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テツヤさんが遊郭に就職したようです


それは花街の中でも異質を放っていた。
豪奢な建物と最上の美女が集まると言われ、帝都随一と有名な花宿――『帝光苑』。
最高級のサービスを誇るその宿は、当然のことながら完全予約制。
どれほど金を積もうが常連客からの紹介状がなければ女を買うことはおろか足を踏み入れることすら許されない。
別名『花街の治外法権』と呼ばれるほどに帝都でも有名なそこは一回の花代でさえ軽く相場の10倍。
遊女を一日買うだけで身代が傾くと言われるほど高級な宿だったが、それでもこの宿を訪れる客足は絶えず人気の遊女を買うために列を連なる者も多い。

黒子テツヤはそんな宿で働く従業員である。
とは言っても勤続2か月の新米従業員なのだが。
テツヤは帝都から電車で2日かかる田舎に生まれ育った、ごく平凡な少年だ。
そんなテツヤが何故帝都に来たかと言えば理由は明朗かつ明確、半年前に両親が揃って病死したために天涯孤独の身になってしまったからだ。
決して裕福とは言えなかった家には当然のことながら蓄えなどあるはずもなく、更には16歳という若さで相続税やら遺産やらの管理ができるはずもなかったテツヤは、唯一残された自宅と僅かばかりの田畑も自称親戚のおじさんとやらに全部掻っ攫われてしまった。
父も母も身寄りがないと聞いていたが親戚いたんだねなんて喜んだのもつかの間、気が付いたら両親との思い出が沢山詰まった自宅は知らない人に売却されており、1週間後に引っ越してくるから出て行ってねとか言われてしまった時は茫然自失で最早涙も出なかった。
両親を亡くして天涯孤独の身になっただけでは飽き足らず、更には遺産詐欺に遭って全財産没収されてしまったと気づいた時には既に遅く、テツヤは紙屑のようにポイと捨てられ夜の田舎町で途方に暮れた。
神様なんていないんだと、見たこともない神に呪いの言葉を吐いたテツヤは決して悪くない。

そんな傷心したテツヤは、仕方なく上京を決意した。
「てっちゃんは若いし可愛いし頭がいいから帝都の方が働き口があるさ」という近所のおじさんの言葉を信じたわけではないが、このまま故郷にいても働き口はないだろうし、何よりも生まれ育った家を失ってその土地に住み続けていられるほど楽観的な性格ではない。
むしろ「覚えてろよジジイ。いつかその禿げかけた頭、頭皮ごとむしり取った上に肥満腹にイグナイト決めてやる」くらい考えていたのだが、幸いなことに生来の鉄面皮のお陰か周囲に気付かれることなく、親切な近所のおじさんおばさんお兄さんに涙ながらに見送られながら汽車に乗り込んだ。
どこかで住み込みの仕事が見つかればいいなぁくらいに思いながら上京したテツヤであったが、そんな甘い人生設計は良い意味で裏切られた。

