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黄瀬パパとテツヤくん 番外その3


リビングでテツヤがじっとテレビにくぎ付けになっている。
珍しいこともあるのだなと仕事の準備をしていた黄瀬がテレビ画面に視線を移せば、小さな子供が一人で買い物に出かけるという某有名番組だった。
テツヤの目がキラキラと輝いている。視線の先にある画面の中ではテツヤより年上の男の子が妹らしき女の子の手を引いて大きなリュックを背にバスに乗っていた。どうやらこれから父親の忘れ物を届けに行くらしい。大人に頼らず子供だけで行動するというこの番組は小さな子供を持つ親世代にも人気だが、同年代が頑張っているということで子供にも人気があった。親の力を借りずに買い物をすませる姿は未だ一人で外出したことがないテツヤにとってはヒーローのように見えるのだろうか。子供目線で見ているため周囲に不自然にいる大人やカメラマンの姿は勿論目に入っていない。
テツヤは画面を食い入るように見つめながらうっとりと呟いた。

「かっこいいです…」

テツヤは先日ようやく4歳になったばかり。早生まれということもあって同年代に比べて小柄な身体なテツヤは、過保護な義父及び義父の友人達によって大事に大事に育てられた。そのため一人で外出したことがない。それどころか一日のほとんどの時間でテツヤが一人になる環境を作ったことがない。
勿論一人で買い物なんてもってのほかだ。
だがテツヤは自立心の強い子供だった。自分と大して年の変わらない子供がバスや電車を乗り継いでおつかいをする姿を見れば自分だってやってみたいと思うのは当然なのかもしれない。
テツヤはじっと黄瀬を見上げた。上目遣い最高と内心で荒ぶっている黄瀬の気持ちなど構うことなくテツヤははい、と義父に向かって元気に右手を上げる。

「ぼくもおつかいしたいです!」
「駄ー目」

途端にぷくっと膨れるテツヤの姿に心のカメラに映像を収めながら黄瀬は支度を再開する。迎えが来るまであと三十分。時間に正確なマネージャーが遅れることはないだろうができれば早めに来てくれると有難い。

「ぼくだっておつかいできます」
「テレビの子は六歳でしょ。テツヤっちより二つもお兄さんだからできるの。テツヤっちにはまだ早いよ」
「でも、こっちのこはぼくとおなじくらいです」
「お兄ちゃんが一緒にいるからでしょ。一人じゃないから平気なの」
「むぅ」

テツヤは基本的に我儘を言わない。言うには言うがどうしても駄目だとわかれば大人しく引き下がる。他の子供に比べても聞き分けの良い子供だと思う。大抵のことなら黄瀬はどんなことでも叶えてくれるので、駄目だというには理由があるのだと子供ながらにわかっているのだろう。
そんなテツヤが今回ばかりは名残惜しそうにテレビの画面を見つめている。悔しそうに涙が浮かんでいる姿を見てしまうと心が痛むが、こればかりは首を縦に振ることはできない。
何故ならテツヤは亡き母親のテツナに似て影が薄く認識され難いのだ。
そんなテツヤが雑踏の中に紛れたら気付かれずにぶつかる可能性が高い。人ならまだしも自転車や車だったら無傷では済まない。
更には幼い子供を一人にさせて万が一何かがあったら大変だ。

黄瀬は忌々しそうにテレビ画面を見遣った。
意外に好奇心旺盛なテツヤだ。この番組を見ればこういう反応が返ってくることは最初から想像がついていた。だからこそなるべくこの番組だけは見せなようにしていたというのに、どうして昼間に再放送なんてしているのか。今日に限って番組表を確認しなかったことが悔やまれる。
ちなみにこのテレビ局だが、黄瀬が幼子を引き取ったと分かった時からドキュメンタリーを撮らせてくれと再三申込があった。愛息子を見世物にするつもりがないので速攻で断ったが。勿論この番組へのオファーもあったが同じく断った。プロデューサー直々のオファーだったがそんなもの構うわけがない。

『は○めてのお○かい? それってあれっスよね、小さい子が一人で出かけるって番組っスよね? うちの子をメインで使いたい? あははは、冗談上手いっスね。……そんなことさせて可愛いテツヤっちが誘拐されたらどうするんスか。あんなに健気で愛らしくて天使なんじゃないかって思うくらい可愛いのに、万が一何かあったら責任取ってくれるんスか? というか責任取ったからって絶対許さないけどね切腹する覚悟くらいあるんスよね? えっ、ないの? そんな生ぬるい覚悟しかないような番組にうちの子を出してわざわざ危険に晒すわけないじゃないっスか何考えてんの?』

ノンブレスで言ってのけた黄瀬は通常通りだ。ちなみに黄瀬より先に企画を提出された黄瀬の所属する事務所社長も同意見だった。語尾と口調が違うだけで言っている内容はほぼ一緒だった。恐るべきシンクロ率である。

