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黄瀬パパとテツヤくん 番外その2


火神テツヤが黄瀬テツヤとなってから数年後、テツヤが6歳の誕生日を迎えてから更に数日が経過したある日のことである。
独身で一児の父となったキセリョは、悪意に満ちたマスコミに潰されるだろうと思われていたのだが、そんなネガティブな報道など見事に跳ね除けて毎日元気に仕事に邁進していた。
その功績は本人の誠実な態度と圧倒的な実力、更には引き取った義理の息子の不幸な生い立ちによる同情なども大きな要因だったが、彼が今まで以上に仕事を与えてもらえるのは何よりもそんなキセリョに率先して仕事を用意してくれる事務所のお陰だった。
幸いなことにキセリョが所属していた事務所は大手で、しかも所属タレントを大事に育ててくれると評判の事務所だった。
稼げる時に馬車馬のように働かせ、人気が落ちたらポイ捨てする事務所が多い中で、1人のタレントをじっくりと育てる形式は非常に珍しい。
勿論それだけの価値がキセリョにあると判断したからだ。ビジネスの世界は厳しいのである。
そんな事務所のお陰でキセリョの人気は落ちることなく、それどころか○○にしたいランキングで恋人・夫・父親の三冠をゲットしたりと、彼の人気はとどまるところを知らない。
可愛い息子のために頑張るキセリョとそれを全面的にサポートする事務所。
その相互関係はかなり固く、気が付けばキセリョは事務所を代表する看板タレントになっていた。




その写真を見た瞬間、壮年の男性は顔面を蒼白にして立ち上がった。
常に優雅で泰然とした態度を崩さない彼は、キセリョこと黄瀬涼太が所属する芸能事務所の社長である。
御年40歳。だが見た目は若々しく鍛え上げられた肉体のお陰もあってか外見年齢は30代前半に見える。
元々俳優出身ということもあり造作も整っており、見るからに特権階級の人間であるとわかるような出で立ちの彼は、普段の優雅さを忘れたかのように執務机を蹴倒す勢いで立ち上がったのだ。
あまりの勢いで椅子は壁際まで吹っ飛び(高性能キャスター付であるため転倒はしなかった)、その有様に室内にいた数名の社員はビクリと身体を揺らしたが、彼にとってそんなことはどうでも良いことだった。

問題はただ一つ。
所属しているタレントの業務報告の一環で提出された目の前の写真のみである。

ポラロイドカメラで撮影されたと思わしきそれには、彼の事務所に所属するタレントが写っている。
多くの売れっ子芸能人を抱えるこの事務所でもそれなりに稼ぎ頭になってきているタレントは、モデルから俳優へと転身した今でもモデルのオファーが多い。
そのため現在ではまだ俳優とモデルを半々くらいの割合でこなしているのでこういう写真を見せられることは珍しくない。
完成したポスターが届けられて、「今回も良く撮れてるじゃないか」とタレントの有能ぶりに鼻高々になるのも良くあることだ。
逆に不出来な作品を見せられた時には不快そうに眉を顰めて、「このカメラマンは、あれかな? ちょっと実力が出せなかったのかな?」とか、「このコンセプトだとこの子じゃない方が良かったかな。先方にお詫びしないと」などと駄目出しをすることも多い。
彼は完璧主義なのだ。
だが、このような反応を示したことは一度もない。
ダンディという形容がぴったりの不惑の年齢に達した社長は、先ほどから机の上に置かれた写真から視線を外そうとしない。
食い入るように見つめるその身体が小刻みに震えているのは何故だろうか。
事情を知っている先輩社員や社長秘書は慣れた様子でそんな社長をスルーしているが、事情を知らない新米社員は何が写っているのだろうとちらりとその写真を盗み見た。

そこに写っていたのは、最近注目度の高い当事務所の看板俳優キセリョ、こと、黄瀬涼太。
ダークスーツに身を包んだキセリョが白と黒の空間で、椅子に座る人形を恍惚と見つめているちょっと倒錯的な画だ。
綺麗と言えば綺麗だが、コンセプトがまったく分からない。
精巧に作られた人形は珍しい水色の髪で、まるで本当の少女のように見えるほど良くできている。
何だろう、ちょっと怖いと思った社員はその写真の下にもう一枚隠れているのに気づいて上の写真を少しだけずらした。
社長の机にあるものだということは重々承知だが、好奇心が勝ったのだ仕方ない。

それは、先の写真と対になるものらしい。
白と水色の空間でラフな服装に身を包んだキセリョが愛らしい少年を抱きしめていた。
頬ずりしかねない勢いでのハグは少年を愛しいと全身で訴えているのが良くわかるほのぼのとしたものだった。
少年の顔も乏しいながらもキセリョに抱きしめられて嬉しいのか少しだけ頬が紅潮していて愛らしさを増している。
うわ、何これ可愛いと思わず口走りそうになった社員は、寸でのところでその言葉を呑み込んだ。
ここは社長室で目の前には(硬直したままだけど)社長がいるのだ。
流石にその発言はよろしくない。