汽車を降りて半刻、空腹を満たすために入ったあるお店で鯖の味噌煮定食をまぐまぐと頬張っていたテツヤを見かけた男性がスカウトしてきたのだ。
人手が足りなくなって働き手を探しているのだが来てくれないか、給料は歩合制だが頑張れば結構稼げるよ。お客さんからのチップもあるし。それに君可愛いから他にも色を付けてあげよう、勿論住み込みだし食費も諸経費も全部こっち持ちだよという言葉に速攻了承したのは仕方ないだろう。
何の伝手もなく上京してきてそんな好条件の物件があったら、飛びつくのが人というものだ。 しかもテツヤは都会の恐ろしさを知らない。
甘い言葉で人を騙して裏切られたり売られたり貶められたりなんて日常茶飯事の世界だなんて、若干16歳のテツヤが知らなくて当然である。
そうして連れてこられたのが、帝都の花街でも圧倒的な存在感を放っていた遊郭。
勿論田舎育ちの純朴少年であるテツヤは遊郭がどのような場所か知らない。
成程ここは高級旅館なんだなという認識だとしても決して悪くない。
だって教えてくれる大人がいなかったのだ、仕方ないだろう。
そんなテツヤは腕を引かれるままに帝光苑に足を踏み入れた。
その時はまさか自分が女の子に間違われてたなんて思いもしなかったため、部屋に通され女物の着物を渡された時の衝撃は大きかった。
テツヤに提示された条件は遊女としてのものだったのだ。
それなら給料が歩合制なのも納得だし、住み込みだって当然のことだ。
言葉を脳内が把握するのに有した時間がおよそ5分。
現状を把握したテツヤは無言でその男性の腹にイグナイトをぶちかました。
ぐふぅ、と声にならない悲鳴を上げる男性を冷ややかな眼差しで見下ろしたテツヤは幼いながらも女王様然としていたと、後に彼はそう告げた。
だがいくら女王様に見えようと美少女に見えようと、彼の性別は男。
どんなに線が細くても影が薄くても、気に入らないことだったら世紀末覇者にだって逆らっちゃいますよな精神の、非常に男らしい性格の持ち主なのだ。
「遊女」というカテゴリーにはどうやっても相応しくない。
いや、彼なら買うという客は多いかもしれないが、とりあえず問題は多そうだ。
主に客の身の安全と物理的被害が。

本来ならそのまま放逐されてもおかしくなかったのだが、その光景を一部始終見ていた支配人がそんなテツヤをいたく気に入ったらしく、異例の扱いで就職が決定した。
勿論遊女ではないので給料は歩合制ではなく固定給だが、それ以外の条件はほぼ同じ。
支配人が提示してきた金額は田舎育ちのテツヤにしてみれば高額だが、帝都でも最高級の遊郭ならばそのくらい誰にでも出しているのだろうと納得して了承した。
それが間違いであることは未だ腹の痛みに呻いている男の表情を見れば一目瞭然だったのだが、生憎足元に転がる有象無象に気を配るテツヤではない。

そんな経緯でテツヤは今、帝都一の遊郭である『帝光苑』で数少ない男性従業員(見習い)として働いている。
主な仕事は雑事なのだが、ちまっとした小柄な少年が遊女の色鮮やかな着物を手にあっちへうろうろこっちへうろうろしている姿は癒しと大評判。
こんな弟欲しいわぁと遊女達はテツヤを甘やかし、常連客のほとんどが細いテツヤを心配して餌付けをしてくるほど。
「翡翠楼の水羊羹って美味しいんですか?」と大きな瞳で見上げられて訊ねられた客など、彼のためにと1日20個限定生産の水羊羹を求めて朝5時から並んだという噂があった。
勿論それがただの噂ではなく、後日滅多に見れない全開の笑顔で水羊羹を食べているテツヤの目撃談が相次ぎ、優劣を競うようにテツヤへの貢物合戦が始まったのは余談である。

「テツくんって罪な男よねぇ」

目の前で紅玉亭のマフィンを美味しそうに食べているテツヤを見て、帝光苑随一の妓女であるさつきがしみじみと呟いた。
さつきはテツヤと同年代の少女だが、その美貌とスタイル、ついでに卓越した話術と舞踊のため一躍帝光苑の顔となった遊女である。
遊女でありながら客を選ぶことができる数少ない女性の1人で、最近ではテツヤとの癒しの時間を優先するためか客を取ることも少なくなったが、それでも鉄壁のナンバーワンを誇っている。
ちなみにテツヤが食している紅玉亭のマフィンはさつきの上得意客からの貢物である。
遊女への贈り物に食べ物が増えたのは間違いなくテツヤの存在が原因だ。
テツヤは不思議そうにこてんと首を傾げる。
両手でマフィンを抱えて美味しそうに頬張る姿はまるで小動物。
なんて可愛いの私のテツくん、と悶えるさつきはきっと正しい。