「テツヤっち」

黄瀬はぐずる息子を抱き上げてソファーに腰を下ろした。抱き上げた拍子に瞳に溜まっていた涙がポロリと零れてまろい頬に流れ落ちた。それを親指で拭って目尻に小さなキスを落として黄瀬は言葉を続ける。

「テツヤっちが自分で何かしたいって思ったことを止めるつもりはないよ。でもね、道路は危なくて小さなテツヤっち一人だと危険がいっぱいなんだ。分かる?」
「………はい」
「ん、いい子っスね。で、一人で出かけるってことは俺も赤司っちも一緒にいないってことで、テツヤっちが転んでも誰も助けてくれないの。迷子になっても教えてくれないし誰かに連れていかれそうになっても誰も助けてくれないんだ。それでもいいの?」
「………………や、です」
「ん。俺も嫌だ。だから賛成できない。わかってくれる?」
「………はい」

小さく頷いてテツヤは黄瀬にしがみつく。可哀相だなと思うが安全面を考えればやはり賛成できない。
影が薄いことも勿論だがテツヤは車が苦手なのだ。事故のトラウマだろうと医師は言った。テツヤ自身は事故の記憶はないようだが、自分以外の同乗者が全員亡くなる程の大事故は記憶から完全に消し去ることは難しいのだろう。
急ブレーキの音やタイヤの焦げる臭い、クラクションの音にテツヤの身体は硬直したように動きが止まる。そして無意識に繋いでいる手を握りしめるのだ。もしテツヤが一人で外出して同じ状況に陥ったら、その時に傍に自分達がいなかったら、テツヤはどれほど心細いだろうか。幼い心に刻まれた傷はそう簡単には消えない。
不安要素は一つでも取り除いておきたいのが親心というやつだ。そのためならたとえテツヤに嫌われたとしても構わない。――――否、構う。凄く困る。多分発狂するレベルで泣き叫ぶ羽目になると思うのでなるべく嫌われない範囲で頑張ろう。







そんな決意をしてから一週間後。

「―――ない」

黄瀬はテレビ局の控室で呟いた。
今日の収録で使う予定だった荷物をリビングに置き忘れてしまったのだ。
収録までは時間に余裕があるが、それまでの間雑誌の取材が二本入っていて家に帰る時間はない。
タイミングの悪いことにマネージャーは別の仕事の打ち合わせで出かけてしまったばかりだ。二時間は連絡が取れないし連絡が取れても黄瀬のマンションへ行く時間はない。

「どうしよう…」

黄瀬涼太、久々の大失態である。基本的に仕事は身一つ、荷物と言えば台本と財布くらいなのでついうっかりしていた。

「取りに帰る時間ってないっスよね…」
「こら、涼ちゃん。首動かさない!」

時計とスマートフォンとスケジュール帳を交互に見る黄瀬に焦れたヘアメイクの実渕から叱咤が飛ぶ。去年から黄瀬専属のヘアメイクとして契約を結んだ実渕は若手ながら実力はかなりのものだ。その分自分の仕事にプライドを持っているのでメイク中の余所見は言語道断らしい。

「何を忘れたの? 替えがきくものなら私が買ってきてあげてもいいわよ」

バッグを覗いた途端蒼白になった姿を見れば何かを忘れて来たのだということは容易に想像できる。黄瀬が取りに戻る時間も買いに行く時間もないが、実渕は黄瀬のメイクが終了してしまえば本日の仕事は終わりのため買いに行く時間はある。黄瀬の家まで取りに戻るには間に合わないのだが。 だが実渕の言葉に黄瀬は苦笑して首を振った。

「う〜ん、有難いけど、忘れたのって中学時代のユニフォームなんでそのへんのものじゃ駄目なんスよ」
「あら、それは、ちょっと無理ねぇ」

今日の収録はバラエティなのだが、その中でゲストの宝物を披露するコーナーがある。
黄瀬は迷いなく中学と高校で使用していたバスケのユニフォームを持ってくることにしたのだが、荷物を開けたら高校のものしか入っていなかったのだ。ユニフォームは中高纏めて袋に入れて保管してあるので片方だけ忘れることはありえない。どこで出したと考えて昨夜の出来事を思い出した。
汚れがないか確認の為に広げたユニフォームをテツヤに見つかったのだ。DVDで何度も見たが実物は見たことがなかった帝光中学のユニフォームにテツヤは大喜び。絶対に汚さないからしばらく見ていたいと頼まれたら息子に甘い黄瀬が断るわけもなく、睡魔に負けて眠ってしまうまでテツヤは黄瀬のユニフォームを飽きることなく眺めていた。その姿があまりにも可愛らしくてテツヤのサイズに合わせた帝光中バスケ部ユニフォームを特注しようと決めたのは自然の摂理だ。ちなみに背番号は「15」である。それ以外認めない。
そしてそのままリビングに置いたまま高校のユニフォームだけを持って黄瀬は家を出てしまったのだ。完全に黄瀬のミスである。

