが、果たして効果があるかどうかは謎である。
下手に口を出すと寿命が数日確実に縮むのがわかっているため、お口にチャックで待機するのが賢い大人というものだ。
テツヤが飲んでいる玉露は副支配人の秘蔵の一品だったりするのだが、そんなことで情状酌量されるとは思えない。
女性にはとことん甘く、男性にはとことん厳しくがモットーのテツヤなのだ。世の中って理不尽。

「ごめんね、黒子くん。今度からちゃんと黒子くんにお願いするわ」
「わかっていただけたらいいんです。幸い1個は僕が食べましたし、桔梗姐さんにもきちんとお礼が言えるのでもういいです」
「黒子くん、優しい」

お説教モードから普段の無表情に戻ったテツヤに、思ったより寛大な処置を施してもらった支配人は感謝の意を込めて抱きついた。
相変わらず細い身体。
下手したら自分より軽いのではないかと思う。
事実その通りなのだが、それはここに在籍する全遊女にも言えることなので、テツヤの体重について誰も触れない。暗黙の了解というやつだ。
小食なのがいけないのだが、無理に食べさせると吐いてしまいその後もしばらく絶食状態になっていしまうので本末転倒。
テツヤにカロリーを取らせるには甘味が一番ということを、帝光苑の女性はよく知っている。

「お詫びに今度一緒に伽羅道の紅茶あんみつ食べに行きましょうね。紅茶のもっちりゼリーと黒蜜きなこのクリーム餡蜜が絶品なのよ。お持ち帰りできないから今度の休日にでも一緒に行きましょう」
「ありがとうございます、支配人。大好きです」
「私も黒子くん大好き」

未知の甘味という餌にテツヤはあっさり陥落する。
この子お菓子に釣られて誘拐されちゃうんじゃないだろうかと心配する副支配人はきっと正しい。
だが黒子テツヤは女性にはとことん甘いが男性には厳しい男だ。
きっと情報を聞き出すだけ聞き出し、あわよくばご馳走になった挙句に得意のミスディレクションで逃亡してくることだろう。

「ところで僕を呼んだのって、『黒子くんのお菓子食べちゃいました、とっても美味しかったです(ゝω・)テヘペロ』とかが理由じゃないですよね」
「勿論よ。私がそんな人でなしに見えるとでも言うの」

心外だと怒る支配人だが、つい先ほどテツヤが体験したのが正にそんな状態だったため説得力がまるでない。
しかし支配人の中では既になかったことにされているようで、2杯目の玉露を味わいながらそう答えた。

「黒子くん、『キセキのお客様』って聞いたことある?」
「はい。前々から噂だけは聞いていたけど、数日前にさつきさんから詳しく教えてもらいました。その人達がどうしましたか?」
「実はね、来週の木曜日にそのうちの1人から予約が入ったのよ。夕方に来たいって」
「へぇ」

噂のキセキ、ついに登場か。
どれだけハイスペックな人種か、実はちょっぴり興味があった。
親しくなるつもりは毛頭ないが。

「接客って、さつきさんですか?」

帝光苑一の遊女が誰かと言えば、百人中百人が口を揃えてさつきと言うだろう。
帝都で一番名の知れている女性かもしれない。
キセキがわざわざ帝光苑を選んで来るというのだからそうなのだろうと思って聞いたのだが、返ってきたのは否定の言葉だった。

「彼らは特定のお馴染みを作らないのよ。確かにさつきちゃんを選ぶこともあるけど、大抵その時目についた女性を選ぶわ。そして同じ女性は2度指名しないの」
「ふぅん」

じゃあ何故この店を選んで来るのだろうと思ったが、帝都で最も格式が高く遊女の質が高いのがこの帝光苑だ。
他の妓楼も有名どころはいくつかあるが、それでも帝光苑には及ばない。
そういう理由だろうと納得した。
何度も言うが、テツヤは男には興味がない。