「何を言ってるんですか、さつきさん。僕は無害で無能な、唯の従業員(見習い)ですよ」
「謙虚なテツくんも可愛い♪」
「罪な人というのはさつきさんみたいな美少女のことを言うんです。可哀相に、追い返された井筒屋の若旦那、涙目でしたよ」
「だってぇ、紅玉亭のマフィンが温かいうちにテツくんに食べて貰いたかったんだもん」
「それは正しい選択です。マフィン美味しいです」
「mgmgするテツくんの可愛さ、プライスレス」

本来なら男女が籠ってあれやこれや致す場所である遊女の寝室が、まさかのお花畑状態。
客からの貢物だという年代物のティーカップにはこれまた客からの貢物である高級茶葉のダージリン。
そして目の前にはほかほかと湯気の立つ、見た目にも美味しそうなマフィンの数々。
これが老舗菓子店の新作であることをテツヤは知っている。
一度食べてみたいと思っていたのだ。出来立てを食せて大満足。

それにしても、とテツヤは思う。
毎回のことだが何で自分は当然のように遊女の部屋に招かれているのだろう。
そして何故当然のように客からの差し入れを貰っているのだろう。
基本的に従業員は必要以上に遊女と接することを禁じられている。
それは商品である遊女に手を出されては困るからという店側の意図がある。
親しくなった遊女が真面目に仕事をしなくなったり、従業員に恋慕した遊女が客に抱かれるのを嫌がったりという事態を防ぐためなのだが、何故だかそのルールはテツヤには起用されていない。
むしろテツヤは遊女にどんどん接触しろ、差し入れもがんがん強請れというわけのわからない命令まで受けている。
まあ言われてしまえば従うしかないのが従業員の宿命である。
美味しいもの好きですしと思いながら、とりあえず最初に遭遇した遊女に「清芳亭の最中って美味しいんですか? 僕食べたことないんですけど…」と言ってみた。
翌日、山のような最中がテツヤに進呈された。

次の日、別の遊女に「三谷庵の落雁って有名なんですか?」と聞いてみた。
翌日、抱えきれないほどの落雁が目の前に進呈された。

更に次の日、別の遊女に「佐和屋のいちご大福って(以下略)」と言ってみた。
翌日、店中のいちご大福を買い占めたんじゃないかという量が黒子に奉納された。

何だろうこの状態、と思うものの美味しいものが食べられるならテツヤに文句はない。
お気に入りのテツヤに喜んでもらうためにと遊女がこぞって客におねだりをしてるなんてテツヤは知らない。
そして遊女の我儘を聞いてやるのも男の甲斐性だなとにやけながら名物を買い漁っている客がいるなんて、勿論知らないのだ。
ちなみにテツヤへの貢物が圧倒的に多いのがこのさつきである。
彼女の情報量と固定客の多さを考えれば至極当然のことと言えよう。

「そういえばテツくんは、キセキのお客様にはまだ逢ったことがないんだっけ」

不意にさつきが聞いてきて、テツヤは新たなマフィンに伸ばそうとしていた手を止めた。

「キセキの人達って、確かどんな仕事をしているかわからないけどあり得ないほどの財力を持ってる上得意客の人達でしたっけ? 特別室を利用する数少ないお客様ということしか知りませんね。僕、まだ新人なので特別室には出入りできないものですから」
「そっか。なら安心。テツくん可愛いから狙われたらどうしようかと思ったけど、まだ知られてないなら情報操作できるよね、うん」
「さつきさん?」
「大丈夫。彼らの魔の手から私が守ってあげるから」
「あ、ありがとうございます…」