「あー、もう! 俺の馬鹿!!」

テツヤの愛らしさについうっかりなんて言い訳は通用しない。テツヤが可愛いのはいつものことなのだから。
思わず頭をかきむしりたい衝動にかられるが、そんなことをしたら折角セットしてくれた実渕に申し訳がない。というよりただでは済まない。

「忘れちゃったものは仕方ないじゃない。高校のユニフォームだってファンにしてみれば十分過ぎるほどお宝よ。キセキの世代として有名になったのは中学の時だけど、特に問題はないんじゃないかしら」
「そうなんスけど、やっぱり俺の思い入れは中学の方が強いって言うか何と言うか…」

高校でも黄瀬は全国区の選手で当時から有名だった。モデルの黄瀬涼太を知ってる者の多くは中学時代も知っているだろうが、テレビに出るようになったのは高校生からなので多くのファンは高校時代のユニフォームだけでも満足してくれるだろうという実渕の意見は間違っていない。
実際黄瀬のファンの多数は高校以降の黄瀬涼太で知った者がほとんどだ。黄瀬もそれは分かっているが、それでも諦めきれないのはフリートークで中学時代の話をすると打ち合わせで言われていたからだ。
というのも今日のゲストは黄瀬だけではなく青峰も一緒なのだ。青峰が帝光中学のユニフォームを持参すると聞いている以上自分も用意したい。同じチームにいたのだと自慢したいのだ。

「そうなったら、もうアレしかないわよね」
「アレ?」

実渕の言葉に黄瀬が首を傾げる。無意識ながらあざとい表情に部屋の隅で待機していた雑誌の編集が密かに悶えたが黄瀬は気付かない。
黄瀬の住むマンションからこの場所までは車なら往復で一時間かかるが電車なら一本だ。
そして黄瀬の家には人がいる。齢4歳の幼子と保護者代理だけれど。
今日の留守番は緑間の予定だったはずだが、来たのは何故か赤司で―――。

「ちょ、まさか―――」
「あ、もしもし征ちゃん。ア・タ・シ。ちょっとお願いがあるんだけど」

あの赤司に忘れ物を届けさせるなんてどんな死亡フラグだと嘆くが既に遅く、実渕は事情を説明して上機嫌で通話を終了させた。良い笑顔を浮かべる実渕にそのまま俺の人生も終了なんてならなければいいけどねと乾いた笑いを浮かべて、黄瀬は何とか雑誌の取材を終えた。
結局収録直前になっても赤司は現れず、諦めて海常高校のユニフォームだけをスタッフに預けて黄瀬は収録に臨んだ。時間は着々と進みメインのコーナーになった。

『それでは黄瀬涼太さんのお宝はこちらになります』

司会の声と同時にカートが目の前に運ばれてくる。試合中の黄瀬の写真の横には帝光中のユニフォームを纏ったマネキン。そしてその後をとてとてとついてくる幼い子供。見慣れた子供が身に纏っているのは白地に水色のラインが入ったユニフォーム。勿論背番号は『8』。間違いなく黄瀬が忘れてきたものだ。何よりも大きなサイズのそれを着ている幼子は500メートル先でも見間違えたりしないだろう。

「テツヤっち?!」

ガタン、と黄瀬がセットを蹴倒す勢いで立ち上がった。おどおどと周囲に目線を彷徨わせながらスタッフの指示のままに歩いてきた子供――テツヤは、聞き慣れた声に顔を上げると大きな目を更に大きく見開いた。ぱあぁ、と花が開くような満面の笑顔が浮かぶ。

「パパ!!」

とてとてーっと擬音がつくのではとないかという小走りで黄瀬の下へ走り寄ってきた愛息子を黄瀬は躊躇わずに抱き上げた。

「どうしてここに?! 赤司っちは一緒じゃないの?!」
「あっちにいます」

テツヤが指を差す方へと顔を向ければカメラマンの横で手を振る赤司の姿があった。その手にはデジカメ。相変わらず歪みない。

「パパがわすれものしたからいっしょにとどけようねっていってくれたんです。はじめてのおつかいです」

嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべるテツヤがカメラで抜かれて共演者たちから黄色い悲鳴が上がる。無表情な子供の笑顔は強烈だ。見慣れていても心臓を射抜かれるのだから初めて見る共演者にはたまらないだろう。
勿論黄瀬は一瞬で撃沈だ。何て可愛いんだ俺の天使もう結婚するしかないかでも同性だから結婚じゃなくて何だ?養子縁組?だったら今のままで何の問題もないじゃんオッケーオッケー神様ありがとう、と脳内は大変なお祭り騒ぎだったが『芸能人・黄瀬涼太』の仮面がそんな残念な頭の中を上手く誤魔化してくれたようだ。
腕の中で甘える子供に頬ずりをしてつむじにキスを一つ。先ほどよりも大きな悲鳴が聞こえたが黄瀬の耳には入ってこない。黄瀬の耳に聞こえるのは「パパ、くるしいです」という天使の声だけだ。



勿論収録は恙なく終わり、『黄瀬涼太、親馬鹿伝説』に新たな一行が加わったことは言うまでもない。



  • 15.11.23