「………ゅ…ん」



社員が必死で込み上げてくる何かを耐えているその時、置物のように動かなかった社長の口がかすかに動いた。
あまりにも小さな声だったので何を言ったかわからなかった彼は視線を社長へと移した。
ふるふると震えるその姿は先程と同じ、だが普段は理知的な光しか宿していない切れ長の瞳は潤んでいて顔は心なしか赤い。
ついでに言えば口元は今まで見たことがない程だらしなくにやけている。




「テツきゅううううぅん!!! 何これマジ天使!!! 流石私のテツくんお人形さんみたいじゃないか、どこからどう見ても女の子、いや、そのへんの女の子モデルより遥かに可愛いよね、流石テツくん僕の天使!! この構成考えたの誰だ、神か?! そうか神の仕業か、だからこんなに私のテツくんが可愛いんだね、よし納得、だけどちょっと待ってくれないか、私はこのオファー受ける時にテツくんをモデルとして起用するなんて話は全く聞いてないよ、ちょっと担当とはじっくり話す必要があるみたいだね、あぁもう、何で私は撮影現場にいなかったんだ!! テツくんの撮影だったら私が参加しないなんてことはない! たとえそれが会議中であろうとも出張中であろうとも商談中であろうとも関係ない、テツくんの愛らしい姿を見ることに比べたら仕事の一つや二つや三つや四つ、潰したところで構うまい( `・ω・´)キリッ」



写真にキスの嵐を降らせ(キセリョは綺麗に避けている)そう叫ぶ社長の姿に社員はドン引き―――かと思いきや結構見慣れた光景だったので静かなものである。約一名を除いて。
その約一名である今年入社したばかりの新人社員は、社長の奇行としか思えない行動に驚いて扉まで飛び退った。素晴らしい瞬発力である。
何だろう、あの写真をずらしたのが悪かったのだろうか、だけど気になったのだから仕方ない、でもやっぱりごめんなさいとか心の中でひたすら謝っている彼は、社長とは別の意味で涙目である。

彼はまだ知らない。
日本でも屈指の芸能事務所社長は、所属するタレントの義理の息子(6歳)にベタ惚れであることを。
そして社長の名誉のため、更には可愛い息子をマスコミの餌食にさせないために、その事実は事務所内では公然の秘密となっていることを。

テツヤの姿を見るだけで初孫を溺愛するおじいさんの如き心境になるんだとは社長本人の談であるが、本当のおじいさんは初孫の写真にhshsprprしたりはしないと誰もが口を揃えるのだが、そんなもの社長が聞き入れるわけがない。
おもむろに携帯を取り出し、おそらく撮影中であろうキセリョへ電話を繋ぐと、「どうして私の天使を内緒であんなに綺麗で可愛くて小悪魔的な恰好なんてさせるんだい?! 一言くらい教えてくれたっていいじゃないか!」とか涙目で訴えているのだが、そんな反応にもすっかり慣れてしまったキセリョが電話の向こうで、「はぁ、すんません。でも仕事なんで。俺もテツヤっちもお仕事っスから』とか答えている。
水臭い、私とテツくんの仲じゃないか、いやいや、社長とテツヤっちの関係ってそんなに深くないっスよねとか言い合っている2人はいつものことなので放置決定である。
とりあえず社長の立場としては、仕事中のタレントに電話するとか非常識なんじゃないかと思わなくもないが、言ったところで無駄なので向こうには諦めてもらうしかない。

最終的に次の撮影がある時には社長に連絡をするということで落ち着いた。
そもそもあの撮影はキセリョの関係者が息子に趣味で用意した服を着せて遊んでいる時のついでで撮影されたものである。元々予定されていたものではない上に、本人(テツヤ)の了承なく使われたものである。
二度目がないと言っていたのを同行していたマネージャーから聞かされていたので、次の撮影がいつになるかはわからない。

どうせそのうち「テツくんが足りない」とか言って社長権限を行使して事務所にテツヤを連れてこさせるだろうと思った社員たちの考えは正しく、社長室のソファーに座り大好物のバニラシェイクを一心不乱に飲んでいる少年の姿を見かけるのはそれから僅か3日後のことである。


そして、その写真を社長から自慢げに魅せられた某アパレル会社社長によりキセリョとテツヤの2ショット撮影が打診され、「テツくんが可愛いならおk」とか言い出した社長によりキセリョと女装テツヤの写真が渋谷をジャックすることになるのだが、良い仕事をしたぜと親指を立てる社長が反省ゼロだったのは言うまでもないだろう。



  • 13.12.28