真剣な表情で両手を握りしめるさつきの目は真剣だ。
テツヤはその迫力に完全に気圧されながらもとりあえず礼を言った。

帝光苑には一般的な客が利用する部屋と、選ばれた上得意客のみが許される特別室がある。
特別室はその名の通りサービスも値段も何もかもが特別らしいのだが、テツヤはまだその部屋に入ったことがない。
そもそもテツヤの仕事はあくまでも裏方であって、遊女の身の回りの支度や掃除などの雑事が主な仕事であり、特別室に行くような仕事は割り振られていない。
特にキセキと呼ばれる5人の客は滅多に姿を見せないらしく、テツヤが働き出してから今日まで特別室を開けるような客は現れたことがないのだ。
遊女を一晩買っただけで身代が傾くと言われている帝光苑で、更に何倍もする特別室を利用できるようなVIPというのは興味を抱くが、所詮テツヤとは天と地ほどの差がある人種だ。
今までも出会ったことがなければ今度もお近づきになるようなことはないだろう。
さつきの心配はおそらく杞憂で終わるはずだ。





そう思っていた時期が確かにありました。





「テツー、お前の好きな餡ドーナツ買ってきたぜ」
「ありがとうございます、青峰くん」

「黒子っち、今日のおみやは妙ちくりんのクリーム大福です」
「いらっしゃい、黄瀬くん。新作出たんですね。楽しみです」

「来る途中で売っていたのだよ。俺は甘いものは好きではないから、お前が食べるといいのだよ」
「越前屋のシュークリームじゃないですか。僕、これ大好きです。緑間くん、ありがとうございます」
「べ、別にお前のためではないのだよ」

「黒ちーん、今日のおみやは俺のお手製タルトだよ〜」
「ありがとうございます。紫原くん。後で一緒に食べましょうね」

来るわ来るわ、キセキの客。
5人いるうちの4人があっという間にコンプリートである。解せぬ。

テツくんは私達のものなのにと膨れるさつきの気持ちは全遊女の気持ちでもある。
何しろこのキセキ、莫大な金を支払って特別室に来るのだから接客する相手は自分で選ばせろと、何故か揃ってテツヤを指名するのだ。
しかも一晩なんて可愛いものではない。
最低でも3日居続ける。延長なんて珍しくもない。
女を買いに来たはずなのに指名するのが男のテツヤだという事態に驚いていたのは最初だけ。
絶対に身体は売りませんからねという言葉にあっさり頷いた彼らは、ただテツヤと一緒の時間を共有するためだけに湯水のように金を使うのだ。
馬鹿馬鹿しいとか思ってはいけない。
彼らにとって金は無限にあるもので、どう使うかは個人の自由なのだ。

「使わないと増えてくだけだし」

こんなセリフを聞いたテツヤが「リア充、爆ぜろ」と呟いたのは当然のことと言えよう。
そんな理由で今まで半年に一度程度しか顔を見せなかったキセキが月に数回もやってくることになり、帝光苑の懐は驚くほど温まった。
遊女ではないのに圧倒的に稼ぎ頭になったテツヤの待遇は『従業員(見習い)』から『キセキ専属接客係』というものに変化した。
勿論給料もうなぎ上りではあるが、悲しいかな4人の特別客が入れ代わり立ち代わりにやってくるためにテツヤの自由時間はほとんどなく、金は貯まる一方である。
まぁ欲しいものは全て支給される上に、これでもかとキセキが貢ぎまくるので不自由はないのが幸いか。

結構居心地いいしと現状に不満を抱いていないテツヤは知らない。
彼らが虎視眈々とテツヤを我が物にしようと狙っていることを。
そして店主に半ば恐喝に近い形でテツヤを身請けしたいと頼んでいることを。
更には、ラスボスとも言える5人目のキセキがやってきた時がテツヤにとって平穏な人生の終わりを告げることになることを。
そうしてその後は5人の共有財産というわけのわからない存在に祀り上げられるということも。

その時のテツヤは当然ながら知るよしもなかったのである。


  • 13.01.07