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すべては計画通り


これで全ての決着がつく。
嫣然と微笑む美女を前に、が抱いたのはそんな感想だった。
勝敗を案じる必要はない。
全ての準備は万端で、失敗する要素はないのだから。

は気づかれないように小さく呼吸をする。
体内で気を練り直して、背筋を伸ばす。
己が弱っていることを悟られないだけの気力はまだ残っているから、後はどれだけ虚勢を張れるかにかかっている。
泰衡とアイコンタクトを交わし、は一歩前へと踏み出した。
力は壇ノ浦で見せている。
政子がどんなに力をつけようとの持つ神力には敵わないとわかっているはずなのに、それでも表情を崩さないのは余裕があるからだろうか。
この短い期間で彼女がそれほど力を蓄えられたとは思えないのだけれど。
だが、どちらにしろ来てくれたことは嬉しい。
余計な策を弄する必要がないのは正直助かるのだ。

「ご足労いただきありがとうございます。てっきり逃げられるのではないかと思っていました」
「うふふ、可愛いお嬢さん。まぐれは二度続かないのよ」
「えぇ。ですからここで終わりです」

これ以上決着を伸ばすつもりのないは、そう言うなり白い手を横に一閃させた。
瞬時に現れた剣に政子の瞳に警戒の色が浮かぶ。
この剣は神を傷つけることができる剣。
だが直接その剣が傷を負わせない限り、普通の剣と大差ない。
それに気づいているのだろう。政子の表情は前回ほど悪くない。
剣を構えるを前に笑みさえ浮かべて見せるほどだ。

「その剣、確かに私にとって脅威ではあるけれど、武器を扱ったことのないお嬢さんの手にある限り、あまり意味はないでしょう」
「えぇ。私もそう思います」

嫣然と微笑む彼女に、もにこりと微笑んだ。
確かには望美のように剣術を学んだわけではない。
奇襲のような作戦が成功するのは一度だけ。
今回のように相手が警戒している以上、の剣は通じないと言っても良い。
だがその程度のこと、とて予測済みだ。





「そこまでだ、女狐」





「?!」

低い声と同時に政子の身体が固まる。
慌てて視線を向けるのは、先ほどからの隣に立っていた青年――泰衡だ。
その手が見たことのある印を結んでいるのに気づいて顔色を変える。

「あ…なた…」
「大黒天に負けて逃げてきた貴様の弱点などとうにお見通しだ」

冷淡な表情に少しだけ浮かぶのは侮蔑の笑み。
今この瞬間まで泰衡の存在を軽く見ていたのが運の尽きというやつだ。
力がある者ほど、そして矜持が高い者ほど、相手の能力を低く見る。
政子――否、荼吉尼天の能力がそれほど高いという証明ではあるが、こちらもただの無力な人間ではないのだ。
それなりに時間はあった。
情報を得ることもできれば対策を練ることだってできるだけの十分な時間が。
と同様、泰衡もこの奥州を守るために力を尽くしているのだ。
甘く見てもらっては困る。

「これで終わりだ」

印を結び直し真言を唱えれば政子が悲鳴を上げる。
だが予想以上の抵抗に泰衡の眉間に皺が寄る。

「この、程度で…」
「流石にしぶといな」

荼吉尼天は政子に憑依しているのだと思っていたが、どうやらその精神は既に同化しているようだ。
政子が弱かったのか、それともお互いが頼朝を想うために共存を選んだか。
細かい事情は分からない。
だがこのままでは泰衡には祓えない。
荼吉尼天を封じ込められない以上、戦いは終わりではないのだ。

「政子様」

不意にが声をかけた。
柔らかく優しい声は、この場にそぐわない。

「これで終わりにさせていただきます」

舞を舞うかのような動きでが動いた。
構えた剣を振り下ろす。
その姿はやはり剣に慣れているようには見えないけれど、だが動きが取れない政子には十分。
振り下ろされる剣の軌跡を政子は視線で追う。――そして気づいた。



の視線が己から逸らされてていることに。



は確かに強大な力を持つ神子だ。
その力は神である政子ですら脅威を抱くほどのもの。
だが、神の巫である自身は平和を愛する心優しい少女でしかなく。
こうして敵を屠る最期の瞬間を直視できるだけの胆力はないのだ。
多くの命を奪ってきた政子との決定的な違いがそれ。
そして、それは致命的な弱点にもなるのだ。




――このように。







   ◇◆◇   ◇◆◇








「………ぁっ!」

静寂を破ったのは押し殺した悲鳴だった。

っ!!」

泰衡が顔色を変える。
何が起こったのかわからなかった。それほどの早業。
が剣を構えて政子に斬りかかった。
後はその剣が政子に一筋でも傷をつければ終わっていた。
この期に及んでが手を抜くはずがないから、終わりだと安堵したのも束の間。
一瞬後に視界に映った景色は信じられるものではなかった。

視線の先にいるのは片手での腕を捕らえている政子。
そして、肩口を真っ赤に染めているだった。

「うふふふ。だからお嬢さんは甘いのよ。私をあの時と同じだと思ってもらったら困るわ」

指先についたの血をペロリと舐めとり、政子は笑う。
その時になってようやく政子がを傷つけたのだと理解した。
瞬間に沸いた怒りに目が眩む。
絶対などないと信じていたはずだが、それでもこういう事態になるまでに危害が加わることなどないと思っていた自分がいたことに気づかされた。
が泰衡にそう感じさせなかったのだということは分かっているが、何よりも政子の力を侮っていた自分の浅はかさが悔しい。

「貴方もこのお嬢さんの命が惜しいなら手を出さないでちょうだい」

懐から取り出した懐剣をの喉元につきつけて政子が告げれば、泰衡は動くことができない。
頭ではの命より荼吉尼天を倒すことを優先させるべきだとわかっているのだが、傷ついたを人質にされて身体が動くことを拒否しているのだ。
勝利を確信していた状況から一転して敗色濃厚な展開に思わず唇を噛む。

「…いいえ、全ては予定通りです」

だが、余裕の声は政子からではなく、その腕に捕われているから。
肩から流れる血はの白い腕を伝って地面へと流れていく。
予想以上に多い出血は放置しておくと命に関わるほどだというのに、は青白い顔に笑顔を浮かべる。
カランと音がして剣が床に落ちたが、それはの力がなくなったからではなく。

「っ?!」

の血に濡れた床に落ちた剣は、一瞬でその中に飲み込まれた。
瞬時にきらめく黄金の光。
熱を感じるそれに政子が飛び退るようにから離れた。
ふらりとよろめく身体を、だがなんとか堪えて光の中では視線を上げる。

「私の身には神の力が満ちています。そう、貴女が先程口にした私の血液にも」
「――っ!」

一瞬で炎に巻かれたかのような熱さを感じた。
それが政子を歓迎していない神の力だったからなのかと理解した時には、政子の胎内を灼熱の痛みが襲った。
ほんの僅か口にしたの血。
甘露のように甘くかぐわしいそれに好奇心が抑えきれなかったせいだが、それすらも罠だとしたら何という恐ろしいことだ。

「ぁ…っ…貴女…っ!」
「言ったはずです。二度はないと。どのような手を使っても貴方を捕縛する。それが私の使命なのですから」

さあ、とは言葉を紡ぐ。

「チェックメイトです、政子様」

言葉の意味はわからない。
だが、その言葉を最期に政子の意識は闇に呑まれた。


  • 11.11.20