「それと僕が呼ばれるのと何か関係があるんですか? もしかして離れの接客係を務めろとか。嫌ですよ。いくら特別なお客様だとは言え、親しくしている姐さん方のお仕事現場なんて見たくないです」

誰が弟のように可愛がってくれる遊女が男に組み敷かれている姿を目撃したいと思うだろうか。
それが彼女の仕事とわかっているが、金で女性を買うような男に好き勝手されてる場面など見てしまったらどうなるかわからない。
しかも相手が特殊な性癖の持ち主だったりしたら、思わず乱入して男の股間目がけてイグナイト・改を繰り出す自信がある。
それではまずいだろう。店の営業内容的に。

「ちちち、違うわよ。うちだって黒子くんが暴れたら困るんだから。でも黒子くんはまだお店に来て日が短いでしょう。普段の態度を見ていると問題ないとは思うんだけど、やっぱり上得意客に対して粗相があったら大変だから。悪いんだけど黒子くんはキセキのお客様がいらしている間は部屋に戻っててほしいなぁって思うのよ。待機している女性と一緒に花札でも双六でもしていていいから。勿論、お菓子だってたっくさん差し入れしてあげる」
「わかりました。結びましょう、その契約」

コンマ2秒であっさり買収成功である。
がしっと固い握手を組んで、テツヤは礼儀正しい仕草で部屋から出て行った。

「いいのかよ、あんな嘘八百並び立てて」
「仕方ないじゃない」

遠ざかっていくテツヤの足音を確認して、副支配人は呆れた眼差しで支配人を見た。
返ってきたのは想像通りの返事だ。

実は支配人も副支配人もテツヤがキセキの客と会うことに対して接客態度的な不安は欠片も抱いていない。
田舎育ちだとは言うけれど両親の教育が良かったのだろう、礼儀作法は上流階級で働いても何の不都合もないほどきちんとしていたし、言葉遣いだって普段から敬語なので問題なし。
見た目も儚げ美少女風の美少年である。若干顔の表現力が乏しいがそれもまた個性だろう。
キセキの客が見れば気に入ること間違いなしな、まさに優良物件である。

だがそれでは困るのだ。

何しろテツヤは帝光苑一の人気者。
特に遊女たちにとっては弟のように可愛がられている存在である。
そんなテツヤがキセキの客に気に入られて、あまつさえ一晩の相手を望んできたら経営者としては断れない。
勿論今までのように目玉が飛び出るような法外な額を請求する予定ではあるが、他の客には通用した手段が彼らには通用しない。
何しろ彼らには5人全員が集まれば国家を買えると言われているほどの財力がある。
不興を買えば帝光苑とて即日潰されても泣き寝入りするしかない。
味方につければこれほど頼もしい客はいないが敵に回すと本気で恐ろしい客でもある以上、危険な芽は遠ざけておくに限るだろう。
しかもテツヤに関して言えば、さつきを始め多くの遊女から「危険だから逢わせないでくれ」という直訴を受けている。
何が危険って、勿論テツヤの貞操とか純潔とか初めてとかに決まっている。
キセキが男色家だという噂は聞いたことないが、テツヤを見て宗旨替えしないとも限らない。

いや、絶対するに決まっている。
だってテツくんてばこんなにこんなにこんなに(以下略)可愛いんだものと拳を握りしめて力説したのはさつきである。
後ろに控える多数の遊女も激しく同意だ。
支配人とて折角手に入れた癒しであるテツヤを手放したくないので、ここは有難く遊女たちの提案に乗っかることにした。

「可愛い子はみんなで守らないとね」

一仕事終えたぜと良い笑顔で親指を立てる支配人は、自分の提案がいかに甘いか気づいていない。





そしてそれを証明するように数日後、たまたま外を歩いているテツヤに一目惚れしたキセキの1人がストーカーよろしく帝光苑までついてきた挙句、「さっきの可愛い子を指名でお願いするっス。むしろ身請けで」とかのたまって帝光苑内が大混乱に陥ることになるのだが、とりあえずあと少しだけ帝光苑は平和である。


  • 13.01.07